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第六話④
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地元に帰ると、私たちは砂村さんの家に遊びに行くことになった。日は長くなってきて、十六時なのにまだ明るかった。
「お姉さんには、遅くなるって連絡しておくね。夕飯は、本当はハナちゃんのお姉さんの食べたかったけど」
いつの間にか砂村さんの家で夕飯を食べることになっていた。あまり楽しみでもなければ、食欲もわかなかった。
砂村さんの家は、私の家から歩いて十分ほどの距離にあった。大きな通りを挟んで反対側にあり、意外と近所だった。エリザちゃんもこの近くに住んでいるのかもしれない。
砂村さんの家は一軒家で、レンガの塀に囲われた、すごく大きな家だった。黒い屋根に黄色い外壁は独特だった。
「ダリアちゃんのママ、また色塗り替えたんだ」
「何回目か忘れたけど、また金運アップだって。前のピンクよりマシよ」
彼女の家には広い庭があり、庭に面したリビングの戸はすべてガラスだった。
玄関をくぐると、腰ほどの高さまである、紫色の水晶の塊があった。それは岩を半分にカットしたもので、その断面の内側に水晶がびっしりと並んでいた。それ以外にも金色の仏像や仙人の像のようなものがあった。
「ね、お金持ちの家って感じだよね。ダリアちゃんのママね、会社の社長なの」
「だいたい偽物か安物よ。それに会社だって、詐欺みたいなものよ」
砂村さんのお母さんだから、きっとまともな人ではないのだろう。
「ママは昼から遊びに出かけてるから、夜遅くまで帰ってこないわ。安心して」
「よかった。ダリアちゃんのママ、ものすごいからね。私なんて初めて会った時、いきなりビンタされたもん」
「あれは、誤解があったからじゃない」
「ダリアちゃんが私のこと助けてくれたんだよね」
「当たり前でしょ」
いったいダリアちゃんのお母さんとは、どんな人なのだろうか。気になるけれど、怖いので会いたくはなかった。
「でもママ、今はエリザのことすごい気に入っていて、将来はママの会社で雇いたいって」
「あはは」
エリザちゃんは誤魔化すように笑った。砂村さんも本気ではないようだった。
階段を昇って二階に行くと、砂村さんの部屋があった。
砂村さんの部屋は、私の家よりも広いのではないかと思った。
部屋の中には、ソファやテレビまであった。私はテレビ自体を見るのが久しぶりだった。普通の家には、部屋にもテレビがあるものなのだろうか。砂村さんが特別なのだろうか。カーテンを引かれた窓際の砂村さんのベッドは、それだけで私の部屋は埋まってしまいそうな大きさだった。
姫山さんはジャケットを脱ぐと、砂村さんのベッドに寝っ転がる。下は黒いノースリーブだった。
「自由すぎでしょ」
砂村さんが呆れるのに、姫山さんは気にした様子もなかった。
「喉かわいた」
「はいはい。エリザは何飲む?」
「なんでもいいよ」
「咲良さんは?」
「あ、私……」
どう答えたらいいのだろうか。砂村さんに注文をつけてもいいのか、どうしたらいいか分からなかった。
「なんでもいい?」
「はい……」
砂村さんは部屋を出て行く。
エリザちゃんはソファに腰かけて、私を手招きする。私は素直に彼女の横に、一人分の隙間を空けて座った。それにエリザちゃんは強引に私の腕を引っ張って、彼女の横に座らせた。
「今日は一日、とっても楽しかったね」
「うん……」
エリザちゃんは私の肩に頭を乗せて、指を絡めて手を握ってくる。
「夕飯は何食べようかな。ハナちゃんは何が食べたい?」
「私は……」
「ラーメンがいい」
姫山さんだった。彼女はベッドに寝っ転がりながら、スマートフォンを横向きに持っていた。また何かゲームをやっているのかもしれない。
「中華? ハナちゃんは中華好き?」
「えっと、私……」
中華料理というのはラーメンや餃子のことだろうか。お姉ちゃんは餃子もすごく上手で、私は中にチーズやトマトを入れたピザ風餃子が大好きだった。
