春の残骸

葛原そしお

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第一章

第十一話

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 赤星杏奈。私の大好きな人。
 私たちは高校は別だったが、卒業後、二人で一緒に京都へ旅行した。
 私たちは予約している旅館に荷物を預けてから、バスで京都市西部へと向かった。隣に座る十代の彼女は、どことなくあどけなさを残していて、頬が柔らかそうだった。立てた右手の人差し指を左手で包んで隠す。突ついてみたい衝動を必死に堪えた。
 四十分ほどしてバスを降りると、周辺は多くの人で賑わっていた。私たちはバス停近くの川沿いの遊歩道を歩く。
 川辺には桜が咲き、花びらを風に散らしていた。そこで彼女のカーキのロングコートに、桜の花びらがついていることに気づいた。私はもったいなくて、花びらをそのままにしておいた。
 遊歩道は対岸を隔てる広い河川の間に架けられた、二車線と左右に歩道を備えた大きな橋へ続いていた。
 その向こうには山並みと青空が広がっている。新緑の山並みには、桜色の部分と、まだ葉もつけていない落葉したままの木がまばらにあった。
「本当はバス一本で行けたんだけどね、せっかくだから寄りたかったの」
「全然いいよ! ここ通りすぎるなんてもったいない」
 私たちはさらに奥にある寺に行く予定だった。
「いちおうルート確認しておくね」
「ありがとう。よろしくね」
 杏奈は橋を渡った後のバス停を調べるため、地図アプリを使ってルートを検索している。私は彼女といつか話したGPS衛星のことを思い出した。
「相対性理論のおかげだね」
 それだけで伝わり、杏奈が笑った。
 橋の手前まで来た時、杏奈は顔を上げる。
「すごい綺麗な景色だね。ちょっと人が多すぎるけど」
「そうだね」
「修学旅行の時はこっちまで来られなかったから。でもサヨちゃんと違う班だったから、逆によかったんだけどね」
 そんなに私と行くのを楽しみにしてくれていたと思うと嬉しかった。
 私が過去を変える前、杏奈と初めて話したのは、中学二年生の時、修学旅行の事前学習の際だった。同じ班だった私たちは、発表内容を決めるにあたって図書室で資料を探していた。私はそんなにやる気がなかったので、とにかく面白そうなスポットを探すことにした。藁人形を打ちつけるので有名な神社や、無縁仏を供養した寺など。私が本のページをめくっていると、後ろから杏奈がのぞきこんできた。
「こんなところあるんだね」
 何か甘い果実のような、花のような匂いがしたのを覚えている。彼女の横顔を見た時、私は彼女に恋をした。
 不意に杏奈に腕を引かれて、私は感傷から覚める。
「サヨちゃん、一緒に写真撮ろう!」
「私はいいよ」
「ダメ!」
 杏奈は少し強引だった。
 私たちは肩を寄せ合い、頬の触れそうな距離で一緒に写真を撮った。
 やはり私はうまく笑うことができなかった。

