ジルド・エヴァンズの嫁探し

やきめし

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 その日はキースに薬師宿に部屋を取らせた。翌日、休みを変わって仕事を任せ、俺は東通路裏にある例の宿屋に乗り込む。
 
 「おいあんた店主か」
 「あぁそうだが。おや、お前さん配達屋じゃねぇか」
 
 ここらへんは地元のもんじゃなくて外から来た商人が商売している地域だ。他とは雰囲気が違い、治安があまりよくない。それに俺は店主に見覚えがなかった。
 
 「ここにうちのキースが世話んなるって聞いてなぁ」
 「あぁ、薬師宿じゃあかわいそうだろう?あんな美人だ。あんたが心配になるのもわかるさ」
 
 ニヤニヤと不躾な視線を寄越す。
 
 「フランクんとこからパン仕入れてんな?」
 
 最初に宿の裏を見て回ったからわかる。食堂の裏口にセンスのねぇ店名の焼き印が入ったパレットが出してあった。
 
 「あぁ、あそこのはうまいからな」
 
 うそつけジジイめ。フランクんとこのパンはかたくて保存食にもなりゃしねぇよ。
 
 「ほう、いつからだ」
 「……なんなんだアンタ。ボランティアで知り合ってからだからそう長くはないが」
 「マーカスが来てんだろ配達にゃあ」
 「……さてね、受けとるのは従業員で俺じゃないから知らんな」
 
 マーカスの名前を出してから店主の反応が敏感になる。
 
 「いくら貰ってる」
 「さっきからいったい何の話だ……!」
 
 宿の朝食用にしては少ない仕入れに、味見もしてねぇ店主。あとうさんくせぇ面見りゃわかる。

 こいつぁ黒だ。
 
 「おい店主!昨日は部屋空っぽだっ……」
 「………」

 ほらみろ。

 「ようマーカス、待ってたぜ」
 
 妙にめかしこんだマーカスがのこのこ現れた。

 本当なら昨夜ここの部屋に泊まっていたはずのキースを、健気にイチモツを熱くして待ち伏せていたのだろう。そして結局朝までその部屋が空っぽで腹を立てている間抜けな男。

 ちょいと追及してやったら大泣きしながらパパ~パパ~とわめきやがった。
 
 大事おおごとにするつもりも無かったってのに、そのマーカスの大騒ぎのせいで王都から各地区に派遣されている警備隊まで出てきて、えらいことになった。

 いつの間にか渦中もど真ん中にいる俺。


 「やっ……と、おわったか……」
 
 キースに付きまとってフラれたマーカスが諦めきれず、宿屋の主人に金を渡して手籠めにしようと画策していたことが公になった。うちはうちで本社からまたお偉方もやって来て……と、てんやわんや。ぐったりだ。
 
 「すいません…!ありがとうございますっ!ほんとにっ、ありがとうございました!」
 
 十数日間、俺も含めてボランティアの参加者やパン屋のフランク、宿屋の店主の妻も事情聴取で拘束された。

 仕事は本社から何人か寄越してくれて滞りなくいったようだが、俺が関わってしまった今回の事件は一筋縄にはいかなかったらしい。

 アーネシアが普段は平和なのもあり、事件が明るみになるにつれて町全体が震撼する事態となった。
 
 まず、四六時中キースに付いて回り嫌がるキースと言い合う場面も目撃されており簡単に証拠は集まったのもあって、マーカスは早々にお縄に。

 だが、あの宿屋のジジイがくせ者だった。

 若い男や女が強姦されるのを見るのが趣味だったとかで、とある部屋の壁や鏡に細工がしてあり、そこで客のあれこれを覗いていたのだ。詳細に記録された日記や利用者の名簿が何十冊と出てきて、かなり余罪が浮き彫りとなった。

 どのみちこの宿屋は潰れる運命にある。
 
 キースの家からの圧力でもあったのか、宿屋の店主はもちろん未遂のマーカスもしょっぴかれちまって、フランクにはすこーしばかり同情する。ほんの少しだ。宿屋の女主人は無関係だと証明され、さっさと離縁して故郷へ帰っちまった。それがいい。
 
 「あの夜に帰してたら危なかったなぁ、肝が冷えるぜ。まぁ胸くそ悪い思いはしただろうが勉強なったろ。おめぇみてぇな面の男は勝手に相手が熱あげちまうんだよなぁ」
 
 美形ってのも大変だ。
 
 部屋のことや日記の存在を聞いてゾッとしたのがぶり返し、震えながら礼を言い続けるキース。
 
 「おめぇんちは金持ちなんだろーが、心配で迎えにくるんじゃねぇか?」
 
 本社からすぐにやってきたお偉方は精神のほうの治療師を呼ぶだとか、いやここには置いておけないだとか色々言っていた。
 
 「いえ。信頼できる方がいるので大丈夫だと何度も言っておきました!」
 
 俺を見るな俺を。今回は予想外に事が大きくなって、犯罪を未然に防いだとか凶悪犯をしょっぴいたとか同僚想いだとか持ち上げられた。勝手に英雄だなんだと声をかけられ居心地が悪い。
 
