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1.長距離走

1.長距離走

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 ――ぱぁん! ぱぁん!

 ――どんどんぱふぱふ!

 気づけば大会の開始時間。

 花火が打ち上り、また観客席からは応援のラッパの音が響いていた。

「――さて、いよいよ始まりました『PSA店対抗! ドキッ! 丸ごとハイレグ! オトコの子/娘だらけの運動会!』。主催は男の子のための高収入求人サイト『Willy Work』。そしてPSA店の協賛でお送りします!」

 そう、言わば本大会は「そういうお店」のファン感謝祭的な性質のもの。

 グラウンドには十何人という、まだ小学校を出ていないであろう、PSA店の従業員たちが待機していた。

 ――にしても……みんな若いなあ……ぼくだけ中学生で、浮いてないかなあ……?

 少年たちに混じって、進一郎はふと、そんなことを思っていた。

 周囲を見渡してもみな、セパレートの陸上ウェアに身を包んでいるが、誰も彼もが布をギリギリまで少なくした、マイクロビキニのようなスタイル。

「――司会は私、吉野さくらでお送りします!」

 と、ぼんやり考えていた進一郎の耳に、再び解説者の声が飛び込んできた。

「えぇ……ッ!?」

 テントの方へと目をやると、確かにさくらがマイクに向かってノリノリでしゃべっている。

「で……デスク、どうして……!?」

「はいそこ、黒星クン?」

 いきなり名指しされ、キョドる進一郎。

「え? あ……い、いや、その……!!」

 ――と、その瞬間、進一郎の姿はグラウンドに備えつけられた大型スクリーンに映し出された。

「この子は少年探偵パブ『探偵王』の新人、黒星十郎クン、12歳! せっかくですから、黒星クンに自己紹介と大会への抱負をお願いいたしましょうか?」

 さくらの声と共に、スタッフたちが進一郎の周囲を取り囲む。

「は……はい、その……えと、黒星十郎、えと、おとめ座で血液型はOです……」

 マイクとカメラを突きつけられ、進一郎は答えた。

「その、今回はぜひ優勝を狙いたいと思います。そしてシーサーペントに会いに行きます!」

「はあ?」

 怪訝けげんそうなスタッフへと、さらに意気込む進一郎。

「シーサーペントというのは海のUMAです! オーストラリアで巨大なオタマジャクシのようなシーサーペントの写真が撮影されていて――!」

 だが、さくらは興味をなくしたのか、その辺でインタビューを切り上げる。

「はい、黒星クンでしたー! じゃ、早速第一回戦を開始しましょうか――えーと、第一回戦は早速多くの選手を振り落とす長距離走です!」

 この長距離走は参加者である何十人もの少年がグラウンドから一気に解き放たれ、町じゅうを走破、完走できた者だけが第二回戦に勝ち進む権利を得るという、過酷なもの。

 否、「本当の過酷さ」はそれ以外にもあって――。

 そうそう、オーストラリアと言えば、ヨーウィも探したいなあ……ヒマラヤのイエティみたいな、獣人型のUMA……。

 相も変わらずぼんやりとした顔で、既に頭がオーストラリアへ飛んでいる進一郎だったが、そうしている間にもカウントダウンは始まっていた。

 ――ぱぁん!

