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第十五話④
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私は実の娘の、アヤちゃんとキスをした。
涙と鼻水で濡れて、アヤちゃんの唇はしょっぱかった。
アヤちゃんは私にキスをしながら、手探りで、確かめるように胸を揉んでくる。アヤちゃんの乳離れは早かった。早くから保育園に預けたこともあり、一歳になる頃には母乳を飲まなくなっていた。だから、もう十六歳になるアヤちゃんが私の胸に触れるのは、十五年ぶりぐらいになる。
この異常な状況に、私の頭は麻痺してしまったのか、そんなことを淡々と考えていた。
「ママからも、お姉ちゃんにしてあげて」
私はエリザちゃんを無視した。
本当はエリザちゃんに掴みかかって、その頬を叩きたい気持ちがあった。けれど私は彼女に逆らうことができない。
もし私のしたことを、過去のことをバラされたら、アヤちゃんとハナちゃんに辛い思いをさせてしまう。性犯罪者で、ネットで自慰を配信していた女の娘として、世間から好奇や差別の目を向けられることになる。
全部私のせいだ。私のせいで、アヤちゃんまで──
エリザちゃんは私と家族になるためにこんなことをさせている。実の母娘である私たちがセックスすれば、彼女の家族観の通りになる。私たちがすることで、エリザちゃんの論理では、彼女も私たちの家族ということになるのかもしれない。
アヤちゃんは必死にキスをして、胸をもんでくる。私はそんなアヤちゃんがかわいそうで抱きしめた。
「あ、私、スマホとってくるから。そのまま続けてて」
不意にエリザちゃんが言った。私たちを置いて部屋を出て行く。服を着た気配がなかったので、裸のままのようだった。
もうエリザちゃんはいないのだから、続ける理由はない。アヤちゃんも唇を離して、私の胸元に顔を埋めて泣いていた。
私から離れるように言いたかったけれど、エリザちゃんが戻った時のことを考えると、アヤちゃんに何かしそうで怖くて、重なったままでいることにした。
「アヤちゃん、何があったの……?」
私はアヤちゃんの頭を撫でて、なるべく優しく聞く。
エリザちゃんは目的を実現するために、どうやってアヤちゃんを追い詰めたのだろうか。アヤちゃんにこんなことをさせるのは罰だと言っていた。エリザちゃんにひどいことをして、彼女を裏切った罰。それが本当か分からないけれど、仮に本当だとしたら、どうしてそんなことになったのか。きっとエリザちゃんに追い詰められて、罠にハメられたのではないだろうか。そもそもハナちゃんがナスミちゃんをいじめていたというのも、エリザちゃんが仕組んだに違いない。
「アヤちゃん、教えて? エリザちゃんとの間に何があったの?」
私はアヤちゃんに再び聞いた。
「わたしが、わたしが悪いの……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「アヤちゃんは悪くないよ……これは、私のせいなの……ごめんね……」
アヤちゃんが顔をあげて、私の顔を見る。その顔は涙と鼻水に濡れていて、大きく見開いた瞳は潤んでいた。
「違う、私のせい……! 私が、あんなことしたから……」
「教えて、何があったの?」
「私、バイトっていうの嘘で、本当は、大人の女の人と寝てたの……」
アヤちゃんの告白に、私は胸が締めつけられるように痛んだ。
「どうして、そんなこと……?」
「お金が、ほしかったから……」
そんな理由で──そう思ったけれど、アヤちゃんを追い詰めたのは私だ。私がアヤちゃんに苦労をかけているから。年頃の女の子なのだから、欲しいものや、必要なものがたくさんあるだろう。それに優しいアヤちゃんのことだから、家族のために、そんなことをしたのかもしれない。
「それで、そのことがエリザちゃんにバレて、脅されて……」
「うん……」
アヤちゃんの唇が震えていた。涙が私の体にこぼれ落ちた。不安で、怖くて仕方ないのだろう。私の腕の中の、アヤちゃんの体は冷たくて、汗で濡れていた。
私はアヤちゃんをもっと強く抱きしめた。そうしないと、どこかに消えてしまうような、不安な気持ちになったから。
「友達に相談して、なんとかしようとしたけど、ダメで……」
「怖かったね……もう平気だから……私が、なんとかするから……」
