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③
しおりを挟む翌日から本格的に山に入ると、心にすっと爽やかな風が吹いた。
懐かしいようで、新鮮な香りのする山だ。湧き水を汲む町人を見かけて、俺も水袋に汲んで飲むと、あまりの美味さに自然と笑顔になる。
ここはイイ!誕生花のマルカも群生してるし、俺に合ってる!
駆け足でうろうろ山道を歩き回ると、俺が扱うのが得意な殺菌作用のあるトドカルという植物も見かけた。それにダンが俺に飲ませてくれていた、心を落ち着かせ月の巡りを良くするラミ草もそこらじゅうに群生している。ラミ草は常に湿った土でないと育たない。この水が豊富なアーネシアだからこんなに良く育っているんだろう。
まだ旅立って二年と少しだけど、見つけたよダン!
ダンは言っていた。ここだと思うところはすぐにわかる、と。あの村でダンがおもむろに葉を口に入れた瞬間に定住すると決めたのも今なら理解できる。
すぐに町の役所へ行き、国から発行してもらっていた薬師である証明書を見せるとすんなり住民になれた。即日どころか即決。
でもアーネシアはまだきちんとしてる方で、ほかの村は書類を書くなんて手続きすらまずない。ダンもそうやって近所に顔見せしながら勝手に住み着いていた。
はじめての体験に緊張していたのだが、ここまでアッサリいくとは。いくら薬師は居着いてほしい存在だからって、こんなに簡単でいいのか?拍子抜け感がすごい。
「薬師さま、ここです」
町の役人にちょうど空いた土地があると言われて案内された。山も近いし川も側にある、薬師的に立地のいい場所だ。元々パン屋だったというそこを気に入り、すぐに借りることにした。突然で元手が足りなかったのだが、ガルネシア国では国内や統治している地域に定住してくれる場合、家賃は国から出るのだと言われて震えが走る。
こんな制度の整った国がこの世界にあったなんて!
ただ十年以内に出ていくなら二年分の支払い義務が請じたり、王都から連絡が来たら優先的に対応しなければならないなど誓約もあった。
二年分の支払いはキツイが、国の指示で動くのは全然かまわない。必要とされた場所に行くのは今までと同じだし、間にちゃんとした組織を挟む方がこちらも安心だ。
ごく稀にだが、立ち去ろうとする薬師を村に留めたくて無理やり……なんて事件もあるのが現実。
薬師の服装は山歩きのためでもあるが、性別がわからないようにする目的もあった。若い女の薬師は師と共に旅をしているか、極力ひとりにならないように集団で行動している。理由は想像通り。
女子供は狙われやすい。どの世界も変わらないもんだ。
当時は体が小さかったし、贔屓目なしに美人な俺はソーンに泣くほど心配された。妻をなだめるダンも『躊躇せず使え』と神経毒の使い方をレクチャーしてきたし、ふたりとも俺の出ていく前の日には不安で胃を痛めたので薬を煎じてやったもんだ。
そこまで愛してくれるなんて本当の両親といっていいと思う。そんなふたりのことを思い出してほっこりしているうちに太陽が傾きだす。
「急がないと日が暮れる!」
もう契約も済ませたし、うだうだ考えるのはやめだ。
「おいしい……」
汲んできた湧き水を飲む。馴染みのある喉通り。染み込んでいくこの感覚で軟水であることがわかる。アーネシアの水も土も気に入った。日本と気候も近いし、雰囲気も実家のある田舎みたいだ。
家賃は浮くし、肌に馴染んだ土地を見つけられてラッキー!
