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18 天下を継ぐ者
18-5 呪いと功徳
しおりを挟む 九月に入り、信長の妹、お市を正室に迎えた柴田勝家が、織田家の縁戚として京、妙心寺で信長の百箇日法要を執り行った。
そしてその翌日。勝家の動きに対抗するかのように、今度は秀吉が、養子で信長の四男である羽柴秀勝をたて、京の大徳寺で信長の百箇日法要を執り行った。さらに秀吉が来月、大徳寺で信長の葬儀を行うという知らせが、噂のタヌキとムジナの巣窟である日野中野城に届いた。
「若殿。これは若殿に対し、故右大臣様の娘婿として、葬儀に来いと、そう言うておるのではありますまいか」
重臣の町野左近に指摘され、忠三郎はハテと首をかしげる。織田家中はいざしらず、他国の大名たちは、信長の葬儀を執り行なった者を信長の後継と思うのではないだろうか。
(織田家の方々や重臣たちを差し置いて、葬儀とは)
これは更に騒動が大きくなりそうだ。
(されど九月に百箇日法要を行ったというに、葬儀を十月にする意図は…)
越前北ノ庄にいる柴田勝家を意識してのことではないだろうか。十月ともなれば、越前は雪に閉ざされ、挙兵はできない。
(どうしたものか)
そろそろ去就を決めなければならない時期かもしれない。そう思っていると、父、賢秀に呼び出された。
「父上がわしを呼ぶなどと、滅多にないこと」
どう思う?と町野長門守を見るが、それは今後の蒲生家の行く末を決める話だろうことは、さすがの忠三郎も気づいている。
「父上、お呼びで」
折り目正しく部屋の前に座ると、静かに襖が開いた。
「こちらへ…」
短くそう言うと、賢秀は白銀の香炉に香炭を入れ、香筋《きょうじ》で灰をかき混ぜる。
「忠三郎。我が家に伝わるご先祖様の話、耳にしたことがあろう」
「それは…。はい。幼き頃にお爺様から聞き及びました」
知ってはいるが、父の前では口にしたことがない。
七百年前の蒲生家の先祖、俵藤太秀郷。今昔物語にも逸話の残る英雄だ。昔、祖父快幹は孫たちが集まると、書庫にある俵藤太絵巻なる絵巻物を何度も読み聞かせてくれた。
俵藤太秀郷が瀬田の唐橋で琵琶湖に住む龍神と出会う。龍神は、近江三上山に住む大ムカデに難儀しており、このムカデを退治してほしいと依頼する。秀郷は龍神の願いを聞き、大ムカデを退治する。龍神は喜び、金箔の鎧や太刀、絹、俵、鍋といった数々の財宝を授けてくれた。日野中野城の宝物蔵にはその時の弓矢が今も家宝として大切に保管されている。
ムカデ退治は近江近郊では有名な話だ。一益も義太夫も知っていて、義太夫などは、
『なんでもその龍神は女子であったとか。帰するところ、これは、女子の頼みを聞き届ければ、財宝を得られるという家訓であろう』
まことしやかにそう言ったので、この話の裏にはそんな教訓が隠されていたのかと感心した。
(にしても、父上は今になって何ゆえにわざわざ童に読み聞かせるような話を持ち出されたのか)
と考え、思い当たることがあった。
忠三郎の元にいる二人の信長の娘。吹雪と章姫。この姉妹に関わる話だろう。
「父上は…我が家に幸を与えるは、吹雪か、もしくは章姫じゃと、そう仰せで?」
もしくは女癖が悪いと叱られるのだろうか。しかしそれも可笑しな話。賢秀も快幹も忠三郎を咎めることはできないのではないか。祖父と父には一体、何人の側室がいたのか。正式に側室と認めた侍女は誰なのか、同じ城にいながら、忠三郎にもよくわかっていない。
あれやこれやと思い悩んでいると、やがて賢秀の炊いた香木の香りが漂うとともに、深いため息が聞こえてきた。
「父上、なにやらお疲れのご様子。如何なされました?」
忠三郎が心配そうに尋ねると、賢秀はしばらく黙っていたが、諦めたように口を開いた。
「その話ではない。そのあとの話じゃ」
どうも勘違いしたらしいと気づいた。いつもながら父との会話は噛み合わないことが多いと思いつつ、
「その後、とは?」
「その後、龍神の力を借り、王都を脅かす平将門を討った話じゃ」
「あ、その話でござりましたか」
失念していた。絵巻の話は俵藤太秀郷が財宝を得て終わりではなかった。俵藤太秀郷は財宝を得た後、龍神の力を借り、その頃、自らを新皇と名乗って謀反を起こした平将門を討ち取った。これにより俵藤太秀郷の勇名は天下に知れ渡ることになった。
「その話が何か?」
「我が家は未だに平将門に呪われておる。されどその一方では帝を守った功徳があるのもまた事実。それゆえに、我が家は代々、勇将と愚将が交互に続くのじゃ」
