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第三話②
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朝、学校に行くことが怖かった。けれどお母さんやお姉ちゃんに心配をかけるわけにはいかない。
砂村さんに逆らって、これからどんな目に遭うか。
羽鳥さんが私を守ってくれると言った。しかし羽鳥さんはクラスが違う。いつも私を助けてくれるわけではない。
もしかしたら、砂村さんによって彼女がひどい目に遭うかもしれない。
羽鳥さんは砂村さんに貸しがあると言っていたけれど、砂村さんが羽鳥さんを憎んで、ひどいことをしないとは思えない。
もしもそうなったら、私は羽鳥さんを守ることができるだろうか。自分のことさえどうすることもできないのに。
インターフォンが鳴った。
加藤さん──
私は心臓が止まりそうだった。あのあと加藤さんがどうなったか、私は知らない。もしかしたら砂村さんにひどいことをされて、私を恨んでいるかもしれない。
「ナスミちゃんかな? 私が出るよ」
お姉ちゃんが食事を中断して立ち上がる。
「待って!」
私はお姉ちゃんを止めた。それにお姉ちゃんは驚いた顔をする。私も思ったより声が大きくて驚いた。
「私が出る……」
「そう」
再びインターフォンが鳴った。急かすように。
お腹がキリキリと痛んだ。もしかしたら加藤さんは復讐のために来たかもしれない。お姉ちゃんが出て、もし刃物で刺されたら。それなら死ぬのは私の方がいい。
私は鍵を開け、ドアノブを回した。それだけのことなのに、深海の底で、全身を水圧で潰されそうな思いだった。
玄関を開けると、そこには黒髪の儚げな少女、羽鳥さんがいた。
「おはよう、咲良さん」
「え、羽鳥さん、どうして?」
「これからは毎日、一緒に学校に行こう」
私は気が緩んで、思わず泣きそうになった。
彼女は優しく微笑む。きっと私を心配してそんなことを提案してくれたのだろう。
「朝ご飯はもう食べた?」
「まだ……」
「じゃあ、ここで待っているね」
「あ、ごめん……家の中で、待ってて……」
「入ってもいいの?」
「うん……」
「お邪魔します」
羽鳥さんは家の中に上がる。
「あれ、えっと、ハナちゃんのお友達?」
お姉ちゃんは初めて見る羽鳥さんに戸惑っているようだった。
「はい。初めまして。羽鳥英梨沙です」
「あ、初めまして。ハナの姉の咲良綾奈です」
「ハナの母です。えっと、咲良雪穂です」
お母さんも少し驚いているようだった。両手を重ねてお辞儀までしていた。私に加藤さん以外の友達がいたことが、二人とも驚きだったようだ。
それに羽鳥さんは笑って、お辞儀を返していた。
「咲良さんには、とても仲良くしていただいてます」
仲良くしてもらっているのは私の方だった。昨日なんて、私がいじめられているところを、羽鳥さんに助けられた。
お姉ちゃんが私を見る。
「こんな可愛い子の友達がいたなら、もっと早く教えてよぉ」
それに羽鳥さんは微笑む。
「最近、図書室で知り合って、それから本とかのお話をするようになったんです」
「今度うちに遊びにおいでよ」
「はい、ぜひ」
お姉ちゃんが嬉しそうに羽鳥さんと話していた。
「エリザちゃんは、ナスミちゃんとも仲良いの?」
それに私はどきりとした。加藤さんとは、もう私は友達ではない。どうしてそうなったか、お姉ちゃんとお母さんには話せないけれど。
「加藤さん? いいえ、彼女とは特に」
「そうなんだ」
羽鳥さんはそれを察してくれたのか、あのことは言わなかった。
私はもう加藤さんと、前のように戻ることは無理だろう。そもそも初めから友達ではなかったのかもしれない。私は彼女のことを憎いとか、許せないとか思わない。ただ彼女のことが怖かった。
* * *
私は羽鳥さんと手をつないで登校する。
