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Overture
狂宴のワルツを
しおりを挟む鼻孔を突き抜ける、消える事のない硝煙のフレグランスに身を包み。
血を血で流す生臭い夜に一歩足を踏み入れる。
今宵も繰り広げられる
生と死を背後に、狂宴のワルツを。
静寂と黒が共存するこの世界には充分すぎる重厚のある拳銃のバックミュージック。
ここは人一人いない、寝静まった街。艶やかでいて煌びやかな前の都=ミッドナイト・タウンとは程遠い寂れた街の夜は闇と同化しやすく、気づく頃には漆黒に呑み込まれている。
そんな黒猫さえも寄り付かない裏の路地に、黒と闇を身に纏った人間が2人。
それだけでも、異彩を放っている事だろう。
一歩歩くと一歩進み、一歩止まると一歩下がる。
そんな調子で付かず離れずと決め込んでいるのか、近くなっては遠ざかる気配に“後を付けられている”という事実は自身の思い過ごしでは無いことを知らせる。
背後から感じる殺気を隠さぬ者の気配。それに気付かない程落ちぶれた覚えはなくて、けれど気付かない振りを徹する。
「(…一体誰の差し金?)」
おそらく、その正体は俺の命を奪いに来た雇われ暗殺者であろう。撒こうと思えば難しくはない事だろう、しかし何を意図としているのか、はたまた誰に雇われているのか。見抜けぬうちはどうにもこうにも手出しは出来ない。
…なんて。そんなものは建前に過ぎず、無意味に人を傷付ける真似事は出来る事ならばしたくはない。
「(…俺が直接手を下してしまうと…どうなるかわからないしね)」
その距離 僅か数メートル。
微妙な距離を保ちながら俺の寝首を狩ろうと、千載一遇の機会を狙おうとする魂胆が丸裸だ。
消えない殺気と諦めそうにもない闘気。
これだけの長時間、根気が継続されているという事実だけは褒め称えるべき価値はあるだろう。
気付かれないようにゆっくりと目線を、背後に映す。正確には手元、腰元に装備されているであろう武器の確認。
「(…随分と俺も結構甘くみられてしまっているようだ)」
持ち得ていたのは、女性が装備しやすいとされている小型の護身銃。
腰元には何も装備されていない様子だ。
「(…ビギナーか?そんな市民が扱うような護身用の小型銃では、俺を倒す事は叶わないぞ)」
思わず笑いが零れてしまう。過信している力を打ち砕き思い知らせる事もある種の一計かもしれない。すればこのような闇討ちなど、闇の世界から手を引くかもしれない。
そんな考えと共に腕は自然と懐に隠した32口径の小型銃のリボルバーに指を掛け静かに振り向く。
弾くのは…真意を確かめてからでも遅くはなかろう。苦笑いを浮かべるながら振り向き殺気の正体を吟味。
「ほぅ…」
まさかの感嘆の声をあげる。
禍々しい殺気からにして、如何に屈服した体格の持ち主なのかと思えば、その姿はまさに闇の中に映える一筋の光と言っても過言ではないだろう。
全身を黒で身繕い、けれども金糸の長い髪は輝き風に靡き軽くふわり巻かれている。
小柄な体格で華奢という印象を強く与えるの姿は一見、まだ幼き少女とも見受けられるもの。
「…こんばんは、お嬢さん。こんな真夜中にどうしたの?…なんてね、君は俺の命を狙いにきたんだよね。一体誰に雇われたの?」
「そんな事…貴方は知る必要などないわ。
これから貴方に待っているのは死なのだから」
暗くて表情は読めないが、少女の感情は正に無。お互い一歩も動かずにらみ合い。
ジャリ…
しまった。小石を蹴ってしまった。
にらみ合いが続く中、少しでも動けばそれは負(=死)に繋がる。
ぱぁん!
