私を支配するあの子

葛原そしお

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第十二話⑤

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 エイちゃんは便座に座って股を開く。右腕はぶらりと垂れ下がっていて、嗚咽と、左手で彼女の股の間の割れ目をこするたびに揺れて、痛々しかった。下唇を噛んで、必死に痛みを堪えているようだった。涙と鼻水で顔はべちゃべちゃで、目の周りのメイクが流れ落ちて、黒い涙の跡になっていた。
「もっとちゃんと開いて見せて。いつもしているみたいにして。そうしないと、いつまでもおわらないよ」
 エリザちゃんは裸のまま、私の手をつないで、エイちゃんのことを見守る。これだけの惨状をつくり出して、少しも悪びれた様子はなく、いつも通り、楽しげだった。
 エイちゃんは泣きながら、左手の人差し指と薬指で割れ目を開いて、中指で内側をこする。こんな状況で、少しも濡れている様子はなかった。
「許してください……ごめんなさい……」
 エイちゃんはエリザちゃんに謝る。私も、これ以上、エイちゃんにひどいことをしてほしくない。もともと私が原因でこうなったのだから。そう思って口添えをしようと思っても、エリザちゃんのことが怖くて口をきけなかった。
 次にあれをさせられるのは私で、腕を折られるだけでは済まないかもしれない。
「それじゃお姉ちゃんのお友達さん、お名前は?」
 あのインタビューが始まった。
「くればやし、えいこ……」
「お姉ちゃんにはなんて呼ばれているの?」
「エイちゃん、って……」
「ふーん。そう。じゃあ、エイちゃんさん。高校の名前を教えて──」
 通学している高校、住んでいる場所、家族構成──
「家族、お姉さんがいるんだ。お姉さんの名前は?」
「姉貴は関係ないでしょ……?」
「答えないのなら、もうその口は必要ないね」
「い、言います! 言いますから──」
 エリザちゃんの言葉はただの脅しじゃない。マリーちゃんを使って本当に実行するに違いないと思わせた。
「あれ、エイちゃんさん、住んでるの、意外と近所だね。アヤナお姉ちゃんとは高校から知り合ったの?」
「中学が、一緒で……仲良くなったのは、高校から……」
「へぇ、それじゃあ、私と同じ中学ってことだよね。エイちゃん先輩だ! 私、部活とか入ってないから、先輩ができて嬉しい!」
 その先輩にこんなことをしながら、エリザちゃんは嬉しそうに笑っていた。
「ねぇ、ダリアちゃん。私たちの先輩だよ!」
「ああ、うん……」
 エリザちゃんがダリアちゃんを振り返る。ダリアちゃんはエイちゃんのスマートフォンと学生証を確保していた。
「ダリアちゃん。エイちゃん先輩と連絡先、交換しておいて。私のスマホ壊れちゃったから。あと先輩のスマホの中の私のデータ、消さなくていいから」
「わかった。あとエリザの動画、私のに移しといたから」
「ありがとう。あとで私にちょうだい」
 エリザちゃんがエイちゃんに向き直る。エイちゃんはまだ自慰をしていた。
「マリーちゃん、撮影やめていいよ。それか、撮りたいのある?」
「排泄」
 それにエリザちゃんは声をあげて笑った。エイちゃんは怯えた顔で二人を見た。私はマリーちゃんのことが何も理解できなかった。マリーちゃんは少しも楽しんでいる様子もないのに、人の骨を折ったり、ためらいなく暴力をふるい、エリザちゃん以上に恐ろしい要求をする。
「大きいの、小さいの?」
「両方」
「だって、先輩。後輩のためにお願いします」
 エリザちゃんは乗り気だった。
「無理、です……できません……」
「便秘なの?」
「そうじゃなくて……」
「どうやったら出る?」
「え……?」
「押せば出るかな。マリーちゃん」
 マリーちゃんが名前を呼ばれると、勢いよくエイちゃんのお腹を蹴った。
「うぐっ──」
 エイちゃんはそれに前屈みに体が曲がった。マリーちゃんが足を引く抜くと、暗い黄色の液体を吐いた。
「中便」
 マリーちゃんがぼそりと言うと、エリザちゃんは大笑いした。
「もうマリーちゃん、笑わせないでよ。先輩、面白すぎ」
 エイちゃんは涙目に二人を見上げ、許しを求めるような、怯えたかわいそうな顔をしていた。
「もう……許して……」
「別に、先輩に怒ってないですよ。私のことを叩いたのは、マリーちゃんが腕を折ったのでおあいこ。私の動画も、先輩の動画でおあいこです。今のだってマリーちゃんがふざけただけで、可愛い後輩のしたことだから、先輩は許してくれますよね?」
 エリザちゃんたちのしたことの方が、はるかにひどいのに、私もエイちゃんも口答えできなかった。
