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47.愛の告白
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「えっと……なに?」
「衣瑠ちゃんに話があるんだけど……」
健太が私に話だなんて、何だか嫌な予感しかしない。それは恋だの云々では無くて、もっと別な、ねっとりとしたうにうにとした嫌な予感……。
「はぁ……、何の用?」
敢えて嫌そうにそう言ってみたものの、健太は隣に座る莉結に視線を移すと、小さな声で"ちょっと借りるね"と言って私の手をとった。
「ちょっと、そういうレンタルはしてないんだけど」
私の皮肉に"ごめん"とだけ言って振り向くこともせずに健太は私の手を引いて歩いて行く。
同学年のみならず年上の女子からも人気が高い健太。その理由が、スポーツができて頭もそこそこ良くって、まるでどこかの通販番組みたいに顔まで整ってますよっていうイケメンの鏡みたいなヤツ。他の女子だったら喜んでついて行くようなシチュエーションだな、なんて思いつつも、私は誰かがこいつを利用しているだけで、着いたその場で突然女子に囲まれて変な事されるんじゃないか、なんて変な妄想しか浮かばなかった。
次第に辺りには生徒の姿も無くなり、虫の鳴く声だけが妙に大きく聞こえてくるようになる。そんな人気の無い場所へと連れてくなんて……。と私の妄想は確信へと変わりつつあった。
「ここらでいいかな」
独り言のように健太が言った。そして辺りを警戒して見回す私に対面するように立った健太は、背筋をピンと伸ばして私を見た。
「突然ごめん。その……」
その健太の表情を見た瞬間、私はこの一連行動の意味するものを履き違えていた事に気付いてしまう。一瞬合った視線を逸らし、どこか緊張したように頬を微かに染める健太。そして私の頭に浮かんだ一つの言葉。
めんどくさっ。
勿論それは健太に対するものでは無かった。この行為の後に必ず付帯して発生するであろうものに対してだ。
「俺…….衣瑠ちゃんが転校して来た時からずっと……」
「星っ、綺麗だねっ! さっきのとこより綺麗だよ! ありがとねっ、それじゃぁ私、莉結にも教えてあげな……」
「待って!」
そう言って戻ろうとした私の手首が力強く握られる。
「痛い……」
「あ……ごめん」
そして無言のまま足を踏み出そうとした時、私の背中に"それ"がぶつけられたのだった。
「好きですッ! 良かったら……俺と付き合ってよ!」
万事休す。そんな……馬鹿みたいに大きな声で言われたら誰かに聞かれててもおかしくない。私は目蓋を閉じ、健太に聞かれないように深い溜息を吐いた。
「ごめん……。私そういうのは考えてないから。それに……健太くんは付き合ってる人、居るんじゃないの?」
興味は無かったけど、以前クラスの女子がそんな話をしていたのを聞いた。それもつい最近の事だったと思う。しかもあろうことか"元男"に乗り換えなんて趣味悪いよ、本当に。
微妙な心境にまた無意識に溜息が出た。すると健太は思いもよらない事を口にする。
「それって天堂……彩のこと?」
「えっ……」
天堂……? それって。
記憶の点と点が星座を創り出すように繋がっていく。そして私は振り返り、幽霊でも見るかのような視線を健太へと向けた。
「彩ならもう別れた。俺も男だし衣瑠ちゃんのこと好きなのにだらだら付き合ってられないしさ」
「それって……天堂さんは知ってるの?」
「もちろん! 衣瑠ちゃんが好きだから別れて欲しいってちゃんと伝えた」
健太の表情が和らぐ。それは、このままいけばイケるとでも思っていそうな表情だった。今日、面識も無いはずの天堂さんに待ち伏せされていたのも、突然殺されそうになったのも、全てはそれが原因だったのだ。頭が真っ白になるってこういう事か……。私の意識は白いキャンパスの上を行ったり来たりして、気がついた時には私の喉を小さく震わせていた。
「バッカじゃねぇの」
自分の声で我に帰ると、健太の呆然とした表情が目に映った。
「あっ……えっと」
言い訳しようとしても言葉が浮かばなかった。きっとそれは私の本心で、言い訳する必要なんて無かったからだ。そして……それは自分にも向けられた言葉だと解っていたから。
