私を支配するあの子

葛原そしお

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第九話⑤

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 それから週末になると、私はクロキさんに呼び出された。
 高級そうなレストランや、おしゃれな喫茶店に連れて行かれた。
 私はほとんど相槌を打つだけだったけれど、クロキさんは一方的に話すだけで楽しそうだった。結局そのあとはホテルに行く。
 ある日は──
「教えてあげるから、私がしたことを私にもして」
 私はクロキさんに股の間を舐められ、それから私も同じように彼女の性器を舐めさせられた。抵抗はあったけれど、拒むと、殴られたり、乳首をつねられたりするので、私は逆らうことができなかった。
「四つん這いになって。お尻、もう少し高くあげて」
 ある時は四つん這いにさせられ、後ろからクロキさんに舐められて、指で中をいじくり回された。それと同じように、四つん這いになったクロキさんのを、後ろから舐めさせられたこともあった。
「そう、そこ。ふふ、上手くなったね」
 クロキさんの前にひざまずいて、一時間以上、舐めさせられたこともあった。
「本当は私、ネコなんだけど、アヤナちゃんのせいでタチに目覚めたかも」
 私が泣いて叫んで助けを求めても、手足を縛られ、何時間も責められたこともあった。何度もイかされて、その私の様子を彼女は楽しんでいた。
 今日も私たちはいつものように駅前で待ち合わせをした。
 クロキさんは私の腰に手を回して逃げられないようにする。彼女は何かあっても何もなくても、べたべた私に触ってくる。
「ちゃんとこの前あげたの着てきた?」
 クロキさんは私の耳元で言った。
「はい……」
「いい子」
 それに嬉しそうに笑っていた。
 クロキさんは食事以外に、私に服やアクセサリーを買い与えようとしてきた。家族に気づかれたり、何かを疑われるのが嫌で断った。しかし前回会った時に、帰り際に渡されたものがあった。
「次に会う時に着てきてね」
 それを断ることができないのは、彼女の目を見て分かった。クロキさんが私に命令する時、その大きな瞳で、じっと私の目を見てくる。それを断った場合、痛いことをされる。だから私は従うしかなかった。
「今日はロングコースね。お腹空いたら出前とっていいよ。夜は外で何か食べていかない?」
「すみません……家に帰らないといけないので……」
 今日は食事なしで、私たちはラブホテルに向かった。
 正直、彼女と食事をするのは気が重かったので、食事がなくなってよかったと思うけれど、ホテルでの時間が長くなる。果たしてどちらがマシだったのか分からない。
「残念。でもその分、たっぷり楽しませてもらうから。今日はいろいろ持ってきたんだ」
「え……?」
 私は不吉な予感がした。
 クロキさんは、私をいたぶったあと、同じことを自分にもさせる。今日はいったいどんなことをするつもりなのだろうか。
 震える私の手を握って、クロキさんがホテルのエントランスに進もうとした。その時、シャッター音が聞こえた。
 カシャカシャカシャ──と、スマートフォンのカメラで撮影した時の音だった。
「あ、連写になってた」
 私は違和感に音の方を見た。クロキさんも驚いて振り返っていた。
 そこにはスマートフォンをこちらに向けている少女がいた。
「あ、こっち向いてくれた。そのまま目線ください」
 少女は画面を見ながら笑っていた。再びシャッター音が何度も鳴る。私たちのことを撮影しているようだった。
 どうしてそんなことをしているのか。それよりも、私は彼女に見覚えがあった。急いで顔を隠したけれど、もう手遅れかもしれない。
「ちょっとあなた、なんのつもり⁉︎」
 クロキさんは私の手を離して、彼女に詰め寄る。
 それに少女はスマートフォンを下ろして、色素の薄い琥珀色の瞳を細めて微笑んでいた。小顔の、人形のような女の子。エリザちゃん──妹のハナちゃんの友達。どうして彼女がここにいて、私たちの写真を撮影したのか。
 理由は分からないけれど、彼女にこのことを知られて、私はもうどうしたらいいのか分からなくなった。
 エリザちゃんは迫るクロキさんに臆した様子もなく、いつもの微笑みを浮かべていた。
「警察に通報しようかな。未成年淫行の現行犯で」
「や、やめなさい!」
「同性でも、未成年との性行為は犯罪ですよ」
「誰なのあなた? 私のこと脅すつもり?」
 クロキさんがエリザちゃんのスマートフォンを奪い取ろうとする。
 それをエリザちゃんは軽やかに避けた。
「暴行傷害もつけたいんですか? 欲張りですね」
「この──」
「撮ってるのは私だけじゃないですよ」
 その言葉に、私もクロキさんも辺りを見回した
 離れたところに、じっとスマートフォンを構えている少女がいた。私は彼女に見覚えがあった。確か姫山鞠依ちゃん。
「動画で全部撮ってます。これ、ネットにアップしちゃおうかな」
 クロキさんは二人を交互に見て、たじろいでいた。
「お願い、やめて……」
「いいですよ。それじゃ、示談ということで」
「はぁ?」
「あなたが連れ込もうとしていた彼女、私の大切な人のお姉さんなんです。私もその人もすごく傷つきました。慰謝料を払ってください」
「え、もしかしてこれって……アヤナちゃん、美人局だったの……?」
「いいえ。最近、帰りの遅い彼女のことを心配して、あとをつけていたら。まさかこんなことになっているとは。本当に悲しいです」
 エリザちゃんは泣いてもいないのに、わざと目元を拭うそぶりを見せた。
「いくらよ……」
「百万円」
 エリザちゃんが笑った。色素の薄い瞳を細めて、牙のような八重歯をのぞかせる。
「はぁ?」
「百万円でいいですよ。大した額じゃないですよね? あなたにとって」
「ふざけないでよ、そんな大金……」
「だって彼女には会うたびに何万もお金を払っていたわけですよね? もう何十万円ぐらい払ったんですか? そう考えたら、たった百万円で社会的な破滅を回避できるんだから、お得だと思いませんか?」
「そんな大金、今すぐ用意できない……」
「いいですよ、分割で。その代わりあなたの連絡先を教えてください。場合によっては彼女の保護者の方を同伴して、お会いしましょう」
「分かった! 今すぐ払うから!」
「ああ、よかった。わかってくれて。それじゃマリーちゃん、回収お願い。私はお姉さんを保護するから。百万円が確認できた時点で写真や動画は消すので安心してください。もし途中で逃げたり、ごねたらすぐに拡散しますので。私たちを殺しても無駄ですよ。もう一人いるので」
 クロキさんは慌てて周囲を見回す。
「こんなすぐそばにいるわけないでしょ。もう一人にはデータのバックアップをお願いしているから。もしも私たちの一人でも戻らなければ、その時点で通報、拡散するので」
 エリザちゃんが私のそばに寄り、手を引いた。
「それじゃ、お姉さん。行こう。マリーちゃん、回収お願いね。あと通話状態にしておいてね。それともテレビ通話で配信してもらおうかな」
「やめて! 逃げたりしないから!」
「残念、面白そうなのに。じゃあ通話にしておいてね」
「分かった」
 マリーちゃんがクロキさんに向かって言う。
「早く行って」
 それにクロキさんは不快そうに顔を歪め、歩き出す。
 私はエリザちゃんに手を引かれて、その場を離れた。
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