   *  *  *

 私たちは再びバスに乗って、山の中へと入っていった。今度は十分ほどで下車する。歩いても行けそうだったが、傾斜を登っていくことになるので楽をすることにした。ただ帰りは途中に気になるものがいくつかあったので、歩いて降りていくことにした。
 私たちの降りたバス停のすぐ向かいに瓦葺の朱塗の門があった。左右に仁王像が安置されている。
 その寺は山麓とでもいうべきか、山の斜面に建てられていた。そこには膝より高いぐらいの背丈の、苔むした石の地蔵が無数に並んでいた。地蔵は山の斜面沿いに段々になっていて、横並びにずっと続いている。千体以上あるのではないだろうか。
「サヨちゃんに似てるのあるかな」
 杏奈が笑いながら探す。
「私は杏奈に似ているの探そう」
 私は悔しくなってそう言ったが、見つけられる気がしなかった。
 地蔵の顔はどれも個性的で、澄ましている顔のものや、笑わせにかかって変顔しているものもあった。その中に杏奈似の美人顔の地蔵を探すというのは、難しいどころか、そもそも存在しない気がする。
「これサヨちゃんに似ているかも」
「私そんな顔?」
「可愛い」
 杏奈はそれを写真に撮っていた。細い目に、目鼻の離れたカエル顔で、口を大きく開けて笑っていた。私は複雑な気持ちになった。
「英美香に似ているのはけっこうあるんだけどな」
「サヨちゃん、女の子に失礼だよ」
 杏奈が笑いながら言う。思うところがあったが、杏奈が可愛いのでどうでもよくなった。
 そんな調子で本堂の裏に回ると、背の低い桜の木が咲いているのを見つけた。はらはらと雪のように散っていく花びらが綺麗だった。
「綺麗だね」
 私の心を読んだように杏奈が言った。
 私は杏奈の横顔を見た。杏奈の方が綺麗だと思った。
 この過去は私の経験したことになっている過去だ。しかしこんなにも鮮明に思い出すことはできない。
 もう一度杏奈と過ごせて、幸せだと思う以上に悲しかった。
 まさか死んで過去に戻れるとは思ってもいなかった。杏奈がそばにいること、意識を喪失すること、それが過去に戻れる条件なのだろうか。
 私は私の死を回避するため、私自身に警告を残した。果たしてそれで解決するか分からない。私を殺す相手の名前、その人物とどうやって知り合うか、時期や場所、回避するようにメッセージを残したが、こんな文章を過去の私が信じるだろうか。
 私に次はないだろう。これが最期だとするのなら、私のことはどう思われてもいいから、未来から来ていること、未来で起きていることを彼女に話そう。それしか私が彼女にしてあげられることはない。せめてもう少しだけ、彼女との時間を過ごしてから。
 私は楽しげな、美しい杏奈の姿を見ていると、不意に涙がこぼれた。
「サヨちゃん、どうしたの? 何かあった?」
「ごめん、なんでもない……」
 急いで涙を拭う。
 せっかくの杏奈との旅行だ。この後、自分が死ぬことを分かっていても、平静に振る舞わなければいけない。杏奈の思い出を台無しにするわけにはいかない。それに杏奈は勘がいい。私の気分が沈んでいると心配をかけてしまう。