 「……勝手にしろ」
 
 キースは宿ではなく、人通りの多い自警団や警備隊の寄り合い所の目の前にある民家を買い取って自宅にするとか。ぽんっと家を買えるくせに、こんな誰でも出来る仕事してどーすんだよ。


 

──────······
 



 
 「やだジル兄さん!その髪なによ!」
 「あーへいへい」
 
 キンキンと響く妹の声だけは苦手だ。義弟はよくまぁ付き合ってくれてる。
 
 「そんな怖い顔じゃあ誰も紹介できないじゃない!」
 「探してきてから言えい!」
 
 もう!と息子の為にミルクを煮る妹。荷物を届けに来てすぐ帰ろうとしたら、どうせ仕事終わりなんだから飯を食っていけとうるせぇ。旦那が王都に出張してるもんで寂しいんだろう。
 
 「んー、うまい。母ちゃんのに近付いてきたなぁ」
 「ありがとう。ジル兄さんはこうやって食べたら美味しいっていってくれるし優しいのに、周りの女ったら見る目がないわ!」
 「……こんなん普通だ」
 
 普通じゃないのよこれが!と鬱憤でもたまってるのか旦那が普段どうだこうだとよく口の回る。妹と二人で暮らしてた時期が長かったから俺にとっちゃ普通なことも、よその男たちは煩わしいのかもしれん。

 子供の世話ばっかりしてたら息もつまるだろう。聞いてる振りをしつつ甥っ子を膝に乗っけて真ん丸な頬をつつきながら飯を食わせる。
 みくち食べりゃあイヤイヤ。ひとくちすすりゃバタバタ。にぎってベタベタ。そうやって飯で遊ぶもんで、あちこちふやかしたパンが飛んだ。
 
 「おうおう、坊のくちはここにあんのかぁ?」
 
 わざとスプーンをアゴやデコっぱちに引っ付けてやるとキャッキャと笑う。子供の高い声は不思議と耳に痛くない。
 
 「はぁ~あ、ジル兄さんの嫁さんは幸せよぉ」
 「存在しねぇもんに憧れてどうすんだ」
 
 こいつはキンキンとうるせぇが、身内の贔屓目なのか昔っから俺をイイ男だと持ち上げる。
 
 母親が女では珍しほど背が高かったから、妹も俺もたっぱがあって何処にいても目立ちはした。残念なことに、面構えは互いに両親の微妙なとこばっかりを受け継いだ。

 「ふふ、兄さんのお膝は落ち着くものねぇ」

 息子を見つめる眼差しはやわらかで、いい母親に見える。サンドラは強気な印象を持たれるキツイ性格の女だったが、子供を産んで角のとれた顔になった。対して俺は年季も入ってただの偏屈ジジイとかわりねぇ。
 
 坊があとふたくち食い残してコクリと寝付いた。子供は急に寝やがる。ひたひたのパンくずを代わりに食ってラル坊を抱えると、ミルク臭くてふにゃふにゃのやわらかい塊に癒された。これがたまにだからそう感じるんだろう。毎日こうやって世話してやるのは気が遠くなる。
  
 しっこを漏らしてないか尻に顔を近づけて確認して、大丈夫そうなので歯磨きは後からにするとしてちいせぇベッドに寝かす。ほんと、なにもかもちいせぇ。
 
 「こういうとこを見てもらえたらすぐに嫁さん貰えるのにねぇ…」
 「おまえ、そうやって俺と旦那を比べてやるなよ」
 
 両親が死んで、まず悲しむより先に妹を守らなければならないと思った。どんなに腹が立っても二人きりの家族だ。親戚に預けて離れるのはイヤで、子供なり大人になろうとがむしゃらだった。だから妹とどんなに喧嘩したって大切に思う『血の繋がった俺』と『所詮他人で夫婦になった旦那』とでは同じ扱いじゃだめだ。
 
 「若いのによく働いて稼いでくるってだけで褒めてやれい。野郎なんて単純なもんだ。そうすっとうまくいく」
 
 女は身体が変化して心持ちも変わるだろうが、男はいつだって変わりゃしねぇ。
 
 「男ってヤツは、って見下してていいんだよ。仕方のねぇ生き物だからって内心見下して世話してみろ」
 「いっつも思ってるわよ!もう!」
 
 ……あいつ、浮気でもしたのか?

 男のさがってのかもしれんが妹の旦那となるとむかっ腹がたつな。今度あったら覚悟しとけよ。
 
 「……いまはおだてて調子に乗らせてめいっぱい働かせろ。証拠も集めてだまーって取っとくんだよ。辛抱たまらんくなったら突き付けてスパッと捨ててやんだ」
 「そうよね、証拠もいるしお金は必要だものね」
 「……きちんと管理しとけよ」
 
 坊が小さい間にどうにかなるってのは回避させたい。赤子とふたりの生活じゃ世界が狭すぎる。サンドラの鬱憤も適度に発散させねぇとな。

 妹は夫婦を見て育ってない。本当なら俺の嫁さんと二人で四六時中旦那の悪口でも言ってりゃあマシなのかもしれんな。そんなもん居ねぇが。
 
 「じゃあまたな」
 「うん、ありがとねジル兄さん……大好きよ!」
 「おうおう」
 
 憎たらしくなる時もある。でもやっぱり大切な家族だ。
 
    
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