「フラれちゃった……かな?」
そう言ってニヤニヤとした笑みを浮かべつつ後頭部を意味も無く掻き上げている健太には、突然に犯行予告の様な理不尽な別れを告げられる天堂さんの気持ちなんて考えられなかったんだろう。
私に過失がないのは分かっている。
だけどそんな事……。
「許されない」
「えっ……?」
「天堂さんの気持ち、考えた?」
私は健太の目の前まで近づくと、その歪んだ口元を睨みつけた。
「も、もちろん! だから今日告白するってちゃんと伝えたし、男としてやるべき事はちゃんと……」
乾いた音が虫の音を途切れさせる。私の息は動いたわけでも無いのに荒く、心臓の鼓動がトクトクと全身に伝わっている……。
私は思わず健太の頬へと手のひらを振っていた。そして何故か私の視界はキラキラとしたもので歪んで、鼻の奥が詰まったようになる。
「一緒に死のうとしてまで渡したくないくらいあんたの事好きになってくれる子、何で大切にできないんだよ……」
自分でも何を言ってるんだろう、そう思ったけど、振られたコーラを開けたみたいに止まらない私の言葉の泡は、健太に向かって弾け続けた。
「確かにおかしいよ? おかしいけどそこまでできるって凄いと思う。それに比べてあんたは最低ッ! 何が"男として"だよ! 男だったら一度好きになった子は最後まで大切にしなよ! 余分な事言って傷つけて、私の名前まで出してなんなの? そんな具体的な事言っちゃったら余計に辛いって分かんないの? スポーツできて頭良くて、ちょっとカッコいいとか言われるからって調子乗ってんじゃないの? それともそっちばっかに良いとこ持ってかれてデリカシーってやつはゼロなの? いい? 私はあんたとなんか絶ッッッ対付き合わない! てかあんたなんかより私の方が絶対天堂さんの事幸せにできるし! 二度と喋りかけてくんなッ、オタンコナス!」
ズカズカと来た道を戻る私を、夜空に浮かぶ金色の月が悲しそうにぼんやりと照らしている。元の身体に戻るまではあんまり目立った行動はしないようにするつもりだったのに、あんな事言っちゃって馬鹿だな……って後悔したけど、心の中はなんだか妙にスッキリとして、自然と私の足取りは軽くなっていた。
「衣瑠ちゃんに話があるんだけど……」
健太が私に話だなんて、何だか嫌な予感しかしない。それは恋だの云々では無くて、もっと別な、ねっとりとしたうにうにとした嫌な予感……。
「はぁ……、何の用?」
敢えて嫌そうにそう言ってみたものの、健太は隣に座る莉結に視線を移すと、小さな声で"ちょっと借りるね"と言って私の手をとった。
「ちょっと、そういうレンタルはしてないんだけど」
私の皮肉に"ごめん"とだけ言って振り向くこともせずに健太は私の手を引いて歩いて行く。
同学年のみならず年上の女子からも人気が高い健太。その理由が、スポーツができて頭もそこそこ良くって、まるでどこかの通販番組みたいに顔まで整ってますよっていうイケメンの鏡みたいなヤツ。他の女子だったら喜んでついて行くようなシチュエーションだな、なんて思いつつも、私は誰かがこいつを利用しているだけで、着いたその場で突然女子に囲まれて変な事されるんじゃないか、なんて変な妄想しか浮かばなかった。
次第に辺りには生徒の姿も無くなり、虫の鳴く声だけが妙に大きく聞こえてくるようになる。そんな人気の無い場所へと連れてくなんて……。と私の妄想は確信へと変わりつつあった。
「ここらでいいかな」
独り言のように健太が言った。そして辺りを警戒して見回す私に対面するように立った健太は、背筋をピンと伸ばして私を見た。
「突然ごめん。その……」
その健太の表情を見た瞬間、私はこの一連行動の意味するものを履き違えていた事に気付いてしまう。一瞬合った視線を逸らし、どこか緊張したように頬を微かに染める健太。そして私の頭に浮かんだ一つの言葉。
めんどくさっ。
勿論それは健太に対するものでは無かった。この行為の後に必ず付帯して発生するであろうものに対してだ。
「俺…….衣瑠ちゃんが転校して来た時からずっと……」
「星っ、綺麗だねっ! さっきのとこより綺麗だよ! ありがとねっ、それじゃぁ私、莉結にも教えてあげな……」
「待って!」
そう言って戻ろうとした私の手首が力強く握られる。