ただそれ以外の中華料理となるとイメージがわかない。それにこの中の誰かが料理をつくるということなのだろうか。私とエリザちゃんは当然つくれない。姫山さんは、今日一日彼女を見ていて思ったのは、すごくマイペースだということ。お昼も、口元の汚れを手首のあたりで拭って、砂村さんに「汚いじゃない! ちゃんとティッシュか何かで拭きなさいよ!」と怒られていた。砂村さんはエリザちゃんと姫山さんの世話をよく焼いていた。そう思うと、意外と彼女が料理をできるのかもしれない。
「私は中華もいいけど、ピザもいいかなぁ」
砂村さんはピザもつくれるのだろうか。
その時、ドアがノックされた。というよりも軽く蹴ったような感じだった。
「マリー、開けて!」
「あ、私が開けるよ」
エリザちゃんが立ち上がり、ドアに向かう。姫山さんは呼ばれても少しも動いていなかった。
エリザちゃんがドアを開けると、砂村さんがトレーに四つのコップをのせて入ってくる。
「適当に入れてきたから。リンゴジュースとオレンジジュースと麦茶と青汁。マリー、あなた青汁ね」
「え、別にいいけど」
「まあ甘くて普通に美味しいわよね」
砂村さんがトレーをソファの前のローテーブルに置く。
「ハナちゃん、どれにする?」
「私はどれでも……」
「じゃあ半分こしよっか。ダリアちゃんはどれにする?」
「私は麦茶でいいわ」
エリザちゃんが再び私の横に座る。
砂村さんはクッションを引き寄せると、ローテーブルに片肘をついてテレビを見始めた。映画のスクリーンにも感動したけれど、こうして大きなテレビの画面の中で映像が動いて音が聞こえるのは新鮮だった。
「マジで日曜、この時間なんにもやってないのよね」
「プリティア見たい」
いつの間にか姫山さんは起き上がって、ベッドに腰かけていた。
プリティア──プリンセス・ティアーズ、女の子が変身して戦うアニメ。見たことはないけど、私も知っていた。小学校でアニメの話をしている子や、文房具やグッズを持っている子がたくさんいた。私もシールを集めたことがあった。
「言うと思って録画しといたわよ」
「でもダリアちゃんも見てるんでしょ?」
エリザちゃんがからかうように言った。砂村さんは無視した。
エリザちゃんはそれを気にした様子もなく、そんなやりとりなどなかったように、急に私の顔に手を添えると彼女の方を向かせる。
「やっぱり前髪を上げた方が可愛い」
「ありがとう……」
そのままエリザちゃんがキスをしてきた。唇と唇が重なり合う。
やっぱり今日も何かされるのだなと、私は沈んだ気持ちになった。
今日がこのまま穏やかに、おわるわけがないことは分かっていたのに。
「お姉さんには、遅くなるって連絡しておくね。夕飯は、本当はハナちゃんのお姉さんの食べたかったけど」
いつの間にか砂村さんの家で夕飯を食べることになっていた。あまり楽しみでもなければ、食欲もわかなかった。
砂村さんの家は、私の家から歩いて十分ほどの距離にあった。大きな通りを挟んで反対側にあり、意外と近所だった。エリザちゃんもこの近くに住んでいるのかもしれない。
砂村さんの家は一軒家で、レンガの塀に囲われた、すごく大きな家だった。黒い屋根に黄色い外壁は独特だった。
「ダリアちゃんのママ、また色塗り替えたんだ」
「何回目か忘れたけど、また金運アップだって。前のピンクよりマシよ」
彼女の家には広い庭があり、庭に面したリビングの戸はすべてガラスだった。
玄関をくぐると、腰ほどの高さまである、紫色の水晶の塊があった。それは岩を半分にカットしたもので、その断面の内側に水晶がびっしりと並んでいた。それ以外にも金色の仏像や仙人の像のようなものがあった。
「ね、お金持ちの家って感じだよね。ダリアちゃんのママね、会社の社長なの」
「だいたい偽物か安物よ。それに会社だって、詐欺みたいなものよ」
砂村さんのお母さんだから、きっとまともな人ではないのだろう。
「ママは昼から遊びに出かけてるから、夜遅くまで帰ってこないわ。安心して」
「よかった。ダリアちゃんのママ、ものすごいからね。私なんて初めて会った時、いきなりビンタされたもん」
「あれは、誤解があったからじゃない」
「ダリアちゃんが私のこと助けてくれたんだよね」
「当たり前でしょ」
いったいダリアちゃんのお母さんとは、どんな人なのだろうか。気になるけれど、怖いので会いたくはなかった。
「でもママ、今はエリザのことすごい気に入っていて、将来はママの会社で雇いたいって」
「あはは」
エリザちゃんは誤魔化すように笑った。砂村さんも本気ではないようだった。
階段を昇って二階に行くと、砂村さんの部屋があった。
