悪役令嬢、まさかの聖女にジョブチェンジ!?

空月 若葉

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 ぽた、ぽた。滴が滴り落ち、地面に跳ね返され音を立てる。けれどそれは蛇口から溢れる水ではなかった。噴水の水でもなければ、雨が降っているわけでもない。私からこぼれ落ちているのだ。
 魔法でかけられた水によって、私の体は濡れていた。髪や服がこんなに水を吸えないと、水を次々に手放していく。優しいはずの風が、私の頬を切り裂いているように感じるほど、痛い。いつもなら心地よいはずのその風も、今の私に取っては寒さという苦痛を与えるものでしかなかった。
「これで少しは頭が冷えたか、クロエ」
 クロ、エ。そうだ。それが私の名前だ。その、はずだ。それはきちんとわかっているはずなのに。頭の中にはもう1人の記憶が姿を見せている。
 その記憶の持ち主の名前は花岡雪菜と言った。彼女は友達に雪ちゃんと親しみを込めて呼ばれ、家族からも愛されて。普通の高校生として生活をしていた。そう、ごく普通の高校生だったのだ。けれど彼女の記憶は途中でぷつりと切れていた。階段が迫って、近づいて。雪菜の記憶はそこまでしかない。
 水をかけられた瞬間、私は何かを思い出すように、雪菜のことを理解した。まるでそれは私自身が雪菜であったかのようだ。そんなことありえないのに。水をかけられたことでなぜか記憶を取り戻したとでもいうのか。クロエは雪菜で、雪菜はクロエ。そんな恐ろしい感覚に飲み込まれそうになりながら、私は濡れた地面をぼうっと見つめていた。
「クロエ・ホワイトゼラニウム。返事をしろ」
 名前を呼ばれてはっきりとしない意識のまま顔を上げる。私は雪菜ではない、クロエだ。この国の国王の姪。そしてこの人間国の王子様の婚約者、クロエだ。決して雪菜なんかじゃない。そう確認するかのように、私は呼ばれた自分の名前に縋るように返事をした。
「は、い、アレグザンダー様……」
 今、私の目の前にいるのは私の婚約者の王子様、アレグザンダー様。それと、もう1人。
「マリア、様」
 アレグザンダー様の腕に縋りつき、私から隠れるようにしてアレグザンダー様の後ろに立つマリア様。彼女は平民でありながらその魔力の多さを評価され、この貴族だらけの学園にやってきた勇気ある少女だ。そして、最近アレグザンダー様と噂になっていた私のクラスメイトでもある。
「ど、して……」
 驚いているのか、恐怖しているのか。私の声は小さく掠れている。その言葉が届いたのか届かなかったのか。マリア様が小さく笑っているのが視界に入った。
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