「だけどね、先輩。私のスマートフォンを壊したことは、どう責任とってくれるんですか? 大切なデータだって入っているのに」
 エイちゃんが投げつけたエリザちゃんのスマートフォンは床に転がっている。画面が割れていて、操作するだけで指が血まみれになりそうだった。ただ中のデータまで消えてるとは思えないけれど、そのことを指摘できない。
「弁償、します……」
 それにエリザちゃんが微笑む。
「よかった。それじゃ月末までに三百万円ね」
「え……?」
 そんな値段のするスマートフォンのはずがなかった。同じ機種のものを買って、データを移し替えれば済むだけのはずなのに。
「そんなするはずないし、そんなお金ない……」
「人のもの壊しておいて、なんですかその態度は? 後輩だからってバカにしてるんですか?」
「違う……そんなんじゃない、です……」
「どんなことをしても必ずお金をつくってくださいね。じゃないと、先輩の家族にも取り立てますから」
「許してください……なんでもしますから……」
「だから三百万円でいいって言ってるのに。それじゃ一千万円用意してくれるんですか?」
「無理です……」
「だったら軽々しくなんでもなんて言わないでください。先輩にできることは、せいぜいその体を売ることぐらいでしょ?」
「でも腕が、こんなじゃ……」
「百万円でもう一本の腕も売ったらいいんじゃないですか?」
 エリザちゃんはなんでもないことのように言った。
 エイちゃんはもう、涙さえも干上がっていた。青ざめた顔でエリザちゃんを見た。
 私はエリザちゃんのことがずっと怖かったけれど、彼女に逆らう、彼女の敵になるということがどういうことか、ようやく理解した。
「それじゃエイちゃん先輩、もういいんで。はい、おつかれさまでした」
 エイちゃんは解放されたけれど、便座に座ったまま、折れた腕の痛みさえ忘れた様子で放心していた。
 そしてエリザちゃんが私の手を引く。エリザちゃんは私の顔を見上げて、にっこりと笑った。琥珀色の瞳を細めて、八重歯をのぞかせて。
「アヤナお姉ちゃん──」
 エイちゃんに対してあそこまでしたエリザちゃん。私に対して、いったいどんなことをするのか、恐ろしくて気絶してしまいそうだった。
「それにしてもショックだなぁ。お姉ちゃんが、私のことを裏切るなんて。とても悲しい」
 そう言うエリザちゃんは、少しも悲しそうに見えなかった。
「お姉ちゃんには、罰を与えないと、ね。私を裏切った罰を」
 それは腕を折られたり、お金だけで済むのだろうか。そんなことでは済まされない気がした。
「お願いします……殺さないでください……」
「ひどいなぁ。そんなことするわけないでしょ。大切なお姉ちゃんなのに」
 エリザちゃんはおかしそうに笑った。
「裏切り者のお姉ちゃんには、お願いを一つ、聞いてもらおうかな」
 それは殺されることも覚悟していた私のとって拍子抜けだった。けれどエリザちゃんが、そんな生温い罰を与えるとは思えない。
 そんなことをしなくても、どんなことでも私を従わせることができるのに。わざわざこんな形で、ここまで私の逆らえない状況をつくって、いったい何をさせるつもりなのか。
「いったい、何をすれば……」
「それは、今週末のお楽しみ」
 それはまるで友達の誕生日にサプライズを仕込むような、そんな楽しげな口ぶりだった。不意にエリザちゃんの顔から表情が消えた。
「もしも言うことをきかなかったら、ハナちゃんの腕を折るから」
「え……? な、なんで……? どうして……?」
「お姉ちゃんの手足を折っても、お姉ちゃんが痛いだけで、反省しなさそうだから。それにお姉ちゃんを傷つけたら、ハナちゃんが悲しむでしょ? ハナちゃんも、お姉ちゃんにひどいことしないで、って言ってたから、それを尊重してあげたいの。恋人の頼みだからね」
 エリザちゃんはうっとりと笑った。
 彼女の妄想だとしても、恋人であるハナちゃんの腕を折ることには抵抗がない、そんな彼女の矛盾と狂気を問いただすことも、怖くて私にはできなかった。
 私はエリザちゃんの奴隷だ。ハナちゃんを人質にとられて、逆らうこともできない。仮にハナちゃんが無事でも、私はエリザちゃんが怖い。
 そしてエリザちゃんのこの要求に、安堵している私がいた。骨を折られるわけじゃない。どうしようもない金額のお金を求められるわけじゃない。ただそれよりも恐ろしいことを私にさせるつもりだと分かってはいるけど。逆らった場合、その代償を支払わされるのは、私の一番大切な妹のハナちゃん。
 私はエリザちゃんという暴力の嵐が、いつか通り過ぎてくれるのを、卑屈に祈りながらやり過ごすしかなかった。
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