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⑤
しおりを挟む 「あっ~~、♡あっ♡♡♡エドッ♡」
「はっ、レン…っ」
あれから『ヒモっていうのはこういうことか』という生活をしている。ひとつき経ってもまだトンネルは開通せず、荷も届かない。定期的に事務所テントへ確認しに行くが状況は相変わらず。
数回キースと鉢合わせ、呼び止められたがボランティアなんぞ御免だ。
「ばーさん生きてっか」
「ほいよぉ」
花酒の出荷が出来ないばーさんが心配で親族宛に連絡を入れたら『もう十分裕福で老後の趣味が商売になっちまって忙しかったんだから、たまの休みで丁度いいんだ』と、ばーさんの孫のテル兄から返信があった。
金のあるところには金が集まるんだな。まったくよ。
古い家のランプのオイルを確認して減ってるところは足し、漏れている箇所がないか点検する。重い酒瓶はひとまず使わんだろうから盗まれんように倉庫へ移動させた。
「あ、こんにちは」
「……レン」
「ついてきちゃった」
レンは俺が昼間出歩くのが気になるらしい。
「アーネシアの名産の花酒はこのばーさんがつくってる。横流ししてほしけりゃ覚えてもらうんだな」
ドカッとカウンターに座ってばーさんの手遊び用の袋を弄った。
「へえ!おばあさま御一人で?」
花酒はアーネシアだと庶民的な酒だが、一歩外へ出れば高級酒だ。レンは『驚いた』とばーさんの手を握る。
「くくッ、おばあさまだとよ!」
そんな上品なばーさんじゃねぇが、八十を過ぎてもしゃきしゃきして頭の毛も豊かだ。この見た目だとイイトコのばーさまに見えるんだろうな。
ばーさんが手を握る優男のレンを見る。
「変わった瞳だねぇ」
ねぇ、と俺に話を振るな。レンの手を振りほどき、手遊び袋を俺から奪って子供のように遊びだすばーさん。
「あー、そうだな。ここらじゃ御目にかかれねぇ」
そういえば俺もそう思ったんだ。変わった瞳だと。
客商売のくせに珍しく愛想のない様子。いつもならゆっくり世間話でもするところだが、レンを放っておくわけにもいかない。ばーさんの相手はいつでも出来るので早々に切り上げて腰をあげた。
「またくっから生きてろ、よばーさま」
「はぁいはいな」
じっと俺たちを見ていたレンを連れ出そうとすると
「ぼくは買い物しようかな」
ニコリと笑って興味深そうに酒や酢漬けの花弁を手に取る。
「そうか」
狭い店だ。かさばる俺は先に店を出て待つことにした。
────·····
「……ねぇエド」
しばらく外で暇を潰していると真剣な面持ちで店から出てきたレン。
「おばあさま、もしかして……その」
「あ?釣り銭でも間違えやがったか?」
「まぁそうなんだけど……いやそれ自体はべつによくて…」
『ボケた老人ひとりじゃ商売は危ないんじゃないか』と、かなり遠回しに呟くレン。俯いて暗い顔をするそいつに待ってろと告げて、ずかずかばーさんの店に押し入る。
「おいばーさん!まぁたやりやがったな!」
「はいなはいな」
ニコニコと札を二枚俺に握らせた。
「っ、エド!いいんだよ!」
「ちげーよレン。おめぇボラれたんだ」
「……っえ?」
ニコニコと人の良さそうな顔をした無害なばーさんに見えるこの女は、カモを見逃さない。平然とボケたふりして釣り銭を懐へ入れる手癖の悪いババアだ。
レンはきょとんとしたあと手で目を覆った。
「ッアハハ!」
『ぼく今ぼったくられたのかい?!』とケラケラ笑う。
「おばあさま、失礼しました」
ただのご婦人だと侮っていたのだと手をとり額をつけた。謝ることなんかひとつもありゃしねぇのによ。
