獅子の末裔

卯花月影

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4.伊勢長島

4-2. 忍び寄る影

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 近江の国。もともとは琵琶湖を淡海あはうみと呼び、淡海あはうみ国と呼ばれていたのがいつしか近江に変わったという。
飛鳥の頃、藤原武智麻呂ふじわらのむちまろ

『近江は宇宙の名地、地広く人衆《ひとおお》く、国は富み、家は給《た》りている。水海清く、そして広い』

 と、この国を絶賛している。
 山々に囲まれた琵琶湖は近江全体の六分の一の広さがあり、それらの山々から流れる川は四百を超えるという。その一つが鈴鹿山脈から流れる日野川だ。

 綿向山と、その裾野に広がる日野の至る所で清らかな水が湧き出ている。このため、古来よりこの辺りは稲作を中心とした農耕が盛んだった。
「この地は同じ近江といえども甲賀とは比較にならぬほど豊かな地とか。にしても、これほど見事な水田が広がっておるとは」
 春を迎えた江南の地は、見渡す限り広がる青々とした稲が、風にそよいでいる。水面には空の青さが映り込み、遠くには山々が静かに佇む。この景色は、まるで一枚の絵のようだ。

 田の美しさとその背後にある無数の労苦に義太夫が感心してため息をつく。一益はそんな義太夫の姿を見て、微笑みながら、信楽院の傍にある庵に入っていった。
「まこと、左近様じゃ」
 迎えに出てきた町野左近が狐につままれたような顔をして滝川主従に駆け寄った。

「おぉ、町野殿。鶴はもう中におるのか?」
「はい。朝からお待ちで」
「朝から?」
 昼過ぎには来ると伝えていたが、朝からとは。
(相変わらず、ようわからぬやつ)
 義太夫はそう思いつつも庵の扉を開ける。
「義太夫。何故、かように入り口が小さいのじゃ」
「どうも、今、流行りの茶室なるものと思われまする」

 これでは刀を腰に差したまま中に入ることができない。致し方なく、一益が刀を手に持ち、身をかがめ、入口に身体をぶつけながらどうにか中へと入ると、忠三郎が炉に火を入れているところだった。
「義兄上…」
 忠三郎が嬉しそうな笑顔を見せる。久しぶりに一益に会えると聞いて、楽しみに待っていたのだ。
「鶴、もう少し入り口を大きゅうしてくれねば、殿が難儀しておられるわい」
 義太夫が苦言を呈すると、忠三郎は顔をあげ、
「それは…」
 と説明しようとして、二人が刀をもって入ってきたことに気付いた。

(体がつかえたのは、そうした訳か)
 茶室に刀を持って入ることは想定されていない。外に刀掛があった筈だが、町野左近が伝え忘れたようだ。
「では義兄上のために裏口を用意せねばなりませぬな」
 忠三郎が笑ってそういうと、一益はそれには答えず、床の間に飾っておいた掛け軸を見ている。

帰家穏座きかおんざ
 帰るべきところに帰る安らぎを意味する禅語だ。戦さを終え、日野に戻ったときが一番心安らぐ。
「そなたにとっては生まれ育ったこの地が帰るべきところか」
 改めてそう言われると気恥ずかしくなるが、一益の言うとおりだった。
「どこにいても、この地に帰ることを考えておりまする」
 岐阜にいたときもそうだった。元服した今も、故国を思う気持ちは変わらない。
「青地駿河の葬儀は済んだか?」
 忠三郎は叔父の葬儀から三か月たってもまだ、鈍色にびいろの着物を着ている。忠三郎は弱弱しく笑って頷く。

「にしても、蒲生家では喪の色は白ではないのか?」
 義太夫が物珍しげに忠三郎の小袖を見た。喪の色は古来、白だ。平安後期に貴人の間で白から薄墨色へ変わったというが、室町期、武家では禅宗の影響により白直垂か、白小袖を着るようになった。その一方で、公家の間では喪が重いほど濃い色の服を着る習慣が続いていた。

「駿河守の子の後見は?」
「佐久間殿と明智殿が。特に明智殿は千代寿に、父とも思って頼るようにと声をかけてくださり、格別親切に…」
「親切か」
 一益は眉一つ動かさず、もの言いたげにそういった。