私がエリザちゃんのママになれば、解決するはず。私が誰よりも、エリザちゃんのことを愛しているようにふるまえば。
「それに、ハナちゃんも……」
「え?」
恐れていたこと、分かっていたことだけれど、ハナちゃんもエリザちゃんに──
不意にドアノブの回る音がした。
「ただいま」
エリザちゃんの声だった。アヤちゃんと続けていたふりをしなければ。私は再びアヤちゃんにキスしようとした。
「それじゃハナちゃんも一緒にしよう」
その言葉に私は耳を疑った。
アヤちゃんも驚いて、私の上で振り返っていた。
私もアヤちゃんの肩越しに、ドアの前に立つエリザちゃんを見た。
エリザちゃんの隣に、裸のハナちゃんが立っていた。ハナちゃんは、アヤちゃんがそうだったように、怯えた表情で私たちを見ていた。
「どうして、ハナちゃんまで……」
私の声は震えていた。もうエリザちゃんを殺すしかない。そう思った。
エリザちゃんはハナちゃんと手をつないでいた。
ハナちゃんは震えていた。
「なんで、どうして……お母さん……?」
裸で重なり合った私とアヤちゃんに、このおぞましい光景に、怯えているようだった。
「ごめんね、ハナちゃん。一人だけのけものにして。さびしかったよね。一緒にしよう」
「もうやだ……もうやだよぉ……」
「ハナちゃんが泣いちゃった」
「こんなこと、毎日……お母さんまで……もうやめてよぉ……」
私はハナちゃんの尋常じゃない様子に、その言葉に戦慄した。
「毎日、って……どういうこと……?」
エリザちゃんはそれに答えず、ハナちゃんの頭を撫でる。
「よしよし。ハナちゃん、泣かないで。ね、ママ、お姉ちゃん。ハナちゃんを慰めてあげて」
この子は本当に何を言っているのだろうか。彼女がこの世に存在しなければ、こんなにハナちゃんが悲しむことも、苦しむこともないのに。
私が何もできずにいると、アヤちゃんが起き上がって、私の体から離れた。ハナちゃんのそばに寄ると、両腕で抱きしめる。
「ハナちゃん、ハナちゃん……」
ハナちゃんの顔に唇を近づけると、ハナちゃんもそれに応じて、二人はキスを始めた。アヤちゃんはついばむように、ハナちゃんの唇にキスを重ねる。
「アヤちゃん、何をしてるの……?」
私は目を疑った。目の前で娘たちが、信じられないことをしていた。
ハナちゃんがアヤちゃんの腰に手を回す。アヤちゃんはキスをしながら、ハナちゃんの胸に優しく手を触れた。
「もうやめて! 二人とも、こんなこと!」
私はいつまでもじっとしているわけにはいかなかった。よろける足で起き上がって、二人のそばに寄る。アヤちゃんとハナちゃんを引き離そうと、それぞれの肩を掴んだ。それに二人は驚いたように私を見て、キスするのをやめた。
「ハナちゃん、お姉ちゃん。続けて」
エリザちゃんが言うと、二人は再びキスを始めた。
「二人にこんなことさせるのやめてよ!」
「ママがやめてだって。私とママ、どっちの言うこと聞くの?」
二人は泣きながらキスを続けていた。
「嬉しい。二人とも、私の言うことを聞いてくれるんだね。ママよりも、私のことを愛してくれるんだね」
「あなたのことが怖くて逆らえないだけでしょ? エリザちゃん、あなたの目的が私と家族になることなら、こんなこともうやめて。私が、なんでも言うこと聞くから。私のことを好きにしていいから。二人にはもう、何もしないで」
「それじゃ私がママに、二人にエッチなことしてってお願いしたら、ママは聞いてくれる?」
「そんなことできない……私が言っているのは、もう二人には手を出さないでってこと……」
「ママにとって、二人は私よりも大切ってことだよね? それに私は、ハナちゃんとも、お姉ちゃんとも家族になりたいの」
「脅して、こんなことさせて、それで家族になれると思っているの……?」
「保育園の時に先生がね、教えてくれたんだ。先生はもういないんだけどね。先生はひとりぼっちだった私に、家族になる方法を教えてくれたの。好きな人とキスをしたり、胸に触れたり、あそこを舐めたりすると、家族になれるんだって」
「そんなわけ、ないじゃない……そんなことで、家族になんてなれないよ……」
もう言葉で彼女を説得することは無理だった。もうどうしたらいいか分からなくなって、私はエリザちゃんに掴みかかった。
「もう二人に、これ以上ひどいことはさせない!」
彼女の細い、骨張った肩を、掴んだ私の手は痛いほどだった。それなのにエリザちゃんは、こんな状況でも、いつもと変わらない顔で微笑んでいた。
