私を支配するあの子

葛原そしお

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第六話③

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 私たちはお昼を食べたあと、別の階にあるショッピングモールを見て回った。相変わらず私はエリザちゃんと手をつないでいた。彼女は楽しんでいるようで、しきりに辺りを見回していた。
 三階には服やアクセサリーを売っているお店がたくさんあった。私もそれらに目移りした。
 私は、お母さんやお姉ちゃんに、こんな服や、可愛いアクセサリーをつけてほしいと思った。
 私はお姉ちゃんのお下がりでいい。大人になったら、お母さんのアクセサリーをつけたい。それよりも、私なんかと違って綺麗な二人には、私なんかのことより好きなことをして、幸せになってほしかった。
 きっと私がいるせいで、二人は余計に苦労している。お姉ちゃんは自由に部活やアルバイトもできないし、お母さんはほとんど毎日働いている。
 どうせならエリザちゃんが私のことを殺してくれたらいいのに。そうすれば私の苦しみごと消えてなくなる。
「ねぇ、私、アクセサリー見たい。マリーちゃん、一緒に見よう」
「わかった」
 珍しくエリザちゃんが私の手を離した。
 エリザちゃんは姫山さんを連れ立って、アクセサリーショップに入る。
 私は束の間の自由を取り戻したけれど、砂村さんと二人きりになるのは、エリザちゃんといることよりも怖かった。
「はぐれたら嫌だから、ここにいましょ」
「はい……」
 私は言われたとおりにする。
 私たちは人通りの少ない、壁際に並んで二人を待った。
 私はエリザちゃんが怖いし嫌いだけれど、砂村さんのことはもっと怖かった。それがエリザちゃんの命令だったとしても、砂村さんにはブタにされ、ひどいいじめを受けた。エリザちゃんが私の体を傷つけ、心を支配しようとするなら、砂村さんは私の心をずたずたに引き裂いた。それに彼女は今でも加藤さんのことをいじめている。
 もし今、砂村さんにブタになれと言われたら、私は怖くて従ってしまうかもしれない。
 不意に砂村さんが口を開いた。
「エリザのことだけど」
「はい……」
「あの子、何人か人殺してるから、逆らわない方がいいわよ」
「え」
 砂村さんはスマートフォンの画面を見たままだった。
 ただ横顔にかすかな緊張が感じられて、私をいじめようと、怖い冗談を言っているようには思えなかった。
「それ、どういうこと、ですか?」
「三年前、私たちの学年で、自殺した子がいたでしょ? 咲良さんは別の小学校だから知らないかしら。あれ、エリザが殺したの」
 私は息を呑んだ。噂で聞いたことがあった。小学校四年生だった当時、別の学校でのことなのに、同学年の子が自殺したと噂になって、それでクラスの雰囲気が暗くなったのを覚えている。ただ死んだ子は、一人だけじゃなかった気がした。そのうちの一人が自殺ではなく他殺で、そちらの方が大きな騒ぎになり、集団下校をしていた時期があった。加藤さんと親しくなったのも、それがきっかけだったのを思い出した。
「それって……」
「エリザに、あなたにとって理不尽なことを要求されるかもしれないけれど、素直に従っていれば、こちらの要求を聞いてくれることもあるわ。それこそ嫌な相手を殺してもらうことだって」
 まるで砂村さんが、エリザちゃんに殺人を頼んだことがあるような口ぶりだった。
「あれは魔神のランプみたいなもの。ただそんな都合のいいものじゃない。どんな願いも叶えてくれるけれど、代償を要求されるかもしれない。そして彼女自身も、自分の願いを叶えようとする。そのために手段は選ばない。というよりも、殺人さえも当たり前に手段の中にある。それがエリザ」
「どうして、砂村さんは、エリザちゃんと──」
「ハナちゃん!」
 友達なのか。そう尋ねようとした時、エリザちゃんが戻ってきた。
 私は心臓が止まるかと思った。今の会話を聞かれていたらどうなってしまうのだろうか。とうの砂村さんは素知らぬ顔をして、戻ってきた姫山さんと何か話していた。
 エリザちゃんは両手を後ろに隠して、私の前に立つ。
「ね、目をつぶって」
 私はあんな話を聞かされたあとで、怖くて仕方なかったけれど、余計に従うしかなかった。どうしても体が小さく震えるのを抑えることができなかった。
 目をつぶると、エリザちゃんが私の前髪に触れて、持ち上げるのが分かった。何をするつもりなのか。髪を少し引っ張られて痛かった。
「うん、似合う」
「え」
「目、開けていいよ。鏡見て」
 私はエリザちゃんに手を引かれ、商品棚の上にある鏡の前に立たされた。そこには前髪を右横に流して、それを四葉のクローバーのヘアピンで留めた私が映っていた。前髪を上げた自分の顔を、すごく久しぶりに見た気がした。
「誕生日プレゼント。明後日でしょ?」
 エリザちゃんはにっこりと笑う。
 私は初めて、家族以外の人からプレゼントをもらった。
「可愛いよ、ハナちゃん」
「いいじゃない」
 砂村さんまで賛同してきた。
 エリザちゃんが私の肩に手を置いて、寄り添ってくる。
「ハナちゃん、四葉のクローバー好きでしょ? 校舎の裏に行くと、いつも探していたの、気づいてたよ」
 四葉のクローバーは、私がエリザちゃんの誕生日のプレゼントに、押し花にしようと探していたことを思い出した。ついこの間、一週間も経っていないことなのに、私にはずっと昔の出来事のように思えた。
 突然、私は涙が溢れてきた。
「もうハナちゃん、おおげさだなぁ」
 エリザちゃんが嬉しそうに笑う。
「あなただってさっき大泣きしてたじゃない」
「あれは、しょうがないでしょ!」
 二人は楽しげに言い合っていた。
 こんなふうに、どうして私たちはただの友達ではないのだろうか。
 どうしてエリザちゃんはただの友達でいてくれなかったのだろう。ただ私を好きな女の子でいてくれなかったのだろう。だって私はこんなにも嬉しくて、エリザちゃんのことが大好きだったのに。
 どうしてエリザちゃんはエリザちゃんなんだろう。
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