「すっかり騙されちゃったよ!」
でもよかった、と俺を見上げた笑顔が野郎にしては美しかった。
「じゃあねぇ」
今度こそニコニコと笑うばーさんに見送られる。普段はあんな露骨に釣り銭をボラない。そもそも町の人間にはそんなことしない。
だが、ばーさんは酒を外に出すときには気に入らない商人相手にふっかけている節がある。他の酒と違って熟成させるより、ある程度の期間内に飲むほうが美味いらしい花酒には鮮度が品質に関係があるのは確かだ。ただそれでもアーネシアと外での値段は高騰し続けている。
最初の商人が輸送費をケチろうとしたばっかりに嫌われたのが運命の分かれ道。アーネシアでは料理酒が切れたときの変わり扱いの安酒も、ばーさんの機嫌ひとつで高級酒になる。それが花酒のカラクリだった。
ここ数年俺ばっかり相手にしてるから、見ない顔の余所者の男をおちょくりたかったんだろうか。
「晩酌は花酒だね」
「俺は呑み飽きてんだがなぁ」
「変なとこ贅沢なんだから」
「ここらじゃ料理酒に使うんだぞ」
「嘘でしょ?!」
ばーさんの道楽も外に出りゃあすごいもんだ。
外なぁ。
「思ったんだけどさ、それどこで借り入れたんだい?」
「あ?」
呑みながらぼんやりしていてポロっと正直に金貸し屋の名前を教えてしまった。
「ふーん、聞き覚えないなぁ」
「だろうよ」
職場にばれねぇようなやべーとこに借りたんだからな。
この日は歩き回って疲れたと二人で子供のようにすぐに寝付いた。
早朝、習慣で目が覚める。
腕の中のレンをしばらく見ていたら、すぅっとゆっくり瞼が開いていく。朝日が反射して、生まれてこのかた行ったこともねぇ教会のステンドグラスみたいだと思った。
「…きれいだ」
かすれて声にはならなかった。
「ん、あ?おはよー……」
「あぁ、まだ朝はえぇぞ」
「ン~……♡」
もう少し寝とけ、と胸に抱き込む。
静かで穏やかな朝だった。柄にもなく、こんな日が続いても悪くないなんて考え微睡む。いい朝だった。
その日の昼、トンネルが開通した。
あっさりとレンと別れ、雪崩れ込んだ仕事に没頭する。遅れを取り戻すように着々と組み上がる営業所。
ここが俺が生きて俺が死ぬところだ。
レンが居なくなると、幻だったかのように前の生活に戻った。
ように見えた。
「……新人か?」
なんと金貸し屋との待ち合わせ場所に来たのはダンデ地区の役人だった。
難しいことをペラペラと喋り、書類と共に結構な厚さの金を「これはあなたのものだ」と握らされて呆ける。簡単に説明してくれと言うと、違法な金貸し屋に何年も過剰に払いすぎていた分だという。
もう借金は完済してると言われて、目の前がぱぁと開けた。
そのままフラフラと表通りに出ると、夜の町が色付いているじゃねぇか。
驚いた。金があるなしでこんなに物の見えかたが変わるもんかと。
「おいジル!久しく見なかったじゃねーか!」
「おう!女が離さなくってよぅ!」
串を十本
「おいばーさん生きてるか!」
「はぁいはい」
花酒を三本
ご機嫌で飯を買い込んだ。宿も決めずに。
自分の浮かれ加減に嫌になる。
そうだ、と慌てて事務所の通信機を握り、はたと気付く。
金貸し屋の件は絶対にレンが手を回したに違いない。だから礼でもと思ったが、俺はレンの名と顔とケツの具合しか知らなかった。俺だって金貸し屋のことは話したが、名乗ったのは愛称だ。きっと”レン”の方もそうだろう。
浮かれ気分が落ち着いて、物が散らかった事務所テントで串を食らう。花酒はやっぱり飽きた味で、レンと飲んだ酒とはまるで別物。混ぜ物でもしてるんじゃねえかと思うくれぇに、なんてことないただの安酒だった。