   *  *  *

 私たちは夕方ごろ、予約している旅館に戻った。
 旅館には大浴場があった。夕食の前に入浴することにした。
 少し早い時間だったからか、私たち以外に他の客はいなかった。
 私たちは脱衣所で脱いだ服をカゴに入れる。私は横目に、杏奈の服を脱ぐ様子を盗み見ていた。彼女に見られてもいいように、少し透けたレースの黒い下着を着てきた。個人的に勝負下着のつもりだった。
 杏奈は肌色に近いイエローの、花柄の刺繍がされた下着だった。結局このあと裸になるのに、シースルーではないかと私は思わず凝視しそうになった。
 浴場に入ると、私たちは掛け湯をしてから流し場で髪と体を洗う。
「背中流そうか?」
 横から杏奈が顔を出して、いたずらっぽく言う。私は逆に彼女の背中を流したかったが、そんなことしたら私がどうなるか分からないので我慢する。
「いいよ、自分で洗えるよ」
 私は冗談っぽく流した。
 体を洗い終えると、私たちは湯船に向かった。
 私は杏奈の背中を追う。彼女は頭をタオルで巻き、右手で胸を隠していた。その彼女の瑞々しい肌に、水が滴る。その裸身は眩しいぐらいに美しかった。
 私は彼女の後ろ姿、うなじと背中、形のいいお尻を見ていると、思わず後ろから彼女を抱きしめてしまった。彼女の肌は濡れていて、吸いつくようだった。
「ん? どうしたの?」
「あ、いや、ごめん。間違えた」
 いつもの癖でつい抱きついてしまった。私は急いで体を離す。こんなことをして変な空気になって、旅行が台無しになりかねない。私は私の軽率さに焦った。
 ただ杏奈は気にした様子もなく、むしろいたずらっぽく笑い、私の腕に抱きついてくる。彼女の胸の間に私の腕が挟まった。十代の彼女の肌は、未来でもそんなに変わらないと思っていたが、絹のように滑らかで全然違って感じられた。
「ちょっと杏奈」
「いいじゃん」
 彼女と密着できて嬉しいが、理性を保つのに必死だった。
 彼女とは何度も一緒にお風呂に入った。なんなら私が死ぬ直前にも。しかし二人でこんなにものんびりと、湯船のあるお風呂で過ごしたことはなかった。そのせいか、彼女の裸がいつもと違って感じられた。
 杏奈は湯船の縁に腰掛け、足だけお湯に浸かる。
 私は肩まで浸かり、杏奈の裸身を見上げる。湯気にハレーションを起こして見えた。胸を隠し、恥じらいのある様子は新鮮だった。
 私がじっと見ていると、杏奈がそれに気づいて唇を尖らせる。
「サヨちゃんのドスケベ」
「えっ!?」
 杏奈が白い歯をのぞかせて笑う。そして私の横に入り肩まで湯に浸かる。彼女の濡れた額に髪が張りつき、上気した頬に水滴が伝って艶かしかった。
 私はドスケベであることを見抜かれてしまったので、惜しくはあるが、じっくり見ることを強く控えた。それに気づいてか、杏奈がわざと肩を寄せてくる。それに私は湯船に入ってすぐにのぼせてしまいそうだった。

