私を支配するあの子

葛原そしお

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プロローグ

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 教室の中は夕日で、黄金色に染まっていた。
 私はそれが琥珀の中に閉じ込められているように感じられた。
 その教室の中で、彼女は私を押し倒し、黒い影となって覆い被さる。波打った長い黒髪が、私を絡めとり、深海に引きずり込む海藻のように思えた。その影の中で、色素の薄い彼女の瞳が、血のように赤く見えた。
 私は彼女に押し倒され、硬い床が背中に当たって痛かった。それ以上に階段から落ちた際に怪我した腕や足首が痛んだ。
「やだ、やめてよっ」
 私は彼女を押しのけようとして、手を突き出す。その手を払われ、乱暴に胸を揉まれた。
「痛いっ、痛いよっ」
 私が泣いても、彼女は影の中で微笑んでいた。
 私が苦しい時に優しく抱きしめてくれた手。私に優しく微笑みかけてくれた笑顔。
 それなのに、同じ手と、同じ顔のはずなのに、彼女が別人のように思えた。
「ハナちゃん、私の恋人になって」
 同じ声で、同じことを私の耳元で囁く。
「こんなの、こんなのやだっ」
「あなたのことは気の毒に思うわ」
 そう言ったのは、私たちから離れて、教室のドアの前に立つ少女だった。彼女は哀れむように、呆れたように、私のことを見ていた。
「お願い、助けて……」
 それに少女は、二つに結んだ髪を揺らして顔を背けた。
「ハナちゃん、恋人になってくれるよね?」
「やだ、やだよ、エリザちゃん……」
 エリザちゃん──私が中学生になって、初めてできた友達。私をいじめから守ってくれた、私を救ってくれた大切な人。
 それなのに、その彼女の手が、今は私を傷つける。
 エリザちゃんは左手で私の両手首を重ねて押さえる。暴れる私の足の間に体を割り込ませた。そして右手を私のスカートの中に入れる。
 不快感が込み上げてきた。芋虫が私の体を這い上がってくるような、そんな不快な感覚だった。
「やだ、やだ……」
 何度も首を振って懇願する。
 けれどエリザちゃんは、いつもと変わらない、あの微笑みを浮かべて私を見ていた。
 下着越しに、彼女の指が触れてくる感覚があった。怖気が全身を駆け巡った。
「やだ、やめて……」
 肺が締めつけられるように痛い。喉が詰まったように声が出ない。当たり前にしていたことなのに、呼吸が上手くできなかった。体も強張って、打ちつけたところが痛い。
「ハナちゃんの初めて、もらうね」
 エリザちゃんの細くて綺麗な指が、手が、私のショーツを横にずらす感覚がした。その指先が、私の股の間にある割れ目に触れた。
 体を貫くように、痛みが、不快感が走った。
「こわい、こわいよ、エリザちゃん……」
 どれだけ私が泣いても、エリザちゃんには届かなかった。エリザちゃんの指が、私の割れ目の中へと沈んでいくのが分かる。
「う、うぅ……」
 怖い怖い怖い──頭の中で何度も繰り返した。警報のように耳鳴りがする。
「やだ、やだ……」
「ここかな」
「うっ──」
 エリザちゃんの指が、何かを探り当てたようだった。私はそれまでとは違う、異質なものを感じた。
 それが何なのかは分からないけれど、それはよくないことだと感じていた。
 エリザちゃんはそこを何度も擦る。
「う、うぅ……」
 吐きそうだった。くすぐったい、擦れて痛い、それだけじゃなく、気持ちが悪かった。頭が痺れるような、変な感覚がした。
 今私の身に、取り返しのつかない、何かが起きようとしてることが分かった。
「入れるよ」
「えっ──」
 言葉の意味を理解する間もなく、焼けるような鋭い痛みが私を貫いた。
「ああっ──」
 あまりの痛みに息ができなかった。私の中に鉤爪のような何かが差し込まれて、内側から、内臓を引き摺り出そうとしているような、恐ろしい感覚がした。
「いたい、いたいっ、いたい……」
「ハナちゃんの中、温かくて、ヌルヌルしてる」
 私を抉ったナイフは、さらに奥へと突き入れられていく。
「あぐっ、うぅ……」
 噛み締めた奥歯が痛い。それ以上に、私を抉る何かが怖くて、股の間が焼けるように痛かった。
 痛みと涙で、エリザちゃんの顔が見えなかった。
「ああ、これで私たち、恋人だね。こんなこと、恋人同士じゃないと、しちゃいけないんだよ。ハナちゃん、愛しているよ」
 唇に柔らかい感触がした。エリザちゃんの唇だった。
 もう痛くて、怖くて、私は何も考えられなかった。
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