その話も聞いたことがある。そして、そんな昔話が起因しているのか、臆病者の賢秀に具足など不要。具足を売って風よけの衣を着たほうがよいと、下々の者がそう噂しているのを耳にした。そうでなくとも常日頃から日野の頑愚と巷で揶揄されている賢秀だ。
(父上は、己が呪われておると、そうお思いなのであろうか)
少なくとも、あの信長は、父を愚将とも、臆病者とも思っていなかったはずだ。だからこそ、安土城の留守居を任せたのではないか。そう言いたかったが、迂闊なことを口に出せば、父の誇りを傷つけてしまう。
「もはや争いごとに疲れた。そなたに家督を譲り、隠居する」
「父上、それは…」
困る、と言いそうになり口を閉じた。天下の情勢が揺れ動いている今、これからどうしていいのか決めかねているときに隠居されては困る。
(されど…)
目の前にいる父がとても小さく見えた。先ほどからため息ばかりついている。明智の軍勢を相手に籠城したのがよほど堪えたのか、信長とともに、賢秀の気力も奪われてしまったかのようだ。
「わしの当主としての最後の務めとして、綿向神社へ行き、今後の我が家の行く末について、ご神託を受けてきた」
馬見岡綿向神社は蒲生家の氏神だ。
「ご神託を?して、今後我らは如何にせよと?」
「恩義ある柴田殿に加勢し、織田三七殿をお守りせよとのことであった。柴田殿からは尽力を求むる使者が訪れておる。その方が当主として使者に会い、柴田殿に加勢する旨、伝えよ」
「柴田殿に。ハハッ」
賢秀は最後の仕事として、今後の方向性を指し示してくれた。
(よかった…)
家督を譲ると言われたときは、重くのしかかっていた責務が少し軽くなった気がした。
家督を継いだ最初の大仕事として柴田勝家の使者に会う。
「柴田殿の使者はどなたであろうか?」
柴田勝家の使者に会うともなると、正装に着替える必要がある。居間に戻って大紋に着替えていると、町野長門守がおや、と首を傾げ、
「叔父御でござりまするが…」
「叔父御?…誰かと思うていれば、我が家の安井孫右衛門か」
織田家に臣従したばかりのころ、蒲生家は勝家の与力だった。その名残で、今も柴田家には蒲生家家臣、安井孫右衛門が留まり両家の取次ぎをしている。この安井孫右衛門が町野長門守の叔父だった。
「何故教えなんだ?着替えてしもうた。我が家の家人に会うのに大紋では可笑しいではないか」
致し方なく、忠三郎が再度着替え始める。
「は、何も聞かれませなんだゆえ…されど…叔父御に会うのであれば着替えていただくしかありませぬな。大紋では笑われましょう」
「…致し方ない」
この暑さの中、何度も着替える羽目になり、忠三郎は汗だくになった。
ようやく着替え終わり、ふうと息をついていると、また違う考えが浮かんでくる。
「家督を継いだわしが、もう一度、綿向神社に赴き、ご神託を授かった方がよいかもしれぬ」
「は、然様で…。では、支度をせねば…」
一体、安井孫右衛門に会うのはいつになることやら、と長門守がばたばたと支度を整えていると、にわかに侍女が現れた。
「若殿、茶菓子をお持ちしました」
「菓子?とは?頼んだ覚えはないが…」
不吉な気配を感じる。この気配はまさしく饅頭ではないだろうかと忠三郎が疑いの目を向けると、侍女がひどく怯えた顔をする。
「待て!それを迂闊にわしに近づけるな!」
忠三郎の鬼気迫る声色に、侍女はさらに怯える。
「若殿、そのような恐ろし気な顔をして、一体、何事で?」
何が起きたか分からない町野長門守は忠三郎と侍女を交互に見る。
「まさか…饅頭か?」
忠三郎が恐る恐る皿をのぞき込んで言うと、
「は、はい…然様でござりまするが…」
侍女のほうも、何が起きているのか分からない様子だ。忠三郎の眼の色が変わった。
「どこの間者であるか」
町野長門守は驚き、侍女の顔を見る。城の侍女であれば、忠三郎が何故か饅頭を食べられなくなったことを知っているはずだ。
「若殿。落ち着いてくだされ。この者は最近になって御台様付となった侍女。よもや間諜などということは…」
長門守がそう言うと、忠三郎の表情が元に戻った。
「然様か。それはすまぬことをした。雪の侍女であれば、知らぬであろう」
吹雪には饅頭が苦手とは話していない。取り越し苦労かと胸をなでおろしていると、侍女が平謝りに謝る。
「ご無礼をお許しくださりませ。御台様から申し付けられ、お持ちいたしました」
と神妙な顔で言った。取り繕うつもりで言ったことばが仇となっている。忠三郎の眼の色が再度変わった。
