私を支配するあの子

葛原そしお

文字の大きさ
上 下
14 / 40
煉獄篇

第13話「家庭内性教育」

しおりを挟む
 今日はパートが休みだった。
 私──咲良雪穂──は休みの日は家事をしたり、家で過ごすことが多いけれど、今日はパート先の同僚を誘って、近所の駅前にあるファストフード店で一緒にランチをした。
 同僚といっても、彼女は私より十歳ほど下。最上紗知音──サチちゃんはポニーテールの似合う可愛い女の子で、大学四年生。誕生日は九月なのでまだ二十一歳。サチちゃんは一人暮らしで、家の方向は違うけれど、同じ地域に住んでいた。大学には自転車で通学しているらしい。
 知り合ったのは彼女が大学三年生のときで、ちょうど一年前、私と同じスーパーでアルバイトを始めた。三年生のときは土日だけだったけれど、最近は平日もシフトに入っている。就職活動もおわり、卒業に必要な単位もほとんど取って、週に二日ぐらいしか大学に行かないらしい。
「今日はせっかくの休みなのに、迷惑じゃなかった?」
「いいえ。ユキさんに誘ってもらえて嬉しかったです。今日は五限にゼミがあって。十六時半からだから、それまで時間があって」
 私は大学にいったことがないので、大学の仕組みがどんなものかよくわからなかった。よく考えたら高校も卒業していない。
 サチちゃんは頭が良くて、親切な優しい子だった。私はあまり頭の回転が早い方ではないので、よくミスをしたり、周りに迷惑をかける。そんな私をサチちゃんはよく助けてくれた。
 そのサチちゃんと食事をしたり、会ったりするようになったのは最近のこと。
 今年の四月、退勤のタイミングが一緒になって、更衣室で着替えているとき、サチちゃんから就職先が決まったことを聞かされた。それに私はお祝いと、日頃のお礼にファミレスに誘った。
「もしよかったら今度、お祝いに食事でも──」
「はい、ぜひ!」
 私が言いおわる前に、サチちゃんはすごい乗り気で応じてくれた。最初は迷惑かと心配だったけれど、その反応に、私もなんだか嬉しくなった。
 サチちゃんはいい子で、誘った私が食事代を出そうとすると頑なに断ってきた。
「割り勘にしましょう!」
「え、でもこれは、いつもサチちゃんに迷惑かけてるから。そのお詫びも兼ねて……」
「全然迷惑なんて! 私、ユキさんに誘ってもらえて、すごく嬉しかったです。また一緒に食事したいです。ユキさんの都合のいい日でいいので、また誘ってほしいです」
 それから時々、連絡を取り合ったり、予定が合えば、休みの日には一緒にランチを食べたりした。今度、一人暮らしの彼女の家に遊びに行く話もしていた。
 友達と言っていいのかわからないけれど、私の数少ない、親しい人だった。
 最近は、個別に注文できるので、ファストフード店などで一緒にランチする。私が彼女の分を支払おうとすると、割り勘どころか、彼女が全額払おうとしてくる。私からのお金をなかなか受け取ろうとしない。そういう少し頑固なところがあるので、自分の分は自分で支払うお店を選ぶことにした。
「ユキさんは、娘さんたちが夏休みになったら、家族でどこか旅行とか行くんですか?」
「本当は連れて行ってあげたいけど、私はずっとパートかな」
「そうなんですか」
「最近、いろいろものが高くなってきて、一日休むだけでも、ちょっときつくて」
「あの、もしも大変だったら、私貯金あるんで、お貸ししますよ?」
「そんな、悪いよ。そこまで」
「私、ユキさんの力になりたいんです」
 サチちゃんはいつになく真剣な顔をしていた。ただのパート先の同僚で、彼女は私の十歳も年下。そこまで親切にしてもらったり、助けてもらうような関係ではない。
 私はそれにどう答えたらいいかわからなかった。
 サチちゃんはそれを察してくれたらしく、少し慌てた様子で話題を変えてくれた。
「あ、あの、もうすぐ、近所の神社でお祭りあるじゃないですか?」
「うん、あるね。下の子が小さいときに行った以来かな。小さいお祭りだけど、人見知りする子で怖がっちゃって、それから行ってないな」
「今もですか?」
「え?」
「その、人見知りなの」
「さすがに中学生になったから、たぶん平気だと思う」
 私は苦笑した。ハナちゃんは私と似てあまり社交的ではなく、引っ込み思案なところがある。それでも中学生になったのだから、友達もつくって、楽しい学生生活を送ってほしかった。
 ハナちゃんの友達──エリザちゃんが頭をよぎった。私はすぐに彼女を思い出さないようにした。どうせまた今日もうちに来るのだろう。そう思うと気分が暗くなるから、少しでも楽しいことをして忘れたくて、サチちゃんをランチに誘ってみた。急に誘ったけれど、サチちゃんは快く応じてくれた。
「よかったらお祭り、その、一緒に行きませんか? 娘さんたちも一緒に」
「いいね。行こっか。あ、でも、確か土曜だよね? シフト入ってた気がする。夕方からでもいい?」
「もちろんいいですよ!」
 サチちゃんは嬉しそうだった。
 私ではなく大学の友達とかを誘えばいいのにと思ったけれど、わざわざ誘って行くほどのお祭りでもない。近所の小さな神社のお祭りで、屋台も数えるほどしかなかった。境内の中央に舞台があって、盆踊りのような催しがあった気がするけれど、もう十年近く行っていないので、記憶もぼんやりとしていた。
 私もたまには出かけて息抜きをしたいし、娘たちと年の近いサチちゃんなら、アヤちゃんと、ハナちゃんとも仲良くなれる気がした。
 ハナちゃんは最近、いろいろ悩んでいるようだけれど、私には本当のことを話してくれなかった。家族には話しにくくても、サチちゃんになら、心を開いてくれるかもしれない。
 私から直接ハナちゃんに、加藤菜純──ナスミちゃんとのことを聞くわけにもいかないし、もう一つの心配事もあった。
 ハナちゃんとエリザちゃんの関係。私はエリザちゃんに歪んだ愛情を向けられ、母親役を求められている。もしかしたらハナちゃんに対しても、何か変なことをしているのではないか、と心配だった。
 そもそもハナちゃんがいじめなんてするわけがない。もしもあれが、エリザちゃんのでっち上げで、私を追い詰めるために用意したものだとしたら──確信はないけれど、彼女の性格からそんな気がした。