「家もねぇ学もねぇ三十半ばの大男が浮かれちまってよ……」
スケベな夢でも見たんだと仕事に没頭し、荷物を抱えて町中走り回る。
まだ辞めずにいた馴染みの女を買いにいったが気がのらず『聖人になっちまったのかねぇ』と笑われてすごすごと世話になってる薬草臭い宿に入った。前に紹介したキースはまだ宿に泊まってんのか知らねぇが、金の余裕が出来た今じゃあ特段気にすることもない。
不完全燃焼で硬いシーツに埋もれる。不能になっちまったのかと目を閉じてあの日の朝をなぞると、確かに腹の下が疼いた。
身ぐるみ剥がされて笑う気狂いのオッサンに、客を取ってないかと声をかけてきた若いようで俺と変わらん年かさの優男。それでいて脱がすと貴族みてぇな肌艶で、オンナよりいい匂いをさせる男だった。
オンナの前じゃ大人しかったイチモツが今になっておっ勃って、どうしようもねえ。仕方なく自分の豆だらけの手で握る。
部屋に入ってすぐ俺の足元に跪いた男はパンツをおろしてしゃぶりついてきた。臭かろうに、よくもまぁと思いながら見下ろすとあの瞳に見つめられてすぐにおっ勃てたんだ。嬉しそうに瞳を細めたヤツが、下品な音をたててうまそうにしゃぶるもんだから頭なんか撫でてやって、辛抱できねぇでベッドに放り込んだ。
準備がどうのこうの言う男を無理やり手籠めにするみたいなやり方だった。今思うとな。
やつのケツはほぐれていた。とおもう。臭くもねぇし、指を突っ込んで確認したがにゅるにゅると滑りもよく、尻穴に何か仕込んではいたはずだ。あの様子じゃあ俺が断ったら別の男のちんぽをしゃぶってたんだろう。
嫌な気分になる前にあいつのことを思い出しながらガキのようにシコってさっさと出す。
しばらくボケーときたねぇ天井と見つめあい、薬師の忘れていったボロ布の端切れで手を拭う。
──コンコン
微かな物音。隙間風か他の客の歩き回る音だと気にもとめずに寝入ろうとした。
──コンコンコン
「部屋ぁまちがえてっぞ!」
耄碌薬師がたまに間違えて入ってこようとすることはあるが、今夜はしつこい。面倒でベッドの中から叫ぶ。
「あっ、エヴァンズさんっ……僕です!」
キースか……。
夜中に一体なんの用事があるんだか。
のっそり起き上がり、窓を開けた。
「なんだ。夜更けに出歩くなっつったろ」
「あの、今夜はここに泊まってるって聞いたので……」
今日は口の軽いババアが店番だったか。
「んでなんだ。俺ぁねるぞ」
「あっ、すいませんでした……」
何か抱えてると思ったら酒瓶だ。おずおずとローブに隠している。
ふと、来たばかりの頃のクリスのことを思い出して懐かしく思う。あいつは酒がてんでダメで、馴染もうと町の集まりに顔を出すたび潰されて半月は具合が悪そうにして見ていられなかった。
どうも酒と相性が悪いらしく、集会には俺がついてって酒を二人ぶん飲んでやってた。つっても俺からしたら飲み代が浮いてるだけで感謝されるようなことじゃなかったんだが、ずいぶんとそれでクリスになつかれたもんだ。
「はぁ……、入れよ」
この宿では落ち着かなかったというキースは、ボランティアで知り合ったおやじの営む宿に今日から移っているんだとか。ぽつぽつとそんな話をするんで、ほうほうと適当に相槌をはさむ。
「それであの……ちょっと困ったことに…」
きたな。ただのおしゃべりにこんなにいい酒なんか持ってこない。
「ん?なんだよはやくいっちまえ」
「……なんだかその、土砂を運ぶときに手伝ってくださっていた方がいるんですが、そのパン屋の方に…」