「その方、いらぬことを言うたな」
忠三郎は笑わずにはいられない。吹雪との夫婦仲は冷めきっている。今更、そんな気遣いをするはずがない。町野長門守は高笑いする忠三郎を横目で見ながら大真面目な顔で、
「では、そなた。それを食してみよ」
「それは…姫様が若殿のためにと…」
「よいから食してみよ」
長門守が言うのと侍女が懐から短刀を取り出し、忠三郎に向かって飛び掛かってくるのがほぼ同時だった。
忠三郎は素早く避けて、侍女の後ろに回り、足を払った。侍女がその場に倒れる。
「誰の命じゃ、答えよ」
忠三郎が静かに侍女に問うと、長門守が刀を抜く。
「饅頭ひとつで顔色変える臆病者めが!」
侍女はそう吐き捨てると、忠三郎に向かって何かを投げた。忠三郎が避けると、背後の屏風にあたって音をたてて床に落ち、辺り一面が煙に包まれる。
「何も見えませぬ!」
長門守がそう叫ぶ。煙が目に染みて、目を開けていられない。
「襖を開け放て」
襖を開けると外の風が入り、煙が少しずつ落ち着いてくる。ようやく目を開けられるようになると侍女の姿が消えていた。
「探し出して、どこの家のものか問うたほうがよいのでは?」
「いや。もう逃げておる。それよりも…このことは雪にも、誰にも話すな」
忠三郎は何事もなかったように、荒れた部屋を片付けはじめる。長門守は呆れた顔で、
「しかし、若殿。あれは吹雪様の侍女なれば…」
「雪は何も知らぬ」
見覚えのない顔だった。ずっと吹雪の傍にいたものではなく、安土から避難させてきた侍女の一人だろう。
「若殿、実を申しますると、綿向神社からご神託を持ち帰ったのが、あの侍女にござりまする」
「何?長門、その方ではないのか?」
「大殿から申し付けられ、綿向神社に向かおうとしておりました。されど、あの侍女が城下まで出た帰りに綿向神社に行ってくれるというたので、頼んだ次第にて」
「ではご神託は…」
すぐに町野長門守を綿向神社に向かわせ、神主に確認すると、案の定、真っ赤な嘘だった。
「北畠中将様を奉り、羽柴に加勢せよとのことにござりまする。これは予想外のことにて。如何いたしまする?」
長門守が困り切った顔をしているが、早々答えのでるものでもない。
(あの間者は一体…)
どこの者だろうか。安土からきたのであれば織田家の者だろうが、信雄なのか、信孝なのか、はたまた全く異なる別の家なのか。
忠三郎主従が頭を悩ませていると、ほどなくして、吹雪が顔色を変えて現れた。
「雪、久方ぶりではないか。如何した?」
吹雪が自分から姿を現したことなど、これまで一度もない。
「若殿。小侍従がおりませぬ」
忠三郎はハテ?という顔をしたあと、あの侍女のことかと気づいた。
「若殿がつまらぬことで腹をたて、お手打ちにされたと聞き及びました」
そんな話になっているのか…と忠三郎は驚き、
「いや、それは…」
「では小侍従はいずこへ?」
吹雪の両目に涙が浮かんでいるのがわかった。
「待て、雪…」
「若殿には血も涙もない」
忠三郎はなんとか落ち着かせようと、穏やかに話しをしようとするが、
「何を焦っておいでなのじゃ若殿は」
「少し落ち着いてわしの話を聞かぬか」
穏やかに話しかけるが、侍女を斬られたと思い込んでいる吹雪は取り付く島もない。
「なんの罪もない者をお手打ちになされて、それで、それで若殿のお気持ちは晴れまするか」
「そなたはわしを、そのようなつまらぬ漢と思うておるのか」
「若殿は己のことしかお考えではないのじゃ!」
城中に響くような大声を張り上げられ、忠三郎は辺りを伺い、
「ちと声が大きい。もう少し小さな声で…」
「苦手な饅頭を持ってきたと恐れおののき、お怒りになったというではありませぬか。まるで童のような言い草じゃ!」
誰がそんな根も葉もないことを言っているのかと、さすがの忠三郎も腹がたった。しかも、家人たちに聞こえるような大声で一番人に聞かれたくない話をされている。
「そこまでわしに恥をかかせたいか。わしが嫌いであれば、もはや無理強いはすまい。尾張なり、美濃なりへ帰ればよい」
最大限の譲歩のつもりだった。しかし吹雪に伝わる筈もない。吹雪はわなわなと拳を震わせて部屋を出て行った。
「若殿、これはとんだ誤解でござりまする。それがしが行って御台様に話を…」
町野長門守が声をかけるが、
「もうよい。やめておけ」
それよりもあの間者がどこの者だったのかが気にかかる。偽の神託の内容から鑑みるに
(北勢か)
神戸信孝の息がかかった者ではないだろうか。
「長門、酒を…」
「酒?されど、叔父御が広間で長々お待ち申し上げておりまするが」