羽鳥さんの距離感が分からない。中学生なのに、友達同士で手をつなぐのは普通なのだろうか。冬の日に腕を組んでいる二人組を見たことが何度かあるけれど。
登校する生徒や、通勤の人たちの中に、手をつないだり、腕を組んでいる人は私たち以外にいなかった。
突然羽鳥さんが、私の首元に顔を寄せて匂いを嗅いでくる。
「羽鳥さん?」
不快ではないけれど、慣れないし、恥ずかしかった。
「いい匂い。洗濯物かな、シャンプーかな?」
どう返したらいいのだろうか。
「羽鳥さんも、いい匂い、するよ……」
そう言うと、羽鳥さんは不思議そうな顔をしたあと、微笑んだ。
嘘ではない。保健室で、彼女が隣にいてくれた時、花のような匂いがした。
そんな彼女とのやりとりは、照れくさいような、恥ずかしいような気がするけれど、嬉しく思う私もいた。
私だったら嫌いな人に、わざわざ触れたいとは思わない。好きな人なら、思い浮かぶのはお母さんとお姉ちゃんだけれど、頭を撫でられたりすると嬉しい。手をつなぐと幸せな気持ちになる。
羽鳥さんにとって私がそんな相手なのか分からないけれど、少しでも彼女の役に立てるのなら我慢できた。
ただ加藤さんも私に触れていた。つい昨日までは加藤さんに首を掴まれたり、急かされながら登校していた。それは何か憎しみだとか愛情だとか、感情をともなうものではなくて、動物に対する調教のようなものだったように思う。
いつも私を迎えにきていた加藤さんは、今日は来なかった。いつもと違う時間に、遅れてくるかもしれないと心配だったが、いつまでも羽鳥さんを待たせるわけにはいかないので、不安があるけれど家を出た。
「咲良さんのお母さん、若くて綺麗だね。いくつなの?」
「うん。今年で三十二歳」
「そうなんだ。お姉さんは?」
「三つ上で、もうすぐ十六歳。今、高校一年生」
「お姉さんも可愛いね」
「うん」
お母さんやお姉ちゃんのことをほめてもらえるのは嬉しかった。
お姉ちゃんは、本当は髪を伸ばした方がもっと可愛い。シャンプーがもったいないとか、乾かすのがめんどくさいからと、肩先まで髪が伸びると切ってしまう。私も髪を短くしたいけれど、お姉ちゃんが怒るのでできなかった。
羽鳥さんが目を細めて微笑む。
「咲良さん、お姉さんにそっくり」
「え」
「咲良さんも高校生になったら、お姉さんみたいな感じになるのかな」
「私は、お姉ちゃんみたいに、可愛くないから……」
「咲良さんは可愛いよ」
「羽鳥さんの方が可愛いよ……」
それに羽鳥さんはおかしそうに笑った。
羽鳥さんが私の手を引いて、肩を寄せてくる。頬が触れ合いそうになった。間近に彼女の顔が迫って私は驚いた。彼女の琥珀色の瞳と目が合った。
「ねぇ、私もハナちゃんって呼んでいい?」
「え、うん……いいよ……」
断る理由がなかった。親しくなれた気がして嬉しかった。
「私のことは、エリザって呼んで。いつまでも『羽鳥さん』だと、よそよそしくて嫌だな」
「えっと、じゃあ、エリザさん……」
「それはもっと嫌」
「え、じゃあ、エリザちゃん」
それに羽鳥さん──エリザちゃんは嬉しそうに笑った。
* * *
私は教室の前にいた。
エリザちゃんと一緒にいることで気が紛れていたけれど、学校に近づくほど暗い気持ちがにじんできて、今は胸が張り裂けそうだった。
もう私は砂村さんにいじめられないで済むのだろうか。
エリザちゃんは守ってくれると言ってくれた。
その言葉を信じたいけれど、信じたいだけで、信じているわけではない。
下駄箱からは、本当はエリザちゃんのクラス、一組が近い。それなのにエリザちゃんは、わざわざ三組の前まで一緒に来てくれた。
ここからは一人だ。
「ありがとう……またね……」
これ以上、彼女を巻き込めない。
そう頭で分かっているのに、エリザちゃんの手を強く握ってしまった。
エリザちゃんはそんな私を無視して、教室のドアを開く。
別クラスの生徒が来たからか、一瞬、教室内の全員の視線がエリザちゃんと私に集まった。