「パン屋ぁ?ジジイのフランクは知ってるがな……ボランティアなんぞするジジイじゃあねぇぞ」
「あっ、まだ若い方で!僕より少し上か……それくらいの…」
ぼんやりとフランクに一人息子がいたような記憶があった。
「んなら息子の方か……そうだ、たしかマーカスとかいう」
家族構成と名前を覚えるのは得意だが、フランクの倅は早いうちから外に出ていて忘れていた。最近アーネシアへ帰ってきていたようだ。
「はい、マーカスに……その、付きまとわれていて…」
頭を抱える。だからボランティアなんぞしなけりゃよかったんだ。
「告白でもされたか?あ?」
「いえ…最初は重い石なんかを代わりに運んでくれていたんですけど、三日したらなぜか身体を触ってくるようになって……それでやめてくれと言ったら付きまとわれて……」
最低な野郎だなマーカスよ。
キースはパッと見が優男なもんで、押したらいけそうだと思ったんだろうな。
しかし嫌がる男の尻を狙う変態だったとは……。
フランクには悪いが、相手の意思を無視するような男のこねたパンは今後買わねぇことにする。そもそも不味くて食いやしねぇがな。
「ふぅん、ちゃんと断ってんだな?」
「はい!本当にイヤで、最近は怖くなって……」
「その宿屋は平気なのか?」
「あっはい!逃げ回るボクに気付いて、ここじゃなくて移ってこいと言われました」
よくもまぁ信用したもんだ。マーカスが金でも渡して融通すれば、しっかりお誂えの状況で襲われちまうぞ。
ここは確かに鍵なんか無いに等しい。壁も薄い。だが少しでも暴れると一発で周りにわかる。周りは普段山で過ごしている薬師たち。不審な物音なんてすぐ聞き分けられるだろう。ひとの気配が落ち着かないらしいが、避難場所の条件として悪くはないはずだった。
「その宿屋どこだ」
「はっ、レン…っ」
あれから『ヒモっていうのはこういうことか』という生活をしている。ひとつき経ってもまだトンネルは開通せず、荷も届かない。定期的に事務所テントへ確認しに行くが状況は相変わらず。
数回キースと鉢合わせ、呼び止められたがボランティアなんぞ御免だ。
「ばーさん生きてっか」
「ほいよぉ」
花酒の出荷が出来ないばーさんが心配で親族宛に連絡を入れたら『もう十分裕福で老後の趣味が商売になっちまって忙しかったんだから、たまの休みで丁度いいんだ』と、ばーさんの孫のテル兄から返信があった。
金のあるところには金が集まるんだな。まったくよ。
古い家のランプのオイルを確認して減ってるところは足し、漏れている箇所がないか点検する。重い酒瓶はひとまず使わんだろうから盗まれんように倉庫へ移動させた。
「あ、こんにちは」
「……レン」
「ついてきちゃった」
レンは俺が昼間出歩くのが気になるらしい。
「アーネシアの名産の花酒はこのばーさんがつくってる。横流ししてほしけりゃ覚えてもらうんだな」
ドカッとカウンターに座ってばーさんの手遊び用の袋を弄った。
「へえ!おばあさま御一人で?」
花酒はアーネシアだと庶民的な酒だが、一歩外へ出れば高級酒だ。レンは『驚いた』とばーさんの手を握る。
「くくッ、おばあさまだとよ!」
そんな上品なばーさんじゃねぇが、八十を過ぎてもしゃきしゃきして頭の毛も豊かだ。この見た目だとイイトコのばーさまに見えるんだろうな。
ばーさんが手を握る優男のレンを見る。
「変わった瞳だねぇ」
ねぇ、と俺に話を振るな。レンの手を振りほどき、手遊び袋を俺から奪って子供のように遊びだすばーさん。
「あー、そうだな。ここらじゃ御目にかかれねぇ」
