私を支配するあの子

葛原そしお

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第十一話③

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 月曜日──
 いつものようにエリザちゃんが、何事もなかったように、楽しげに、私のことを迎えにくる。お姉ちゃんは目をそらして、一言も口をきかなかった。
 私はいつものようにエリザちゃんと手をつないで登校して、教室に向かう。
 教室には、加藤さんが両手を地面につけて、土下座する手前のような姿勢で私を待っていた。その後ろに砂村さんと姫山さんが、無表情でそれを見ていた。
 私が教室に入ると、加藤さんは怯えた顔で私を見ると、すぐにうつむく。そのまま四つん這いで私の前に進んできた。
 私はそれを、もう嫌悪感も抵抗も抱くことなく、ただ見下ろした。頭がぼんやりとして、私とは関係のない、何かの映像を見せられているような気分だった。
 加藤さんが朝の挨拶をする。私の上履きの先に、土下座するようにうずくまって、鼻をこすりつけた。
 いつもの朝だった。
 それを見てエリザちゃんが笑った。
「このブタ、よく調教できてるね」
 私はエリザちゃんに、砂村さんに言われるがままに、加藤さん──ナスブタを調教した。
 私は加藤さんに裸で豚の鳴き真似をさせたり、教室でみんなが見ている前でおしっこもさせた。顔にうんちだって何度もした。片付けは私たち以外のほかの子が、何も言わなくても勝手にやってくれた。
 私は加藤さんに対してすることに、私の心は真っ黒で、冷たく凍りついて、楽しいとも嫌だとも、もう何も感じなかった。
 ただ加藤さんに対して、もう学校に来なければいいのに、といつも思った。
 そう思うけれど、エリザちゃんのことだから、加藤さんのことを何重にも追い詰めているのだろう。どんなことをしているか、したのかは、怖くて知りたくも、聞きたくもない。
 どうしてエリザちゃんは加藤さんにここまでするのか。
 元気で明るかった加藤さん。今は見る影もない。いつもうつむいていて、四つん這いで歩いている。二本の足で歩いていいのは教室移動や授業中だけ。私は彼女のことをなるべく見ないようにしているので、二本足で歩いている姿はずっと見ていない気がした。
 誰も加藤さんを助けようとしない。私も。
 こんなことになったのは私が原因なのに、私はどこかで、理不尽に加藤さんのことを憎んでいた。彼女を助けようとしなければ、私までこんなことをしないでよかったはず、と。そう思うのは、どうすることもできないことに、そう思わなければいられないからかもしれない。
「今週も出荷体重を目指して頑張ろうね」
 エリザちゃんが楽しそうに笑っていた。
 出荷体重──その体重になったら、ブタから解放するとエリザちゃんが約束してくれた。それでも出荷という表現がなんだか怖くて、私はその約束が本当かどうかも確かめることはできなかった。加藤さんはそれを信じて一生懸命頑張っている。
 ただ私はエリザちゃんが約束を守ってくれるかどうかよりも、出荷体重の110キロなんて、私より少し背が高いぐらいの加藤さんに、本当にそんなことができるのか疑問だった。
 ただこの一ヶ月近くで、加藤さんの体型はすっかり変わってしまった。バスケ部で、しなやかな体つきをしていた加藤さん。今は胸よりもお腹が出ていて、顔も太り始めていた。これが始まってから彼女の体重は17キロも増えた。
 そして出荷体重とは別に、毎週の目標もあった。
 一週間で体重を10キロ増やす。できなかったら人豚。私も加藤さんの顔にうんちをするのは嫌なので、なんとか彼女の体重を増やそうとした。加藤さんに吐く寸前まで給食を食べさせた。吐けば、砂村さんや姫山さんがそれを食べさせる。けれど毎週金曜の放課後の計測で、目標に達することは一度もできていない。
 17キロも増えたけれど、一週間のうちに10キロ増やさないといけないので、ずっとその繰り返しだった。計測の日には加藤さんにいっぱい水を飲ませて、トイレを我慢させても、10キロに届かない。
 仮にもし一週間で10キロを達成しても、また翌週には同じことをしているだろうから、ほとんど意味はない気がした。ただ私が加藤さんにうんちをしないで済むだけだろう。
 彼女の外見も変わってくると、私の感覚もどんどん麻痺していって、私の知っている加藤さんと今の加藤さんは別人で、私たちの間に交流なんて何もなかったような気がしてきた。それがエリザちゃんの目的だと、砂村さんに聞いて知ったけれど、だからといってどうする気もなかった。
 どうしてエリザちゃんは加藤さんにそこまでするのか──砂村さんと二人きりの時に聞いてみた。姫山さんは、エリザちゃんとの関係がよく分からないので、彼女もいない時を見計らった。
 砂村さんの話では、エリザちゃんが私に加藤さんをいじめさせるのは、私の加藤さんへの気持ちをなくすため、とのことだった。
 私が加藤さんのことを思いやる言動が、些細なことでも気に食わないらしい。
 それでここまでするのか、させるのかと思ったけれど、エリザちゃんのことを理解できるわけがなかった。