「されば、数日、待たせよう」
「数日?さすがは若殿。柴田殿は首を長うしてお待ちかと存じまするが、まぁ、致し方ありませぬな」
常より牛に乗って歩いているような忠三郎に、素早い行動は難しい。町野長門守は致し方なく、叔父の待つ広間に顔を出して数日待ってくれるようにと話をすると、しぶしぶ酒を取りに行った。
大徳寺で信長の葬儀が執り行われたのは十月十五日。結局、三法師、信雄、信孝、織田家の面々は誰も出席せず、織田家家臣で参加したのは池田恒興と丹羽長秀の家臣のみ。そして、同月、勝家から秀吉に、清須での取り決めを破って山崎に城を築いたことを問いただす文書が送られ、反対に秀吉からは、信孝がいつまでも三法師を岐阜から手放さず、安土に移さないことを批判する文書が送られた。
「まさに一触即発。このままでは間違えなく、戦さになりましょう」
長島城広間に集まった重臣たちが口々にそう言うが、
(今は拙い)
越前が雪で閉ざされている。秀吉は勝家が動けないことが分かっていて葬儀を十月にしたのだろう。秀吉が岐阜に攻め入ったとしても勝家には援軍を送ることはできない。
「織田家中で争うなと、柴田修理、羽柴筑前の両名に文を出そう」
大した効果はないかもしれないが、勝家、秀吉、双方に他意がなければ、そう返事を返してくるのではないか。
「殿は未だ、どちらにつくか、お決めにならないので?」
家臣たちにはいささか、一益の打つ手が甘く見える。
「そのような文にどれほどの意味がありましょうや。殿。そろそろお心を決めてくださらねば…」
どう言われても決められない。決めてしまえば、七郎か葉月、どちらかを失うことになる。
一益が例のごとく黙り込むと、広間がまた、騒然となる。
「皆、そう短慮を起こすな。静まれ、静まれ」
義太夫が家臣たちを落ちつかせようとするが、皆、義太夫には目もくれず、己が主張を繰り返している。そんな中、三九郎が近づいてきた。
「父上。ちと、お人払いを…」
何か話したいことがあるようだ。
「義太夫、新介、彦八郎を残し、皆、下がれ」
連枝だけを残して、ほかの家臣を下がらせた。
「日野で異変が…」
「鶴か。如何いたした?」
「なにやら起きたらしく、吹雪殿の侍女を斬ったと」
「侍女を斬った?」
解せない。忠三郎の性格からして、意味なく侍女を斬るようなことはないのだが。
「まことの侍女で?どこぞの間者だったのでは…」
義太夫も解せないらしく、侍女を怪しんでいる。
「それはどこからの知らせで?」
忠三郎の傍にいる滝川助太郎からの情報であれば、真っ先に一益に知らせてくる筈だし、三九郎の正室、虎にはそんな芸はできない。
「それは…、章が知らせて参りました」
吹雪から話を聞いた章姫が、ともにいる母親の咲菜を使って知らせを送って来たようだ。
「咲菜はともかくとしても…三九郎、そなた、章に間諜のような真似をさせておるのか」
「いえ。それがしが何かを頼んだわけではありませぬ。章が勝手に…」
三九郎が言いよどむと、新介がいやいや、と首を振る。
「それはお止めしたほうがよろしいのでは?姫様にこれ以上のことをさせては、御身が危のうござりまする」
「されど、人の言うことをきくような女子でもあるまい」
章姫も伊勢に戻ろうと必死なのはわかるが、どうも感心しない。そんな一益の心中を察したかのように、義太夫がカハハと笑う。
「方々、ご案じめさるな。鶴には何があろうと姫様を咎めることはできますまいて」
「それは…なにゆえに?」
「それは、まだ起きぬ事柄、これから起きる事柄、一切を見通すこの義太夫の千里眼をもってすれば、わからぬことなどはありませぬ」
千里眼かどうかはともかく、章姫を半ば無理やり手元にとどめているのだから、義太夫の言う通りかもしれない。
義太夫はエヘンと咳払いして続ける。
「人が溺れやすいのは色と欲。特にあやつは酒と女子でござります。姫様を養子にするとか戯けたことをぬかしておると、藤十郎が言うておりました。まさか本気とは思われませぬが、それほどに姫様の色香に惑わされておるのであれば、早々、手荒な真似はせぬものかと」
広間に失笑の声が起り始めると、三九郎がムッとして
「義太夫、言葉が過ぎる」
「ハハッ。これはご無礼仕りました」
一益は二人の他愛もない会話を聞き流していたが、
「いずれにせよ、鶴の元には助太郎がおる。何かあれば助太郎が知らせてくる筈。これ以上、章を間者として使うな」
長島に両陣営の使者が訪れているように、日野にも加勢を求める使者が訪れているだろう。そろそろ忠三郎も結論を出す頃合い、いや、もう結論が出て、答えを持った使者が帰っているのかもしれない。