 スターターピストルの発砲音と共に、少年たちが雪崩を打って外へと飛び出す。

「わ……わわ……っ」

 人の波に呑まれそうになりつつも、進一郎も何とか走り出した。

 ――が。

「え? えぇっっ!?」

 駆け出した途端、思わず進一郎は悲鳴を上げた。

 さっきから心配していた通り、一歩踏み出す度、薄いポリエステルに包まれたのみの彼の袋と竿は、盛大に揺れだした。

「これ……は……っ、ちょ……っ、ど……どうして……っ、いいのか……っ!?」

 漫画であれば「びょいんびょいん!」とか「ばい~ん」とか「ばるんッ」とか擬音をつけられそうなほどに、進一郎の下腹部は「暴れん坊」ぶりを見せる。

「――おぉっと黒星選手、揺れております! 大きく揺れております!!」

 さくらの声が響く。

「え……?」

 ふと、既に遠ざかりつつある大型スクリーンを振り返り、進一郎は息を呑んだ。

「な……何、あれは……ッッ!?」

 見れば、そこには自分の下腹部が大きく大きく映し出されていた。

「これは大胆です、黒星選手、どうやらインナーを穿いていないご様子。可愛らしい股間にぶら下がったものがはっきり形を浮かせて、ぷるんぷるんしております!」

「え? えぇ~ッッ!?」

 何しろ理系の進一郎、陸上の時にインナーを穿くなんて知識は、初めからない。

 このユニフォーム自体、さくらに押しつけられたものだが、最初からインナーなど用意されてはいなかった。或いはこれが狙いで……?

 いや、しかしそれにしても、どうしてぼくのあそこがスクリーンに大映しに……?

 考えるうち、ふと気づく。

 選手たちの周囲には何だか数十cmほどの、虫のようなものがいくつもいくつも飛び回っていた。

「ドローン?」

 そう、この何十機ものドローンがカメラを備えているとしたら――?

 見れば、ドローンは彼の前にも飛んでいた。あれが、今、ぼくの下腹部を接写しているんだろうか?