   *  *  *

 お昼休み──
 いつものように、物陰に隠れて、エリザちゃんが私の体をまさぐる。
 授業の合間の休み時間は、加藤さんをいじめるために使われ、お昼休みは私をいたぶるために使われた。
 今日は家庭科の授業で使う調理実習室だった。
「外は暑いから、涼しいところでしよう」
 そうエリザちゃんは笑って言った。この前は理科室だった。
 実習室や理科室、音楽室は、授業のない時は施錠されているのに、なぜかエリザちゃんは各教室の鍵を持っていた。どうやって手に入れたのか、怖くて理由を知りたくなかった。
 私のクラスの担任は砂村さんに逆らえないように、足の爪を剥いだり、裸の写真を撮って脅してあるらしいけれど。ほかの先生にも何かしてあるのかもしれない。
 私は調理台の、冷たくて硬い銀色の天板の上に寝そべる。天井の照明が眩しくて、横を向いた。
 調理台の上というのは、いつもと違った緊張感があった。このまま殺されてバラバラに解体されて、エリザちゃんに食べられてしまうような気がした。そんなことあるはずない──とも思えないのが、エリザちゃんだった。
 エリザちゃんは私の股を開くと、そこに顔を沈めて舐める。
 実習室の中は、外の音は聞こえてこない。静かだった。空調の音と、エリザちゃんが私の割れ目を舐める水の音だけがした。
 やっぱりエリザちゃんに舐められるのは気持ち悪かった。おしっこ漏らして濡れたショーツを脱がずに履いたままでいるような気分だった。お姉ちゃんの時は全然違ったのに。
 私はこの行為に、嫌悪感や吐き気を感じても、心を真っ黒に塗りつぶして、私をなくす。そうすれば時間だけが過ぎていく。ノートの余白をただ黒く塗っていくような、それだけのものになる。
 少しして、私もエリザちゃんに同じことをする。エリザちゃんは調理台の上に乗ると、じっと私を見て微笑む。私は下着を脱がせて、露わになったその割れ目に口づけをした。
 お姉ちゃんとは違って、私と同じようにまだ子供のそこは、熟す前に摘み取って、腐らせた果実のようだった。
 私は心をなくして、エリザちゃんの割れ目を舐める。
「あ、ハナちゃん……んっ……あっ……」
 エリザちゃんはわざとらしく声をあげる。エリザちゃんの仕草は、なんだか演技っぽいと思った。このことに限らず、ただ人間の真似をして、人間のふりをしているような感じがした。
 エリザちゃんが私に求める役割は恋人。
 私がなかなか言うことをきかなかったり、彼女が私に求める役割から外れたことをすると、エリザちゃんは不機嫌になる。
 エリザちゃんに好きと言われて好きと返事をしないと、無表情で、無言で私を見る。そのまま答えなかったらどうなるかは怖くて確かめていない。
 エリザちゃんにもらったヘアピンを忘れた日は一日中不機嫌だった。そうなるとお昼休みや放課後にする時、わざと痛いことや怖いことをしてくる。
 恋人にしても、友達にしても、何かを交換条件にしたり、脅迫をして、恐怖でその役割を私たちに演じさせているだけ。
 そう思うと、エリザちゃんがなぜこんなことをするのか、なんとなくだけれど、彼女が人間になりたくてしてるような気がした。
「もういいよ、キスしよ。ハナちゃん、来て」
 エリザちゃんが体を起こして、調理台に座り、両手を広げて私を招く。あのいつもの微笑みを浮かべていた。その表情も、嘘くさい偽物で、相手を騙すための罠に違いなかった。
 私はエリザちゃんにキスをする。何も感じない。きっとエリザちゃんも何も感じていないのだろう。そのままエリザちゃんは、私のブラウスのボタンを外して、下着越しに胸に触れてくる。