   *  *  *

 十五時過ぎ──
 ハナちゃんが帰ってくるから、いつもこの時間に解散だった。
 私たちはお店を出て、途中まで一緒に帰る。
 本当は家に招いてお茶を出したいのだけれど、彼女も大学があり、私もこのあと用事があった。そのことを思うと気が重い。
 私たちは駅から大きな通りに出て、そこのコンビニを境に分かれ道となる。最近暑くなってきたので、サチちゃんに、コンビニで何か飲み物でも買ってあげようかと思った。
 寄って行かないかと、彼女に声をかけようとしたとき、聞き覚えのある声がした。
「あ、ママ!」
 そう呼び止められて、私は寒気がした。
 そんなふうに私を呼ぶのは一人しかいなかった。
 エリザちゃん──
 私が慌てて振り返ると、エリザちゃんは駆け寄ってきたのか、私の腕に勢いよく抱きついてくる。しっとりと汗ばんだ彼女の感触は、まるで死体のように冷たかった。
「娘さんですか?」
 サチちゃんは笑顔でエリザちゃんを見る。
 私が否定するより先に、エリザちゃんが挨拶する。
「初めまして、エリザです」
「初めまして、最上です。お母さんと同じところでバイトしてます。同僚って、言っていいんですかね?」
「うん、そうだね……」
 私は否定する間を逃してしまった。
 エリザちゃんはじっとサチちゃんを見ていた。
 私は二人が親しくなるのを嫌だと感じた。エリザちゃんにこれ以上、私の何かを知られたくないと思った。
「それじゃサチちゃん、またバイトで……」
「はい、今日はありがとうございます! また連絡しますね」
「うん、また……」
 サチちゃんが軽く頭を下げて去っていく。私は心細い気持ちになった。
 エリザちゃんが私の手に指を絡めて、もう一方の手で、小さくサチちゃんに手を振っていた。
 サチちゃんの目には、仲の良い母娘に見えたかもしれない。しかしエリザちゃんの求めてくる母娘の関係は、異常で狂っていた。
 私は今日、エリザちゃんに、どうしても向き合わなければいけなかった。改めて覚悟するために、私は昨日のことを思い出した。