「や……やだ……っっ!!」

 慌てて駆け出す進一郎を、しかしそのドローンはどこまでもどこまでも追ってきた――。


 ……。

 …………。

 ………………。

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……ッ、はぁ……ッ、はぁぁ……ッッ」

 運動場を出て、数分も走ったろうか。

 元から「本の虫」の進一郎、早くも息が上がってきた。

 いや、それよりも……。

「あらあらどうしました、黒星選手?」

 もう遥か後ろに遠ざかっているはずの、テントの中のさくらの声が、進一郎の耳に入ってきた。

 というのも、選手たちはみな、ヘッドフォン着用。大会司会者であるさくらとは常に連絡が取りあえるようになっているのだ。

「何だか顔も赤いし、息も上がってるし……いえ、それよりも何だかさっきから、脚と脚、もじもじ擦りあわせてない?」

「ど……どうして分かるんです?」

 苦しい息の下から、進一郎は不思議そうな声を上げる。

 分かるはずだ、その様子はスクリーンに映し出され、観客たちの目に晒されていたのだから。

 しかしさくらはそれには答えず、話を進めた。

「それより、ムリはしない方がいいんじゃない?」

「だ……大丈夫です、ただ……その……」

 口ごもる進一郎に、さくらは苛立たしげな声を上げる。

「もう、何よ!? はっきり言いなさい!!」

「あの……その、トイレは……?」

 顔を赤らめつつ、進一郎は尋ねた。

 そう、先ほどからずっと、彼は尿意をガマンしていたのだ。

 何しろ、出場前はいろいろとバタバタしていて、トイレに行くタイミングもなかったのだから。

 が、その問いに、さくらはあっさりと返す。

「そんなものあるわけないでしょ?」

「えぇっっ!?」

 進一郎は素っ頓狂な声を上げた。

「そんなこと言ったって、生理現象ですよ!?」

「真剣勝負の最中にトイレ行く人がいる!?」

「で……でも……っ」

 目を白黒させる進一郎を、さくらは追い立てる。

「別にいいのよ、その辺で放尿したければすれば。その瞬間、失格だけどね」

「そ……そんな……」

「とにかく、走んなさい。ゴールインすれば、トイレに行けるわよ」

「そ……そりゃ、そうだろうけど……」

 ぼやきつつ、こうなっては進一郎も、それ以上のことは言えない。

 玉も竿もぷるんぷるんとさせながら、走り続けるしかなかった――。


 ……。

 …………。

 ………………。

「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……ッ、はぁ……ッ、はぁぁ……んッッ」

 どれだけ走ったろうか。

 進一郎の唇からもれる吐息も、何だか悩ましげというか、苦しげなものになってきていた。

 理由は記すまでもない、あれからずっと高まり続けている尿意に責め苛まれてのこと。

 そして、実のところ彼がここまで尿意を感じていることも、決して故のないことではなかった。

 ――この運動会が始まる前に、選手はみな、ドーピング検査を受けていた。

 しかし進一郎はDCO、つまりドーピング検査員として他の選手の放尿見守る役割をさせられるばかりで、自分はどさくさでついついトイレに行くことができなかった。

 そう、本来の進一郎は本大会には選手としてではなく、DCOとして参加するはずであった。

 そこを商品のことを知って、自分も出場したいとさくらにねだり、いつの間にかこうして偽名まで使うことになってしまったわけだ。

 そんなわけで、進一郎が前回、トイレに行ったのはいつのことだったろうか。

 当然、他の選手よりもその膀胱には尿が蓄えられ、今にも決壊しそうな状態であった。

「う……うぅ……うぅぅぅ……ッッ、お……おしっこ……したいぃぃ……ッッ」

 ふともらした、その瞬間。

「――おぉ……ッ♥ 黒星選手、尿意MAX宣言です!」

 さくらのはしゃいだ声が聞こえてきた。

「な……何、その尿意MAX宣言って……?」

「果たして最初にもらしてしまうのは黒星選手でしょうか!?」

「そ……そんな……わけ……には……ッッ」

 顔を真っ赤にして、尿意を堪える進一郎。

「ここで黒星選手がもらしたら、ボトムスはオークションにかけられます! さて、黒星選手のおもらしなるか!?」

「え? えぇぇ……ッッ!? それ、ちょ、どういう……ッ!?」

 マイクに向かって問いつめる進一郎。

「ん? まあ、それはもらしてみれば分かるわ。もらしちゃう?」

「そ……そんな……ッッ!!」

 進一郎は首をぶんぶんと横に振る。

 よくは分からないけど、オークションってことは、自分のボトムスが売られるということで……それも、つまり、おもらししたものが誰かの手に……?

「あ……あぁ……ッ、す……スタート前に……トイレに……行ってさえいれば……ッ!」

 そんなことを言いながら、ふと前を見る。

 ――ん?

 彼の前を走っていた選手も、何だか様子がおかしい。

 淡いクリーム色のウェアに身を包んだやせっぽちの身体が、何だかふらふらしている。

 その歩幅も、見る間に狭まっていく。

 ――あの子もおしっこしたいのかな……?

 いや、でも、そもそもぼく以外の子はドーピング検査でおしっこしてるんだから、今さら尿意に苦しめられるなんてこと……。

 そんな進一郎の疑問に答えるかのように、さくらの声が上がった。

「おっと、北羽きたわ選手、様子がヘンです!」

 ――北羽?

 聞き覚えのある名前に、首を傾げる進一郎。

「ここでみなさんにも北羽選手のプロフィールについてご紹介いたしましょう。北羽柊一しゅういち、10歳の小学四年生。仔犬カフェ『W.C.』所属で、家庭的で家事を得意とするため、超小学級のおさんどんの称号を持っています。スマホアプリをお持ちの方は、クリックしていただければ、北羽選手の情報がご覧になれます」

 さくらの言葉に、進一郎は彼の情報を呼び出す。




「あ、やっぱりこの子だ……」

 その少年には、進一郎にも憶えがあった。

 そう、いつだったか『Weekly Willy Work』の取材でPSA店のひとつ、「W.C.」に行った時、出会った子だ。

「それでは北羽選手にインタビューしてみましょう――はい、北羽選手? 完走できそうですか?」

 と、スクリーンには柊一の顔がアップになって映し出された。

「はぁ……はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ、そ……それは……っ!」

 大きな丸メガネを蒸気で曇らせ、切なげな息の下から、柊一は苦しげな声を上げた。

「が……頑張ります……けど……っ!」

 その羚羊のような細く、生白い脚はぷるぷると震えている。

 足取りも目に見えて遅くなりつつあった。

 ――柊一クン……大丈夫かな……?