その視線の中に砂村さんもいた。取り巻きと談笑していたようだけれど、表情がかたまり、私たちをじっと見ていた。
同時に私もその光景に息を呑んだ。
砂村さんの前に加藤さんが土下座していた。朝の挨拶をしているところだろうか。そして姫山さんがその背中を踏みつけている。
「おはよう、ダリアちゃん」
エリザちゃんがそれを気にした様子もなく、涼しげに言うと、砂村さんは眉を寄せて、険しい顔で笑う。
「おはよう、エリザ」
それからエリザちゃんは私の手を引いて教室の中に入る。
「ハナちゃんの席はどこ?」
「えっと……」
廊下から二列目、一番後ろが私の席。
「授業が始まるまでお喋りしよう」
「で、でも……」
砂村さんの視線がある。
エリザちゃんもそれにようやく気づいて、微笑み返した。
静まり返っていた教室も、いつの間にかそれぞれの会話に戻っている。加藤さんは相変わらず砂村さんの前で土下座したままだった。砂村さんは私たちに視線を注いでいた。
それに私は生きた心地がしなかった。
私はエリザちゃんに促され、席に座る。
エリザちゃんは私の横に立って、私の肩に手を置く。
「ねぇ、ハナちゃんって、スマホないんだよね」
「うん……でも今度、お姉ちゃんが機種変するから、お下がりでもらう予定……」
「そうなんだ。そしたら最初に私の連絡先登録してね」
「うん」
「もちろん、ハナちゃんのお母さんとお姉ちゃんの次でいいから」
「うん」
あとはエリザちゃんが一方的に話してくれた。私の受け答えはぎこちなかったが、エリザちゃんは気を悪くした様子もなかった。
私は見ないようにしていたが、砂村さんの射るような視線を感じていた。加藤さんの様子も気になった。
予鈴が鳴る。
「じゃあ私、教室戻るね」
「うん……」
仕方ないことだけれど、心細かった。
「休み時間にまた来るから」
断るべきだと思った。こんなに優しくて良い人を巻き込んではいけないのに。けれどエリザちゃんがいれば私はいじめられない。その理由も、今だけなのかも分からないけれど。
どうしてエリザちゃんは、こんな私に優しくしてくれるのだろう。こんな卑怯者なのに。私は私が大嫌いになった。
砂村さんに逆らって、これからどんな目に遭うか。
羽鳥さんが私を守ってくれると言った。しかし羽鳥さんはクラスが違う。いつも私を助けてくれるわけではない。
もしかしたら、砂村さんによって彼女がひどい目に遭うかもしれない。
羽鳥さんは砂村さんに貸しがあると言っていたけれど、砂村さんが羽鳥さんを憎んで、ひどいことをしないとは思えない。
もしもそうなったら、私は羽鳥さんを守ることができるだろうか。自分のことさえどうすることもできないのに。
インターフォンが鳴った。
加藤さん──
私は心臓が止まりそうだった。あのあと加藤さんがどうなったか、私は知らない。もしかしたら砂村さんにひどいことをされて、私を恨んでいるかもしれない。
「ナスミちゃんかな? 私が出るよ」
お姉ちゃんが食事を中断して立ち上がる。
「待って!」
私はお姉ちゃんを止めた。それにお姉ちゃんは驚いた顔をする。私も思ったより声が大きくて驚いた。
「私が出る……」
「そう」
再びインターフォンが鳴った。急かすように。
お腹がキリキリと痛んだ。もしかしたら加藤さんは復讐のために来たかもしれない。お姉ちゃんが出て、もし刃物で刺されたら。それなら死ぬのは私の方がいい。
私は鍵を開け、ドアノブを回した。それだけのことなのに、深海の底で、全身を水圧で潰されそうな思いだった。
玄関を開けると、そこには黒髪の儚げな少女、羽鳥さんがいた。
「おはよう、咲良さん」
「え、羽鳥さん、どうして?」
「これからは毎日、一緒に学校に行こう」
私は気が緩んで、思わず泣きそうになった。
彼女は優しく微笑む。きっと私を心配してそんなことを提案してくれたのだろう。
「朝ご飯はもう食べた?」
「まだ……」
「じゃあ、ここで待っているね」
「あ、ごめん……家の中で、待ってて……」
「入ってもいいの?」
「うん……」
