海の声

159.祭典前日

俺は手に持っていた本を閉じると、「もういいの？？」と問いかける。
『ホントにごめん。うん、もう大丈夫。ちょっと疲れちゃっただけだから♪』と海美は少し疲れたような笑顔を見せた。

「御飯、食べる？？」

『うん…もらおうかな。』

そう言って、俺が持ってきた晩御飯を少しずつ口に運ぶ海美は、一点を見つめたまま目を細める。
そしてふと頷いたかと思うと突然に『うんッ、大丈夫！！クヨクヨしてたってしょーがないよねッ！！』っと顔つきを変えた。

俺が困惑したまま海美を見つめていると、先程とは別人かのように透き通った笑顔を返してきた。
『私立ち直り早い方なの、お母さんと似て♪』
立ち直ったと言うよりはその想いを心の奥底へと押し込んだように見える。それでも、海美に笑顔が戻ったことは素直に嬉しかった。

『ねぇ、明後日にはきっと私、元に戻れるよね？』

そんなの決まってる。俺の答えは一つしかないじゃんかよ。

「あたりめーじゃん。そーじゃなきゃ困る。」

困るというかそれ以外の答えじゃダメなんだ、絶対に。

次の日、俺は渡し子の練習として神社へと呼び出された。あんな母親なもんだから、この事をすっかりと忘れて俺に言い忘れていたんだと。

俺は言われるがままに配置の確認や動き方の説明の通りに動く。

動作自体は物凄く簡単そうだけど、小学校の卒業式や、爺ちゃんの通夜の時みたいなもので、どんなに簡単な動作だとしても本番になると頭の中で順序がぐちゃぐちゃになってしまうんだろう。そんな事を考えていたら教えてくれているおじさんに"聞いてるか？？"と怒られてしまった。

当日は渡し子の儀式の一時間前には集合場所に来るように言われ、不安が残るままにリハーサルは終わった。