   *  *  *

 昨日は帰宅すると、ハナちゃんが一人で留守番をしていた。一人にして心細い思いをさせて申し訳ない気持ちになったけれど、エリザちゃんがいなくて安心した。
 最近、アヤちゃんもハナちゃんも元気がない。毎日のように来るエリザちゃんだけが楽しそうにしていた。
 アヤちゃんからの連絡には、退勤のときに気づいた。友達と遊んでくるから、帰りが遅くなると連絡がきていた。
 私の仕事がおわって、家に帰るまでの間、ハナちゃんは一人きり。もしかしたらエリザちゃんと二人きりになって、彼女に何か変なことをされてしまうかもしれない。そう思うと、アヤちゃんに対して、ハナちゃんを一人にしたことに怒りを覚えてしまった。けれど、いつも自分のしたいことを我慢して、ハナちゃんや家族のために頑張ってくれているアヤちゃんには、もっと年頃の女の子らしく遊んでほしいと思う気持ちもあった。
 私は久しぶりに、ハナちゃんと二人きりで夕飯を食べた。
 ハナちゃんはうつむきがちで、口数も少なかった。前からそんな感じで、学校のこととかあまり話さないけれど、それでもぼんやりした様子が心配だった。
「最近、学校はどう?」
「別に……」
 私は聞き方が悪かったと反省した。いつもだったらアヤちゃんが明るく、もっとうまく話題をふってくれた。ただアヤちゃんがいないからこそ、聞けることがあった。
 ハナちゃんがナスミちゃんをいじめていたという話も、もう解決したとエリザちゃんは言っていたけれど。二人きりになる機会がなく、ハナちゃんの口から、何があったのか聞けていなかった。
「ねぇ、ハナちゃん。私に何か隠していることない?」
「えっ……なにも、ないよ……」
「どんなことがあっても、私はハナちゃんの味方だからね」
 ハナちゃんは私の顔をじっと見たあと、うつむいて泣き始めた。
「何かあったの? お母さんに、話してみて」
「言えない……」
 やはり何か事情があるようだった。
「それは、エリザちゃんと、何か関係があるの?」
 それにハナちゃんは驚いたような、怯えたような顔で私を見た。
「もしかして、エリザちゃんに──」
「別に、何もないから!」
 突然、ハナちゃんは立ち上がって、自室に戻ってしまった。私はそれを、少し間を置いてから追いかける。部屋の中に入ると、ハナちゃんは電気もつけず、布団の中で丸くなっていた。私は布団の上から、ハナちゃんを撫でる。
「私はハナちゃんの味方だから。私が絶対に、ハナちゃんのことを守るから。信じて」
「いい……私は、平気だから……」
 これ以上、ハナちゃんを説得できる気がしなかった。明日、私は休みだから、エリザちゃんが一人で来るはず。そのときに、エリザちゃんを問い詰めよう。
「ハナちゃん、無理しないでね。おやすみ」
「おやすみなさい……」
 無理にでも聞き出すべきだったろうか。しかし繊細なハナちゃんを傷つけたり苦しめたくなかった。
 私が部屋を出ようとしたとき、ハナちゃんが言った。
「エリザちゃんが来ても、絶対に家に入れちゃダメだから……」
 やはりハナちゃんとエリザちゃんの間には何かあるようだった。
 エリザちゃんが私にしたこと、させたことを考えると、同じことじゃなくても、ハナちゃんにも、何か変なことをしていてもおかしくない。
 そもそもナスミちゃんへのいじめは、エリザちゃんがやっていて、ハナちゃんは脅されて無理矢理やらされた。そう考えると、私の中で納得がいった。
 いったい何のために──エリザちゃんは、私に母親役を求めてきた。私に母親役をやらせるため、そんなことのために、そこまでしたのだろうか。
 エリザちゃんの母親に対する執着は、異常なまでに強いので、本当にそんな気がしてきた。
 ただエリザちゃんの求めることは、母娘の関係というよりも、恋人や好きな相手に対して求めるのとも違った、歪んだものだった。あれは彼女なりの愛情表現なのだろうか。
