海の声

ある

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158.崩想

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届く事のないその声は部屋の中へと響き渡り、俺だけに届く。そして海美の声が届くべき筈の母親は、その声に応える事なく部屋の外へと歩みだした。

『私…何言ってるのかしら…死んでしまった訳でもないのに…』

そう自分に言い聞かせるように呟くと、海美母は下の部屋へと降り、再び車に乗って家を離れていった。

『もう大丈夫かなッ?!』

そう言って美雨が俺の背中を押す。
俺が暫く動かずにいると美雨は小さな声で『絶対だいじょーぶ。海美ねぇは絶対大丈夫だから。』と、囁くように繰り返した。

『だから早く出ろよッ!!』とベッドの下から勢い良く蹴り出されると、俺は振り返って海美を見た。

力無く、乱れた髪に顔を隠す海美の頬には小さな水溜りができている。
そんな事を知ってか知らずか、美雨は黙って服の埃を払う素振りをすると、『海美ねぇ元気にしなきゃだなッ!!』と俺の肩を叩いた。

俺は手を伸ばし海美を引き寄せると、美雨に促せられるがまま、そっとその肩に腕を回した。
火照る俺の腕の中で鼻を啜り呼吸の荒いままの海美は『私…早く戻りたい、早くお母さんやみんなと喋りたいよぉ…何で私こんな風になっちゃったの…』と俺の服を握った。

そうだよな…他の人と喋れないどころか自分の存在にすら気づいてもらえないなんて、寂しいに決まってる。さっきの事で今まで溜め込んでたモノが一気に溢れちゃったんだな…
そう思うとなんと言葉をかけて良いのか分からず、腕の中の海美をただただ見つめるしか出来なかった。
そして俺たちは、海美が落ち着くのを待つと、海美の家を後にした。

『海美ねぇ浴衣良かったの??』

『また戻ってから着るよって言って。』

「また戻ったら着るよってさ。」

『そっかぁ…』

それだけの会話をして元気の無い海美に視線をやりつつ俺の家に到着する。

そして俺の部屋へ入ってからは『海美ねぇ何してる??』「ベッドで寝てるよ」そんな会話を何度も繰り返した。

翌日になっても海美は起き上がろうとせず、用意したご飯も少し口にするだけですぐ横になっては天井を見つめていた。

『海美ねぇまだ元気でないの??』

「しょーがないだろ、ほっといてやれよ。」

そんな状態が続き、"ごめんね。もう大丈夫"と海美が体を起こした頃には、すっかり日が落ち、島の電灯が灯り始めていた。



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