「ママがしてたことが世間に知られてもいいの? お姉ちゃんがしてたことや、ハナちゃんが加藤さんにしたことも。家族で、こんなことしてたのも知られたら? 顔も名前も住所も知られて、この先どうやって生きていくの?」
「エリザちゃんが、黙っていれば──」
アヤちゃんとハナちゃんが、一生エリザちゃんの奴隷のままか、人殺しの娘として生きていくか、世間の好奇にさらされて辱められながら生きていくか、どれが一番マシか、私には分からなかった。
そんな大切なことを二人に選ばせないで、私が決めることを申し訳なく思った。
とにかく私は、大切な二人のことを守りたい。
私はエリザちゃんの細い首に手をかける。それでもエリザちゃんは笑っていた。
「私を殺したら、二人は人殺しの娘として、生きていくことになるよ」
「そうね……」
手のひらに彼女の冷たい肌と、這いずるように流れる血液を感じた。当然のことなのに、死体のように冷たい彼女にも、私たちと同じ血液が流れていて、息をして生きていることが意外に思えた。
エリザちゃんは微笑んだまま、苦しそうに眉を寄せた。
「それだけじゃない……私が死ねば、全部のデータが……公開されることに、なっているから……」
私はどうなってもいい、けれど二人の人生が壊されてしまうのは、あってはならないことだった。
少しだけ手が緩んだ。
「お母さん、ダメ!」
ハナちゃんが私の手にすがりつく。
「お母さんがしちゃダメ! 私がするから!」
アヤちゃんが私の手を、エリザちゃんから引き剥がそうとする。
私はエリザちゃんの首から手を離す。エリザちゃんは喉を押さえて、その場にへたり込み、咳き込んでいた。
私は自分の手のひらを見つめた。小刻みに震えていた。自分の意思でどうすることもできず、まるで自分の体じゃないような気がした。
急に頭が冷静になってきた。
今私は人を殺そうとしたのだ。もしあのまま続けていても、本当に殺したか分からないけれど。
「殺されるかと思った……」
エリザちゃんの声はかすれていた。彼女はへたり込んだまま、私のことを見上げ、微笑んでいた。
「それじゃママ、お姉ちゃん、ハナちゃん。私のことを殺さないなら続きをしよう」
私はどうすればよかったのだろうか。どうすることができたのだろうか。
もう私たちは取り返しのつかないほど、蜘蛛の巣に絡め取られ、ただ収穫の時を待つ獲物のようだった。
涙と鼻水で濡れて、アヤちゃんの唇はしょっぱかった。
アヤちゃんは私にキスをしながら、手探りで、確かめるように胸を揉んでくる。アヤちゃんの乳離れは早かった。早くから保育園に預けたこともあり、一歳になる頃には母乳を飲まなくなっていた。だから、もう十六歳になるアヤちゃんが私の胸に触れるのは、十五年ぶりぐらいになる。
この異常な状況に、私の頭は麻痺してしまったのか、そんなことを淡々と考えていた。
「ママからも、お姉ちゃんにしてあげて」
私はエリザちゃんを無視した。
本当はエリザちゃんに掴みかかって、その頬を叩きたい気持ちがあった。けれど私は彼女に逆らうことができない。
もし私のしたことを、過去のことをバラされたら、アヤちゃんとハナちゃんに辛い思いをさせてしまう。性犯罪者で、ネットで自慰を配信していた女の娘として、世間から好奇や差別の目を向けられることになる。
全部私のせいだ。私のせいで、アヤちゃんまで──
エリザちゃんは私と家族になるためにこんなことをさせている。実の母娘である私たちがセックスすれば、彼女の家族観の通りになる。私たちがすることで、エリザちゃんの論理では、彼女も私たちの家族ということになるのかもしれない。
アヤちゃんは必死にキスをして、胸をもんでくる。私はそんなアヤちゃんがかわいそうで抱きしめた。
「あ、私、スマホとってくるから。そのまま続けてて」
不意にエリザちゃんが言った。私たちを置いて部屋を出て行く。服を着た気配がなかったので、裸のままのようだった。
もうエリザちゃんはいないのだから、続ける理由はない。アヤちゃんも唇を離して、私の胸元に顔を埋めて泣いていた。
私から離れるように言いたかったけれど、エリザちゃんが戻った時のことを考えると、アヤちゃんに何かしそうで怖くて、重なったままでいることにした。
「アヤちゃん、何があったの……?」
私はアヤちゃんの頭を撫でて、なるべく優しく聞く。