そんな一瞬の隙を突いて狙ったかのような向こう側からの射撃音。瞬時に目の前の、今にやってくる弾道を注目・見切り、紙一重にそれを避ける。
自身の長い黒髪はふわりと宙を舞い、地面へとひらひら落下し弾丸をかすった頬からは一筋の血液がぽたりと流れ落ちる。
「…結構やるね。けど、そんな簡単にはやられてあげられないよ」
にやりと笑ってみせ、少女の手元を狙って2、3発銃を発射する。
2連弾の音が鳴り響き、同時にからん からん と個体が転がっていく音を確認してから距離間を取るべく、跳躍して少女から離れる。
「…っ!」
そんな少女の声が聞こえてきた。続けざまに負傷したであろう、右手を弾くようにもう一発撃ち込む。
ぱあああんー…
2発も弾丸を食らったのだから、暫くは使い物にはならないだろう。
止まらない血と痺れが、今に少女を支配する事だろう。そこからどう動くか。
表情をば、と託つけて少女の顔前に視線を送るも、何一つ変わらない云うならば“冷”のまま。
怪我を負っても凍てついた表情のまま、少女は距離を埋めるべく駆け出す。
まさに無傷であるかのように振る舞いながら。
「…痛みを感じないのか……?」
それさえも耳に入っていないのか否か、少女は走り込みながら狙いを定めて銃を構える。
ぱぁん!ぱぁん!俺に向けて威嚇目的で、発砲しているのだろう。直接当たらぬように態と外して撃ってきているようだ。
「挑発か…?ならば本当に甘くみられてしまっているようだな」
小さく呟いて、銃撃の雨を避けながら愛銃に万全の体勢で臨戦に応じれるように弾丸を積める。そして負けじと、駆け抜ける少女の足元を狙っての発砲。
ここで動きを停止させなければ…臨戦は苦しいものになるであろう。狙うは少女の下半身。
「(動き出せぬよう…足元の可動部分か関節部分に撃ち込んで動作を制止させなければ)」
作戦を練ればあとは遂行するのみ。走り来る少女の足首を狙い先ずは第1発。
パン!手応えを感じながら小さく唸る呻き声を認知して、続いて第2発。今度は肩の関節を狙い発砲、貫通の手応え。
それでも止まる事のない少女の動きに、もう一度弾丸を撃ち込む。
「(直に終わる。ここまで来れば後は崩れ堕ちるのも時間の問…)」
「下らない小細工ばっかりしてんじゃないわよ!」
「!?」
突如聞こえた少女の怒声。振り向く間もなく投げ込まれた小型の卵型の固形物。
「(…なに!?しまった!発光弾か!)」
気付いた頃には遅く、それは軽快な音をさせながら白くそして黄色に色変わりを見せて破裂していく。
「…ちっ。目眩ましか!」
咄嗟に後ろへ下がりそれを阻止するも、発光弾の回避に集中する余りにがら空きになってしまった背後を取られてしまったようだ。
ぱぁん!!と背後から聞こえる激しい射撃音。
「…しまった!」
ギリギリ首の皮を掠り、そこからもうっすら血が吹き出し始める。どうやら血管に損傷を与えてしてしまったよう。
振り向くと金糸を靡かせた少女は拳銃を構え、迷わず胸に狙いを定めて目掛けての発砲。
パン!パン!
それも威嚇のようで、左右に頭蓋をかするように撃ち込む。威嚇掃射、三発目でのリボルバーが下がる瞬間を狙ってがら空きの少女の手首に一髪蹴りを入れ込む。
「な…っ!?」
護身銃は音を立てながら遠くの方へ遠ざかる。
苦虫を潰した表情をとっさに浮かべた少女は、懐に手を入れて銃を取り出そうと仕草。
この僅かな時間を逃してはならぬ。一瞬、俺を視界から遮断させたタイミングを狙い、少女の下腹部に蹴りを打ち込む。
「がは…っ!!」
口から赤い液体を吐き出しながら、少女は元いた場所へ転がり落ちる。これで俺の勝ちだ。
「悪く思わないでね。」
銃を構え、倒れたままの彼の頭上に照準を合わせる。その刹那、倒れこんだはずの少女の姿が見えなくなる。代わりに所々に朱色の水滴が縦横無尽に散らばっている。
「…まさかまだ動けるのか…!」
辺りを見回しても姿は皆無。一体どこへ…。
「こっちよ」
冷たい回答。背筋がぞっとする感覚を覚え振り向くとそこには、満身創痍な少女が見せた口角が一瞬上がったような形跡。勝利を確信した笑みなのだろうか。
俺の背を狙い一発撃ち込まれた。放たれた弾丸、それを避けるためについて懐に隠していたもう一丁の小型銃を取り出し構えて応戦するが刹那、少女の方がスピードを上回っていた。
「あなたには恨みは無いが、クライアントのため…あの世で後悔するが良い!」
「!」
言葉を言い切るかの刹那に弾かれたリボルバーにぱぁん!と響き渡る銃声、無情にも胸を貫く弾丸。
「がは…っ」
血反吐を吐いてその場に崩れ堕ちる肢体。
からんからんと、手から溢れてしまった拳銃に手を伸ばすも、それに気付いた少女に明後日の方向に蹴り飛ばされてしまった。遠くへ落ちていった愛銃。
これで俺の身を守るものは何もなくなった。
どくん どくんと溢れだし止まることを知らないの朱色の雫。
何にしろ、このスピードは早すぎる。ギリギリのところで致命傷は避けたが、この傷では戦闘は不可能に近い。
どうやら俺はとんだ見込み違いをしていたようだ。少女とて、奴は手練れだ。
横たわり絶え絶えな息を吐き血を吐き出す姿を見ても顔色ひとつ変えず少女は冷笑する。
カチャリ。
「手こずらせやがって…。まあいい、自分の業を呪いながら等しく灰に還るが良い!」
最後の止めといわんばかりに、躊躇いもなく頭蓋を狙って弾射。何かが暴発したような様々な破裂音。そこから 俺の記憶はぷっつりと閉ざされた。
鳴り響くは硝煙が立ち込める銃口と崩れ堕ちる物言わぬ骸と化した肢体。
どくどく と朱色が一帯を赤く染め上げて色づけていく。あっと言う間に黒から朱へ視界は変貌を遂げる。
物言わぬ身体に一言吐き捨て、闇はそっと黒と同化して姿を消していく。
まるで初めから存在などなかったかのように。
「…悪く思わないでね。」
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