海の声

ある

文字の大きさ
上 下
45 / 194

45.海美のキオク2

しおりを挟む
と同時に疑問が浮かび上がる。
じゃぁ何故私はここにいるんだろう…

そんな中"その子"の口から出た1つの単語に断片的な記憶が渦巻のように私の中へ入り込んでいく。

"父さん"

その単語とリンクして、私は1番大切な存在を思い出した。



あっ、お母さん…!!

私は無我夢中で走った。
行かなきゃ。

その瞬間"キーン"とした頭痛と共に頭の中で何かが光りを放ち過去の記憶が芽を出したのだ。
そうだ、私は1人で海へ行こうとして…あれ?寒かった…筈なのに。蝉?夏?なんで?理由はわからないけど…それから、何かあった??ッ…思い出せない。わかんないよ。
だけどお母さんはきっと心配してる。たった1人の"家族"だから。
早くお母さんの胸に飛び込んで、柔らかなその温かい身体をぎゅっと抱きしめてこの不安を消して欲しい…


足が悲鳴を上げている。しかしその足は止まる事なく走り続けた。

『やっと…着いたッ…お母さんは?』

張り裂けそうな胸と苦しい喉を抑え、車でお母さんが居ることを確認すると、玄関へと足早に向かった。

"ガチャ"

…と、私の帰りを待ち望んでいたように玄関のドアが開いた。
あっ…お母さんだっ!!
ついさっきまで見ていた筈なのに何故か懐かしさを感じるお母さんの姿が目に映る。
その瞬間、抑え込んでいた不安が一気に弾けた。

『お母さんッッ!!なんか変なのッ!』

私は渾身の力を振り絞り母の元へと強く大地を蹴った。


"ザザーッッ!!"

痛いッ!!!

ダイブした私の身体は、そこにある筈の母の身体を"すり抜け"そのまま地面に叩きつけられてしまう。

えっ…

私は混乱に頭をかき乱されながら後ろに立つお母さんを見上げた。

お母…さん?

私の大好きなお母さんは、転倒した私に目もくれず淡々と玄関の鍵を閉め、無表情に鞄を開き鍵をしまう。

そんな…なんで?

『ねぇ…お母…さん?』

そしてお母さんは"ふぅ"と小さな溜息を吐き、私の部屋の窓を見上げると、ゆっくりと私の側から段々と離れていく。

私は立ち上がり目の前で何度も叫んだ。

『お母さんッ!!ねぇっ…お母さんッ!!…お母さぁぁぁんッッ!!』

そんな私には目もくれず顔色ひとつ変えるく、お母さんは車の横へ立つと運転席のドアへと手を掛けた。

『ねぇ…お母さん…なんで気付いてくれないの??助けてよ…怖いよ…不安だよ…』

…そんな問いかけも虚しく、母は無表情のまま車へと乗り込んでしまった。
"海美っ、ちゃんとシートベルトしてね♪"
その優しい声も今は聞こえない。

私が乗る筈の助手席には鞄が置かれ、私の乗車を待つことなくお母さんは私を置いて行ってしまった。



そっか…やっぱり…私…死んじゃったんだね…

私はその場に座り込む。
ヒグラシの声が包み込むオレンジ色に染まり始めた空の下、声を押し殺して地面を濡らした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイ・ラブリー・プリンセス

木村
キャラ文芸
自己肯定感の低いエリート『斎藤アラン』が嵐のマンハッタンで、下半身が触手の謎のクリーチャーと出会い、平和に暮らしていこうとする話。おぞましほのぼの系。 人外 ※ 下半身触手、複眼、ぬちゃ ※ 人化なし ※ 言語的コミュニケーション可能

彡(゚)(゚)あれ?ワイは確かにマリアナ沖で零戦と共に墜とされたはずやで・・・・・?(おーぷん2ちゃんねる過去収録のSS)

俊也
キャラ文芸
こちらは、私が2015年、おーぷん2ちゃんねるのなんでも実況J(おんJ) にて執筆、収録された、いわゆるSSの再録です。 当時身に余るご好評を頂いた、いわば架空戦記の処女作と申しますか。 2ちゃん系掲示板やなんJ、おんJの独特の雰囲気が色々ありましょうが、お楽しみ頂ければ幸いです。 お後、架空戦記系としては姉妹作「新訳 零戦戦記」 「総統戦記」も目をお通し頂ければ幸いです。 お時間なくば取り急ぎ「お気に入り登録」だけでも頂けましたらm(_ _)m

