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第九話②
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その後、私の投稿に書き込みしてくれた何人かとメッセージのやりとりをした。
すぐにいつ会うか、何をするかの話になった。中にはどういう意味かは分からないけれど『ホ別で三万』という連絡もきた。金額の大きさに驚いたけれど、どんな人なのか分からなくて気が進まなかった。
ただそのうちの一人、『クロキ』さんという人が、メッセージのやりとりをしていて、なんとなく安心できた。アイコンは茶色に緑の目をした猫の写真。何気ない雑談や、その日食べたランチの写真を送ってくれたり、自分のことを話してくれた。
クロキさんは、二十九歳で会社員。デザイン会社で働いているらしい。
口元を隠した顔写真も送ってくれた。口は分からないけれど、目鼻立ちのくっきりした美人だった。目が大きくて、猫っぽい顔つきをしているなと思った。肩か背中ぐらいまである長い茶髪のようだった。
こんな綺麗な人がどうしてこんなことをしているのだろう。気にはなったけれど、聞いてもいいのかためらわれた。
写真を送ってもらったので、私も同じように写真を送った。制服ではまずい気がしたので、部屋着で目線より少し高めから、インカメラで撮影した。
『お、アヤにゃちゃんかわいい! 写真ありがとう』
年齢は離れているけれど、彼女のメッセージは絵文字やスタンプもたくさん使っていて、緊張が解れた。
彼女と連絡を取り合って、何気なく私のことも話したり、なんだか楽しくなってきた。
『アヤにゃちゃん、妹さんいるんだ! きっとアヤにゃちゃんに似て可愛いんだろうな』
クロキさんにハナちゃんのことを自慢したい気持ちになったが、さすがに写真を送ることはためらわれた。
『それで今度の土曜日、アヤにゃちゃんご都合はいかが?』
ついにこの日が来た。いつまでも連絡を取り合って、友達ごっこをしている場合ではない。私はバイトするために始めたのだから。私は彼女と会うことにした。
『はい、空いてます。ただ遅い時間だと、家のことがあるので、お昼でもいいですか?』
『いいよ! 楽しみ!』
メッセージアプリでやりとりした感じだと、気さくな感じで話しやすく、優しくて楽しい人という印象だった。
土曜日、家から電車で三十分ほどのところの、繁華街のある駅で私たちは待ち合わせをした。
どんな服装で行ったらいいのだろうか。あまり地味な格好で、相手をがっかりさせるようなことがあったら申し訳なかった。
いつもの私服はシャツにデニムパンツとシンプルで楽なものを着ているのだけれど、今日はお母さんにフレアスカートを借りて、上にカーディガンを羽織り、少しでも大人っぽく見えるよう意識した。
待ち合わせは駅から少し離れたコンビニの前。マイナーなコンビニなので、周辺にはこの一店舗しかない。
緊張のせいか喉がかわいたので、飲み物を買ってからコンビニの前でクロキさんを待つ。
会って食事をするだけで一万円。エイちゃんは当たり前のように言っていたけれど、それが普通ではないことは分かっている。
約束の時間まであと十分。今ならまだ間に合う。やっぱりなかったことにして、断って帰ろう。けれどそれだとクロキさんを傷つけることになってしまう。
私は何か取り返しのつかないことをしているのではないか、そんな気分になってきた。
落ち着かなくて、どうしようとしたのか分からないけれど、私が一歩踏み出した時、一人の女性がこちら近づいてくるのに気づいた。
彼女は手を振って、私に笑顔を向けていた。初めて会うのに、彼女は私がアヤにゃだと気づいたようだった。
「アヤにゃちゃん、お待たせ」
クロキさんは大きな目を細めて、白い歯をのぞかせて笑う。
彼女は黒いノースリーブのタートルネックに、白いボレロを羽織り、ベージュのパンツスタイルだった。茶色の髪は後ろで結んであるようだった。背は私と同じぐらいだけれど、ヒールの高い靴を履いていて、一つ目線が上だった。
「クロキさん……?」
「うん、初めまして、って言ったほうがいいのかな? 今日はよろしくね」
「はい」
クロキさんが変な人ではなく、メッセージでやりとりした時と同じく、気さくな感じで、きれいな人で安心した。
私たちは近くのファミレスに向かった。前日、何か食べたいものがあるかと聞かれたけれど、食事代も出してくれるらしいので、私はあまり高くないところ、ファミレスとかでいいと伝えた。
ファミレスに入り席に着くと、クロキさんはボレロを脱ぐ。彼女の肩が露わになった。脇も見えてしまうのが大胆に感じた。
正面に座って改めて見ると、クロキさんはきつい顔つきの美人だった。けれど笑うと可愛い。
「アヤにゃちゃん、何食べる?」
「えっと──」
クロキさんがテーブルに備え付けられたタブレットを取って、それを私に手渡す。今はこんな感じで注文できるんだと感動してしまった。
