ジルド・エヴァンズの嫁探し

やきめし

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 ぐっと背伸びをして気合いをいれた。寝不足だけど昨日の朝には感じなかった気力がふつふつとわいて、やる気に満ち溢れている。
 
 「よし!」
 
 まだ暗いうちから薬草を干し、店先を掃除していると太陽が昇ってきた。陽射しが強い。これなら薬草もよく乾く。

 今日も暑くなりそうだ。

 「こんなもんか」
 
 やることを済ませてして一息つく。小腹がすいたので昨日ジルドさんから頂いたクッキーを食べようと袋から出すと、なんと可愛らしいリボンにメッセージカードまで入っている。とてもじゃないが妹が兄に渡すようなものじゃない。
 
 「……いや、でも妹さんの手作りだって言ってたし!」
 
 わざわざジルドさんが嘘をつく理由がないし、恋人から貰ったものを他人へ渡すような人に見えない。手さげ袋ごと渡されて、昨日のうちにきちんと中を確認しなかったのが悔やまれる。その中の紙袋にクッキーが入っていたので、ジルドさんも持たされた時にカードまでついてると知らなかった可能性はある。

 これは妹さんが誰かへ宛てたプレゼントなのでは?

 悪いと思いつつカードを読むと、きちんと宛名があった。読み方が合っているかわからないけど『キースくんへ』と書かれてある。昨日のジルドさんの話に出てきた同僚の若い男の子がそういう感じの名前だったような……。
 
 これはまずい!
 
 慌てて袋へ戻し、戸締まりをしてから店を飛び出した。ジルドさんは配達をしていると言っていたので、きっと誰でも彼を知っているはずだ。
 
 人間不信なんてことを忘れたかの如く、目に入った露店の主人に配達屋の営業所があることを教えてもらい、道がわからなくなると近くにいる町の人へ聞いて走り回る。

 そして三十分もしないうちに真新しい建物に辿り着いた。

 「ここが……」
 
 クリーム色の四角い、なんだか可愛らしい職場。薄いカーテン越しに人影が見えたので、勇気を振り絞り扉をノックする。

 何度かコンコンとノックしても中が騒がしいせいか聞こえていないようだ。鍵はかかっていない。そろりと開けてみた。
 
 「…あの」
 
 中の騒ぎがおさまり人影が動く。
 
 「トキじゃねえか!」
 
 ジルドさんだ。今日も朝からワイルドでかっこいい。一緒に出てきた都会的な雰囲気の男の子にも挨拶をして中へ入れてもらった。
 
 「クッキー。宛名ある。トキ貰えない」
 
 物珍しそうに俺を見ていた男の子が、ああ!と大声をあげる。やはり彼のだった。食べる前で良かったとホッとする。
 
 「いや俺が悪い。すまねぇなわざわざ」
 
 眉を下げたジルドさん。俺が悪い、だって!すき。
 
 それから事情を説明してくれたジルドさんとクッキーを大事そうに抱えている彼は、楽しそうにやいやい言い合いしながらじゃれあっている。頑張って聞き取ろうとするが、俺には二人の会話の速度がはやくて所々しか理解できなかった。
 
 なんか近い。うらやましすぎる。
 
 「ではぼくは休日なので!」
 
 テンポのいい会話が飛び交ったあと、彼はそう言って帰っていった。出勤していたわけではなかったらしい。
 ルンルン跳ねて帰った彼を見送りぽけっとしているうちにジルドさんと二人きりになってしまった。嬉しいけど、仕事の邪魔にならないように俺もそろそろ帰らなければ。
 
 「トキも、かえる」
 
 名残惜しすぎる…っ。だけど邪魔はしたくない。仕事着ジルドさんの姿を目に焼き付けていると「時間があるなら少し待て」と声をかけられ心臓が跳ねた。
 
 時間なんていくらでもあるし、この瞬間にジルドさんより優先する用事なんてひとつもない。トキはいい子で待ちます!
 ドキドキしながら眺めていると、ジルドさんは氷を削りだした。そういえば暑いな…とこのときになって思い出し、薬師服の中が蒸れていることに気付く。

 薬師は森や山を歩くので獣や虫を寄せ付けないよう常にニオイ消しをつけているが、俺は汗臭くないだろうか。走り回っちゃったし。やだな、あんなに急いで出るんじゃなかった。
 
 「トキ」
 
 ジルドさんが俺を呼ぶ。どっと心拍数が上がって、また汗が噴き出してしまう。
 
 「ぁ…つめたい」
 
 冷えた革袋を頭布の合間に入れられた。
 
 「頭のてっぺんが温まってちゃ危ねぇからな」
 
 ええ……すき…。
 
 ニカリと笑顔でそう言われちゃあ、一瞬で溶けてしまいそうだ。
 
 すき。ステキ。としか考えられなくなった俺に、ジルドさんは「ほれ」と飲み物を持たせた。桜より大ぶりのピンクの花が入った瓶を出してきたので気になっていたのだが「飲んでみろ」とすすめられてコップを傾ける。
 このコップってジルドさんがさっきまで使ってたやつですよね?なんて言わずに間接キスに浮かれながら飲むと、下心を吹き飛ばす美味さだった。
 
 「おいしい…」
 
 上品に口をつけていたのに、ジルドさんが見ているのも忘れてイッキ飲み。ぷはぁ~と酒を飲んだみたいな息を吐くと「店は何時からやるんだ」と聞かれた。特に決まってないので「昼過ぎにでも」と答える。
 決まってないのは天候に左右されるからだ。薬草はしっかり乾かしたいので、今日みたいにカンカン照りの日には沢山干しておく。開店は薬草の下準備が出来てからっていうのがダンとの生活で身に付いていた。
 
 なら時間あるな、と頷いたジルドさん。  
 
 「トキの買い物できるようなとこ案内したらぁ」
 
 彼は手頃な台車を持ってくるからと営業所の奥へ引っ込んだ。
 
 
 俺、死んでないよな?今からジルドさんとデートすることになったんだけど。デートだろ完全に?ふたりで買い物って同棲生活……?え、結婚…?
 
 都合よすぎる展開に混乱する俺。
 
 まさか、なにか裏があるんじゃ……。壺とか買わされたり?今なら借金してでも買ってしまいそうなんだけど。それかどこか引っ張り込まれて身ぐるみ剥がされ「ほぉ、スケベな身体してらぁ」って……!って!えっ?そっちは大歓迎!
 
 「おいトキ!出てこい!」
 
 でへへ、とニヤついていると外から声をかけられた。
 台車を押して裏からまわってきたジルドさんが営業所に鍵をかける。次の荷物は昼に来るらしいので、それまで空き時間だという。その時間を使って俺が町に馴染めるよう案内してくれるなんて…これは、もう結婚……。
 
 妄想してる間に、さっき飲んでいた花の入った瓶を何本も積んで、その重さを感じさせないように軽々と台車を操っていくジルドさん。薄くシンプルな作業着に浮き出る筋肉のスジをなぞりたくなる。そんな下心をぶり返している俺に、身体の大きな彼は「俺の影におさまってろ」と日を遮ってくれた。すき。
 
 
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