「それは…如何なることで?」
 明智光秀の思わぬ気づかいに、青地千代寿は目に涙を浮かべて喜んでいた。 忠三郎も千代寿の嬉しそうな顔を見て、ほっとしたのを覚えている。
「上様は、森三左の代わりに明智十兵衛を宇佐山に置こうとしておるやもしれぬ」

 信長の意向を察した光秀が、宇佐山近くを領する青地家と誼を通じておこうとしているのだろう、と一益はそう言う。
「確かにそれはそうかもしれませぬが…」
 純粋に明智光秀の心遣いが嬉しかっただけに、水を差されたような気がした。
(義兄上は無骨すぎる)
 言われてみれば一益の読みに誤りがないことは分かる。しかし、あまりに冷えた目で物事を捉えすぎているような気がする。

(義兄上らしいといえば、義兄上らしいが)
 忠三郎は苦笑いして、
「滝川家中の者たちは今、いずこにおるので?」
「桑名落城から散り散りになってはいたが、蟹江城に皆を集めた」

 そして今年の二月。蟹江から兵を挙げ、加路戸輪中にある加路戸砦を攻めたが、一揆勢の抵抗が激しく、撤退したという。
輪中わじゅう?」
 忠三郎が義太夫を見る。
「おぉ、そうか。鶴は知らぬか」
 濃尾に住む者であれば、知らぬものはいない。

 濃尾平野を流れる木曽川・長良川・揖斐川。この三つの大川は木曽三川と呼ばれている。
 木曽三川の下流域は大川が合流し、また分かれて流れ、いくつもの小さな島のような地帯が広がっている。雨期になると洪水に見舞われるため、集落を守るために土を盛り、堤防が設けられた。

 この一帯が輪の中を意味する輪中と呼ばれ、長島願証寺のある長島輪中は、輪中の中でも最大の面積を誇る。
「攻め込むには船がいる。伊勢の海賊衆を味方につけ、船に兵を乗せて輪中に乗り込まねば、戦うことは叶うまい」
「船に兵を…」
 想像もつかない。万を超える一揆勢と対等に戦うほどの兵を運ぶとしたら、どれほどの船を用意したらいいのだろうか。一向宗の門徒たちが長島という天然の要害を選んだ理由が分かった。

「我等だけでは手の打ちようがない。それゆえ、上様のご出馬を願った」
「では、次の戦さは伊勢になると?」
「然様。此度の戦は上様の弟・織田彦七郎殿の弔い合戦となる。美濃・尾張はもとより、近江衆にも命が下るであろう。抜かりなく、戦さ支度を整えておけ」

 一益は立ち上がり、外へ出ようとして、思い出したように振り返った。
「言い忘れたが、わしのことは何も案じるな。敵に討たれるようなことはない」
 そういうと、早々と茶室から出て行ってしまった。戸の外に広がる夕暮れの光が、背中に淡く差し込むが、その姿はどこか冷たく、距離を感じさせる。

(なんとも冷たい物言いじゃ…)
 温もりも余韻も感じられないその一言に、居残った者は返事をする間もなく、ただ後ろ姿を見送るしかない。
 久しぶりに会ったというのに、気遣うような言葉のひとつもかけてはくれなかった。
 忠三郎が返す言葉もなく立ち尽くしていると、義太夫が気づいて笑う。

「おぬしが過度に危惧せぬようにと、殿はそう気遣っておられるのじゃ。まぁ、ちと言葉足らずとは思うが、これからの戦さはますます激しさを増していく。おぬしに情け深い言葉をかけたくても、今の状況ではそれもままならぬと、そうお考えなのであろう」

 そうだろうか。あの冷たい態度からは、そんな心遣いは一片も垣間見ることはできないかった。
「とてもそうは思えぬ。今の義兄上は、わしのことよりも一向衆との戦さのことで頭がいっぱいなのではないか」
 忠三郎が不満げにそういうと、義太夫は笑って、
「わしの目には、叔父を失って気落ちしているおぬしに、殿は殿なりに気遣っておられたように見えたがのう。それに…」
「それに?」
「わしが大鉄砲を取りに来た日、鶴が袖を濡らしてわしを殴ってきたと話したら、殿は急に日野に行くと仰せになった」