 追い抜かなければならない立場にもかかわらず、ついつい心配でその後姿を追ってしまう進一郎だが、その耳へと。

「北羽選手のお店での得意プレイは、当『Weekly Willy Work』の取材によると“おもらし”ということですが……?」

 ――な゛……ッッ!?

 さくらがとんでもないことを言うのに、思わず進一郎は大声を上げそうになった。

 ――そ……そりゃ、柊一クンのことは確かに、ぼくが取材した。確かに彼はおもらししていたけど、でも……」

「どうです北羽選手? 今日はおもらしを見せてくれるんでしょうか♥」

「そ……そんな……ッッ!!」

 ただでも息が上がり、真っ赤になっていた柊一の、その顔がさらに赤く染まる。

「こ……こんなところで……おもらし……したり……っ」

 ぷるぷると首を横に振りつつ、柊一は否定する。

「そ……そもそも……おしっこしたら……し、失格……ですし……ッ!」

 しかし――脚はがくがくと震え、歩みはさらに遅くなり、柊一のガマンが限界に近づきつつあることは、傍目にも明らかであった。

 ――ど……どうすれば……!?

 助けてやりたいとは思うものの、どうすることもできず、進一郎はただおろおろとするばかりであった。

 と、その時。

「おおっと、トップ独走しているかに思われた洪田こうだ選手、様子がヘンです!」

 また、さくらの新しいおもちゃでも見つけたかのような声が響く。

 ――洪田?

 その名前にも、憶えがある。

「ここで洪田選手のプロフィールもご紹介いたしましょう。洪田滝流たける、9歳の小学四年生。コスプレカフェ『C.C.C.』所属です。特撮番組『流星小年タロン』の主演を務め、超小学級のスーツアクターとも呼ばれています! アプリをお持ちの方は情報をチェック!」

 そう、彼も進一郎が取材で出会った子だ。



 スマホを見れば、やはり見覚えのある姿が映し出されている。

 一方前を見れば、トップを走っていたというだけあってなるほど道の遥かな先に、見覚えのある小さな影が見えた。

 鮮やかなレモンイエローのウェアに身を包んだ彼が、滝流なのだろう。

「それでは洪田選手にインタビューしてみましょう――はい、洪田選手? 完走できそうですか?」

「か……完走……? ……って?」

 息を切らせながら、疑問の声を上げる滝流のいかにも天然っぽい表情が、スクリーンに映し出される。どうも「完走」の意味が分からないらしい。

「え~と、もらさずにゴールインできますか?」

「それは……む、ムリだ……ゾ……ッ」

 滝流の苦悶の声に、さくらは声を弾ませる。

「それでは……洪田選手の野ションが見られるのでしょうかっ♥」

「そ……そんなの、しないゾ……?」

「『Weekly Willy Work』の取材によると、洪田選手の得意プレイは“野ション”ということですが……?」

「で……でも……ッ!」

 ぷるぷると、滝流は首を横に振る。

 ――やっぱり、滝流クンも失格はしたくないのか……。

 やり取りを聞きながら、進一郎は思う。

 あの元気で能天気で常にテンションの高い滝流クンが、こんな苦しげな声を出すんだから、よっぽどだな……。

 しかし進一郎も、それ以上のことを考えるだけの余裕はなかった。

 あ……あぁ……ッ、ぼくもそろそろ限界が……!

 どうする……? ゆ……優勝は……したいけど……ムリに意地を張ってもらしちゃうのなら……どっか物陰にでも隠れて……?

 あ……ダメだ、ドローンが……!?

 ふと上を見上げると、やはり何十機というドローンが、雲霞のごとく飛んでいる。

「あ……あぁ……ッ、で……でもぉぉ……ッッ!」

 進一郎の唇から、悩ましげな声があふれる。

 ――と、その時。

 いまだ前方を走っていた滝流の姿が、ふっと消えた。

「え……ッ!?」

 思わず声を上げてしまう進一郎。

 まさか……テレポーテーションでも使ったのか?