エリザちゃんは目的を実現するために、どうやってアヤちゃんを追い詰めたのだろうか。アヤちゃんにこんなことをさせるのは罰だと言っていた。エリザちゃんにひどいことをして、彼女を裏切った罰。それが本当か分からないけれど、仮に本当だとしたら、どうしてそんなことになったのか。きっとエリザちゃんに追い詰められて、罠にハメられたのではないだろうか。そもそもハナちゃんがナスミちゃんをいじめていたというのも、エリザちゃんが仕組んだに違いない。
「アヤちゃん、教えて? エリザちゃんとの間に何があったの?」
私はアヤちゃんに再び聞いた。
「わたしが、わたしが悪いの……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「アヤちゃんは悪くないよ……これは、私のせいなの……ごめんね……」
アヤちゃんが顔をあげて、私の顔を見る。その顔は涙と鼻水に濡れていて、大きく見開いた瞳は潤んでいた。
「違う、私のせい……! 私が、あんなことしたから……」
「教えて、何があったの?」
「私、バイトっていうの嘘で、本当は、大人の女の人と寝てたの……」
アヤちゃんの告白に、私は胸が締めつけられるように痛んだ。
「どうして、そんなこと……?」
「お金が、ほしかったから……」
そんな理由で──そう思ったけれど、アヤちゃんを追い詰めたのは私だ。私がアヤちゃんに苦労をかけているから。年頃の女の子なのだから、欲しいものや、必要なものがたくさんあるだろう。それに優しいアヤちゃんのことだから、家族のために、そんなことをしたのかもしれない。
「それで、そのことがエリザちゃんにバレて、脅されて……」
「うん……」
アヤちゃんの唇が震えていた。涙が私の体にこぼれ落ちた。不安で、怖くて仕方ないのだろう。私の腕の中の、アヤちゃんの体は冷たくて、汗で濡れていた。
私はアヤちゃんをもっと強く抱きしめた。そうしないと、どこかに消えてしまうような、不安な気持ちになったから。
「友達に相談して、なんとかしようとしたけど、ダメで……」
「怖かったね……もう平気だから……私が、なんとかするから……」
私がエリザちゃんのママになれば、解決するはず。私が誰よりも、エリザちゃんのことを愛しているようにふるまえば。
「それに、ハナちゃんも……」
「え?」
恐れていたこと、分かっていたことだけれど、ハナちゃんもエリザちゃんに──
不意にドアノブの回る音がした。
「ただいま」
エリザちゃんの声だった。アヤちゃんと続けていたふりをしなければ。私は再びアヤちゃんにキスしようとした。
「それじゃハナちゃんも一緒にしよう」
その言葉に私は耳を疑った。
アヤちゃんも驚いて、私の上で振り返っていた。
私もアヤちゃんの肩越しに、ドアの前に立つエリザちゃんを見た。
エリザちゃんの隣に、裸のハナちゃんが立っていた。ハナちゃんは、アヤちゃんがそうだったように、怯えた表情で私たちを見ていた。
「どうして、ハナちゃんまで……」
私の声は震えていた。もうエリザちゃんを殺すしかない。そう思った。
エリザちゃんはハナちゃんと手をつないでいた。
ハナちゃんは震えていた。
「なんで、どうして……お母さん……?」
裸で重なり合った私とアヤちゃんに、このおぞましい光景に、怯えているようだった。
「ごめんね、ハナちゃん。一人だけのけものにして。さびしかったよね。一緒にしよう」
「もうやだ……もうやだよぉ……」
「ハナちゃんが泣いちゃった」
「こんなこと、毎日……お母さんまで……もうやめてよぉ……」
私はハナちゃんの尋常じゃない様子に、その言葉に戦慄した。
「毎日、って……どういうこと……?」
エリザちゃんはそれに答えず、ハナちゃんの頭を撫でる。
「よしよし。ハナちゃん、泣かないで。ね、ママ、お姉ちゃん。ハナちゃんを慰めてあげて」
この子は本当に何を言っているのだろうか。彼女がこの世に存在しなければ、こんなにハナちゃんが悲しむことも、苦しむこともないのに。
私が何もできずにいると、アヤちゃんが起き上がって、私の体から離れた。ハナちゃんのそばに寄ると、両腕で抱きしめる。
「ハナちゃん、ハナちゃん……」
ハナちゃんの顔に唇を近づけると、ハナちゃんもそれに応じて、二人はキスを始めた。アヤちゃんはついばむように、ハナちゃんの唇にキスを重ねる。
「アヤちゃん、何をしてるの……?」
私は目を疑った。目の前で娘たちが、信じられないことをしていた。
ハナちゃんがアヤちゃんの腰に手を回す。アヤちゃんはキスをしながら、ハナちゃんの胸に優しく手を触れた。
「もうやめて! 二人とも、こんなこと!」