そういえば俺もそう思ったんだ。変わった瞳だと。
客商売のくせに珍しく愛想のない様子。いつもならゆっくり世間話でもするところだが、レンを放っておくわけにもいかない。ばーさんの相手はいつでも出来るので早々に切り上げて腰をあげた。
「またくっから生きてろ、よばーさま」
「はぁいはいな」
じっと俺たちを見ていたレンを連れ出そうとすると
「ぼくは買い物しようかな」
ニコリと笑って興味深そうに酒や酢漬けの花弁を手に取る。
「そうか」
狭い店だ。かさばる俺は先に店を出て待つことにした。
────·····
「……ねぇエド」
しばらく外で暇を潰していると真剣な面持ちで店から出てきたレン。
「おばあさま、もしかして……その」
「あ?釣り銭でも間違えやがったか?」
「まぁそうなんだけど……いやそれ自体はべつによくて…」
『ボケた老人ひとりじゃ商売は危ないんじゃないか』と、かなり遠回しに呟くレン。俯いて暗い顔をするそいつに待ってろと告げて、ずかずかばーさんの店に押し入る。
「おいばーさん!まぁたやりやがったな!」
「はいなはいな」
ニコニコと札を二枚俺に握らせた。
「っ、エド!いいんだよ!」
「ちげーよレン。おめぇボラれたんだ」
「……っえ?」
ニコニコと人の良さそうな顔をした無害なばーさんに見えるこの女は、カモを見逃さない。平然とボケたふりして釣り銭を懐へ入れる手癖の悪いババアだ。
レンはきょとんとしたあと手で目を覆った。
「ッアハハ!」
『ぼく今ぼったくられたのかい?!』とケラケラ笑う。
「おばあさま、失礼しました」
ただのご婦人だと侮っていたのだと手をとり額をつけた。謝ることなんかひとつもありゃしねぇのによ。
「すっかり騙されちゃったよ!」
でもよかった、と俺を見上げた笑顔が野郎にしては美しかった。
「じゃあねぇ」
今度こそニコニコと笑うばーさんに見送られる。普段はあんな露骨に釣り銭をボラない。そもそも町の人間にはそんなことしない。
だが、ばーさんは酒を外に出すときには気に入らない商人相手にふっかけている節がある。他の酒と違って熟成させるより、ある程度の期間内に飲むほうが美味いらしい花酒には鮮度が品質に関係があるのは確かだ。ただそれでもアーネシアと外での値段は高騰し続けている。
最初の商人が輸送費をケチろうとしたばっかりに嫌われたのが運命の分かれ道。アーネシアでは料理酒が切れたときの変わり扱いの安酒も、ばーさんの機嫌ひとつで高級酒になる。それが花酒のカラクリだった。
ここ数年俺ばっかり相手にしてるから、見ない顔の余所者の男をおちょくりたかったんだろうか。
「晩酌は花酒だね」
「俺は呑み飽きてんだがなぁ」
「変なとこ贅沢なんだから」
「ここらじゃ料理酒に使うんだぞ」
「嘘でしょ?!」
ばーさんの道楽も外に出りゃあすごいもんだ。
外なぁ。
「思ったんだけどさ、それどこで借り入れたんだい?」
「あ?」
呑みながらぼんやりしていてポロっと正直に金貸し屋の名前を教えてしまった。
「ふーん、聞き覚えないなぁ」
「だろうよ」
職場にばれねぇようなやべーとこに借りたんだからな。
この日は歩き回って疲れたと二人で子供のようにすぐに寝付いた。
早朝、習慣で目が覚める。
腕の中のレンをしばらく見ていたら、すぅっとゆっくり瞼が開いていく。朝日が反射して、生まれてこのかた行ったこともねぇ教会のステンドグラスみたいだと思った。
「…きれいだ」
かすれて声にはならなかった。
「ん、あ?おはよー……」
「あぁ、まだ朝はえぇぞ」
「ン~……♡」
もう少し寝とけ、と胸に抱き込む。