   *  *  *

 夕食の後、私たちは浴衣のまま、すっかり夜になった市内の川沿いの遊歩道を歩いていた。対岸の建物の連なりの明かりが、真っ暗な川面に映っていた。
「まだ夜は寒いね。風もあるからかな」
 杏奈が寒そうに上に着た半纏の前を合わせる。私たちは旅館の備え付けの、白地に朱色の格子模様の浴衣と、その上に臙脂色の半纏を着た。
 私は風になびく彼女の髪と、甘い匂いに、無性に彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。それをしては台無しなので必死に堪える。
 私たちは夜景を眺めながら、しばらく一緒に歩いた。私は彼女の後ろ姿を見守っていた。
 いつも私が支えていたのに。一人ですいすい歩いていく杏奈。私はもう彼女の隣にいられないのだろうか。本当の彼女は一人でどこにだって行ける。私なんていなくても。
 不意に杏奈が足を止めて振り返る。
 街明かりにぼんやりと照らし出される彼女の姿は、美しくも、夜の闇に消えてしまいそうな儚さがあった。
「ねえ、サヨちゃん。私に隠してることない?」
「え、隠してること? ないよ」
 急に言われて驚いたが、特に心当たりはなかった。
「私の中で、サヨちゃんが二人いるの。一人は私の一番の友達。いつも一緒にいるのが当たり前で、親友がどういうものか分からないけど、私は親友みたいに思っている。もう一人はね、時々しか会えないんだけどね、私に好きだと言ってくれた、私のことが大好きな人。そして今、私の目の前にいる」
 私は驚いた。確かに不用意なところもあったけれども、未来から来ている私に気づいていたのか。
「変なこと言っているかもしれないけど。どっちが本当のサヨちゃんなのか、私の勘違いなのか。もしも何か隠していることがあるなら教えてほしい」
 私が未来から来ていることは、今日中に話すつもりだった。またとない機会だったが、うまく説明できる自信がない。話した結果どうなるか不安だった。しかしそれは私の都合だ。私が守るべきは杏奈の未来だ。
 不安そうに見つめる杏奈に、私は意を決して話す。
「私が未来から来たって言ったら信じる?」
 杏奈は少し戸惑ったように見えた。
「信じるよ」
 まだ何も話していないのに、そう言ってくれる杏奈が優しくて好きだなと思った。
 私がこれから話すことを聞いて、杏奈は私に対して不信感を抱くかもしれない。正気を疑うかもしれない。それが怖いけれども、もう私にできることはこれしかない。
「私は八年後の未来から来ているの。未来から来ているといっても意識だけ。それに戻っていられるのも、起きてから寝るまでの一日だけ。戻れる日も、印象に残っている日とか、記憶にある日だけ」
 杏奈はこんな突拍子もない話に、私の顔をじっと見て、真剣に聞いてくれていた。
「そして私は過去に戻ることで、過去を変えられることに気づいたの」
「それじゃサヨちゃんは、過去を変えるために、過去に戻っているの?」
「うん」
「いったい何を変えたいの? 私にも手伝わせて」
「私が変えたいのは、未来の杏奈のこと」
「私? どうして?」
「今から七年後、未来での杏奈は精神の病気、統合失調症になっているの。私は杏奈を救いたくて、何度も過去を変えようとした。病気になった原因が仕事のストレスだと思うから、杏奈をニートにして、私が養う計画を立てたんだけど、あんまりうまくいかなくて……」
 それに杏奈が笑った。こんな話、信じられなくて当然だ。恥ずかしくなった。彼女の顔を見ていられなくて私は俯く。
 その私を杏奈は抱きしめてくれた。
「ずっと私のこと、守ろうとしてくれていたんだね」
「うん……」
「私の中でサヨちゃんが二人いたけど。それじゃ二人とも、同じサヨちゃんなんだね」
「うん。未来の記憶がある私と、過去の私。過去の私は、私が戻った後は未来の記憶をなくしちゃうみたい」
「そっか。不思議だね」
 杏奈の体と重なった部分が温かい。お互い、夜風で冷えてしまっているのに。そこだけ火が灯っているようだった。
「だけど、未来で私は死んでしまったから……もう杏奈を守ることができない……」
「何があったの?」
 杏奈が体を離す。息のかかりそうな距離で、彼女は心配そうに、不安げに私の顔を見つめる。
 私はいつの間にか嗚咽が漏れていた。
「職場の先輩に、後ろからナイフで刺されて……そしたら偶然、この日に戻っていた……」
 背中を貫いた感触が生々しく思い出された。
 私はどうするべきだったのだろうか。もっとうまく立ち回る方法はいくらでもあった気がする。もっと杏奈と一緒にいたかった。
「ごめん。こんな話、信じられないかもしれないけど……」
「信じるよ。今度は私が、サヨちゃんを守るから」
 杏奈は瞳を潤ませていた。頬に光る跡が走っていた。彼女は私の言うことを本当に信じてくれている。信じてくれることが嬉しい。
 杏奈が微笑む。
「サヨちゃん、好きだよ」
 突然の言葉に、私の心臓が止まるかと思った。すぐに痛いほど高鳴り始める。
 私の知らない過去で、彼女と付き合っていたこと。そんなことあり得ないと思っていた。本当にそんな過去があったことを、初めて信じられた。
 私は彼女の背中に腕を回し、力一杯抱きしめた。
「杏奈、好き」
「嬉しい」
 彼女も優しく抱きしめ返してくれた。
 少しして、私たちは体を離した。彼女の顔が間近にあった。そして彼女が瞼をつむった。それを合図に、過去の私たちは初めてキスをした。
 杏奈のことが大好きだ。
 杏奈の唇は柔らかくて、いつまでもそうしていたかった。少しして彼女が唇を離す。私は少しそれを追いかけて、名残惜しくはあるけれども、しつこく思われたくないので諦める。
 杏奈の顔を見ると、伏せられた瞼をゆっくりと開き、夜にだけ咲く花のように私を見つめて微笑んだ。
「しちゃったね」
「うん」
 私は顔が火照るのを感じた。