外食なんてずっとしていなかった。土日は地元の友達と遊ぶことはあったけれど、相手の家に行くぐらいで、なるべくお金を使わないようにしていた。エイちゃんとは都合が合わず、まだ休日に会ったことはない。たぶんシス活をしているのだろう。
「遠慮しないで、なんでも食べていいよ」
いろんなものがありすぎて私が困っているのを、クロキさんは頬杖をつきながら、優しく見守っていてくれた。
「クロキさんは、何食べますか……?」
「何にしようかな。とりあえず、一緒につまめるものいっとこうか」
私がタブレットを渡すと、クロキさんは慣れた手つきでオーダーを済ませる。堂々としていて頼もしかった。
「そういえばアヤにゃちゃんって、学生さん?」
「はい、高校一年です」
「えー、若いなぁ」
「はぁ……」
実際、クロキさんとは私のお母さんぐらい歳が離れていた。私のお母さんが若すぎるのもあるけれど。
「アヤにゃちゃんは、よくシス活しているの?」
シス活というのは、『お姉さま』に奉仕してお小遣いをもらうことだと、エイちゃんが教えてくれた。私の場合、一緒に食事をすることが奉仕になり、その対価にお小遣いをもらう。
「いえ、初めて、です……」
「そうなんだ! 私、アヤにゃちゃんの最初のお姉さまになれて嬉しいよ」
「そう、ですか?」
クロキさんは楽しそうにしていた。
「そういえばアヤにゃちゃんは部活とか、何かやっているの?」
「いいえ。家のことがあって、時間がなくて」
「そうなんだ」
私は会話が途絶えそうになった気がして、必死に言葉をつないだ。
「その、妹がいて。うち母子家庭で、お母さんがいない時、私が面倒みなくちゃいけなくて……」
うまく話せている気がしなかった。
それにクロキさんは優しく笑ってくれる。
「そうなんだ。アヤにゃちゃんは偉いね」
「いえ、そんな……」
「ねぇ、このあとは予定あるの?」
「いえ、ないです」
「ちょっと行きたいところあるんだ」
結局お母さんは休みがとれなかったので、ハナちゃんのご飯をつくるために、夕方までには帰りたかった。
クロキさんは続ける。
「アヤにゃちゃんは、サウナとかスーパー銭湯って行ったことある?」
「えっと、ないです」
「えぇ、もったいない。サウナとかお風呂って、美容と健康にいいんだよ」
「そう、なんですか? 私いつも、シャワーばっかりで」
「もったいない! アヤにゃちゃん、可愛いんだから。ちゃんとケアしないと」
「え、あ、はい……」
「近くにね、サウナ付きのホテルがあるの。一緒に行こう」
「えっと、あの……」
「少し休憩するだけだから。追加でお金も払うよ」
「はい……」
クロキさんは悪い人じゃないけれど、押しの強い、少し強引なところがあった。
すぐにいつ会うか、何をするかの話になった。中にはどういう意味かは分からないけれど『ホ別で三万』という連絡もきた。金額の大きさに驚いたけれど、どんな人なのか分からなくて気が進まなかった。
ただそのうちの一人、『クロキ』さんという人が、メッセージのやりとりをしていて、なんとなく安心できた。アイコンは茶色に緑の目をした猫の写真。何気ない雑談や、その日食べたランチの写真を送ってくれたり、自分のことを話してくれた。
クロキさんは、二十九歳で会社員。デザイン会社で働いているらしい。
口元を隠した顔写真も送ってくれた。口は分からないけれど、目鼻立ちのくっきりした美人だった。目が大きくて、猫っぽい顔つきをしているなと思った。肩か背中ぐらいまである長い茶髪のようだった。
こんな綺麗な人がどうしてこんなことをしているのだろう。気にはなったけれど、聞いてもいいのかためらわれた。
写真を送ってもらったので、私も同じように写真を送った。制服ではまずい気がしたので、部屋着で目線より少し高めから、インカメラで撮影した。
『お、アヤにゃちゃんかわいい! 写真ありがとう』
年齢は離れているけれど、彼女のメッセージは絵文字やスタンプもたくさん使っていて、緊張が解れた。
彼女と連絡を取り合って、何気なく私のことも話したり、なんだか楽しくなってきた。
『アヤにゃちゃん、妹さんいるんだ! きっとアヤにゃちゃんに似て可愛いんだろうな』
クロキさんにハナちゃんのことを自慢したい気持ちになったが、さすがに写真を送ることはためらわれた。
『それで今度の土曜日、アヤにゃちゃんご都合はいかが?』
ついにこの日が来た。いつまでも連絡を取り合って、友達ごっこをしている場合ではない。私はバイトするために始めたのだから。私は彼女と会うことにした。
『はい、空いてます。ただ遅い時間だと、家のことがあるので、お昼でもいいですか?』
『いいよ! 楽しみ!』
メッセージアプリでやりとりした感じだと、気さくな感じで話しやすく、優しくて楽しい人という印象だった。
土曜日、家から電車で三十分ほどのところの、繁華街のある駅で私たちは待ち合わせをした。
どんな服装で行ったらいいのだろうか。あまり地味な格好で、相手をがっかりさせるようなことがあったら申し訳なかった。