 忠三郎はエッと驚き、
「ではもしや…今日はわしに会うためだけに、わざわざここまで…」
「そうじゃ。それに付き合わされ、我等は難儀な目におうておる…。と、拙い。早う行かねば殿に置いて行かれる」
 義太夫があわてて刀を手に、外に出ていく。
「一大事じゃ!殿のお姿が見えぬ!置いていかれた!」
 外から義太夫の叫ぶ声が聞こえてきた。

(義兄上…)
 それにしても無骨すぎる。あれでは全くわからない。無性に可笑しくなって笑っていると、なおも義太夫の叫び声が聞こえてくる。
「鶴!かように世が乱れておるというに、道中、野盗にでも襲われたらどうしてくれるのじゃ!」
 一益が主。義太夫は主を守る従者の筈だが、その義太夫が一益を用心棒代わりにしているとは。
 致し方なく、誰か供をつけてやろうかと外に出てみると、すでに義太夫の姿も消えていた。
(…にしても、次は長島の一向宗を相手に戦さとは)
 一益が戦いを挑んで撤退しているのであれば、義太夫の言う通り、これからの戦さは厳しいものになる。迫り来る戦さを前に、戸の隙間から吹き込む冷気を感じつつも、内に燃える緊張と覚悟を抱えた。

 この二月、信長は浅井領である江北の佐和山城を抑えた。これで江州の動乱は治まったといっていい。一益の言う通り、次の戦場は伊勢になると思われた。

 忠三郎は寄親よりおやの柴田勝家に呼ばれ、東山道の宿場町であり、八風街道の起点・武佐にほど近い長光寺城へと向かった。長光寺城はかつての六角氏の居城・観音寺城にも近い支城として築かれた城で、日野の城下を日野川沿いに進むとある。

 低い山の尾根に沿って堀や石垣があった。何度も甲賀から下りてきた六角親子に攻め込まれているので勝家が築かせたものだろう。山の頂には本丸館があり、東山道や八風街道、そして綿向山が見えた。

「忠三郎殿。ようお越しくだされた」
 広間に通されると、勝家が正面に座っていた。左右を見ても勝家の家来と思しき家人しか見えない。
(江南の者が皆、呼ばれているかと思うていたが…)
 どうも呼ばれたのは忠三郎一人らしい。平静を装いつつも、何を言われるのかと緊張してくる。
 織田家の宿老・柴田勝家。飾りも柔らかさもない。ただひたすら実直で、まっすぐな性格はその一挙手一投足にも表れる。

「まもなく長島攻めの陣振れがでる。江南衆にも出陣してもらうこととなろう」
 やはりそのことか。一益の言っていた通りだと思っていると、
「されど、伊勢に攻め入るにあたり、いささか気がかりなことがある」
 何だろうか。まさか祖父のことではないだろうかと不安がよぎる。すると勝家は、忠三郎の心配とは全く異なる話をはじめた。

「どうも上様や滝川左近は北勢の者どもに恨まれておるようでな」
 勝家は笑いもせずにそう言った。
 そうかもしれない。先年の伊勢侵攻で、従わない者は皆、火攻めにあったと聞いている。賢秀の妹を娶っている神戸蔵人、関盛信、そしてお桐の弟・千種三郎左は皆、一益に攻め寄せられ、力づくで従わされたというから恨んでいても不思議はない。

 忠三郎が一言も返せないでいると、勝家はいかめしい顔付をして話を続ける。
「昨年、小木江、桑名が一向衆に奪われた折、北勢の国人の中で一揆に加担したものがおるようじゃ」
 勝家が言いたいことが分かってきた。
(叔父上たちが一揆に加担したと、そうお疑いなのであろうか)

「それはどなたからの情報で?」
「滝川左近じゃ」
 先日会った時、一益はそんなことは一言も言わなかった。しかし誰よりも伊勢の情勢に詳しい一益が言っているのであれば、根も葉もないうわさでは済まされない。
「よもや、おぬしの叔父御が密かに願証寺に通じておるなどということは、なかろうな」
「そのようなことは決してござりませぬ」