   *  *  *

 私たちは部屋に戻ると、明かりをつけず、半纏を脱ぎ捨てて、二人で向かい合って敷布団の上に座る。部屋の中は畳の匂いと、それに混ざって彼女の匂いがした。
 障子の窓から差し込む明かりに照らされて、彼女は仄白く青い影として浮かび上がる。その瞳がきらきらと光って見えた。
 先に杏奈から私の唇を求めてきた。彼女の気持ちが伝わってくるようで嬉しかった。
 私は少し唇を開けて、舌先を彼女の唇に差し入れる。
「ん……」
 彼女の甘い鼻音が漏れた。彼女の唇がためらいがちに開く。私はそのまま彼女の歯列をなぞり、おそるおそるとしのび出てきた舌を絡めとる。熱く、弾力のある質感。私の口の中に誘い入れて、絡ませあった。ぴちゃぴちゃと水気のある音が響いた。
 息が苦しくなってきた。私の鼻息が彼女にかかるのが恥ずかしくて唇を離した。
 しばらく杏奈は蕩けたような表情をしていたが、不意に眉を寄せ唇を尖らせて、抗議するような声音で言う。
「サヨちゃん、なんか手馴れているよね……」
 私はどきりとした。
「それは、なんというか。ほぼ毎日、杏奈としているから……」
 それに杏奈は驚いた顔をした後、ふんわりと微笑む。
「そっか。そうなんだ。それなら、嬉しいな」
 そんな杏奈が可愛すぎて、私はもう自制することができなかった。
 私は杏奈を押し倒す。暗闇の中で、不安げに彼女の瞳が揺れていた。
 浴衣の前を開け広げると、彼女の肩から首にかけての鎖骨が露わになった。
 なぜこんなにも鎖骨の形や質感、陰影は劣情を誘うのだろうか。私はその窪みに口づけをした。それに彼女の体が震えた。私は舌を這わせて、首筋から、左耳の後ろにかけて舐める。杏奈は私の浴衣の背中を掴んで、くすぐったさを堪えているようだった。私はそのまま彼女の耳たぶを口に含む。柔らかくてしっとりとしていた。
「サヨちゃん……」
 彼女の口から甘い吐息が漏れた。私は彼女の耳たぶを舌で舐め、軽く歯を立てる。それに杏奈が一際強く私の浴衣を引っ張った。
 それから私は彼女の耳の形、耳介の隆起に沿って舐め、耳の先を噛む。
「んっ──」
 切なげに彼女は体を震わせた。
 私は口を離し、彼女に覆い被さったまま、彼女の顔を見つめる。杏奈は潤んだ瞳で私を見つめ返してくる。星が瞬くようにきらきら光っていた。
「杏奈って耳、弱いよね」
 それに杏奈は悔しそうな、少し拗ねたような顔をした。
 私は浴衣を脱ぎ、下着姿のまま彼女の上に乗る。
 杏奈の浴衣はそのままに、下着を脱がそうと彼女の肌に触れた。ひんやりとして冷たいのに火傷してしまいそうな気がした。
「背中、浮かせて」
「うん……」
 私は杏奈のブラジャーのホックを外すため、抱きしめるように右手を彼女の背中側に差し入れる。それに杏奈が背中を浮かせて応じる。
 花柄の刺繍の、可愛くてエロティックな下着。脱がすのは惜しい気がしたが、それ以上にその布に隠されたものが魅力的なことを私はよく知っている。
 脱がすと、乳房が夜の闇の中で白く浮かび上がる。その先に形の綺麗な乳輪と乳首が露わになった。。私は左手で体を支えながら、右手でそれにそっと触れた。彼女の乳房がふるふると揺れた。その様子をずっと眺めていたかったが、杏奈に怒られそうで諦める。
 私は指の腹で、こりこりした感触の彼女の乳首を撫でると、杏奈は縋るように私の両腕を掴んで、甘い吐息を漏らし、必死に堪えている様子だった。
 私は体を下げて、彼女の乳首を唇で挟む。舌で舐めると、少ししょっぱくて、微かに甘い味がした。
「んっ……サヨちゃん……」
 彼女の切ない声を聞くたび、私の中の炎のような情欲が燃え上がっていった。もっと彼女の声を聞きたい。初めての時のような衝動が私の中にあった。
 彼女の乳首を唇で吸い、舌で舐めると、私の体の下でよがる。そんな彼女が愛おしい。杏奈の爪が私の背中を引っ掻いた。それは私をとどめるものではなく、火にくべられた薪でしかなかった。
「杏奈。触るよ」
 私はそっと彼女の下半身に触れる。下着越しに触れたそこはしっとりと濡れていた。私は指先で、花の種のような、果実の粒のような核を探し出す。そしてそれを優しく撫でた。
 杏奈は甘く切ない吐息を漏らし、体を引きつらせる。彼女のお腹が収縮と弛緩を繰り返し、波立つ水面のように揺れた。
「サヨちゃん、怖い……」
