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 「トキは、それがいいです……!」
 「…ッ、トキ!」
 
 ぐっと引き寄せて抱き締める。細いが背の高いトキは、縦にも横にもかさ張る俺とちょうど良くて、俺のためにこう成長したんじゃねえかと錯覚しそうだ。
 
 「俺ぁずるい男だ。周りからおめぇを囲んでよ……好きな相手に自分から告白もできねぇで」
 
 「……トキも、ずるいです」
 
 トキは俺に秘密がたくさんあると言う。
 
 店を閉めたトキと部屋でゆっくり話し合うことになった。だがもう俺は有頂天で、どんな秘密だってトキが俺を好いてくれているなら構いやしない。何でもいい。

 暴走しないように深呼吸して、ぶるぶると震えるトキを膝にのせた。恋人らしい距離感に細胞が沸き立つ。

 このままどうにかしちまいたいところだが、俺と違って神妙な表情のトキ。いまは会話をするべきだ。またゆっくり深呼吸を繰り返した。

 トキの小さな寝床に腰掛けて話を聞く。

 
 「……薬師には」
 
  
 薬師には薬学以外にも伝わる呪(まじな)いがある。それは大切にされてきた風習で「魂掛け(たまがけ)」というらしい。

 師事する薬師から教えられた手法で四方が自分の指先から肘までの長さの正方形の布を織る。普通の織物と違うところは、薬師自身の髪を縦糸に四本、横糸に四本織り込むというところだ。

 それを更に誕生月の花で何度も染めて叩いてを肌馴染みがよくなるまで永遠と繰り返し、一枚の布を完成させる。それが「魂掛け」なのだという。
 
 「ほお……そりゃまた面倒だな。だから薬師はみんな髪がなげぇのか」
 
 こくりと頷くトキの綺麗な黒髪も、そのために伸ばしているということになる。
 
 「まだトキは作ってないんだな?」
 
 少し思案してふるふる首を振ったトキは、十のときに作ったと言った。
 
 その薬師の「魂掛け」という布を織るまじないは「自分の魂を相手に明け渡し、その魂を代償に受け取った相手の魂を我がものにできる」という、どこか女の好きそうなまじないだった。
 
 なぜそんな手間のかかるまじないが薬師のなかで残っているのかというと、常に移動している薬師たちは好きな土地を見つけ、そこへ根付いたら次に伴侶を探す。だが人と関わるより多くの時間を山歩きに費やし草花を集める彼らには、自分の好む相手とうまく関係を築けない人間が多い。

 個人差はあっても、だいたいどの薬師もそうなのだという。薬師になるような人間だからそうなのか、薬師になったらそうなるのかはわからない。

 一生懸命織った布を相手に渡して使用して貰うことで魂掛けは成るというが、使用してもらえる贈り物をしている段階でわりと交流できている気もする。
 
 しかし、そんな彼らの生存戦略としてそのまじないは廃れずに伝わり続けているのだ。
 
 そしてトキが決心したかのように真っ白な手を握りしめて、俺に言う。
 
 「トキは、もう使ってしまいました」
 
 ドキドキと胸を高鳴らせて、それを貰えるのだと思っていたので息が止まった。
 
 「ごめんなさい、トキは……がまんできなくて…」
 
 うるうると涙をためるトキ。指の食い込む手を握ってやると酷く冷たい。
 
 「トキよ、俺ぁ気にしねぇ。いまおまえが俺を慕ってくれんならそれでいいんだ」
 
 実際はかなり気になってる。トキを責めているのではなく、その相手ってのがとてつもなく邪魔だ。トキに想われるなんて忌々しい。なのにひとりでここに住まうってことは、そのクソ野郎はトキを振ったのか?なんて野郎だ!いや野郎なのかは知らんが、そんな見る目のないヤツはクソったれだ!

 ギリギリと奥歯を噛みしめ耐える。布ということは手拭いのように使ったはず。なぜかトキの体毛なら不気味なまじないだって気にならない。
 
 「いいえ、トキは黙ってつかいました……」
 「大丈夫だ。だってよ、いま俺がこうしてトキと一緒になってるわけだろ?そいつにゃ見る目がなかったんだな!」
 
 はやく忘れちまえ!と罪悪感に苛まれるトキに言い聞かす。
 
 「だって、成ってしまいました……」
 「……ん?」
 「トキ、ひとめぼれして…当て布だってうそついて」
 
 ポロポロ泣き出すトキ。
 
 「お、おい、トキよ!おめぇもしや……!」
 「ジルドさんが、トキを構ってくれるのも……」
 「おいおいおい!」
 
 日焼けが酷くて訪れた薬屋、奥から出てきた薬師。ただの日焼けをきれいな指で優しく丁寧に治療してくれた薬師に俺は惹かれた。
 
 「あの布っ、あれか?!」
 
 こくりと頷くトキ。その瞬間に歓喜で立ち上がってしまい、膝から落ちそうになるトキを抱えあげてぎゅうぎゅう胸に押し付ける。
 
 「そんな大事な布を切り裂きやがったのか……俺のために…!」
 「……はい。だから、効果、なくなった、思ったのに」
 「あぁ、ねぇな!その布にゃ効果はねぇよ!だってなトキ!」
 
 トキの瞳をじっ、と見つめる。
 
 「俺もトキにひとめで惚れちまってた」
 
 目元しか見えてないトキに、それでも惹かれた。だから大人しく治療も受けたし、飯を食わせた。

 「こっち向け……」
 
 うそだと号泣するトキに、本当だとわからせるべく何度もキスをした。それだけで幸福で、あのとき死ななくてよかったと強く思った。


 レンとのことをしこりのように思い出すことはまだあるが、それは好意というより、自分を含めたサンドラへの裏切りへの後悔でだ。未練なんて更々ない。
 
 男同士ということも気にするなとトキに告げる。自分はどちらでも愛せる人間みたいなんだとはじめて正直に、サンドラとエリック、そしてレンのことを告白した。

 知らなかったとはいえ、サンドラの旦那の浮気相手とこのアーネシアで数ヶ月過ごしてしまったのだ。聞いていていい気分はしない話だ。気色悪がられても仕方ねぇと思う。

 だがトキは黙って懺悔を聞くと、おもむろに立ち上がり俺の手を取った。
 
 「もうひとつ、トキ、秘密あります」
 
 俺が誰にも話したことのなかった心のしこりを吐露したように、一番の気がかりなのだと、手をそこへ引き寄せるトキ。
 
 「っ、……と、ときっ」
 
 トキは服の上から俺の人差し指を一本、股に滑り込ませた。ふにゅりと柔らかい陰部に、あるはずのものがなく、ないはずのものがあった。
 
 「トキ……おまえは、」
 
 少し意思をもって動かす。ごくり、と自分の喉が鳴った。
 
 「っ、…ぁ」
 
 核を押し潰してしまったのかトキの腰が逃げる。
 


 「おんな、だったのか……?」
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