いつもの私服はシャツにデニムパンツとシンプルで楽なものを着ているのだけれど、今日はお母さんにフレアスカートを借りて、上にカーディガンを羽織り、少しでも大人っぽく見えるよう意識した。
待ち合わせは駅から少し離れたコンビニの前。マイナーなコンビニなので、周辺にはこの一店舗しかない。
緊張のせいか喉がかわいたので、飲み物を買ってからコンビニの前でクロキさんを待つ。
会って食事をするだけで一万円。エイちゃんは当たり前のように言っていたけれど、それが普通ではないことは分かっている。
約束の時間まであと十分。今ならまだ間に合う。やっぱりなかったことにして、断って帰ろう。けれどそれだとクロキさんを傷つけることになってしまう。
私は何か取り返しのつかないことをしているのではないか、そんな気分になってきた。
落ち着かなくて、どうしようとしたのか分からないけれど、私が一歩踏み出した時、一人の女性がこちら近づいてくるのに気づいた。
彼女は手を振って、私に笑顔を向けていた。初めて会うのに、彼女は私がアヤにゃだと気づいたようだった。
「アヤにゃちゃん、お待たせ」
クロキさんは大きな目を細めて、白い歯をのぞかせて笑う。
彼女は黒いノースリーブのタートルネックに、白いボレロを羽織り、ベージュのパンツスタイルだった。茶色の髪は後ろで結んであるようだった。背は私と同じぐらいだけれど、ヒールの高い靴を履いていて、一つ目線が上だった。
「クロキさん……?」
「うん、初めまして、って言ったほうがいいのかな? 今日はよろしくね」
「はい」
クロキさんが変な人ではなく、メッセージでやりとりした時と同じく、気さくな感じで、きれいな人で安心した。
私たちは近くのファミレスに向かった。前日、何か食べたいものがあるかと聞かれたけれど、食事代も出してくれるらしいので、私はあまり高くないところ、ファミレスとかでいいと伝えた。
ファミレスに入り席に着くと、クロキさんはボレロを脱ぐ。彼女の肩が露わになった。脇も見えてしまうのが大胆に感じた。
正面に座って改めて見ると、クロキさんはきつい顔つきの美人だった。けれど笑うと可愛い。
「アヤにゃちゃん、何食べる?」
「えっと──」
クロキさんがテーブルに備え付けられたタブレットを取って、それを私に手渡す。今はこんな感じで注文できるんだと感動してしまった。
外食なんてずっとしていなかった。土日は地元の友達と遊ぶことはあったけれど、相手の家に行くぐらいで、なるべくお金を使わないようにしていた。エイちゃんとは都合が合わず、まだ休日に会ったことはない。たぶんシス活をしているのだろう。
「遠慮しないで、なんでも食べていいよ」
いろんなものがありすぎて私が困っているのを、クロキさんは頬杖をつきながら、優しく見守っていてくれた。
「クロキさんは、何食べますか……?」
「何にしようかな。とりあえず、一緒につまめるものいっとこうか」
私がタブレットを渡すと、クロキさんは慣れた手つきでオーダーを済ませる。堂々としていて頼もしかった。
「そういえばアヤにゃちゃんって、学生さん?」
「はい、高校一年です」
「えー、若いなぁ」
「はぁ……」
実際、クロキさんとは私のお母さんぐらい歳が離れていた。私のお母さんが若すぎるのもあるけれど。
「アヤにゃちゃんは、よくシス活しているの?」
シス活というのは、『お姉さま』に奉仕してお小遣いをもらうことだと、エイちゃんが教えてくれた。私の場合、一緒に食事をすることが奉仕になり、その対価にお小遣いをもらう。
「いえ、初めて、です……」
「そうなんだ! 私、アヤにゃちゃんの最初のお姉さまになれて嬉しいよ」
「そう、ですか?」
クロキさんは楽しそうにしていた。
「そういえばアヤにゃちゃんは部活とか、何かやっているの?」
「いいえ。家のことがあって、時間がなくて」
「そうなんだ」
私は会話が途絶えそうになった気がして、必死に言葉をつないだ。
「その、妹がいて。うち母子家庭で、お母さんがいない時、私が面倒みなくちゃいけなくて……」
うまく話せている気がしなかった。
それにクロキさんは優しく笑ってくれる。
「そうなんだ。アヤにゃちゃんは偉いね」
「いえ、そんな……」
「ねぇ、このあとは予定あるの?」
「いえ、ないです」
「ちょっと行きたいところあるんだ」
結局お母さんは休みがとれなかったので、ハナちゃんのご飯をつくるために、夕方までには帰りたかった。
クロキさんは続ける。
「アヤにゃちゃんは、サウナとかスーパー銭湯って行ったことある?」
「えっと、ないです」
「えぇ、もったいない。サウナとかお風呂って、美容と健康にいいんだよ」
「そう、なんですか? 私いつも、シャワーばっかりで」
「もったいない! アヤにゃちゃん、可愛いんだから。ちゃんとケアしないと」
「え、あ、はい……」
「近くにね、サウナ付きのホテルがあるの。一緒に行こう」
「えっと、あの……」
「少し休憩するだけだから。追加でお金も払うよ」
「はい……」
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