【完結】えんはいなものあじなもの~後宮天衣恋奇譚~

魯恒凛
キャラ文芸
第7回キャラ文芸大賞奨励賞受賞しました。応援ありがとうございました! 天龍の加護を持つ青龍国。国中が新皇帝の即位による祝賀ムードで賑わう中、人間と九尾狐の好奇心旺盛な娘、雪玲は人間界の見物に訪れる。都で虐められていた娘を助けたまでは良かったけど、雹華たちに天衣を盗まれてしまい天界に帰れない。彼女たちが妃嬪として後宮に入ることを知った雪玲は、ひょんなことから潘家の娘の身代わりとして後宮入りに名乗りを上げ、天衣を取り返すことに。 天真爛漫な雪玲は後宮で事件を起こしたり巻き込まれたり一躍注目の的。挙句の果てには誰の下へもお渡りがないと言われる皇帝にも気に入られる始末。だけど、顔に怪我をし仮面を被る彼にも何か秘密があるようで……。 果たして雪玲は天衣を無事に取り戻し、当初の思惑通り後宮から脱出できるのか!? えんはいなものあじなもの……男女の縁というものはどこでどう結ばれるのか、まことに不思議なものである

aestas 夏、南の島の研究所で

恋愛
完結しました!ありがとうございます! 西暦2300年頃、世界の人間は緩やかに衰退していっていた。そんな中、太平洋上の南の島の研究所で働く綿都見 海花(ワタツミ ミカ)は海洋生物研究に携わっていた。学生時代からの腐れ縁、アーサーやルイ、サイード等よく知る仲間と共に研究に没頭していた、ある日。彼女は絶滅したはずの生物を発見し、アーサーと組んで研究を行うことになる。その過程で、今までの距離感に変化が生じてきて…。アーサーのアプローチに振り回されたりしながらハピエンへ向かう話です。 架空の近未来、友人に作った乙女ゲームのメインシナリオをノベライズ化しました。 ※小説内での予測や仮説、結果等はすべてフィクションです。 ※小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しています。

私の夫は猫に好かれる。

蒼キるり
キャラ文芸
夫を愛してやまない吉川美衣は、夫がすぐに猫を拾って来ることを悩んでいる。 それは猫のエサ代がかかることが悩みだからではない。 単純に自分への愛情が減ることを心配しているからである! 「私というものがありながら浮気なの!?」 「僕は美衣ちゃんが一番だよ!」 猫に異様なまでに好かれる天然タイプな夫と、昔から猫の言葉がわかる妻の、どたばた日常生活。 夫婦喧嘩は猫も食わないにゃあ。

妖怪屋敷のご令嬢が魔術アカデミーに入学します

音喜多子平
キャラ文芸
 由緒正しい妖怪一家の長女である山本亜夜子(さんもと あやこ)はかび臭い実家とそこに跋扈する妖怪たちに心底嫌気のさした生活を送っていた。  そんなある日の事、妖怪たちから魔王として慕われる実父が突如として、 「そろそろ家督を誰に譲るか決めるわ」  と言い出した。  それは亜夜子を含めた五人キョウダイたちが血で血を洗う戦いの序章となる。  だが家にいる妖怪たちは父の血と才能を色濃く受け継いだ末弟に取り入り、彼を次代の跡取りとなるように画策する始末。  もう日本の妖怪は話にならない…。  それなら、西洋の悪魔たちを使えばいいじゃない!  こうして亜夜子は海を渡り、アメリカにある魔法アカデミーに下僕を募るために入学を決意したのだった。

神様の喫茶店 ~こだわりの珈琲とともに~

早見崎 瑠樹
キャラ文芸
 妖怪の類いを見ることができる。青年にとってそれは、普通のことだった。  ある日、青年はとある町の古い喫茶店に入った。そこで働いていたのは神様だった。  妖怪と人と神とそれぞれ違った価値観を持っている。青年にとってそれは新鮮なことで悩まされることになるのだが…… 少しの恋と謎、それらが織り成すのは神と人の物語

織畑ナズナの姐さん飯

KUROGANE Tairo
キャラ文芸
鍛冶師の激減に伴い、火の神としての仕事が暇になった稲荷神の織畑ナズナは、人間の世界コスプレショップを模倣して稲荷世界でブティック【MOFU☆COS】を経営していた。人間の世界では特殊な服装でも、ファンタジーな異世界では普段着扱いになるものが多いことに目をつけたのだ。一部マニアックなものも販売しているが・・・・・・。別の神々の世界からも客が来るほどで、ユニク●やしまむ●のような人気店になっていた。そんな彼女の今の趣味は、ちょっと適当なとこもある手作りご飯のブログ。そしてそれはなぜか、人間の世界からでもアクセスできてしまうのだった。

処理中です...