 潤んだ瞳で私を見つめる。
「大丈夫。たぶん私、杏奈の体のことなら、杏奈以上に知ってる自信あるから」
「なんかやだ……」
 杏奈は恥ずかしそうに微笑んだ。
 私は彼女にキスをしながら、下着の中に指を差し入れた。彼女の手が、指が、爪が、私の肩に、背中に食い込む。痛かったけれども、愛しい彼女から与えられる痛みは、なぜだか嬉しい気持ちになった。
 水の滴るような音と、彼女の荒くなった呼吸音、喘ぐ声、私が繰り返し彼女の名前を呼びながら二人の唇に消える声が、夜の闇の中に吸い込まれていった。
「ああっ──」
 一際高い声をあげた。私の体の下で、杏奈が軽く達したのが分かった。
 杏奈は息も絶え絶えといった様子で、余韻に体を震わせていた。その彼女の体を私は抱きしめる。少しして杏奈はきつく結んでいた瞼を解いて、潤んだ瞳で私を見つめてきた。そして悔しそうに言う。
「サヨちゃんって、ほんとドスケベだよね……」
 恥ずかしさを誤魔化すためか、単純な抗議か。
「杏奈が私をそうしたんだよ」
 私がドスケベなのは私自身の魂によるものだろう。しかしこの際、杏奈のせいにしてしまおうと思った。
 不意に杏奈が私を押し倒し、体を入れ替える。
「次は私の番」
 私の上にまたがって、じっと顔を睨んでくる。彼女の額や頬に濡れた髪が張りつき、鼻先や唇がきらきら光っていた。浴衣を脱いで、裸身が本白く浮かび上がった。それは暗闇に慣れた私の目に鮮烈に映った。
 杏奈は私の上に覆い被さり、顔を近づけてきた。
「うまくできるか分からないけど……」
 そう不安そうに漏らすのが可愛かった。
「いいよ。杏奈にしてもらえて嬉しい」
 そして私たちは再びキスをした。
 杏奈はそのまま私にキスしながら、下着越しに胸に触れてくる。彼女の手のひらに優しく包まれて、心臓が早く鳴り始めた。
 自分のことは何一つできないのに、私の体のことを知り尽くしている杏奈。しかしこの彼女は、ぎこちない手つきで、探るような目つきで私に触れてくる。
「気持ちいい?」
「うん、気持ちいいよ」
 くすぐったさの方が上回っていたが、一生懸命な彼女が可愛くて仕方なかった。私は彼女の頭の後ろを撫でる。彼女の髪はひんやりとして柔らかかった。
「下着、脱がすよ」
「うん……」
 私はためらいがちに背中を浮かした。杏奈の体が密着する。彼女の手が私の背中側に差し入れられ、ホックが外された。そしてブラジャーを脱がされる。
 私は胸を見られるのが恥ずかしかった。込み上げる羞恥と、夜気に触れて乳首が火傷しそうだった。
 杏奈は私の足を割って右腿に座り、身をかがめて、ためらいがちに私の右の乳首を吸う。赤ん坊が母親の乳を吸うような感じでむず痒かったが、愛おしさも一層だった。
 私は杏奈の後ろ髪を撫で微笑む。
 それに杏奈はムキになったようで、右手で私の左の乳首もいじりだした。それに私の体がビクンとした。杏奈が目元を細める。私の弱点を見つけて満悦の様子だった。
 最初こそぎこちなかったが、やはりさすがは杏奈で、次第に手つきや舌の動きが、探るような様子から、リズミカルになって、私を間断なく攻め立ててくる。私は漏れ出そうになる声を抑えるため、右手の指を噛んで耐える。彼女の唇から漏れる水音も相まって、私は恥ずかしさと快感に、体の芯から痺れるような感覚がした。
 いつの間にか杏奈の右膝が私の股の間に触れていた。それは彼女が寄せてきたのか、私から擦りつけたのか分からなかった。
 杏奈は私の左乳首が弱いことを見抜いて、私の左横に寝そべり、右手から唇に切り替える。そして左手を私の下半身に伸ばし、指先で下着の上から核に触れてきた。
「あっ──」
 思わず声が漏れた。
「サヨちゃん、可愛いよ」
「やだ、杏奈……恥ずかしい……」
 杏奈が舌を見せて笑う。瞳がきらきら光っていた。
 杏奈は右手で私の左乳首を弄びつつ、左手で局部を攻め立てる。感覚に耐える私の顔を優しく微笑み、潤んだ瞳で見つめていた。
 私は杏奈に奏でられる楽器のように、彼女の指で鳴らされた。
「杏奈、杏奈っ!」
「サヨちゃん、サヨちゃん」
 私たちは互いの名前を呼びあった。
 私はちかちかと星が飛ぶような、真っ白な光に包まれるような感覚に包まれた。
 私は杏奈を愛していること、彼女に愛されていることを、何の疑いもなく信じることができた。
 杏奈のことが大好きだ。