そしてその翌日。勝家の動きに対抗するかのように、今度は秀吉が、養子で信長の四男である羽柴秀勝をたて、京の大徳寺で信長の百箇日法要を執り行った。さらに秀吉が来月、大徳寺で信長の葬儀を行うという知らせが、噂のタヌキとムジナの巣窟である日野中野城に届いた。
「若殿。これは若殿に対し、故右大臣様の娘婿として、葬儀に来いと、そう言うておるのではありますまいか」
重臣の町野左近に指摘され、忠三郎はハテと首をかしげる。織田家中はいざしらず、他国の大名たちは、信長の葬儀を執り行なった者を信長の後継と思うのではないだろうか。
(織田家の方々や重臣たちを差し置いて、葬儀とは)
これは更に騒動が大きくなりそうだ。
(されど九月に百箇日法要を行ったというに、葬儀を十月にする意図は…)
越前北ノ庄にいる柴田勝家を意識してのことではないだろうか。十月ともなれば、越前は雪に閉ざされ、挙兵はできない。
(どうしたものか)
そろそろ去就を決めなければならない時期かもしれない。そう思っていると、父、賢秀に呼び出された。
「父上がわしを呼ぶなどと、滅多にないこと」
どう思う?と町野長門守を見るが、それは今後の蒲生家の行く末を決める話だろうことは、さすがの忠三郎も気づいている。
「父上、お呼びで」
折り目正しく部屋の前に座ると、静かに襖が開いた。
「こちらへ…」
短くそう言うと、賢秀は白銀の香炉に香炭を入れ、香筋《きょうじ》で灰をかき混ぜる。
「忠三郎。我が家に伝わるご先祖様の話、耳にしたことがあろう」
「それは…。はい。幼き頃にお爺様から聞き及びました」
知ってはいるが、父の前では口にしたことがない。
七百年前の蒲生家の先祖、俵藤太秀郷。今昔物語にも逸話の残る英雄だ。昔、祖父快幹は孫たちが集まると、書庫にある俵藤太絵巻なる絵巻物を何度も読み聞かせてくれた。
俵藤太秀郷が瀬田の唐橋で琵琶湖に住む龍神と出会う。龍神は、近江三上山に住む大ムカデに難儀しており、このムカデを退治してほしいと依頼する。秀郷は龍神の願いを聞き、大ムカデを退治する。龍神は喜び、金箔の鎧や太刀、絹、俵、鍋といった数々の財宝を授けてくれた。日野中野城の宝物蔵にはその時の弓矢が今も家宝として大切に保管されている。
ムカデ退治は近江近郊では有名な話だ。一益も義太夫も知っていて、義太夫などは、
『なんでもその龍神は女子であったとか。帰するところ、これは、女子の頼みを聞き届ければ、財宝を得られるという家訓であろう』
まことしやかにそう言ったので、この話の裏にはそんな教訓が隠されていたのかと感心した。
(にしても、父上は今になって何ゆえにわざわざ童に読み聞かせるような話を持ち出されたのか)
と考え、思い当たることがあった。
忠三郎の元にいる二人の信長の娘。吹雪と章姫。この姉妹に関わる話だろう。
「父上は…我が家に幸を与えるは、吹雪か、もしくは章姫じゃと、そう仰せで?」
もしくは女癖が悪いと叱られるのだろうか。しかしそれも可笑しな話。賢秀も快幹も忠三郎を咎めることはできないのではないか。祖父と父には一体、何人の側室がいたのか。正式に側室と認めた侍女は誰なのか、同じ城にいながら、忠三郎にもよくわかっていない。
あれやこれやと思い悩んでいると、やがて賢秀の炊いた香木の香りが漂うとともに、深いため息が聞こえてきた。
「父上、なにやらお疲れのご様子。如何なされました?」
忠三郎が心配そうに尋ねると、賢秀はしばらく黙っていたが、諦めたように口を開いた。
「その話ではない。そのあとの話じゃ」
どうも勘違いしたらしいと気づいた。いつもながら父との会話は噛み合わないことが多いと思いつつ、
「その後、とは?」
「その後、龍神の力を借り、王都を脅かす平将門を討った話じゃ」
「あ、その話でござりましたか」
失念していた。絵巻の話は俵藤太秀郷が財宝を得て終わりではなかった。俵藤太秀郷は財宝を得た後、龍神の力を借り、その頃、自らを新皇と名乗って謀反を起こした平将門を討ち取った。これにより俵藤太秀郷の勇名は天下に知れ渡ることになった。
「その話が何か?」
「我が家は未だに平将門に呪われておる。されどその一方では帝を守った功徳があるのもまた事実。それゆえに、我が家は代々、勇将と愚将が交互に続くのじゃ」
その話も聞いたことがある。そして、そんな昔話が起因しているのか、臆病者の賢秀に具足など不要。具足を売って風よけの衣を着たほうがよいと、下々の者がそう噂しているのを耳にした。そうでなくとも常日頃から日野の頑愚と巷で揶揄されている賢秀だ。