砂村さんの部屋は、私の家よりも広いのではないかと思った。
部屋の中には、ソファやテレビまであった。私はテレビ自体を見るのが久しぶりだった。普通の家には、部屋にもテレビがあるものなのだろうか。砂村さんが特別なのだろうか。カーテンを引かれた窓際の砂村さんのベッドは、それだけで私の部屋は埋まってしまいそうな大きさだった。
姫山さんはジャケットを脱ぐと、砂村さんのベッドに寝っ転がる。下は黒いノースリーブだった。
「自由すぎでしょ」
砂村さんが呆れるのに、姫山さんは気にした様子もなかった。
「喉かわいた」
「はいはい。エリザは何飲む?」
「なんでもいいよ」
「咲良さんは?」
「あ、私……」
どう答えたらいいのだろうか。砂村さんに注文をつけてもいいのか、どうしたらいいか分からなかった。
「なんでもいい?」
「はい……」
砂村さんは部屋を出て行く。
エリザちゃんはソファに腰かけて、私を手招きする。私は素直に彼女の横に、一人分の隙間を空けて座った。それにエリザちゃんは強引に私の腕を引っ張って、彼女の横に座らせた。
「今日は一日、とっても楽しかったね」
「うん……」
エリザちゃんは私の肩に頭を乗せて、指を絡めて手を握ってくる。
「夕飯は何食べようかな。ハナちゃんは何が食べたい?」
「私は……」
「ラーメンがいい」
姫山さんだった。彼女はベッドに寝っ転がりながら、スマートフォンを横向きに持っていた。また何かゲームをやっているのかもしれない。
「中華? ハナちゃんは中華好き?」
「えっと、私……」
中華料理というのはラーメンや餃子のことだろうか。お姉ちゃんは餃子もすごく上手で、私は中にチーズやトマトを入れたピザ風餃子が大好きだった。
ただそれ以外の中華料理となるとイメージがわかない。それにこの中の誰かが料理をつくるということなのだろうか。私とエリザちゃんは当然つくれない。姫山さんは、今日一日彼女を見ていて思ったのは、すごくマイペースだということ。お昼も、口元の汚れを手首のあたりで拭って、砂村さんに「汚いじゃない! ちゃんとティッシュか何かで拭きなさいよ!」と怒られていた。砂村さんはエリザちゃんと姫山さんの世話をよく焼いていた。そう思うと、意外と彼女が料理をできるのかもしれない。
「私は中華もいいけど、ピザもいいかなぁ」
砂村さんはピザもつくれるのだろうか。
その時、ドアがノックされた。というよりも軽く蹴ったような感じだった。
「マリー、開けて!」
「あ、私が開けるよ」
エリザちゃんが立ち上がり、ドアに向かう。姫山さんは呼ばれても少しも動いていなかった。
エリザちゃんがドアを開けると、砂村さんがトレーに四つのコップをのせて入ってくる。
「適当に入れてきたから。リンゴジュースとオレンジジュースと麦茶と青汁。マリー、あなた青汁ね」
「え、別にいいけど」
「まあ甘くて普通に美味しいわよね」
砂村さんがトレーをソファの前のローテーブルに置く。
「ハナちゃん、どれにする?」
「私はどれでも……」
「じゃあ半分こしよっか。ダリアちゃんはどれにする?」
「私は麦茶でいいわ」
エリザちゃんが再び私の横に座る。
砂村さんはクッションを引き寄せると、ローテーブルに片肘をついてテレビを見始めた。映画のスクリーンにも感動したけれど、こうして大きなテレビの画面の中で映像が動いて音が聞こえるのは新鮮だった。
「マジで日曜、この時間なんにもやってないのよね」
「プリティア見たい」
いつの間にか姫山さんは起き上がって、ベッドに腰かけていた。
プリティア──プリンセス・ティアーズ、女の子が変身して戦うアニメ。見たことはないけど、私も知っていた。小学校でアニメの話をしている子や、文房具やグッズを持っている子がたくさんいた。私もシールを集めたことがあった。
「言うと思って録画しといたわよ」
「でもダリアちゃんも見てるんでしょ?」
エリザちゃんがからかうように言った。砂村さんは無視した。
エリザちゃんはそれを気にした様子もなく、そんなやりとりなどなかったように、急に私の顔に手を添えると彼女の方を向かせる。
「やっぱり前髪を上げた方が可愛い」
「ありがとう……」
そのままエリザちゃんがキスをしてきた。唇と唇が重なり合う。
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