 もしかしたらエリザちゃんは、彼女の母親に性的な虐待を受けて、愛情の示し方を間違えているのではないかと思ったこともある。ただエリザちゃんと彼女のお母さんの関係は希薄そうだったから、そうではないようだった。偏った情報を、インターネットや何かで見て、誤った知識を得てしまったのかもしれない。
 私にできることは、エリザちゃんに間違っていることは間違っていると、ちゃんと指摘して、教えていくことだろう。
 私がちゃんとエリザちゃんと向き合えば、ハナちゃんを守ることができるはず。

   *  *  *

 サチちゃんと分かれて、エリザちゃんと一緒に帰宅した。
 その間、エリザちゃんはずっと私の手を握っていた。手をつなぐのは、母娘なら変なことではないけれど、指を絡めるのは違うような気がした。
 玄関で、ようやく私は解放してもらえた。
「エリザちゃん、あのね──」
 さすがに指を絡めるのはおかしいことを指摘しようと思った。こういうことから少しずつ、エリザちゃんを更生していこう。
 しかし突然、エリザちゃんがぴったりと、私に体を寄せてきた。それに私は機先を制されてしまった。
「汗かいちゃった。ママ、一緒にお風呂入ろう」
「うん……」
 彼女の薄く、細い体が私の腕に触れる。彼女の体は夏のきざしにかすかに汗ばんで、湿っていた。
 最近、蒸し暑くなってきたから、私が休みの日に一人で来ると、必ず一緒にお風呂に入る。そして必ずお互いの体を洗いあう。
 母娘でお風呂に入るのは、温泉や銭湯で、知らない人とも裸で入るのだから、おかしなことではないはず。おかしいのは、互いの敏感なところに触れたり洗うこと。
 脱衣所で、エリザちゃんは何のためらいもなく服を、下着を脱ぐ。
 もう何度も彼女の前で裸になっているけれど、私は彼女の前で裸になることにまだ抵抗があった。母親を演じているだけで、本当に娘と思い込めているわけではないから。
 私は服を脱ぎつつ、エリザちゃんに聞く。彼女を更生するのとは別に、確かめなければいけないことがあった。
「エリザちゃん、あのね、聞きたいことがあるの」
「なぁに?」
「ハナちゃんのことだけど。エリザちゃん、ハナちゃんにも変なことしてない?」
「変なことって?」
「その……」
 私は言い淀んだ。あまり上手い言い方が思いつかなかった。
「ハナちゃんのこと、いじめたり、してないよね?」
「どうして? そんなことするわけないよ」
 エリザちゃんはおかしそうに笑った。
「ハナちゃんが何か言ってたの?」
 いつもと変わらない表情で、声音のはずなのに、私は心臓を握られたような、怖い気持ちになった。どこか責めるように、とがめるように聞こえた。
「ハナちゃんは何も言ってないけど、なんとなく、不安になったから……」
「そう。どうしてそう思ったの?」
「だってエリザちゃん、こんなことするの、普通じゃないから……ハナちゃんにも、何かしてるんじゃないかって……」
 今のこの状況も普通じゃないことを、エリザちゃんにわかってほしかった。
 私たちは服を脱ぎおわって、浴室に入る。エリザちゃんの素肌が、その薄い胸と細い体が、私の腕に寄せられた。
「ママは私がハナちゃんに、たとえば、どんなことしてると思ったの?」
「私にするようなこと……」
 本当は、エリザちゃんがハナちゃんに、ナスミちゃんをいじめさせていたのではないか、そのことを確かめたかったけれど。それを今、確かめるのは怖かった。下手にエリザちゃんを刺激した結果、エリザちゃんはハナちゃんのことをいじめるかもしれない。
 エリザちゃんの目的が私なら、ハナちゃんに何もしなくても私が離れないと思わせれば、ハナちゃんにナスミちゃんをいじめさせるような、ひどいことをもうさせないだろう。