 いや……そんな能力があるなら、尿だけ他の子の膀胱にテレポートすれば……?

 進一郎が馬鹿なことを考える間にも、さくらの声が響いてくる。

「おぉっと! 洪田選手、どこへ行ったのでしょうか!?」

 弾む声と共に、スクリーンにはドローンによって捉えられた滝流の姿が映し出されていた。

 そこは、ビルとビルの僅かな隙間のようだった。

 なるほど、さっきの滝流は姿を消したわけではなく、すっとビルの間に飛び込んだのだ。

「ふぅぅ~~」

 スクリーンからは、滝流の声も聞こえてきた。

 その小さな指で、下半身を包むウェアのボトムスを、思いきり引っ張り下ろす。

 ぽろんッ♥

 ――と、その下からは愛らしい茎と袋とが飛び出した。

 たっぷりとした包皮に包まれた少年の肉茎はぴょんと弾むと、すぐに下を向く。

 滝流はそのちっちゃな茎を指で摘まむと、先端をすぐ目の前にあるビルの壁へと向ける。

 そして、次の瞬間。

 ぷしゃあああああああああああああ……ッ。

 未成熟なペニスの包皮を割り、一条の水流がほとばしった。

 それは、50cmも離れていないであろうビルの壁に叩きつけられていった。

「ふぅぅ~~、気持ちいい……ゾっ♥」

 ガマンにガマンを重ねて放出したその勢いはものすごく、飛沫が滝流本人へと跳ね返っていくが、本人は気にせず、ただ甘い声を上げるのみ。

「野ションですッッ♥ 洪田選手、可愛い野ションシーンを見せてくれています!」

 嬉しげに絶叫するさくら。

「未成熟な包茎ペニスから放たれる一条の黄金水! 射し込まれるの光を浴びてキラキラときらめきながら壁に叩きつけられて弾けるしずくの美しさは、まさにため息が出るほど!!」

「ほえ?」

 そこで初めて、滝流は自分がドローンに盗撮されていることに気づいた。

「あれ……? どうしてバレたんだ?」

 まだ事態を理解できないまま、滝流は放尿を続ける。

 言うまでもなく、その一部始終はスクリーンに大映しにされ――そして観客たちは大いに沸いていた。

「残念ですが、洪田選手、失格です!!」

 さくらが宣告する。

「えぇ……ッッ!?」

 さすがにショックを受ける滝流だが、それでも尿は止まらない。

「ちょ……ちょっと、オシッコしたくらいで失格なんて非道いゾ!?」

「ざぁ~んねんでした~! 最初から規定にある通りです!」

「ぶー」

 頬を膨らませる滝流。

 その下半身では、ようやく放尿もその勢いを弱めつつあった。

「しょうがない……ゾ……」

 ぽたぽたと、包皮の先端から水滴を滴らせる小さなペニスをぶるんぶるんと振るい、ようやく滝流はボトムスを穿き直した。

「てへ♥ 失格しちゃったゾ♥」

 存外に軽く頭を掻いて、そのまま滝流は退場していった――。


 ――やれやれ、まあ、もらしちゃうよりはいいかな……。

 音声で事態を窺い、はらはらしていた進一郎は、ほっと胸を撫で下ろす。

 が、その次の瞬間、またさくらの声が響き渡った。

「ど……どうしたんでしょう、北羽選手!? ついに動きを止めてしまいました!」

 え……?