(父上は、己が呪われておると、そうお思いなのであろうか)
少なくとも、あの信長は、父を愚将とも、臆病者とも思っていなかったはずだ。だからこそ、安土城の留守居を任せたのではないか。そう言いたかったが、迂闊なことを口に出せば、父の誇りを傷つけてしまう。
「もはや争いごとに疲れた。そなたに家督を譲り、隠居する」
「父上、それは…」
困る、と言いそうになり口を閉じた。天下の情勢が揺れ動いている今、これからどうしていいのか決めかねているときに隠居されては困る。
(されど…)
目の前にいる父がとても小さく見えた。先ほどからため息ばかりついている。明智の軍勢を相手に籠城したのがよほど堪えたのか、信長とともに、賢秀の気力も奪われてしまったかのようだ。
「わしの当主としての最後の務めとして、綿向神社へ行き、今後の我が家の行く末について、ご神託を受けてきた」
馬見岡綿向神社は蒲生家の氏神だ。
「ご神託を?して、今後我らは如何にせよと?」
「恩義ある柴田殿に加勢し、織田三七殿をお守りせよとのことであった。柴田殿からは尽力を求むる使者が訪れておる。その方が当主として使者に会い、柴田殿に加勢する旨、伝えよ」
「柴田殿に。ハハッ」
賢秀は最後の仕事として、今後の方向性を指し示してくれた。
(よかった…)
家督を譲ると言われたときは、重くのしかかっていた責務が少し軽くなった気がした。
家督を継いだ最初の大仕事として柴田勝家の使者に会う。
「柴田殿の使者はどなたであろうか?」
柴田勝家の使者に会うともなると、正装に着替える必要がある。居間に戻って大紋に着替えていると、町野長門守がおや、と首を傾げ、
「叔父御でござりまするが…」
「叔父御?…誰かと思うていれば、我が家の安井孫右衛門か」
織田家に臣従したばかりのころ、蒲生家は勝家の与力だった。その名残で、今も柴田家には蒲生家家臣、安井孫右衛門が留まり両家の取次ぎをしている。この安井孫右衛門が町野長門守の叔父だった。
「何故教えなんだ?着替えてしもうた。我が家の家人に会うのに大紋では可笑しいではないか」
致し方なく、忠三郎が再度着替え始める。
「は、何も聞かれませなんだゆえ…されど…叔父御に会うのであれば着替えていただくしかありませぬな。大紋では笑われましょう」
「…致し方ない」
この暑さの中、何度も着替える羽目になり、忠三郎は汗だくになった。
ようやく着替え終わり、ふうと息をついていると、また違う考えが浮かんでくる。
「家督を継いだわしが、もう一度、綿向神社に赴き、ご神託を授かった方がよいかもしれぬ」
「は、然様で…。では、支度をせねば…」
一体、安井孫右衛門に会うのはいつになることやら、と長門守がばたばたと支度を整えていると、にわかに侍女が現れた。
「若殿、茶菓子をお持ちしました」
「菓子?とは?頼んだ覚えはないが…」
不吉な気配を感じる。この気配はまさしく饅頭ではないだろうかと忠三郎が疑いの目を向けると、侍女がひどく怯えた顔をする。
「待て!それを迂闊にわしに近づけるな!」
忠三郎の鬼気迫る声色に、侍女はさらに怯える。
「若殿、そのような恐ろし気な顔をして、一体、何事で?」
何が起きたか分からない町野長門守は忠三郎と侍女を交互に見る。
「まさか…饅頭か?」
忠三郎が恐る恐る皿をのぞき込んで言うと、
「は、はい…然様でござりまするが…」
侍女のほうも、何が起きているのか分からない様子だ。忠三郎の眼の色が変わった。
「どこの間者であるか」
町野長門守は驚き、侍女の顔を見る。城の侍女であれば、忠三郎が何故か饅頭を食べられなくなったことを知っているはずだ。
「若殿。落ち着いてくだされ。この者は最近になって御台様付となった侍女。よもや間諜などということは…」
長門守がそう言うと、忠三郎の表情が元に戻った。
「然様か。それはすまぬことをした。雪の侍女であれば、知らぬであろう」
吹雪には饅頭が苦手とは話していない。取り越し苦労かと胸をなでおろしていると、侍女が平謝りに謝る。
「ご無礼をお許しくださりませ。御台様から申し付けられ、お持ちいたしました」
と神妙な顔で言った。取り繕うつもりで言ったことばが仇となっている。忠三郎の眼の色が再度変わった。
「その方、いらぬことを言うたな」
忠三郎は笑わずにはいられない。吹雪との夫婦仲は冷めきっている。今更、そんな気遣いをするはずがない。町野長門守は高笑いする忠三郎を横目で見ながら大真面目な顔で、