静かで穏やかな朝だった。柄にもなく、こんな日が続いても悪くないなんて考え微睡む。いい朝だった。
その日の昼、トンネルが開通した。
あっさりとレンと別れ、雪崩れ込んだ仕事に没頭する。遅れを取り戻すように着々と組み上がる営業所。
ここが俺が生きて俺が死ぬところだ。
レンが居なくなると、幻だったかのように前の生活に戻った。
ように見えた。
「……新人か?」
なんと金貸し屋との待ち合わせ場所に来たのはダンデ地区の役人だった。
難しいことをペラペラと喋り、書類と共に結構な厚さの金を「これはあなたのものだ」と握らされて呆ける。簡単に説明してくれと言うと、違法な金貸し屋に何年も過剰に払いすぎていた分だという。
もう借金は完済してると言われて、目の前がぱぁと開けた。
そのままフラフラと表通りに出ると、夜の町が色付いているじゃねぇか。
驚いた。金があるなしでこんなに物の見えかたが変わるもんかと。
「おいジル!久しく見なかったじゃねーか!」
「おう!女が離さなくってよぅ!」
串を十本
「おいばーさん生きてるか!」
「はぁいはい」
花酒を三本
ご機嫌で飯を買い込んだ。宿も決めずに。
自分の浮かれ加減に嫌になる。
そうだ、と慌てて事務所の通信機を握り、はたと気付く。
金貸し屋の件は絶対にレンが手を回したに違いない。だから礼でもと思ったが、俺はレンの名と顔とケツの具合しか知らなかった。俺だって金貸し屋のことは話したが、名乗ったのは愛称だ。きっと”レン”の方もそうだろう。
浮かれ気分が落ち着いて、物が散らかった事務所テントで串を食らう。花酒はやっぱり飽きた味で、レンと飲んだ酒とはまるで別物。混ぜ物でもしてるんじゃねえかと思うくれぇに、なんてことないただの安酒だった。
「家もねぇ学もねぇ三十半ばの大男が浮かれちまってよ……」
スケベな夢でも見たんだと仕事に没頭し、荷物を抱えて町中走り回る。
まだ辞めずにいた馴染みの女を買いにいったが気がのらず『聖人になっちまったのかねぇ』と笑われてすごすごと世話になってる薬草臭い宿に入った。前に紹介したキースはまだ宿に泊まってんのか知らねぇが、金の余裕が出来た今じゃあ特段気にすることもない。
不完全燃焼で硬いシーツに埋もれる。不能になっちまったのかと目を閉じてあの日の朝をなぞると、確かに腹の下が疼いた。
身ぐるみ剥がされて笑う気狂いのオッサンに、客を取ってないかと声をかけてきた若いようで俺と変わらん年かさの優男。それでいて脱がすと貴族みてぇな肌艶で、オンナよりいい匂いをさせる男だった。
オンナの前じゃ大人しかったイチモツが今になっておっ勃って、どうしようもねえ。仕方なく自分の豆だらけの手で握る。
部屋に入ってすぐ俺の足元に跪いた男はパンツをおろしてしゃぶりついてきた。臭かろうに、よくもまぁと思いながら見下ろすとあの瞳に見つめられてすぐにおっ勃てたんだ。嬉しそうに瞳を細めたヤツが、下品な音をたててうまそうにしゃぶるもんだから頭なんか撫でてやって、辛抱できねぇでベッドに放り込んだ。
準備がどうのこうの言う男を無理やり手籠めにするみたいなやり方だった。今思うとな。
やつのケツはほぐれていた。とおもう。臭くもねぇし、指を突っ込んで確認したがにゅるにゅると滑りもよく、尻穴に何か仕込んではいたはずだ。あの様子じゃあ俺が断ったら別の男のちんぽをしゃぶってたんだろう。
嫌な気分になる前にあいつのことを思い出しながらガキのようにシコってさっさと出す。
しばらくボケーときたねぇ天井と見つめあい、薬師の忘れていったボロ布の端切れで手を拭う。
──コンコン