「痛い……」
「あ……ごめん」
そして無言のまま足を踏み出そうとした時、私の背中に"それ"がぶつけられたのだった。
「好きですッ! 良かったら……俺と付き合ってよ!」
万事休す。そんな……馬鹿みたいに大きな声で言われたら誰かに聞かれててもおかしくない。私は目蓋を閉じ、健太に聞かれないように深い溜息を吐いた。
「ごめん……。私そういうのは考えてないから。それに……健太くんは付き合ってる人、居るんじゃないの?」
興味は無かったけど、以前クラスの女子がそんな話をしていたのを聞いた。それもつい最近の事だったと思う。しかもあろうことか"元男"に乗り換えなんて趣味悪いよ、本当に。
微妙な心境にまた無意識に溜息が出た。すると健太は思いもよらない事を口にする。
「それって天堂……彩のこと?」
「えっ……」
天堂……? それって。
記憶の点と点が星座を創り出すように繋がっていく。そして私は振り返り、幽霊でも見るかのような視線を健太へと向けた。
「彩ならもう別れた。俺も男だし衣瑠ちゃんのこと好きなのにだらだら付き合ってられないしさ」
「それって……天堂さんは知ってるの?」
「もちろん! 衣瑠ちゃんが好きだから別れて欲しいってちゃんと伝えた」
健太の表情が和らぐ。それは、このままいけばイケるとでも思っていそうな表情だった。今日、面識も無いはずの天堂さんに待ち伏せされていたのも、突然殺されそうになったのも、全てはそれが原因だったのだ。頭が真っ白になるってこういう事か……。私の意識は白いキャンパスの上を行ったり来たりして、気がついた時には私の喉を小さく震わせていた。
「バッカじゃねぇの」
自分の声で我に帰ると、健太の呆然とした表情が目に映った。
「あっ……えっと」
言い訳しようとしても言葉が浮かばなかった。きっとそれは私の本心で、言い訳する必要なんて無かったからだ。そして……それは自分にも向けられた言葉だと解っていたから。
「フラれちゃった……かな?」
そう言ってニヤニヤとした笑みを浮かべつつ後頭部を意味も無く掻き上げている健太には、突然に犯行予告の様な理不尽な別れを告げられる天堂さんの気持ちなんて考えられなかったんだろう。
私に過失がないのは分かっている。
だけどそんな事……。
「許されない」
「えっ……?」
「天堂さんの気持ち、考えた?」
私は健太の目の前まで近づくと、その歪んだ口元を睨みつけた。
「も、もちろん! だから今日告白するってちゃんと伝えたし、男としてやるべき事はちゃんと……」
乾いた音が虫の音を途切れさせる。私の息は動いたわけでも無いのに荒く、心臓の鼓動がトクトクと全身に伝わっている……。
私は思わず健太の頬へと手のひらを振っていた。そして何故か私の視界はキラキラとしたもので歪んで、鼻の奥が詰まったようになる。
「一緒に死のうとしてまで渡したくないくらいあんたの事好きになってくれる子、何で大切にできないんだよ……」
自分でも何を言ってるんだろう、そう思ったけど、振られたコーラを開けたみたいに止まらない私の言葉の泡は、健太に向かって弾け続けた。
「確かにおかしいよ? おかしいけどそこまでできるって凄いと思う。それに比べてあんたは最低ッ! 何が"男として"だよ! 男だったら一度好きになった子は最後まで大切にしなよ! 余分な事言って傷つけて、私の名前まで出してなんなの? そんな具体的な事言っちゃったら余計に辛いって分かんないの? スポーツできて頭良くて、ちょっとカッコいいとか言われるからって調子乗ってんじゃないの? それともそっちばっかに良いとこ持ってかれてデリカシーってやつはゼロなの? いい? 私はあんたとなんか絶ッッッ対付き合わない! てかあんたなんかより私の方が絶対天堂さんの事幸せにできるし! 二度と喋りかけてくんなッ、オタンコナス!」
ズカズカと来た道を戻る私を、夜空に浮かぶ金色の月が悲しそうにぼんやりと照らしている。元の身体に戻るまではあんまり目立った行動はしないようにするつもりだったのに、あんな事言っちゃって馬鹿だな……って後悔したけど、心の中はなんだか妙にスッキリとして、自然と私の足取りは軽くなっていた。
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