ワクワクしながら家具の配置や店の内装を考えつつ部屋を見て回る。元々パン屋だった空き家だからそこそこの窯が備え付けてあったし、貯蔵庫も床下にあって薬つくりに向いていた。
しかも店のスペースと別に奥に二部屋、狭いがお風呂まである。
「浴槽があるなんて!しかもトイレと別!最高!」
王都も街中は栄えていて清潔だったが、この町も生活水準が高い。自分の城をせっせと築き上げる楽しさで、家の周囲にお気に入りのモチモチ草を植えすぎた。
「……不気味かな?」
あっという間に魔女の家みたいな外観に。
モチモチ草は葉がモチモチしてるから俺が勝手にモチモチ草と呼んでいる。ダンが言うには毒にも薬にもならない雑草中の雑草の一つだ。葉一枚を大切にする薬師が雑草と呼ぶ珍しい草。
近くにある仲間同士で引っ付く習性があって可愛いのだが、数時間でぐんぐん伸びるので調子にのったら建物なんかすぐに覆われてしまう。
おしゃれなカフェみたいじゃん?と前向きに考えて窓と玄関の部分だけむしり取る。モチモチ草は切断面を焼いてやると大人しくなるイイコなんだ。
ちょっと腹が減ったときに口に入れて食感を楽しめるし、なかなか実用的なのに人気はない。グミのような食感はこの世界では好かれないらしい。
まず部屋を掃除してまわり、それから育てたい薬草の種を植えるために手付かずの庭(といっても花壇もない更地)を耕す。
「ふうっ……こんなもんかな?」
そうこうしてるうちに二日経っていて、そろそろ本格的に内装にも取り掛からなくては、いつまで経っても土いじりをしてしまう。
「DIYっていうの?やってみよ!」
城田の記憶では、俺が死ぬ前にDIYって言葉が流行っていた。日曜大工ほどでもない…的な意味で合ってるのか、もう確認する術はない。
小さな薬草農園がうまく造れてノッてきた俺は、やったこともないのに山や川で見付けた良さげな石と木材で簡単な棚を作ることにした。
そしてDIY開始から三時間後。
「なんか……」
出来上がった傾いた棚。味があるといえばある……。
「DIYっていうか、図工かも」
出来の良いものは店に置こうと思ったが、やっぱりこういうのは素人がやるもんじゃない。
「ケチってもなぁ。客商売だし……」
仕方なく町の役人にいい店を教えてくれと聞くと『中古の棚や机は町の東にある広場に勝手に置いていく人が居るから、それを運よく拾えればタダで手に入る』と教えてもらった。それだけじゃなく服も細々した雑貨も置いてあり、勝手に蚤の市になっているらしい。
不法投棄なんじゃ?と思ったが、ゴミになるよりはいいし場所は決まってるから放っといてるそうだ。
そりゃたすかる!とそれから毎日、薬草採りがてらにチェックしていた。
「あっ」
ちょうどいい小さな机がある。俺の他にもおばさんや子供がその机の周りに居てどうしようかと思ったが、勇気を出して軟膏をやるから譲ってくれないかと交渉すると、想像以上に喜んで譲ってもらえた。そりゃ自分らのもんじゃないから当たり前なんだけど。
「細っこいけど一人で運べるかい?」
おばさんはいい人で、こっちの椅子も可愛いから貰いなと子供に持たせて一緒に運んでくれた。確かにこの机と高さも丁度だ。
俺が貰っていいのか聞くと、側にいた子供が
「貰いなよ!おばちゃんじゃあ尻がはみ出ちまう!」
そう言っておばさんに叩かれていた。親子ではないようだが知り合いなのか、二人でやいのやいの言い合っては笑っていて、こっちも楽しくなる。
「薬師さんはここいらに住むのかい?」
「そう。決めた。アーネシア、気に入った。」
「そうだろ!ここは水がいいからね!にしても薬師さんがここに住んでくれるなんて助かるねぇ」
「店すんのかい?俺が宣伝しといてやるよ!」
俺はとても恵まれている。こんなにいい人たちに助けて貰って。
ありがとう、と手を振って別れた。
──────····
「…え?え、うそ」
翌朝、今日は干してた薬草を全部粉末にしようと思って張り切っていた。だからカウンターに道具を並べてから眠ったんだ。
だが俺の目に飛び込んできた光景は違っていた。
枠ごと強引に取り外された窓。机にひとつも残っていない薬師の道具。
盗られた……。
呆然と立ち尽くす。
平和ボケしていた。日本で生きていた頃だってこんな経験はなかったし、この世界に生まれてからもダンに守られていたんだ。
何年経っても城田啓介が抜けない俺は、まだどこかこの世界がファンタジーだと思っていた。だから何の危機感もなかった。
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