   *  *  *

 浴室に入り、私たちはお互いの体を濡らして、手で泡を立てて、スポンジやタオルは使わないで洗いあう。
 エリザちゃんの指が、私の股の間の、割れ目の内側もなぞる。
「んっ……」
 その指は私の内側をまさぐって、何かを探しているようだった。体を曲げて、伸び縮みさせて歩く芋虫が私の体を這い、潜り込んでくるような不快感があった。それは私の中への入り口を見つけると、その頭を鉤爪のように曲げて、入り込もうとしてくる。
「ダメっ……!」
 私がエリザちゃんの手首を掴むと、エリザちゃんは私の顔を見て笑った。
「どうしたの?」
 エリザちゃんはとぼけたように笑った。
 入り口から進めなくなったエリザちゃんの指は、もがくように、私の内側を何度もこする。
「くっ……んっ……!」
 私は刺激に耐えながら、これは間違ったことだと、なんとかエリザちゃんに伝える。
「エリザちゃんっ……こういうことは、母娘ではしないの……好きな人と、することなの……」
「ママの中もしっかり洗ってるだけだよ。それに私、ママのこと大好きだから。それなら普通のことだよね? それともママは、私のことが好きじゃないの?」
「違う……そういう、ことじゃなくて……」
 エリザちゃんは母親に甘える子供のふりをして、こういう性的ないたずらをしてくる。甘えることが目的だと思っていたけれど、甘えるふりをして、こういうことをするのが目的なのかもしれない。
 私の体が目的だとするのなら、私の体を差し出せば、ハナちゃんのことをいじめたりしないだろうか。
 ただ突然、不安な気持ちになった。
「こういうこと、ハナちゃんにもしてないよね……?」
「こういうことって、どんなこと?」
 エリザちゃんが目を細めて、からかうように笑った。彼女はわかって聞いている。
 エリザちゃんはさらに、空いた左手で、私の胸に触れてくる。私の乳房に、エリザちゃんの細くて小さな手が沈んだ。
「こういうこと、よ……性的な、行為とか……」
「どうしてそう思ったの?」
「だって──」
 エリザちゃんは本当の母親に甘えることができなかったから、母親からの愛情を取り戻すように、私にこんなことをする。どこでどうなって、そんな考え方になったのかわからないけれど。彼女は根本的に愛情というものを間違えている。
 それなら、ハナちゃんのことを好きだと言う彼女は、ハナちゃんに対しても、同じような歪んだ愛情表現をしていてもおかしくない気がした。
「もしもハナちゃんに変なことしているのなら、やめてほしい……その代わり、私にしていいから……」
「ふーん」
 エリザちゃんは真面目な顔で、私の胸を揉みながら、思案しているようだった。
 不意にエリザちゃんの手と指が離れる。
「なんのことかわからないけれど、ママは私のために、なんでもしてくれるってことだよね?」
「うん……」
 そこまで言ったつもりはないけれど、否定して、話がこじれても嫌なので、なんとなくうなずいてしまった。
「実は私、悩みがあるの。ママに相談しようか迷っていたことがあるんだ」
「それは、どんなこと?」
「クラスの子や、友達に聞くのは恥ずかしくて、悩んでいることがあって」
 浴室で、裸で、二人きりなのに、エリザちゃんは恥ずかしそうに、手を口の横に添えて、耳打ちするような仕草を見せる。私を身をかがめて、耳を差し出す。
 それにエリザちゃんが私の耳元でささやく。
「ひとりエッチって、どうやるの?」
「え──」
 私は思わず耳を疑った。
 エリザちゃんの顔を見ると、からかうように笑っていた。
「あとで教えてね、ママ」
 冗談かと思った。けれど、そうではない様子だった。