 驚く進一郎だが、いつの間にか柊一を大きく引き離したらしく、既に姿はどこにも見えない。

「あ……ついに限界でしょうか、北羽選手!? あ……あぁ……ッッ!?」

 様子の分からない進一郎は気が気ではないが、スクリーンでは柊一の姿がアップで映し出されていた。

「う……うぅぅ……っ」

 路上で立ち尽くし、べそをかいている、気弱げな少年の姿が――。

 それに伴い、観客席からはまた、歓声が沸き起こる。

「どうしました、北羽選手? このままでは棄権と見なされますが……?」

「う……は……はい……」

 さくらに促され、一歩、また一歩と歩を進め出す柊一。

 しかし一歩進むごとに数人に追い抜かれるという調子で、もはや優勝は絶望的だ。

「う゛……う゛ぅ゛ぅ゛……っ」

 さっきから曇りっぱなしの眼鏡の奥で、双眸は涙に濡れている。

 と、それに追い打ちをかけるように――。

「おもらし!」

「おもらし!」

 観客席からはそんな声が聞こえてきた。

「失禁!」

「失禁! 失禁!」

 何十人もの声はやがて、失禁コールになっていく。

「し・っ・きん! し・っ・きん!!」

「し・っ・きん! し・っ・きん! し・っ・きん!!」

「う゛……う゛ぁ゛ぁ゛……う゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛……ッ」

 少年の小さな唇からは切なげな嗚咽がもれ、そして少年の下腹部を覆うボトムスからは――。

 ぽた。

 小さな小さな滴が、アスファルトの地面へと滴った。

 と、客席からは一斉に、歓声が巻き起こる。

「う゛ぅ゛……ッ、ぼ、ぼく、もらし……ちゃった……ッ、おしっこ……ッ、もらしちゃった……よぉぉ……ッ!」

 ぽた、ぽた、ぽたたッッ。

「おもらし! 北羽選手、可愛いおもらしを見せてくれています!!」

 絶好調で解説するするさくら。

「ご覧ください、ボトムスのポリエステルが、北羽選手のちっちゃなおちんちんの形を、しっかりと外に伝えています!」

「う゛……う゛ぅ゛ぅ゛……ッ」

 そう、ポリエステルは放出される尿を吸い、肌に張りつき、その結果、彼の下半身をすっかり透けて丸見えにさせてしまっていた。

 まとった薄布だけではあふれる尿を堰き止めること叶わず、布を透過した尿は水滴となって落ち、或いは少年の太腿にいくつもの流れを作っていく。

 それでも柊一の脚は一歩、一歩と歩み続け、アスファルトの道路の上に尿のマーキングをしていった。

 そんな幼い少年のけなげな姿に、観客たちは歓声とそして拍手、口笛で応えていた。

「さて、そんな10歳の少年の失禁したてのほかほかぱんつ、お値段はいくら!?」

 え……ッッ!?

 聞こえてくるさくらの声に、進一郎は愕然となる。

 さっきの想像通り、やっぱりそれって……?

 思う間にも――進一郎の目からは見えないが――電光掲示板にはだだだっと数字が並んでいく。

 \5000――\10000――\20000――\22000

「はい、現時点の最高額は二万二千円! 二万二千円で落札でしょうか!?」

 これって……観客たちが……?

 見れば観客席の連中は必至で何やら手元のスマホを操作していた。

 どうもあれが電光掲示板と連動しているようだ。

「おぉっと、三万円! どうでしょう、三万円で決定でしょうか!?」

 ――ちゃららら~ん♪

 何やらファンファーレが響く。

「はい、北羽選手の失禁ぱんつは三万円で○○さんの手に渡りました~!!」

 さくらは大はしゃぎで宣言した。

 その一方で――。

「はぁ……ッ、はぁ……ッ、はぁ……ッ、はぁ……ッ、はぁ……ッ、はぁ……ッ」

 一方、進一郎はそんな少年たちの同行に心を痛めつつも、自分ではどうすることもできず――。

「――あ! 黒星選手です! 黒星選手、ゴールインです!!」

 コースを一周して、またグラウンドへと戻ってきた。

「はぁ……ッ、はぁ……ッ、はぁ……ッ、お……おしっこぉぉ……ッッ!」

 ゴールインするや、トイレへと駆け込み、ようやく進一郎はことなきを得るのであった――。
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