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26話
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火の精霊の指示に従い、歩き続ける。どうやら火の五大精霊の近くに転移したようで、そこに着くまでに大した時間はかからなかった。そこは、木でできた小さな家で、森の近くにポツンと立っている。
私は精霊さんに言われるがまま、その家の扉をノックした。ノックの音が無機質に響く。誰の返事も返って来ず、しんとした時間だけが過ぎていった。
「ゆ、きな……」
唐突に名前を呼ばれ、後ろを振り返る。虹色に煌めくような赤い女の人に、目を奪われる。なんて綺麗なんだろう。その髪はただ赤いだけでなく、輝いていろんな色に見える。顔立ちも整っている彼女は、可愛らしいという言葉よりも、美しいという言葉の方が似合う。
見惚れていた私と、驚いたような表情をする彼女が互いに見つめあったまま、時間が止まったように動かない。それを火の精霊が不思議そうに見つめている。
「ゆき、な。雪菜だよね」
そうだという答えを求めるように私の目の前にいる彼女は私の肩を掴む。そこでやっと私は我に返った。名前を呼ばれている。しかも、この世界では誰も知るはずのない、前世の名前を。
「あなたは……」
誰。驚きか、恐怖か。喉の奥まで出てきているその言葉は、一向に外に出て行こうとしない。そんな私を見て、彼女はどこか寂しそうに、そして懐かしそうに笑った。
「雪菜、私よ、冬菜よ」
聞き覚えのあるその名前に、私は耳を疑った。
冬菜。それは私の生まれた時から一緒にいる幼なじみの名前だ。
私達はいつも一緒だった。お互いの両親がとても仲が良く、同じ冬に生まれた私達は似た名前をつけられ、どんな時でも共に過ごしてきた。それが嫌だと思ったこともないし、違和感を覚えたこともなかった。たまには喧嘩もしたけれど、常に側にいることが当たり前だと思っていたし、大人になって就職して、2人が別の道を歩むことになったとしても、当然のように会えるのだと思っていた。
けれど、そんな当たり前は終わりを迎えて。私が階段から落ちたあの日、私はあの世界とは引き離されてしまったから。
それなのに、またその名前が聞けるなんて、不思議でしかなかった。信じられない。見た目も全然違うし、この人が冬菜だなんて……。そう思うのに、私はどこかで確信していた。目の前にいる彼女は、私の大切な幼なじみだと。なぜそう思うのかはわからない。けれど、あの表情の作り方は、紛れもないあの子だった。
私は精霊さんに言われるがまま、その家の扉をノックした。ノックの音が無機質に響く。誰の返事も返って来ず、しんとした時間だけが過ぎていった。
「ゆ、きな……」
唐突に名前を呼ばれ、後ろを振り返る。虹色に煌めくような赤い女の人に、目を奪われる。なんて綺麗なんだろう。その髪はただ赤いだけでなく、輝いていろんな色に見える。顔立ちも整っている彼女は、可愛らしいという言葉よりも、美しいという言葉の方が似合う。
見惚れていた私と、驚いたような表情をする彼女が互いに見つめあったまま、時間が止まったように動かない。それを火の精霊が不思議そうに見つめている。
「ゆき、な。雪菜だよね」
そうだという答えを求めるように私の目の前にいる彼女は私の肩を掴む。そこでやっと私は我に返った。名前を呼ばれている。しかも、この世界では誰も知るはずのない、前世の名前を。
「あなたは……」
誰。驚きか、恐怖か。喉の奥まで出てきているその言葉は、一向に外に出て行こうとしない。そんな私を見て、彼女はどこか寂しそうに、そして懐かしそうに笑った。
「雪菜、私よ、冬菜よ」
聞き覚えのあるその名前に、私は耳を疑った。
冬菜。それは私の生まれた時から一緒にいる幼なじみの名前だ。
私達はいつも一緒だった。お互いの両親がとても仲が良く、同じ冬に生まれた私達は似た名前をつけられ、どんな時でも共に過ごしてきた。それが嫌だと思ったこともないし、違和感を覚えたこともなかった。たまには喧嘩もしたけれど、常に側にいることが当たり前だと思っていたし、大人になって就職して、2人が別の道を歩むことになったとしても、当然のように会えるのだと思っていた。
けれど、そんな当たり前は終わりを迎えて。私が階段から落ちたあの日、私はあの世界とは引き離されてしまったから。
それなのに、またその名前が聞けるなんて、不思議でしかなかった。信じられない。見た目も全然違うし、この人が冬菜だなんて……。そう思うのに、私はどこかで確信していた。目の前にいる彼女は、私の大切な幼なじみだと。なぜそう思うのかはわからない。けれど、あの表情の作り方は、紛れもないあの子だった。
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