   *  *  *

 お風呂ではそれ以上、何かを聞かれたり、されることはなかった。
 お風呂上り、着替えようとすると、エリザちゃんに止められた。
「まだ服は着なくていいよ」
「どうして……?」
「必要ないから」
 このあと何をするのか、エリザちゃんは決めているようだった。それは服が必要なくて、私の寝室で行われること。
 私たちはバスタオルを体に巻いて、私の部屋に移動した。
「何をするつもりなの……?」
 私は不安になって聞いた。
「ママが一人でするところ、私に見せて。それを見ながら、私も真似するから」
「だから、何を……」
「ひとりエッチだよ。自分で自分を慰める行為。マスターベーション、セルフプレジャー、自慰。あとなんて言うのかな?」
 さっきのは聞き間違いでもなければ、冗談でもなかった。
「もういい、わかったから……」
「やってくれるの?」
 エリザちゃんはその琥珀色の瞳を大きく見開いて、嬉しそうだった。
「違う、そうじゃなくて……」
 私がわかったと言ったのは、何を言っているのかわかったという意味だった。
「そんなこと、できるわけないでしょ……」
「いつもしているようにすればいいだけだよ」
「おかしいよ、こんなこと……」
 自慰行為の仕方を教えるのは、変なことではないかもしれないけれど、それをしているところを実際に見せるのは、母娘ですることではないと思う。ただ私がしなければ、ハナちゃんにするのではないか、そんな不安があって、強く拒めなかった。
 本当は今日は、エリザちゃんを説得してこんなことをやめさせるつもりだったのに、次から次へと彼女に振り回されて、どう切り出したらいいか、どう説得したらいいかわからなくなってしまった。
「こういうのって、みんなはどうやっているのか、気になるけど、恥ずかしくて聞けなくて。イクっていうのかな? あれも自分でする場合、どうやったらいいのかわからなくて。もしかしたら間違ったやり方をしているんじゃないかって、不安なの。だから、ママに教えてほしいんだ」
 エリザちゃんは私を慕うように微笑んだ。
「私、そんなに、しないし、詳しくないから……保健の先生に聞いた方が……」
「うそだぁ」
 エリザちゃんがおかしそうに笑った。
「だってママ、いろんな道具使ったりして、すごい声出して、気持ちよさそうにイってたじゃん」
「何の話……?」
「昨日スマホ壊しちゃって、新しいのにしたんだよね」
 急にエリザちゃんはスマートフォンを取り出した。私は写真まで撮られてしまうのではないかと身構えた。
「クラウド上にバックアップとってあるから、無事でよかった」
 私に何かを見せようとしているようだった。
 そのうち、エリザちゃんのスマートフォンから、女性の喘ぎ声が漏れ聞こえてきた。エリザちゃんはわざと音量をあげる。
「え、なにしてるの?」
 アダルト動画の音声だとわかった。
「子供がそんなの見ちゃダメだよ」
「最近の女子って、けっこうこういうの見るんだよ」
 エリザちゃんは悪びれた様子もなく笑った。
「ね、これって、この部屋で撮影して、そこのパソコンから配信してたの?」
「何を言って──」
 エリザちゃんがスマートフォンの画面を私に向ける。そこにはマスクをした女性が、カメラに向かって股を開き、その割れ目の中にピンクの太い突起を出し入れして、よがっている姿が映っていた。
「なんで、どうして……」
 私は悪夢を見ているような気分になった。目の前で起きていることが信じられなかった。
 ずっと思い出さないように、なかったことのように思っていた記憶がよみがえってきた。三年前、どうしてもお金に困って、自慰行為をする姿を配信したことがあった。
 今までずっと忘れていた。考えないようにしていた。あのときは、本当に生活が苦しくて、パートのシフトも入れなくて、どうしようもなかったから。
「ひとりエッチのやり方を調べてたら、偶然見つけたの。これ、ママだよね?」
「ちがう、私じゃない……」
 口の中が乾いて、喉が張りついて、声が掠れた。
「本当に? 左胸の下のホクロまで一緒なのに? 声もそっくり」
 どうしてエリザちゃんがこんな動画を持っているのかわからないけれど、誰かが録画したものが流出して、運悪く彼女に見つかったのかもしれない。そしてホクロで私だと確信したようだった。
「私じゃない……」
 否定して乗り切ろうと思った。うまくいくとは思えないけれど、そうするしかない。胸の前で、バスタオルが落ちないように重ねた手が、自分でもわかるほど震えていた。
「それじゃ、ハナちゃんやお姉ちゃんに確かめてもらお。ママにそっくりだけど、別人かどうか」
「やめて!」
「どうして? ママじゃないならいいでしょ?」
「そんなもの、二人に見せないで……!」
 私かどうかはともかく、そんなものを二人に見せないでほしかった。
「この年頃だったら、別に変なことじゃないよ。エッチな動画とか普通に見るよ。ハナちゃんはスマホがないから見たことないかもしれないけど」
「でも、まだ、二人には早いから……」
「お姉ちゃんはこういうの見るどころか、普通に経験があると思うけどな」
「そんなこと……」
 エリザちゃんの思わせぶりな言い方に、私は不安な気持ちになった。私の知らない何かを知っているのではないかと、怖くなった。
「やっぱりこういうのは、経験豊富そうなお姉ちゃんに聞こう。ママそっくりのエッチな動画を見つけたって言ったら、お姉ちゃん、どんな反応するかな。ついでにひとりエッチの仕方も教えてもらおう」
「する……するから……私が、するから……」
「嬉しい! ママ、大好き」
 エリザちゃんにこんなことをやめさせるはずだったのに。
 あのことまで知られて、私はもうエリザちゃんに逆らうことができなかった。

