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第八話③
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私の部屋の中には片付けるのを忘れて敷いたままの布団。
それと背もたれのある座椅子。ローテーブルの上にはノートパソコンとマイク付きのヘッドセット。三年前に買って、今は全然使っていない。
私は布団の上に座り、シャツと下着を脱いで上半身裸になる。その私をエリザちゃんは微笑みながら見下ろしていた。
「ハナちゃんのお母さんって、けっこう胸、大きいですよね」
「そう、かな……」
私は恥ずかしくて胸を隠す。
「私のママなんて、私と同じぐらいしかないから。きっとママに育てられてたら、母乳が出なくて、私、餓死してたかも」
エリザちゃんが向かい合うように、私の前に座ると、おもむろに手を伸ばしてきた。それは私の胸に触れた。そのあまりにも冷たい彼女の手の感触に、私は驚いて思わず体が震えた。
「私、ずっと憧れていたんです。赤ちゃんの頃に、ママに甘えること」
「もう母乳、出ないと思うけど……」
「別にいいですよ。形だけで」
エリザちゃんは手を離すと、私の膝を枕に寝転ぶ。私の胸に彼女の顔が半分隠れた。
「手、どかしてください。おっぱい吸えないです」
「はい……」
エリザちゃんはからかうように笑っていた。ただ私を苦しめたり馬鹿にするために、こんなことをしているような感じはしなかった。純粋に母乳を吸うことに憧れていた、そんな感じがした。
「もう少し、屈んで」
私は仕方なく、胸をエリザちゃんに差し出す。
それにエリザちゃんは嬉しそうに、私の左胸の、乳首に口付けする。
「んっ──」
くすぐったいような、むず痒い感覚がした。
それからエリザちゃんは唇をすぼめて、私の乳首を吸う。それに少しひりつくような痛みがあった。私はあまり自分でいじることもないので、痛みに敏感になっているのかもしれない。
そのうちエリザちゃんは吸うだけではなく、舌先で舐めてきた。
「あっ、んっ──」
ぴちゃぴちゃと水音がする。
「赤ちゃんは、そんなこと、しないよ……」
「そうなんですか」
エリザちゃんがふふっと笑った。
私は自分のことながら、異様なことをしていると、まるでひとごとのように思った。娘の同級生に母乳を与えている──もう母乳は出なくなっているけど。
ハナちゃんがいじめをしていることを、エリザちゃんに黙っていてもらう、それが正しいこととは思えない。けれどきっと何か理由があるはず。あのハナちゃんがそんなことするはずがない。
今はハナちゃんにいじめをやめさせる方法を考える時間がほしかった。
不意にエリザちゃんはもう一方の、右の乳房を揉んできた。
「ちょっと──」
エリザちゃんは左の乳首を吸いながら、指の間で右の乳首を挟んで、優しく、ゆっくりと胸を揉んでくる。
「こんなの、赤ちゃんじゃ、ない……」
赤ちゃんに母乳を与える、これはそんなごっこ遊びのはずなのに。
私はこんなふうに誰かに優しく胸を触られたり、吸われるのは初めてだった。
私はむず痒くて切ない気持ちになっていることに、とてつもない罪悪感を覚えた。
娘の友達に胸を愛撫されて、感じてしまっている。
息が、脈が早くなっていく。顔が火照ってきて、下腹部がむずむずしてくるのが分かった。
こんなの間違っている──
だけど私にはどうすることもできなかった。
不意にエリザちゃんが口を離す。
「左の胸の下にホクロあるんですね」
「うん……」
「やっぱり」
エリザちゃんはにっこりと微笑んだ。
私の左の乳房の下側に、少し目立つホクロがある。
それになぜか、エリザちゃんに何か秘密を知られたような、そんな不安な気持ちになった。
「頭、なでてください」
「うん……」
エリザちゃんが再び私の左の乳首を吸う。私はそのエリザちゃんの頭を撫でた。
そうしていると彼女も私の産んだ子供のように思えてきた。
「ママ、大好き」
エリザちゃんはそう言って微笑んだ。
それに私は彼女の深い孤独を感じた。
生まれた時からの記憶があって、お母さんに甘えることのできなかった彼女。それはどんなに寂しくて辛かっただろう。
だからこんなことを私に求めるのだろうか。
* * *
夕方になると、アヤちゃんもハナちゃんも帰ってきた。
私は何も知らない、何もなかったようにふるまった。
「おかえりなさい」
「おかえり、ハナちゃん」
エリザちゃんがハナちゃんを出迎える。エリザちゃんはそのままハナちゃんの腕に抱きついた。エリザちゃんは何事もなかったように、いつもどおりだった。
