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66.タブー
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「よしっ、それじゃあ行こっ」
そう言って私はベンチから立ち上がった。……身体がまるで風船のように軽く感じる。私はその勢いに任せて座ったままの彩ちゃんの腕をぐんと引くと、思ったよりもすんなりと彩ちゃんの身体がふわりと浮かんできてそのまま私の胸へとどすんと衝撃が走った。
宙に舞った彩ちゃんの髪が陽の光をきらきらと反射している。そしてそれが華奢な肩へと落ち着くと、私の背中を細く温かなものが優しく包み込んだ。
その瞬間、背中にギュッと力が伝わる。
私の胸に埋まったままの彩ちゃんの顔は動かない。それを見た私はなんとなく彩ちゃんの気持ちが分かったような気がして、何も言わずにその小さな肩へと手を回した。だって私の不安に気付いた彩ちゃんも、きっと同じ気持ちを少しでも抱いていたからこそすぐに気付いてくれたんだって思うから。
「どうしたの?」
私は耳元で囁くように静かに問い掛ける。
「ううん、何でも。ちょっと嫌な事を思い出しただけ」
そう言って顔を上げた彩ちゃんは、どこか寂しげに微笑んだ。そしてタンポポの綿毛のように私からふわりと離れていくと、そのまま一歩二歩と足を進めていく。
「彩ちゃん待ってよ」
私が駆け寄ろうとすると彩ちゃんの足が止まる。
「えっ?」
動物の鳴き声や人の声が入り混じる中、私は彩ちゃんの呟くような小さな声を聞いた。
「えっ、ううん。いきましょっ」
差し出された手を握って私は歩き出した。彩ちゃんはちょっとだけ歩くのが速くなった気がする。そして私はさっきより強く握られたその手に視線を落とすと、何か強い気持ちが込められたような"待ってくれたらいいのに"という先程の彩ちゃんの言葉を反復した。
私たちは再び園内を回っていく。やっぱり園内マップの順番通りに。そしてあっという間に楽しい時間は過ぎ、全ての動物を見終わって出口へと近づいた時、親子で賑わうお土産屋さんの前で彩ちゃんの足が止まった。
「ねぇ衣瑠、ここも寄っていい?」
逆にどんな場所だって素通りした所なんて無かったのに、と思いつつも、敢えて確認をとる彩ちゃんがなんだか可愛くって、"もちろん"と私は笑顔で答えた。
「別に買いたいものがあるとかじゃないからっ」
そうは言っても彩ちゃんの部屋があんなだったんだ。きっとぬいぐるみだろうな、なんて私はお店に向かう後ろ姿に微笑んだ。案の定、彩ちゃんは真っ直ぐに外に置かれたゴールデンライオンタマリンのぬいぐるみの前へと立ち、暫くの間眺めると私に視線を戻してこんな事を言った。
「衣瑠に似てると思わない?」
「失礼なっ、私こんな猿顔じゃないし」
「顔じゃないわっ、髪の毛よ」
拗ねたようにそう言った彩ちゃんが可笑しくて声を出して笑った。それに釣られてくすくすと笑う彩ちゃんはやっぱり普通の女の子だ。
私が店内のお土産を見ている間も、彩ちゃんはあのぬいぐるみの所を行ったり来たり。本当に子供みたいな子だな、って思った。
「彩ちゃんは何か買う? 代わりに買ってあげるからさっ」
私がそう言うと、彩ちゃんの視線が一瞬ぬいぐるみに向けられる。でも彩ちゃんは"いらないわ、買う人もいないし"とぎこちなく笑った。
「そっか、じゃあ私は莉結にお土産買ってくから彩ちゃんは出口で待っててよ」
「莉結さんに? うん、分かった」
口に出してから少し後悔した。女ってのはそういうことに敏感だって前に莉結から聞いたことがあるからだ。二人きりの時に他の女の名前を出すのはタブー。それがたとえ妹であっても、だそうだ。
男だった私にはそれが理解できなかったけど、今こうして女同士で交際しているって場合はどうなんだろう。そもそも交際してる相手からみた異性にしかそういう感情は抱かないのが普通だと思うのは私だけ?