 エリザちゃんはひととおりすれば、満足する。それからは時間まで二人で手をつないで肩を寄せ合ったり、抱き合ったりするだけ。
 ひととおりをおえると、エリザちゃんは私を抱きしめて、耳を舐めてきた。
「ハナちゃん、またお姉ちゃんと三人でしようね」
 それに私は、いきなり心臓を握られたような気がして、息ができなくなった。
 お姉ちゃん──エリザちゃんは、お姉ちゃんにまでひどいことをした。絶対に許せない。
「どうして……? どうして、お姉ちゃんまで……」
 肺に残った最後の空気で、なんとか聞いてみた。
「家族になるためだよ」
 それがエリザちゃんがお姉ちゃんに求める役割なのだろうか。
 私はお腹に痛いほど力を入れて、細く息を吸う。
「どうしてお姉ちゃんにまで、あんなことするの……?」
 それにエリザちゃんは、聞き分けのない子供に優しく教えるように、琥珀色の瞳を細めて微笑む。
「あれはお姉ちゃんが自分で始めたことだよ。ハナちゃんは、お姉ちゃんが誰だか知らないおばさんに、あんなことをされてもいいの?」
「え?」
「お姉ちゃんがしてたことはそういうことだよ。体を売ってお金にしていたの。それなら、まだ知ってる私や、ハナちゃん自身が相手の方がマシだと思わない?」
 お姉ちゃんがどうしてエリザちゃんの言いなりになっているのか、理由を直接聞くことはできなかった。お姉ちゃんに、「いつからエリザちゃんと、どうしてエリザちゃんとあんなことしているの?」、そう聞かれて私は答えることができなかったから。私が答えないのに、お姉ちゃんが話してくれるとは思えなかった。
 本当のことを話してお姉ちゃんを悲しませたくない。それに、もう二度とエリザちゃんがお姉ちゃんに手を出さない約束さえしてくれたら、私はどうなってもいいから。お姉ちゃんは知らなくていい。
 エリザちゃんに何をお願いすると、恐ろしい代償を求められることは分かっている。
 それでも私は、どうしてもエリザちゃんにお願いしなければいけない。
「お願いします……もうお姉ちゃんに、ひどいことしないでください……」
 エリザちゃんは変わらず微笑んでいた。
「それじゃハナちゃんは、私のために、何をしてくれる?」
「えっと……お金、払います……私が、代わりに、体売るんで……」
「却下」
「それじゃ、えっと……加藤さんに、うんちします……」
 それにエリザちゃんは、呆れたようにため息を漏らす演技をした。
「それはもう何度も見てるし。そうじゃないんだよなぁ。ハナちゃんは、女心がわかってないよ」
「じゃあ、どうしたら……?」
「ハナちゃんがお姉ちゃんのために、どんなことでもする気持ちがあるのはわかったよ。だからね、私のために、なんでもするハナちゃんが見てみたいな」
 エリザちゃんがうっとりと微笑んだ。微かに瞳が潤んでいるように見えた。
 いったいどんなことを私にさせるのか──
「ピアス、開けて」
「え?」
「私のために」
 そういうのは校則で禁止されている気がしたけれど、そんなことでお姉ちゃんを助けられるのなら、私は構わなかった。
「わかった……」
「わぁ、嬉しい! それじゃ放課後ね! それまでに準備しておくから」
 エリザちゃんは嬉しそうに手を叩いた。
 私は少し意外な気持ちになった。
 もっと無茶なことをさせられると思っていた。たとえば加藤さんを殺せとか言われると思っていたので、少し気が楽になった。
 痛いかもしれないけれど、お姉ちゃんのためなら、そのぐらいのことなら耐えられる。
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