その二人の様子を見ていると、あれは何か悪い夢で、現実には起きていないように思えたけれど、胸の先が服の生地にこすれて、ひりひりと痛かった。この痛みがあれは本当にあったことだと私に教えているようだった。
「ただいま……」
ハナちゃんの声には元気がなかった。
私はハナちゃんがナスミちゃんのことをいじめているなんて信じられない。何かの間違いであってほしい、そう思いたかった。
エリザちゃんがわざとらしくハナちゃんに聞く。
「ハナちゃん、加藤さんと何して遊んでたの?」
「え……」
それにハナちゃんの顔が引きつった。
「別に……」
「そう」
制服から着替えて戻ってきたアヤちゃんが、ちょうどその会話を耳に挟んだようだった。
「ナスミちゃんと仲直りしたんだ」
「え、私、加藤さんと……」
ハナちゃんは都合が悪いのか口ごもっていた。
私は話題をそらすことにした。
「アヤちゃん、夕飯の準備手伝って」
「はーい」
ナスミちゃんのことは、エリザちゃんが説得すると約束してくれた。ナスミちゃんには申し訳ないけれど、きっと何か事情があるのだと、私はハナちゃんのことを信じたかった。
夕飯の準備ができたので、私たちは四人で食卓についた。
「ママのご飯、美味しい」
エリザちゃんが言った。
「ママだって」
それにアヤちゃんは笑っていた。
「間違えちゃった、恥ずかしい」
エリザちゃんが恥ずかしそうに笑う。
ばぜか私は彼女がうっかり間違えたように思えなかった。それに対してどんな態度をとったらいいか分からなかった。
その中、ハナちゃんはうつむいて、黙々と食べていた。やっぱり元気がない。もっとハナちゃんのことを気にかけていたら、こんなことにはならなかったのだろうか。
「お姉さんはバイト、いつからなんですか?」
エリザちゃんがアヤちゃんに聞く。
「今週の土曜日からだよ」
アヤちゃんは何のアルバイトをするのか私に教えてくれない。以前、私が反対したことで話したくないのかもしれない。今でも反対だけれど、アヤちゃんも高校生になったので、ほしいものもたくさんあるはず。私はアヤちゃんに十分なお小遣いをあげられないので、これ以上反対できない。
「そうなんですか。毎週?」
「うーん、とりあえず土日のどっちかと、平日、お母さんが休みの日に」
「お母さんの次のお休みはいつなんですか?」
「お母さん、来週はいつ?」
「え、っと、来週は──」
それに私は不安な気持ちになった。
エリザちゃんは何気ない会話の中で、私のスケジュールを聞き出しているようだった。
それと背もたれのある座椅子。ローテーブルの上にはノートパソコンとマイク付きのヘッドセット。三年前に買って、今は全然使っていない。
私は布団の上に座り、シャツと下着を脱いで上半身裸になる。その私をエリザちゃんは微笑みながら見下ろしていた。
「ハナちゃんのお母さんって、けっこう胸、大きいですよね」
「そう、かな……」
私は恥ずかしくて胸を隠す。
「私のママなんて、私と同じぐらいしかないから。きっとママに育てられてたら、母乳が出なくて、私、餓死してたかも」
エリザちゃんが向かい合うように、私の前に座ると、おもむろに手を伸ばしてきた。それは私の胸に触れた。そのあまりにも冷たい彼女の手の感触に、私は驚いて思わず体が震えた。
「私、ずっと憧れていたんです。赤ちゃんの頃に、ママに甘えること」
「もう母乳、出ないと思うけど……」
「別にいいですよ。形だけで」
エリザちゃんは手を離すと、私の膝を枕に寝転ぶ。私の胸に彼女の顔が半分隠れた。
「手、どかしてください。おっぱい吸えないです」
「はい……」
エリザちゃんはからかうように笑っていた。ただ私を苦しめたり馬鹿にするために、こんなことをしているような感じはしなかった。純粋に母乳を吸うことに憧れていた、そんな感じがした。
「もう少し、屈んで」
私は仕方なく、胸をエリザちゃんに差し出す。
それにエリザちゃんは嬉しそうに、私の左胸の、乳首に口付けする。
「んっ──」
くすぐったいような、むず痒い感覚がした。
それからエリザちゃんは唇をすぼめて、私の乳首を吸う。それに少しひりつくような痛みがあった。私はあまり自分でいじることもないので、痛みに敏感になっているのかもしれない。
そのうちエリザちゃんは吸うだけではなく、舌先で舐めてきた。
「あっ、んっ──」
ぴちゃぴちゃと水音がする。
「赤ちゃんは、そんなこと、しないよ……」
「そうなんですか」
エリザちゃんがふふっと笑った。
私は自分のことながら、異様なことをしていると、まるでひとごとのように思った。娘の同級生に母乳を与えている──もう母乳は出なくなっているけど。
ハナちゃんがいじめをしていることを、エリザちゃんに黙っていてもらう、それが正しいこととは思えない。けれどきっと何か理由があるはず。あのハナちゃんがそんなことするはずがない。