「では、そなた。それを食してみよ」
「それは…姫様が若殿のためにと…」
「よいから食してみよ」
長門守が言うのと侍女が懐から短刀を取り出し、忠三郎に向かって飛び掛かってくるのがほぼ同時だった。
忠三郎は素早く避けて、侍女の後ろに回り、足を払った。侍女がその場に倒れる。
「誰の命じゃ、答えよ」
忠三郎が静かに侍女に問うと、長門守が刀を抜く。
「饅頭ひとつで顔色変える臆病者めが!」
侍女はそう吐き捨てると、忠三郎に向かって何かを投げた。忠三郎が避けると、背後の屏風にあたって音をたてて床に落ち、辺り一面が煙に包まれる。
「何も見えませぬ!」
長門守がそう叫ぶ。煙が目に染みて、目を開けていられない。
「襖を開け放て」
襖を開けると外の風が入り、煙が少しずつ落ち着いてくる。ようやく目を開けられるようになると侍女の姿が消えていた。
「探し出して、どこの家のものか問うたほうがよいのでは?」
「いや。もう逃げておる。それよりも…このことは雪にも、誰にも話すな」
忠三郎は何事もなかったように、荒れた部屋を片付けはじめる。長門守は呆れた顔で、
「しかし、若殿。あれは吹雪様の侍女なれば…」
「雪は何も知らぬ」
見覚えのない顔だった。ずっと吹雪の傍にいたものではなく、安土から避難させてきた侍女の一人だろう。
「若殿、実を申しますると、綿向神社からご神託を持ち帰ったのが、あの侍女にござりまする」
「何?長門、その方ではないのか?」
「大殿から申し付けられ、綿向神社に向かおうとしておりました。されど、あの侍女が城下まで出た帰りに綿向神社に行ってくれるというたので、頼んだ次第にて」
「ではご神託は…」
すぐに町野長門守を綿向神社に向かわせ、神主に確認すると、案の定、真っ赤な嘘だった。
「北畠中将様を奉り、羽柴に加勢せよとのことにござりまする。これは予想外のことにて。如何いたしまする?」
長門守が困り切った顔をしているが、早々答えのでるものでもない。
(あの間者は一体…)
どこの者だろうか。安土からきたのであれば織田家の者だろうが、信雄なのか、信孝なのか、はたまた全く異なる別の家なのか。
忠三郎主従が頭を悩ませていると、ほどなくして、吹雪が顔色を変えて現れた。
「雪、久方ぶりではないか。如何した?」
吹雪が自分から姿を現したことなど、これまで一度もない。
「若殿。小侍従がおりませぬ」
忠三郎はハテ?という顔をしたあと、あの侍女のことかと気づいた。
「若殿がつまらぬことで腹をたて、お手打ちにされたと聞き及びました」
そんな話になっているのか…と忠三郎は驚き、
「いや、それは…」
「では小侍従はいずこへ?」
吹雪の両目に涙が浮かんでいるのがわかった。
「待て、雪…」
「若殿には血も涙もない」
忠三郎はなんとか落ち着かせようと、穏やかに話しをしようとするが、
「何を焦っておいでなのじゃ若殿は」
「少し落ち着いてわしの話を聞かぬか」
穏やかに話しかけるが、侍女を斬られたと思い込んでいる吹雪は取り付く島もない。
「なんの罪もない者をお手打ちになされて、それで、それで若殿のお気持ちは晴れまするか」
「そなたはわしを、そのようなつまらぬ漢と思うておるのか」
「若殿は己のことしかお考えではないのじゃ!」
城中に響くような大声を張り上げられ、忠三郎は辺りを伺い、
「ちと声が大きい。もう少し小さな声で…」
「苦手な饅頭を持ってきたと恐れおののき、お怒りになったというではありませぬか。まるで童のような言い草じゃ!」
誰がそんな根も葉もないことを言っているのかと、さすがの忠三郎も腹がたった。しかも、家人たちに聞こえるような大声で一番人に聞かれたくない話をされている。
「そこまでわしに恥をかかせたいか。わしが嫌いであれば、もはや無理強いはすまい。尾張なり、美濃なりへ帰ればよい」
最大限の譲歩のつもりだった。しかし吹雪に伝わる筈もない。吹雪はわなわなと拳を震わせて部屋を出て行った。
「若殿、これはとんだ誤解でござりまする。それがしが行って御台様に話を…」
町野長門守が声をかけるが、
「もうよい。やめておけ」
それよりもあの間者がどこの者だったのかが気にかかる。偽の神託の内容から鑑みるに
(北勢か)
神戸信孝の息がかかった者ではないだろうか。
「長門、酒を…」
「酒?されど、叔父御が広間で長々お待ち申し上げておりまするが」
「されば、数日、待たせよう」
「数日?さすがは若殿。柴田殿は首を長うしてお待ちかと存じまするが、まぁ、致し方ありませぬな」
