海の声

ある

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58.過去

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『ボクの父さんは漁師でさぁー』

唐突に美雨の話が始まる。その目は荒れ果てた家屋の玄関を見つめながらキラキラと輝いていた。
きっと頭の中には、かつて両親と暮らしていた鮮やかな景色が広がっているのだろう。
俺はその横顔を見守るように相槌をうつ。

『ちょーカッコよかったんだぞ?お前なんて比にならないくらい。母さんだって一緒に漁に出ることもあったし、ボクだってたまに船に乗せてもらったりしてさ。』

「もしかしてあの船?」

『ん?あぁ、そう。あの日も2人で漁に出てった。ボクも行こうとしたんだけど宿題終わってないだろって言われてたまたま助かったんだよね。』

「なんか…あったんだ?」

『わかんない。知り合いの漁師さんが…あっ、今日港にいた"三嶋のおっちゃん"だよ。おっちゃんが沖に浮いてる船見つけてくれて持ってきてくれたんだ。』

「それじゃぁ…」

『まだ見つかってないんだよねぇ…だからまだ実感沸かなくてさ。ある日突然たっっっくさんの魚積んで帰ってくるじゃないかなとか思ったり…』

「かもな。」

『え?だけど現実なんてそんな訳ないだろ…もう5年も経ってんだし。』

「俺だったら確実な証拠が出るまでずっと信じてるけどな。俺が死ぬまでずっとさ。…だって生きてる確率がゼロじゃないわけだろ?俺はどっか遠いとこでココに戻って来るために一生懸命頑張ってるって思うぞ?だから俺も頑張んなきゃ!ってさ。」

『…バカじゃないの。そんな訳ないじゃん。』

「まぁ俺がそんなこと言える立場じゃないってのは分かってるけど…」

『まぁ…それもいいんじゃない?』

「え?」

『そーゆーバカな事考えるのもいいじゃないかってこと!!』

そう言って俺に向けた幼い顔からは、過去に対しての悲しみや後悔は感じられず、妙な清々しさが見てとれた。
"コイツみたいに前を向いて生きていけたらな…"俺をそんな気持ちにさえさせた。



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