今はハナちゃんにいじめをやめさせる方法を考える時間がほしかった。
不意にエリザちゃんはもう一方の、右の乳房を揉んできた。
「ちょっと──」
エリザちゃんは左の乳首を吸いながら、指の間で右の乳首を挟んで、優しく、ゆっくりと胸を揉んでくる。
「こんなの、赤ちゃんじゃ、ない……」
赤ちゃんに母乳を与える、これはそんなごっこ遊びのはずなのに。
私はこんなふうに誰かに優しく胸を触られたり、吸われるのは初めてだった。
私はむず痒くて切ない気持ちになっていることに、とてつもない罪悪感を覚えた。
娘の友達に胸を愛撫されて、感じてしまっている。
息が、脈が早くなっていく。顔が火照ってきて、下腹部がむずむずしてくるのが分かった。
こんなの間違っている──
だけど私にはどうすることもできなかった。
不意にエリザちゃんが口を離す。
「左の胸の下にホクロあるんですね」
「うん……」
「やっぱり」
エリザちゃんはにっこりと微笑んだ。
私の左の乳房の下側に、少し目立つホクロがある。
それになぜか、エリザちゃんに何か秘密を知られたような、そんな不安な気持ちになった。
「頭、なでてください」
「うん……」
エリザちゃんが再び私の左の乳首を吸う。私はそのエリザちゃんの頭を撫でた。
そうしていると彼女も私の産んだ子供のように思えてきた。
「ママ、大好き」
エリザちゃんはそう言って微笑んだ。
それに私は彼女の深い孤独を感じた。
生まれた時からの記憶があって、お母さんに甘えることのできなかった彼女。それはどんなに寂しくて辛かっただろう。
だからこんなことを私に求めるのだろうか。
* * *
夕方になると、アヤちゃんもハナちゃんも帰ってきた。
私は何も知らない、何もなかったようにふるまった。
「おかえりなさい」
「おかえり、ハナちゃん」
エリザちゃんがハナちゃんを出迎える。エリザちゃんはそのままハナちゃんの腕に抱きついた。エリザちゃんは何事もなかったように、いつもどおりだった。
その二人の様子を見ていると、あれは何か悪い夢で、現実には起きていないように思えたけれど、胸の先が服の生地にこすれて、ひりひりと痛かった。この痛みがあれは本当にあったことだと私に教えているようだった。
「ただいま……」
ハナちゃんの声には元気がなかった。
私はハナちゃんがナスミちゃんのことをいじめているなんて信じられない。何かの間違いであってほしい、そう思いたかった。
エリザちゃんがわざとらしくハナちゃんに聞く。
「ハナちゃん、加藤さんと何して遊んでたの?」
「え……」
それにハナちゃんの顔が引きつった。
「別に……」
「そう」
制服から着替えて戻ってきたアヤちゃんが、ちょうどその会話を耳に挟んだようだった。
「ナスミちゃんと仲直りしたんだ」
「え、私、加藤さんと……」
ハナちゃんは都合が悪いのか口ごもっていた。
私は話題をそらすことにした。
「アヤちゃん、夕飯の準備手伝って」
「はーい」
ナスミちゃんのことは、エリザちゃんが説得すると約束してくれた。ナスミちゃんには申し訳ないけれど、きっと何か事情があるのだと、私はハナちゃんのことを信じたかった。
夕飯の準備ができたので、私たちは四人で食卓についた。
「ママのご飯、美味しい」
エリザちゃんが言った。
「ママだって」
それにアヤちゃんは笑っていた。
「間違えちゃった、恥ずかしい」
エリザちゃんが恥ずかしそうに笑う。
ばぜか私は彼女がうっかり間違えたように思えなかった。それに対してどんな態度をとったらいいか分からなかった。
その中、ハナちゃんはうつむいて、黙々と食べていた。やっぱり元気がない。もっとハナちゃんのことを気にかけていたら、こんなことにはならなかったのだろうか。
「お姉さんはバイト、いつからなんですか?」
エリザちゃんがアヤちゃんに聞く。
「今週の土曜日からだよ」
アヤちゃんは何のアルバイトをするのか私に教えてくれない。以前、私が反対したことで話したくないのかもしれない。今でも反対だけれど、アヤちゃんも高校生になったので、ほしいものもたくさんあるはず。私はアヤちゃんに十分なお小遣いをあげられないので、これ以上反対できない。
「そうなんですか。毎週?」
「うーん、とりあえず土日のどっちかと、平日、お母さんが休みの日に」
「お母さんの次のお休みはいつなんですか?」
「お母さん、来週はいつ?」
「え、っと、来週は──」
それに私は不安な気持ちになった。
エリザちゃんは何気ない会話の中で、私のスケジュールを聞き出しているようだった。
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