だって私も莉結も彩ちゃんからすれば同性だし……、なんて色々と悩んだ挙句、というか莉結はただの幼馴染みだしっ、と無理矢理に自分を納得させて、私は莉結の好きそうな猫の形をしたクッキーを手に取ったのだった。
そう言って私はベンチから立ち上がった。……身体がまるで風船のように軽く感じる。私はその勢いに任せて座ったままの彩ちゃんの腕をぐんと引くと、思ったよりもすんなりと彩ちゃんの身体がふわりと浮かんできてそのまま私の胸へとどすんと衝撃が走った。
宙に舞った彩ちゃんの髪が陽の光をきらきらと反射している。そしてそれが華奢な肩へと落ち着くと、私の背中を細く温かなものが優しく包み込んだ。
その瞬間、背中にギュッと力が伝わる。
私の胸に埋まったままの彩ちゃんの顔は動かない。それを見た私はなんとなく彩ちゃんの気持ちが分かったような気がして、何も言わずにその小さな肩へと手を回した。だって私の不安に気付いた彩ちゃんも、きっと同じ気持ちを少しでも抱いていたからこそすぐに気付いてくれたんだって思うから。
「どうしたの?」
私は耳元で囁くように静かに問い掛ける。
「ううん、何でも。ちょっと嫌な事を思い出しただけ」
そう言って顔を上げた彩ちゃんは、どこか寂しげに微笑んだ。そしてタンポポの綿毛のように私からふわりと離れていくと、そのまま一歩二歩と足を進めていく。
「彩ちゃん待ってよ」
私が駆け寄ろうとすると彩ちゃんの足が止まる。
「えっ?」
動物の鳴き声や人の声が入り混じる中、私は彩ちゃんの呟くような小さな声を聞いた。
「えっ、ううん。いきましょっ」
差し出された手を握って私は歩き出した。彩ちゃんはちょっとだけ歩くのが速くなった気がする。そして私はさっきより強く握られたその手に視線を落とすと、何か強い気持ちが込められたような"待ってくれたらいいのに"という先程の彩ちゃんの言葉を反復した。
私たちは再び園内を回っていく。やっぱり園内マップの順番通りに。そしてあっという間に楽しい時間は過ぎ、全ての動物を見終わって出口へと近づいた時、親子で賑わうお土産屋さんの前で彩ちゃんの足が止まった。
「ねぇ衣瑠、ここも寄っていい?」
逆にどんな場所だって素通りした所なんて無かったのに、と思いつつも、敢えて確認をとる彩ちゃんがなんだか可愛くって、"もちろん"と私は笑顔で答えた。
「別に買いたいものがあるとかじゃないからっ」
そうは言っても彩ちゃんの部屋があんなだったんだ。きっとぬいぐるみだろうな、なんて私はお店に向かう後ろ姿に微笑んだ。案の定、彩ちゃんは真っ直ぐに外に置かれたゴールデンライオンタマリンのぬいぐるみの前へと立ち、暫くの間眺めると私に視線を戻してこんな事を言った。
「衣瑠に似てると思わない?」
「失礼なっ、私こんな猿顔じゃないし」
「顔じゃないわっ、髪の毛よ」
拗ねたようにそう言った彩ちゃんが可笑しくて声を出して笑った。それに釣られてくすくすと笑う彩ちゃんはやっぱり普通の女の子だ。
私が店内のお土産を見ている間も、彩ちゃんはあのぬいぐるみの所を行ったり来たり。本当に子供みたいな子だな、って思った。
「彩ちゃんは何か買う? 代わりに買ってあげるからさっ」
私がそう言うと、彩ちゃんの視線が一瞬ぬいぐるみに向けられる。でも彩ちゃんは"いらないわ、買う人もいないし"とぎこちなく笑った。
「そっか、じゃあ私は莉結にお土産買ってくから彩ちゃんは出口で待っててよ」
「莉結さんに? うん、分かった」
口に出してから少し後悔した。女ってのはそういうことに敏感だって前に莉結から聞いたことがあるからだ。二人きりの時に他の女の名前を出すのはタブー。それがたとえ妹であっても、だそうだ。
男だった私にはそれが理解できなかったけど、今こうして女同士で交際しているって場合はどうなんだろう。そもそも交際してる相手からみた異性にしかそういう感情は抱かないのが普通だと思うのは私だけ?
だって私も莉結も彩ちゃんからすれば同性だし……、なんて色々と悩んだ挙句、というか莉結はただの幼馴染みだしっ、と無理矢理に自分を納得させて、私は莉結の好きそうな猫の形をしたクッキーを手に取ったのだった。
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