常より牛に乗って歩いているような忠三郎に、素早い行動は難しい。町野長門守は致し方なく、叔父の待つ広間に顔を出して数日待ってくれるようにと話をすると、しぶしぶ酒を取りに行った。
大徳寺で信長の葬儀が執り行われたのは十月十五日。結局、三法師、信雄、信孝、織田家の面々は誰も出席せず、織田家家臣で参加したのは池田恒興と丹羽長秀の家臣のみ。そして、同月、勝家から秀吉に、清須での取り決めを破って山崎に城を築いたことを問いただす文書が送られ、反対に秀吉からは、信孝がいつまでも三法師を岐阜から手放さず、安土に移さないことを批判する文書が送られた。
「まさに一触即発。このままでは間違えなく、戦さになりましょう」
長島城広間に集まった重臣たちが口々にそう言うが、
(今は拙い)
越前が雪で閉ざされている。秀吉は勝家が動けないことが分かっていて葬儀を十月にしたのだろう。秀吉が岐阜に攻め入ったとしても勝家には援軍を送ることはできない。
「織田家中で争うなと、柴田修理、羽柴筑前の両名に文を出そう」
大した効果はないかもしれないが、勝家、秀吉、双方に他意がなければ、そう返事を返してくるのではないか。
「殿は未だ、どちらにつくか、お決めにならないので?」
家臣たちにはいささか、一益の打つ手が甘く見える。
「そのような文にどれほどの意味がありましょうや。殿。そろそろお心を決めてくださらねば…」
どう言われても決められない。決めてしまえば、七郎か葉月、どちらかを失うことになる。
一益が例のごとく黙り込むと、広間がまた、騒然となる。
「皆、そう短慮を起こすな。静まれ、静まれ」
義太夫が家臣たちを落ちつかせようとするが、皆、義太夫には目もくれず、己が主張を繰り返している。そんな中、三九郎が近づいてきた。
「父上。ちと、お人払いを…」
何か話したいことがあるようだ。
「義太夫、新介、彦八郎を残し、皆、下がれ」
連枝だけを残して、ほかの家臣を下がらせた。
「日野で異変が…」
「鶴か。如何いたした?」
「なにやら起きたらしく、吹雪殿の侍女を斬ったと」
「侍女を斬った?」
解せない。忠三郎の性格からして、意味なく侍女を斬るようなことはないのだが。
「まことの侍女で?どこぞの間者だったのでは…」
義太夫も解せないらしく、侍女を怪しんでいる。
「それはどこからの知らせで?」
忠三郎の傍にいる滝川助太郎からの情報であれば、真っ先に一益に知らせてくる筈だし、三九郎の正室、虎にはそんな芸はできない。
「それは…、章が知らせて参りました」
吹雪から話を聞いた章姫が、ともにいる母親の咲菜を使って知らせを送って来たようだ。
「咲菜はともかくとしても…三九郎、そなた、章に間諜のような真似をさせておるのか」
「いえ。それがしが何かを頼んだわけではありませぬ。章が勝手に…」
三九郎が言いよどむと、新介がいやいや、と首を振る。
「それはお止めしたほうがよろしいのでは?姫様にこれ以上のことをさせては、御身が危のうござりまする」
「されど、人の言うことをきくような女子でもあるまい」
章姫も伊勢に戻ろうと必死なのはわかるが、どうも感心しない。そんな一益の心中を察したかのように、義太夫がカハハと笑う。
「方々、ご案じめさるな。鶴には何があろうと姫様を咎めることはできますまいて」
「それは…なにゆえに?」
「それは、まだ起きぬ事柄、これから起きる事柄、一切を見通すこの義太夫の千里眼をもってすれば、わからぬことなどはありませぬ」
千里眼かどうかはともかく、章姫を半ば無理やり手元にとどめているのだから、義太夫の言う通りかもしれない。
義太夫はエヘンと咳払いして続ける。
「人が溺れやすいのは色と欲。特にあやつは酒と女子でござります。姫様を養子にするとか戯けたことをぬかしておると、藤十郎が言うておりました。まさか本気とは思われませぬが、それほどに姫様の色香に惑わされておるのであれば、早々、手荒な真似はせぬものかと」
広間に失笑の声が起り始めると、三九郎がムッとして
「義太夫、言葉が過ぎる」
「ハハッ。これはご無礼仕りました」
一益は二人の他愛もない会話を聞き流していたが、
「いずれにせよ、鶴の元には助太郎がおる。何かあれば助太郎が知らせてくる筈。これ以上、章を間者として使うな」
長島に両陣営の使者が訪れているように、日野にも加勢を求める使者が訪れているだろう。そろそろ忠三郎も結論を出す頃合い、いや、もう結論が出て、答えを持った使者が帰っているのかもしれない。
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