   *  *  *

 外出していたから、部屋の空調は切ってあった。
 蒸し暑い部屋の中、私たちは裸になる。
「そもそも私、正しいやり方なんて知らない……こういうのは、人それぞれというか……」
「別に、いつもしているような感じでいいですよ。私はママがしてるやり方を知りたいだけだから」
 私のせめてもの抗議は、簡単に受け流されてしまった。私はもう逃げられないものと諦めた。
 私は布団に仰向けになって、エリザちゃんを見ないようにした。どんな顔をして、どんな気持ちでやればいいのかわからなかった。
 私は膝を曲げて、股を開き、その間を隠すように右手を滑り込ませる。
「よく見えない。もっと足を開いて」
 私は言われたとおりにする。それによって私の割れ目が露わになった。
「今は何をやってるの?」
「え?」
 それに思わず、私はエリザちゃんを見た。彼女の顔は、私のあそこに息のかかる距離にあった。
 エリザちゃんは腹ばいになって、私の足の間で、両手で頬杖をついて、じっと観察している。
「今は、クリトリスを……」
 私はクリトリスを中指の先のお腹で、転がすようにこすっていた。
「最初はそこからいじるんだ」
「まだ濡れてないから……」
 いじっているうちに、むずむずとした感覚がしてくるけれど、娘の同級生にじっと見られていると思うと、その異様な状況に返って冷静になって、集中することができなかった。それにこんなふうにさせられて、濡れる気がしない。
 配信では、知らない誰かに、それも何十人にも見られているという、暗い興奮があったのは否定できない。その人たちがチャットで応援してくれたりするのは嬉しかったけれど、なかなか濡れなくてローションを使っていた。
「ほら、早くしないとハナちゃんが帰ってきちゃうよ。イクまでおわらないから」
「そんな……」
 私の足の間で、エリザちゃんがにっこりと笑った。
 いったいどうしたらいいのだろうか。何度もクリトリスを指でこするけれど、乾いているのに無理にいじってしまい、痛く感じてきた。一度ローションか何かで濡らせば、うまくできるかもしれない。まだ処分していないのがあっただろうか。
「ちなみに道具を使ってするのは禁止ね」
「え?」
「だってそんなの、中学生の私がもってるわけないじゃん。あ、でもママが使ったのを譲ってくれるなら、それでもいいけどね」
 さすがに未成年のエリザちゃんに、そんなものをあげるわけにはいかなかった。こんな姿を見せるのも問題だと思うけれど。
「私も一緒にしよう」
 突然エリザちゃんがそう言うと、彼女は足を、私の足の下をくぐらせて、お互いのあそこを向かい合わせにする。そして私の指の動きを真似して、自分のをいじり始めた。
「あ、ママ……ママ……」
 わざとらしく私のことを呼びながら、エリザちゃんは自慰をする。エリザちゃんは私の情けない姿を肴にしているようだった。
 私はこの異常な状況に、頭がおかしくなりそうだった。
 このままハナちゃんが帰ってくるまで時間を稼いでも、エリザちゃんがおわらせてくれるとは思えない。彼女が何をするか、私に何をさせるか想像もつかなかった。私は娘たちが帰ってくる前に、エリザちゃんを満足させておわらせなければならない。
 私も何か別のことを考えながらすれば──そう思ったら、なぜか私はサチちゃんのことを思い出した。
 サチちゃんは可愛くて、こんな私にも優しくしてくれる親切な子。
 もしも私が彼女の同級生だったら──地元の小さな神社のお祭りに二人で行って、そのあと彼女の一人暮らしの家にお邪魔する。その日のサチちゃんは、いつものポニーテールを編んでお団子にして、浴衣を着ているかもしれない。彼女の家で二人きりになって、部屋の中も、ちょうどこんなふうに蒸し暑くて、汗ばんだ彼女のうなじに唇を触れて──などと、私はいったい何を考えているのだろうか。
 それでもじんわりと私の中から、汗かもしれないけれど、滲み出してくるものがあった。
 私は中指と薬指で割れ目の内側をなぞり、手のひらでクリトリスを押す。
「ママ……ママ……」
 エリザちゃんは私を呼びながら、私の真似をする。
 部屋の中では私たちの息遣いと、くちゅくちゅと、粘ついたような水気のある音がしていた。
 私は目をつぶって、エリザちゃんのことを忘れるようにした。体を起こして、左手で乳首をいじりながら、右手の中指を曲げて、体の中に沈めた。ぬるりと、すんなりと入った。それから中指の先のお腹で、私の中から上に押す。そこにしこりのようなものがあった。
「ん、くっ……」
 思わず声が漏れてしまう。
 エリザちゃんではなくて、目の前にいるのはサチちゃんだと想像してみる。
 お祭りのあと、彼女の一人暮らしの家で抱き合って、お互いの体に触れる。それから裸になる。サチちゃんは少し恥ずかしそうに、私も恥ずかしくて、銭湯や温泉に入るときは見られても気にならないのに、胸やあそこを隠してしまう。それがなんだかおかしくて、私たちは笑った──そんな少女みたいなことを考えている自分がおかしかったけれど、それにすっかり濡れてしまった。
「ん、ママ……ママ……」
 エリザちゃんの声がノイズのように聞こえた。
「サチちゃん……サチちゃん……」
 それをかき消すように、どこか祈るような気持ちで、口の中で、彼女の名前を呼びながら、私の中のしこりを何度も押す。
 それをずっと続けていると、熱いものが込み上げてきた。切ない感覚に、私の下腹部が締めつけられる。
「くぅっ、んんっ……!」
 私の体は、電気でも走ったように固く強張って、私の指を強く締めつける。自分の意思に反して、引きつるように体が震えた。
 私はイクことができた。それから全身から力が抜けていって、起き上がる気力もなかった。
 外気に触れて、私から漏れ出た体液が冷えて気持ち悪い。布団を汚してしまったかもしれない。あとでシーツを変えて、布団にドライヤーをかけないと──そうめんどくさく思う、冷静に考えている私が頭の中にいた。
「ちゃんとイケたね」
「これで、満足した……?」
 エリザちゃんを見ると、まだ自慰の最中だった。
「まだだよ。私がちゃんとイクところ、しっかり見てて」
 彼女はさっきまでの私と同じように、左手で乳首をいじりながら、右手の中指を体の内側に入れていた。
「ママ、ママ……!」
 エリザちゃんはその琥珀色の目を閉じて、八重歯をのぞかせて、私の名前を呼びながら喘いでいた。
 私はその姿に、嫌悪感のようなものを抱いた。何か忌まわしく、おぞましい行為を見せられている。そんな気持ちになった。
 可愛らしい少女の姿をかぶって自慰をする、別の何か。彼女はどこまでもおぞましい怪物だった。
「くっ……ん……!」
 そのうちに彼女もイケたようだった。ずっと我慢していたおしっこをするように、体を小さく震わせて、切なげな声を漏らす。
「ママ、ちゃんとイケたよ……」
 エリザちゃんは苦しそうに肩で息をしながら、その琥珀色の瞳で私を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「ほめて」
 いったいどんなことを言えばいいのだろうか。
「よく、できました……」
 これで合っているのだろうか。
 エリザちゃんが誇らしげに、肩をすくめて、顔を上向きにする。
 まるでテストで百点をとって、ほめてもらった子供のようだった。