「お邪魔します」
羽鳥さんは家の中に上がる。
「あれ、えっと、ハナちゃんのお友達?」
お姉ちゃんは初めて見る羽鳥さんに戸惑っているようだった。
「はい。初めまして。羽鳥英梨沙です」
「あ、初めまして。ハナの姉の咲良綾奈です」
「ハナの母です。えっと、咲良雪穂です」
お母さんも少し驚いているようだった。両手を重ねてお辞儀までしていた。私に加藤さん以外の友達がいたことが、二人とも驚きだったようだ。
それに羽鳥さんは笑って、お辞儀を返していた。
「咲良さんには、とても仲良くしていただいてます」
仲良くしてもらっているのは私の方だった。昨日なんて、私がいじめられているところを、羽鳥さんに助けられた。
お姉ちゃんが私を見る。
「こんな可愛い子の友達がいたなら、もっと早く教えてよぉ」
それに羽鳥さんは微笑む。
「最近、図書室で知り合って、それから本とかのお話をするようになったんです」
「今度うちに遊びにおいでよ」
「はい、ぜひ」
お姉ちゃんが嬉しそうに羽鳥さんと話していた。
「エリザちゃんは、ナスミちゃんとも仲良いの?」
それに私はどきりとした。加藤さんとは、もう私は友達ではない。どうしてそうなったか、お姉ちゃんとお母さんには話せないけれど。
「加藤さん? いいえ、彼女とは特に」
「そうなんだ」
羽鳥さんはそれを察してくれたのか、あのことは言わなかった。
私はもう加藤さんと、前のように戻ることは無理だろう。そもそも初めから友達ではなかったのかもしれない。私は彼女のことを憎いとか、許せないとか思わない。ただ彼女のことが怖かった。
* * *
私は羽鳥さんと手をつないで登校する。
羽鳥さんの距離感が分からない。中学生なのに、友達同士で手をつなぐのは普通なのだろうか。冬の日に腕を組んでいる二人組を見たことが何度かあるけれど。
登校する生徒や、通勤の人たちの中に、手をつないだり、腕を組んでいる人は私たち以外にいなかった。
突然羽鳥さんが、私の首元に顔を寄せて匂いを嗅いでくる。
「羽鳥さん?」
不快ではないけれど、慣れないし、恥ずかしかった。
「いい匂い。洗濯物かな、シャンプーかな?」
どう返したらいいのだろうか。
「羽鳥さんも、いい匂い、するよ……」
そう言うと、羽鳥さんは不思議そうな顔をしたあと、微笑んだ。
嘘ではない。保健室で、彼女が隣にいてくれた時、花のような匂いがした。
そんな彼女とのやりとりは、照れくさいような、恥ずかしいような気がするけれど、嬉しく思う私もいた。
私だったら嫌いな人に、わざわざ触れたいとは思わない。好きな人なら、思い浮かぶのはお母さんとお姉ちゃんだけれど、頭を撫でられたりすると嬉しい。手をつなぐと幸せな気持ちになる。
羽鳥さんにとって私がそんな相手なのか分からないけれど、少しでも彼女の役に立てるのなら我慢できた。
ただ加藤さんも私に触れていた。つい昨日までは加藤さんに首を掴まれたり、急かされながら登校していた。それは何か憎しみだとか愛情だとか、感情をともなうものではなくて、動物に対する調教のようなものだったように思う。
いつも私を迎えにきていた加藤さんは、今日は来なかった。いつもと違う時間に、遅れてくるかもしれないと心配だったが、いつまでも羽鳥さんを待たせるわけにはいかないので、不安があるけれど家を出た。
「咲良さんのお母さん、若くて綺麗だね。いくつなの?」
「うん。今年で三十二歳」
「そうなんだ。お姉さんは?」
「三つ上で、もうすぐ十六歳。今、高校一年生」
「お姉さんも可愛いね」
「うん」
お母さんやお姉ちゃんのことをほめてもらえるのは嬉しかった。
お姉ちゃんは、本当は髪を伸ばした方がもっと可愛い。シャンプーがもったいないとか、乾かすのがめんどくさいからと、肩先まで髪が伸びると切ってしまう。私も髪を短くしたいけれど、お姉ちゃんが怒るのでできなかった。
羽鳥さんが目を細めて微笑む。
「咲良さん、お姉さんにそっくり」
「え」
