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 浅い眠りから覚め、燃え残った薪を処理してシャワーを浴びる。シャワーもトイレも簡易な物で、あちこちにカビやひび割れも見える。例えいい相手がいても、こんなところに呼べるわけがない。
 
 久々に髭を剃って髪を撫で付けシャツとパンツをきちんと履いてベルトを締める。少し太ったか。
 狭い町を台車を押して走り回っているので弛んではないが、実用的すぎて美しいともいえない肉体。年中日焼け雪焼けして荒れた黒い肌も老けてみえる原因だろう。
 
 「あ、ジルさんおはようございます」
 「おう、いつ来んだお偉いさんは」
 
 ニコニコと人当たりの良いこいつが婿入りするクリスだ。クリスは十六からアーネシアに派遣されて来て五年目。田舎臭い俺とは対極にいるような奴で、あまりに違うので小さな喧嘩さえしたことがない。
 
 「九時着の定期便の馬車に乗って来るみたいですよ」
 
 お茶をどうぞ、といい香りのする紅茶を出された。若いが気のきく男だ。
 
 「定期便とねぇ…パパッとすませねぇとな」
 
 手伝うつもりでいたからいいが、九時便は返却される酒のガラス瓶が積んである。正直丁寧に扱わなければならないので、現場に出ない役職の人間がそれに乗ってくるのは嫌な想像しかできない。
 
 「すいません休みなのに」
 「いいさ、なんの予定もねぇしな」
 
 お偉方に出す用だったのか上品な味の紅茶をがぶ飲みしながら昨日の残りの串をつまむ。絶望的に合わない。
 
 「ジルさん来ましたよ!」
 「んー」
 
 休憩室から重い腰を上げて外へ出る。
 いつもの定期便馬車とは造りが違う大層立派な馬車が止まり、営業所が見劣りする。これは貴族でも乗ってるのか?と一応先に降りてきた眼鏡の男に挨拶をする。
 
 「アーネシア担当のジルド・エヴァンズです」
 「あっ、クリス・キャリバーです!」
 
 クリスもぎょっとしているので、本社から派遣されて来たこいつも関わらない上司が出張ってきたのだろう。ため息を飲み込む。
 
 「人事統括のカネル・ロージアです。本社から他に二名来ておりますが、気になさらずお仕事に取り掛かってください」
 
 これは挨拶だけで引っ込める雰囲気じゃねぇな。クリスを見ると緊張しすぎて手元が危なっかしい。
 お前はお茶でも用意しとけ、と囁いて代わりに大層な馬車から荷を降ろす。

 事務所へ戻るとクリスとお偉方たちが引き継ぎの確認だかなんだかをしていた。シュッとしたメガネの男とは違い小太りの髭を蓄えたおっさんは役職持ちの事務方で、真ん中にいる金髪の優男がクリスの後任のようだ。

 クリスも大柄ではないが、それより細身の男にガラス瓶のケースを抱えきれるだろうか……。
 
 話が長引きそうなのでガラス瓶返却を代わりに引き受けた。現場のことを知らない人間が来ているのでクリスに配達の時間があることなど気にもとめない。クリスに目で合図して外に出る。
 
 「あらまぁ、どうしたの」
 
 酒屋のばーさんが、普段とは違い髭が無くなりキレイさっぱりした顔を珍しそうにペタペタと触ってくる。孫より年下の俺のことを可愛がってくれるので好きにさせて、受取書に勝手にばーさんのサインを書く。いつものことだ。
 
 「お偉方がきてんだよ、まったく俺は休みだっつーのによ」
 「はぁ~そう大変だこと」
 
 花を漬けた酒をつくっているばーさんは八十過ぎても元気で腰も曲がらず接客もこなす。店の奥にある三人も座れない小さなカウンターに我が物顔で座って、ばーさんと時間を潰すことにした。
 
 「クリスがよ、あと半年で金髪のにーちゃんと交代すっから驚くなよ」
 「残念ねぇ、寂しいねぇ」
 「あいつは素直でいいやつだからなぁ、まぁ寂しいっちゃ寂しいかもなぁ」
 
 ばーさんはいつもただ相槌をうって俺のなんてない話を聞いてくれる。騒がしい妹や親戚と違って俺はこういうのが好きだった。
 
 外に稼ぎに出てなかなか帰ってこない孫たちの代わりにランプの点検をしてまわり、冷えないように扉の立て付けを確認して、ついでに酒を一本買って帰る。
 
 「また来るから生きてろよばーさん」
 「はぁいはい」




────···· 



 「ジルさんジルさん!」
 「おっ、どうした」
 
 馬車も無くなっていたし事務所にもクリスひとり。やっと帰りやがったかとほっとしていると
 
 「それがここ改装するらしくて!」
 「なにぃ?!」
 
 三十半ば独身、恋人なし。

 ついに俺は帰る部屋もなくした。
 
 
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