微かな物音。隙間風か他の客の歩き回る音だと気にもとめずに寝入ろうとした。
──コンコンコン
「部屋ぁまちがえてっぞ!」
耄碌薬師がたまに間違えて入ってこようとすることはあるが、今夜はしつこい。面倒でベッドの中から叫ぶ。
「あっ、エヴァンズさんっ……僕です!」
キースか……。
夜中に一体なんの用事があるんだか。
のっそり起き上がり、窓を開けた。
「なんだ。夜更けに出歩くなっつったろ」
「あの、今夜はここに泊まってるって聞いたので……」
今日は口の軽いババアが店番だったか。
「んでなんだ。俺ぁねるぞ」
「あっ、すいませんでした……」
何か抱えてると思ったら酒瓶だ。おずおずとローブに隠している。
ふと、来たばかりの頃のクリスのことを思い出して懐かしく思う。あいつは酒がてんでダメで、馴染もうと町の集まりに顔を出すたび潰されて半月は具合が悪そうにして見ていられなかった。
どうも酒と相性が悪いらしく、集会には俺がついてって酒を二人ぶん飲んでやってた。つっても俺からしたら飲み代が浮いてるだけで感謝されるようなことじゃなかったんだが、ずいぶんとそれでクリスになつかれたもんだ。
「はぁ……、入れよ」
この宿では落ち着かなかったというキースは、ボランティアで知り合ったおやじの営む宿に今日から移っているんだとか。ぽつぽつとそんな話をするんで、ほうほうと適当に相槌をはさむ。
「それであの……ちょっと困ったことに…」
きたな。ただのおしゃべりにこんなにいい酒なんか持ってこない。
「ん?なんだよはやくいっちまえ」
「……なんだかその、土砂を運ぶときに手伝ってくださっていた方がいるんですが、そのパン屋の方に…」
「パン屋ぁ?ジジイのフランクは知ってるがな……ボランティアなんぞするジジイじゃあねぇぞ」
「あっ、まだ若い方で!僕より少し上か……それくらいの…」
ぼんやりとフランクに一人息子がいたような記憶があった。
「んなら息子の方か……そうだ、たしかマーカスとかいう」
家族構成と名前を覚えるのは得意だが、フランクの倅は早いうちから外に出ていて忘れていた。最近アーネシアへ帰ってきていたようだ。
「はい、マーカスに……その、付きまとわれていて…」
頭を抱える。だからボランティアなんぞしなけりゃよかったんだ。
「告白でもされたか?あ?」
「いえ…最初は重い石なんかを代わりに運んでくれていたんですけど、三日したらなぜか身体を触ってくるようになって……それでやめてくれと言ったら付きまとわれて……」
最低な野郎だなマーカスよ。
キースはパッと見が優男なもんで、押したらいけそうだと思ったんだろうな。
しかし嫌がる男の尻を狙う変態だったとは……。
フランクには悪いが、相手の意思を無視するような男のこねたパンは今後買わねぇことにする。そもそも不味くて食いやしねぇがな。
「ふぅん、ちゃんと断ってんだな?」
「はい!本当にイヤで、最近は怖くなって……」
「その宿屋は平気なのか?」
「あっはい!逃げ回るボクに気付いて、ここじゃなくて移ってこいと言われました」
よくもまぁ信用したもんだ。マーカスが金でも渡して融通すれば、しっかりお誂えの状況で襲われちまうぞ。
ここは確かに鍵なんか無いに等しい。壁も薄い。だが少しでも暴れると一発で周りにわかる。周りは普段山で過ごしている薬師たち。不審な物音なんてすぐ聞き分けられるだろう。ひとの気配が落ち着かないらしいが、避難場所の条件として悪くはないはずだった。
「その宿屋どこだ」
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