   *  *  *

 十七時過ぎ──
 アヤちゃんとハナちゃんが帰ってきた。
 それにエリザちゃんが嬉しそうに二人を出迎えた。
「二人ともおかえり」
 エリザちゃんはあんなこと、何もなかったかのようにふるまう。私はまともにアヤちゃんとハナちゃんの顔を見ることができなかった。
「今日はね、私が炒めたんだよ。ちょっと焦げちゃったけど」
 照れ臭そうにエリザちゃんが言う。その様子が禍々しかった。
 夕飯の準備は、エリザちゃんも手伝ってくれた。
 今日は時間がなかったので、簡単な料理しかできなかった。ナスを味噌で炒めたものと、缶詰のサバの水煮と、インスタントのお吸い物。エリザちゃんにあんなことをさせられなければ、もっとしっかりとした夕飯を作れたのに。
 二人が帰ってくる前──平然と、楽しそうに手伝うエリザちゃんに私は聞いた。
「エリザちゃんは、私にこんなことをさせて、いったい何がしたいの……?」
「本当の家族になりたいだけだよ」
 まったく意味がわからなかった。
「本当の家族だったら、こんなことしない……」
「私はね、家族の愛が欲しいの。私を愛してくれる家族」
「エリザちゃんにだって、家族がいるんじゃ──」
「私はおばあちゃんにも、ママにも、何度も殺されそうになった。産まれてくることもできなかったかもしれない。中絶期間を過ぎた私を堕胎するために、ママは冷水に入ったり、病院に運ばれるほど薬を飲んだりしたんだって。おばあちゃんは何度も私の首を絞めたり、地面に叩きつけようとして、そのたびに私を抱きしめて謝った。ママは三歳の私を餓死させようと、一週間も家の中に放置したこともあったよ。帰ってきたとき、なんて言ったと思う? まだ生きてたんだ、って」
 エリザちゃんは、まるでひとごとのように笑っていた。
「ダリアちゃんのママは悪徳商法でいくつもの家庭を壊して、そのことでダリアちゃんがいじめられても気づかない。マリーちゃんの家族は、マリーちゃんがどんな怪我をしても見て見ぬふり。ほかの家族だって、普通を装って、普通だと思い込んでいるだけ。家族ごっこをしているだけだよ。でもね──」
 エリザちゃんが私の目を、その琥珀色の瞳で、じっと見つめてくる。
「ハナちゃんの家族は、ハナちゃんのママもお姉ちゃんも、本当に互いを思いやって、愛しあっている。初めてだった。そんな家族。それで私は、こんなママが、こんなお姉ちゃんが、こんな家族がほしいなと思ったの」
「だからって、どうして、こんなことをするの……」
 性的な行為が、どうして家族の愛に結びつくのか、私には理解できなかった。そこにエリザちゃんの本当の闇があるような気がした。
「ママ、私のことを愛して。私もママを愛するから」
 そう言って、エリザちゃんはにっこりと笑った。
 私はこの少女の姿をした、恐ろしい、おぞましい怪物に、いったいどうしたらいいのだろうか。私自身を生贄に差し出すことで、家族を守れるだろうか──
「お母さん、夕飯、並べるね」
 着替えを済ませたアヤちゃんに声をかけられて、私は我に返った。
「う、うん……」
 ハナちゃんも手伝って、夕飯がテーブルに並ぶ。それから私たち四人は席に着いた。エリザちゃんはハナちゃんの隣に座る。エリザちゃんから一方的に親しくしている感じが、なんだか不安で嫌だった。
「もうすぐ七夕だね」
 エリザちゃんが何か言い始めた。
「ハナちゃんはどんなことお願いするの?」
「え……」
 ハナちゃんはエリザちゃんの顔を見ると、すぐに目をそらしてうつむく。
「お姉ちゃんは?」
「私は……べつに……」
 アヤちゃんも口ごもった。
「ママは、どんなことをお願いするの?」
「私は──」
 エリザちゃんが一日でも早く死んでくれますように──そんなことを思って、心の底から嫌な気持ちになった。
 結局、エリザちゃんがハナちゃんに何かしているのかわからなかったけれど、とにかくハナちゃんにはもう近づかないでほしかった。けれど私はエリザちゃんに致命的な弱みを握られて、彼女に逆らうことができない。
 私は、私の家族を守るために、なんとか私だけでエリザちゃんに満足してもらうしかなかった。
「私はね、家族がずっと仲良く、幸せに過ごせますように、って」
 それは彼女の家族の話なのだろうか。私には何か皮肉や嫌味のように聞こえた。
「そうだ! ねぇ、ママ。今週末、泊まってもいい?」
「え?」
 突然のことに、私はどうするべきかわからなかった。
 エリザちゃんが家に泊まる。それがどんなに恐ろしいことか、想像もつかなかった。気分が悪くなって、目眩がしてきた。
「ね、いいでしょ? ママ」
 何かしらの理由をつけて断ろうと思ったけれど、もしそうしたらエリザちゃんは私の動画のことをバラすかもしれない。それだけならまだしも、学校でハナちゃんのことをいじめるかもしれない。
「エリザちゃんのお母さんに確認して、外泊してもいいのなら……」
「やったぁ、嬉しい! ありがとう、ママ」
 エリザちゃんのお母さんは、話を聞く限り、とんでもない人のようだった。本当はどんな人かわからないけれど、エリザちゃんが泊まることを反対してくれないかと、ほのかに期待した。
「それじゃハナちゃん、一緒に寝よう」
「ダメ!」
 アヤちゃんが声をあげた。突然のことに、私やハナちゃん、エリザちゃんもそれに驚いた。
「エリザちゃん、私と一緒に寝よう」
 どうしてアヤちゃんがそんなことを言い出すのか、私にはわからなかった。今まで、二人がそんなに親密な様子はなかった気がする。それなのにいったいどうして──
 私としては、エリザちゃんと、ハナちゃんもアヤちゃんも一緒に寝かせるわけにはいかなかった。エリザちゃんが二人にいったい何をするかわからない。
「エリザちゃん、私の部屋を使っていいから……」
「それじゃママが一緒に寝てくれるの?」
「私は、アヤちゃんたちの部屋で寝るから……」
「それなら四人で一緒に寝ようよ」
 四人で寝れば、エリザちゃんも変なことをできないだろうか。なるべくエリザちゃんを、娘たちに近づけたくない。私の目の届くところに置いておきたかった。
「ダメ! エリザちゃんは私と寝るから! ハナちゃんはお母さんと寝て」
「アヤちゃん……?」
「いいでしょ? ハナちゃんも。たまには私がエリザちゃんを独り占めしたって」
「そんなにお姉ちゃん、私と一緒に寝たいんだ。嬉しい。でも、楽しみは明後日、当日までとっておこう。誰と寝ようかな、みんなで寝ようかな。どうしよう、今からすごい楽しみ」
 エリザちゃんは目を細めて、うっとりと微笑んでいた。
 急にどうして泊まるなんて言い出したのかわからないけれど、エリザちゃんのことだから、何か恐ろしい企みがあるはずだった。
 私は、エリザちゃんが、アヤちゃんやハナちゃんを傷つけることを許さない。二人は絶対に私が守る。けれどそのために、私に何ができるだろうか。私の体を差し出す以外に。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ママが呼んでいる

杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。 京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

処理中です...