   *  *  *

 私は杏奈の腕の中で、体を丸める。彼女の温もりに包まれ、彼女の匂いで胸がいっぱいになった。
 杏奈の腕に抱かれて、彼女の愛を信じられて、私は光に包まれているような気持ちになった。
 暖かくて、切なくて。杏奈は私にとって春の日差しのようだった。
 そのすべてを失ってしまうことが怖い。
 そう思うと途端に真っ暗な冷たい井戸の底に引きずり込まれたような気持ちになる。
 人は死ぬとどうなってしまうのだろうか。夢のない眠りのように、何も知覚することができず、ただ暗黒が待つのだろうか。
「サヨちゃんはどうやって過去に戻ったの?」
 杏奈と一緒に寝たら過去に戻れた、という情報を彼女に伝えても意味がないだろう。
「虹架が、過去に戻る研究をしているの。それが杏奈や私の身に起きたことに関係しているかもしれない。トロイメライ計画っていえば伝わると思う」
「それでサヨちゃんは過去に戻れたの?」
「うん。でも本当は私より先に杏奈が過去に戻って、過去を変えたみたい。何度も」
「どうして私はそんなに過去を変えようとしたの?」
 そのことを話すべきかためらった。
「私が、死んでしまったから、らしい……」
 虹架のトロイメライ計画についても、話してよかったのか分からない。ただ私がもう彼女の力になれない以上、虹架ならなんとかしてくれるのではないか、そう願うしかなかった。
「そっか。私はサヨちゃんを助けようとしたんだね。分かるな。きっと私ならそうするから」
「でもそのせいで杏奈が傷つくなら、私は、死んだままでいい……」
「そんなこと言わないで。私、こんなに人のことを好きになったの初めて。こんなに大切に想ってもらえたのも。何も心配しないで。私に任せて」
 私は嗚咽を抑えることができなかった。その私の頭を杏奈が優しく撫でてくれる。
 このまま眠りにつくことが怖いけれど、眠りが重力のように私を捕らえて、深い闇の底へと引きずり込んでいく。
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