「咲良さんも高校生になったら、お姉さんみたいな感じになるのかな」
「私は、お姉ちゃんみたいに、可愛くないから……」
「咲良さんは可愛いよ」
「羽鳥さんの方が可愛いよ……」
それに羽鳥さんはおかしそうに笑った。
羽鳥さんが私の手を引いて、肩を寄せてくる。頬が触れ合いそうになった。間近に彼女の顔が迫って私は驚いた。彼女の琥珀色の瞳と目が合った。
「ねぇ、私もハナちゃんって呼んでいい?」
「え、うん……いいよ……」
断る理由がなかった。親しくなれた気がして嬉しかった。
「私のことは、エリザって呼んで。いつまでも『羽鳥さん』だと、よそよそしくて嫌だな」
「えっと、じゃあ、エリザさん……」
「それはもっと嫌」
「え、じゃあ、エリザちゃん」
それに羽鳥さん──エリザちゃんは嬉しそうに笑った。
* * *
私は教室の前にいた。
エリザちゃんと一緒にいることで気が紛れていたけれど、学校に近づくほど暗い気持ちがにじんできて、今は胸が張り裂けそうだった。
もう私は砂村さんにいじめられないで済むのだろうか。
エリザちゃんは守ってくれると言ってくれた。
その言葉を信じたいけれど、信じたいだけで、信じているわけではない。
下駄箱からは、本当はエリザちゃんのクラス、一組が近い。それなのにエリザちゃんは、わざわざ三組の前まで一緒に来てくれた。
ここからは一人だ。
「ありがとう……またね……」
これ以上、彼女を巻き込めない。
そう頭で分かっているのに、エリザちゃんの手を強く握ってしまった。
エリザちゃんはそんな私を無視して、教室のドアを開く。
別クラスの生徒が来たからか、一瞬、教室内の全員の視線がエリザちゃんと私に集まった。
その視線の中に砂村さんもいた。取り巻きと談笑していたようだけれど、表情がかたまり、私たちをじっと見ていた。
同時に私もその光景に息を呑んだ。
砂村さんの前に加藤さんが土下座していた。朝の挨拶をしているところだろうか。そして姫山さんがその背中を踏みつけている。
「おはよう、ダリアちゃん」
エリザちゃんがそれを気にした様子もなく、涼しげに言うと、砂村さんは眉を寄せて、険しい顔で笑う。
「おはよう、エリザ」
それからエリザちゃんは私の手を引いて教室の中に入る。
「ハナちゃんの席はどこ?」
「えっと……」
廊下から二列目、一番後ろが私の席。
「授業が始まるまでお喋りしよう」
「で、でも……」
砂村さんの視線がある。
エリザちゃんもそれにようやく気づいて、微笑み返した。
静まり返っていた教室も、いつの間にかそれぞれの会話に戻っている。加藤さんは相変わらず砂村さんの前で土下座したままだった。砂村さんは私たちに視線を注いでいた。
それに私は生きた心地がしなかった。
私はエリザちゃんに促され、席に座る。
エリザちゃんは私の横に立って、私の肩に手を置く。
「ねぇ、ハナちゃんって、スマホないんだよね」
「うん……でも今度、お姉ちゃんが機種変するから、お下がりでもらう予定……」
「そうなんだ。そしたら最初に私の連絡先登録してね」
「うん」
「もちろん、ハナちゃんのお母さんとお姉ちゃんの次でいいから」
「うん」
あとはエリザちゃんが一方的に話してくれた。私の受け答えはぎこちなかったが、エリザちゃんは気を悪くした様子もなかった。
私は見ないようにしていたが、砂村さんの射るような視線を感じていた。加藤さんの様子も気になった。
予鈴が鳴る。
「じゃあ私、教室戻るね」
「うん……」
仕方ないことだけれど、心細かった。
「休み時間にまた来るから」
断るべきだと思った。こんなに優しくて良い人を巻き込んではいけないのに。けれどエリザちゃんがいれば私はいじめられない。その理由も、今だけなのかも分からないけれど。
どうしてエリザちゃんは、こんな私に優しくしてくれるのだろう。こんな卑怯者なのに。私は私が大嫌いになった。
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