私はいつまでもじっとしているわけにはいかなかった。よろける足で起き上がって、二人のそばに寄る。アヤちゃんとハナちゃんを引き離そうと、それぞれの肩を掴んだ。それに二人は驚いたように私を見て、キスするのをやめた。
「ハナちゃん、お姉ちゃん。続けて」
エリザちゃんが言うと、二人は再びキスを始めた。
「二人にこんなことさせるのやめてよ!」
「ママがやめてだって。私とママ、どっちの言うこと聞くの?」
二人は泣きながらキスを続けていた。
「嬉しい。二人とも、私の言うことを聞いてくれるんだね。ママよりも、私のことを愛してくれるんだね」
「あなたのことが怖くて逆らえないだけでしょ? エリザちゃん、あなたの目的が私と家族になることなら、こんなこともうやめて。私が、なんでも言うこと聞くから。私のことを好きにしていいから。二人にはもう、何もしないで」
「それじゃ私がママに、二人にエッチなことしてってお願いしたら、ママは聞いてくれる?」
「そんなことできない……私が言っているのは、もう二人には手を出さないでってこと……」
「ママにとって、二人は私よりも大切ってことだよね? それに私は、ハナちゃんとも、お姉ちゃんとも家族になりたいの」
「脅して、こんなことさせて、それで家族になれると思っているの……?」
「保育園の時に先生がね、教えてくれたんだ。先生はもういないんだけどね。先生はひとりぼっちだった私に、家族になる方法を教えてくれたの。好きな人とキスをしたり、胸に触れたり、あそこを舐めたりすると、家族になれるんだって」
「そんなわけ、ないじゃない……そんなことで、家族になんてなれないよ……」
もう言葉で彼女を説得することは無理だった。もうどうしたらいいか分からなくなって、私はエリザちゃんに掴みかかった。
「もう二人に、これ以上ひどいことはさせない!」
彼女の細い、骨張った肩を、掴んだ私の手は痛いほどだった。それなのにエリザちゃんは、こんな状況でも、いつもと変わらない顔で微笑んでいた。
「ママがしてたことが世間に知られてもいいの? お姉ちゃんがしてたことや、ハナちゃんが加藤さんにしたことも。家族で、こんなことしてたのも知られたら? 顔も名前も住所も知られて、この先どうやって生きていくの?」
「エリザちゃんが、黙っていれば──」
アヤちゃんとハナちゃんが、一生エリザちゃんの奴隷のままか、人殺しの娘として生きていくか、世間の好奇にさらされて辱められながら生きていくか、どれが一番マシか、私には分からなかった。
そんな大切なことを二人に選ばせないで、私が決めることを申し訳なく思った。
とにかく私は、大切な二人のことを守りたい。
私はエリザちゃんの細い首に手をかける。それでもエリザちゃんは笑っていた。
「私を殺したら、二人は人殺しの娘として、生きていくことになるよ」
「そうね……」
手のひらに彼女の冷たい肌と、這いずるように流れる血液を感じた。当然のことなのに、死体のように冷たい彼女にも、私たちと同じ血液が流れていて、息をして生きていることが意外に思えた。
エリザちゃんは微笑んだまま、苦しそうに眉を寄せた。
「それだけじゃない……私が死ねば、全部のデータが……公開されることに、なっているから……」
私はどうなってもいい、けれど二人の人生が壊されてしまうのは、あってはならないことだった。
少しだけ手が緩んだ。
「お母さん、ダメ!」
ハナちゃんが私の手にすがりつく。
「お母さんがしちゃダメ! 私がするから!」
アヤちゃんが私の手を、エリザちゃんから引き剥がそうとする。
私はエリザちゃんの首から手を離す。エリザちゃんは喉を押さえて、その場にへたり込み、咳き込んでいた。
私は自分の手のひらを見つめた。小刻みに震えていた。自分の意思でどうすることもできず、まるで自分の体じゃないような気がした。
急に頭が冷静になってきた。
今私は人を殺そうとしたのだ。もしあのまま続けていても、本当に殺したか分からないけれど。
「殺されるかと思った……」
エリザちゃんの声はかすれていた。彼女はへたり込んだまま、私のことを見上げ、微笑んでいた。
「それじゃママ、お姉ちゃん、ハナちゃん。私のことを殺さないなら続きをしよう」
私はどうすればよかったのだろうか。どうすることができたのだろうか。
もう私たちは取り返しのつかないほど、蜘蛛の巣に絡め取られ、ただ収穫の時を待つ獲物のようだった。
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