 かろうじて否定したが、自信がない。快幹は叔父たちが織田家を恨んでいることをよく知っていただろう。もしや祖父が叔父たちを背後で操っているとしたら…。
(お爺様であればやりかねない)
 そうは思ったがここで動揺してはますます勝家に疑われてしまう。勝家が疑っているということはすなわち、信長が疑っているということだ。

「であればよいが…」
 勝家は信じただろうか。いや、この程度の会話で疑いが晴れるわけがない。
「上様の三男、三七様が養子に入った神戸家。ここは元々はおぬしの従弟、関勝蔵が神戸家の娘を娶って養子入りすることになっていたというではないか」
 関勝蔵は関盛信と快幹の娘との間に生まれた関家の三男だ。勝家の言う通り、男子のいない神戸蔵人の娘を娶り、神戸家の家督を継ぐことになっていた。ところがそこへ一益が現れ、織田家が勢力を伸ばしてきた。

 一益は北勢を治めるため、神戸蔵人の娘を信長の三男・三七丸に嫁がせ、三七丸に家督を譲るようにと話を進めた。よく言えば和睦案ではあるが、実質、強制に近く、断れば神戸も関も滅ぼされる。神戸蔵人は家格が違うと難色を示したらしいが、最終的にはこれを受け入れ、神戸、関ともに織田家に屈した経緯がある。

「されど、未だ神戸も関も、神戸家の跡目を三七様ではなく、関勝蔵なるものに継がせようとしているらしい」
「それは…まことのことで?」
 何も知らされていない。叔父たちがそんなことを画策していたとは。しかしそれも不思議ではない。
 祖父も、そして叔父たちも、事あるごとに家格にこだわる。桓武平氏の末と言われる関家。そして関家の分家にあたる神戸家はどちらも伊勢の名家だ。

 斯波氏の家臣だった織田家の、しかも分家にあたる信長の三男に家を継がせるのが嫌なのだろう。
「真偽のほどは分からぬが、まことであれば一大事。わしは二心なき旨を示すため勝蔵を人質として差し出させてはどうかと進言したが…」
「勝蔵を人質に…」
「滝川左近は、そこまでする必要はないと、そう言うた」
 一益は関家を信用しているのだろうか。

「何につけ、左近は甘いところがある。あの義太夫とかいうひょうげた者を野放しにしておるのも、わしにはどうにも解せぬ」
 その部分だけは勝家に同感できる。一益は家臣を手討ちにしたことがないという話だが、義太夫がこそこそと蟹江城下に住む娘に手を出したり、こっそりと来客用の酒を飲んでいるのを知っている筈なのに、取沙汰する素振りも見せない。

「おぬしにもそうであろう?」
 俄かに矛先が向けられ、忠三郎はエッと顔をあげ、
「それがしに、でござりまするか?」
「然様。此度のこともそうじゃ。わしは忠三郎殿を呼び、真偽のほどを確かめた上、蒲生家に関・神戸の両家を見張るように申しつけたほうがよいと、そう言うたが、これも左近は、その必要はないというて退けた」

 本来であれば勝家の言うことが正論だ。しかし一益はそれをしなかった。父の賢秀は病みがちであり、未だ十六歳の忠三郎にそこまでの責を負わせることはできないと、そう考えたのだろう。

(義兄上…)
 庵で見せた冷淡な態度を思い出した。誰に対しても傲岸な態度を崩さず、ひとたび戦さとなると仮借なく敵を討ち滅ぼす猛将は、無骨で不器用ながらも、いつも忠三郎のことを思ってくれているような気がする。

「されど戦さを控え、そのような手ぬるいことは言うてはおられぬ。左近ができぬとあらば、わしがやるしかあるまい。関盛信に命じ、勝蔵を差し出すようにと命じておる」
 やはりそうなるのか。この状況では、叔父は従わざるを得ないだろう。
「それゆえ、忠三郎殿。関・神戸両家をしっかりと見張っておいていただきたい」
「ハハッ」
 と返事はしたものの、重責だ。縁戚とはいえ、峠の向こうにいる叔父たちを、どうやって見張れと言うのか。

「忠三郎殿。今宵はゆるりとしていかれるがよい。酒肴の支度をさせよう」
「これは有難き幸せ」
 おかしなボロが出る前に帰りたかったが、断るわけにもいかない。忠三郎は諦めて笑顔を返した。
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