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第7話 ハマユウ

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「魔王様。大変申し訳ございませんでした! 
 すぐにあの者たちを捕獲の上、献上致しますので、何卒ご容赦を!」
 エルフの大神官が、全身汗びっしょりになりながら、魔王キングに詫びている。 

 しかし、同行していた兵士達に二人を追いかけさせてはいるものの、あのマジラニカント相手では、すんなりと連れ戻せない様にも感じている。
 ともかく、ここはなんとか納得してもらわないと、自分がキングの腹の中に入るはめになりかねないのだ。

『ぐうーーーー』
 大きな腹の虫は、キングのものだ。

「おーい大神官。君、何してくれちゃってるのかなー。
 この腹の虫、どうしてくれるの?」
「……はい。兵士共が必ずや勇者を……」
「じゃ、あと五分ね……」

 …………

「申し上げます!」
 五分のタイムリミットギリギリで、兵達の司令官が戻って来た。

「勇者とマジラニカントは、すでに川を渡って、森の奥に逃げた模様です。
 捜索にはあと一昼夜ほどの御猶予を何卒!」
「なんですとーー!」大神官が素っ頓狂な声を上げる。
「……あの……魔王様……いかがいたしましょう……」

「あーあ、ったく……。これ、君の責任だからね。
 とはいっても、君、本当にまずそうだし……他の兵士達も同様だし……。
 執事長。仕方ないから、下働きから一人連れてきて。
 ったく……それで、大神官さんよ。
 逃げた奴でも替わりの奴でも誰でもいいんで、いつまでに勇者用意出来るの?」

「あ、はい! 逃げた勇者の捜索は継続致しますが、新たな勇者も、召喚だけなら二週間以内には……」
「うーん、まあいいか。
 熟成期間がないとちょっと肉質が落ちるかもだけど、新たに呼ぶ方が確実かな。
 じゃあ、期限は十日ね。それ過ぎたら君たち餓死決定ね」
「はい。かしこまりました。必ずや十日以内に勇者を連れて参ります!」

 そこへ、執事長が、十代半ば位の、犬型獣人と思われる少女を連れて部屋に入ってきた。首に大きな鉄の輪がはめられており、奴隷なのだと大神官は理解した。

「魔王様。この者ではいかがでしょうか」執事長が言う。

「ふーん。肉付きはまあまあだな。
 まあ、うちは奴隷でも腹いっぱい食べさせているからね。
 それで、君。なんでここに呼ばれたか……分かってるよね?」

 連れてこられた獣人少女は怯え切ってはいるが、しっかりとした口調で答えた。
「はい……魔王様。これで、私の妹は救われます!」

「うん。こうなったのは、そもそも、そこにいる馬鹿エルフ達と逃げた勇者のせいなんで、恨むならそっちを恨んでね。
 ちなみに、君と君の家族の名前教えてちょうだい」
「私はハマユウ。そして、スズランという妹が一人。
 こちらで下働きさせていただいています」
「分かった。
 スズランちゃんには、十分な報償を与えて、奴隷から解放してあげよう。
 それじゃ……」

 そう言いながら、キングはハマユウを両手で抱きしめ、エルフ達が見ている目の前で、空腹を満たすべく食事を始めた。

 ◇◇◇

 大神官は、逃げた勇者捜索用の兵を残し、王城への帰途にあった。
 だが、目の前であんな光景を見せられては、当分食事も喉を通りそうにない。

「大神官様。替わりの勇者は、すぐに召喚出来るでしょうか?」
「バカモン! やるしかなかろう! マジラニカントがそうそう簡単に捕まるとは思えんし……どんな手を使ってでも、また人間のメスを釣りあげないと」
「それでは、戻り次第、魔導士に総動員をかけます」
「うむ。勇者誘因剤も増量せねばな」

 くそ、それにしても勇者ヤミーとマジラニカント。お前達は決して許さん!
 私のプライドにかけて追い詰めてやる。

 大神官は、心の中で固く誓った。

 ◇◇◇

 ◇◇◇

 どうしてこんな事になってしまったんだろう……。

 魔王城の門を出て、後ろを振り返った時、獣人少女スズランは涙が止まらなかった。昨日、仕事で山菜採りに出かけていて、帰ってみたら姉のハマユウがいなかった。いや、正確には魔王の食事として、すでに奴の腹の中だった。

 幼い頃、姉妹で奴隷商に売られた。獣人はこの魔族の国の中でも地位と身分が低く、生活に困って親兄弟や子供を売ったり、家族の為に自ら奴隷となるケースはざらであり、特に珍しい事ではなかった。
 そして、雇い主が決まっても奴隷は奴隷。その命は有って無い様なものなのだが、私達は魔王城の下働きとして迎えられた。

 そして魔王城に入った初日に、ここのルールを説明された。
 
 自分達は、魔王様のお食事の材料である事。
 ただし、無条件に喰われるという事ではなく、それなりの対価が用意される事。 
 そして、その日までは十分な食事と運動、睡眠が与えられる事。言ってしまえば、家畜と変わらないのだが、魔王様は、エルフが献上する人間の勇者を食べると、しばらくは食人しなくて済むため、実際に奴隷の獣人が魔王様の腹の中に入る事は、滅多になかった。

 それなのに……。

 ◇◇◇

「君が、スズランちゃんか。
 慰めは言わないよ。最初からの約束だからね。
 君のお姉さんは、はっきり言って、とてもうまかった! 
 下手したら、前回食べた勇者より、油が乗っていたかもしれない……。
 それで……これ。お姉さんが君に残したお金。奴隷の首輪も外してあげよう。
 これで、もう君は自由だ。お姉さんの分まで、人生を楽しみたまえ」

「あの……魔王様。どうして姉が食べられないとならなかったのでしょうか……。
 聞いた話ですと、エルフが連れてきた勇者が逃げたとか……」
「うん。そうなんだよ。一番いいタイミングで食べようと思って空腹を我慢してたのに、目の前で逃げられてさ。それで、もう我慢の限界だったもので、急遽君のお姉さんをいただいた訳なんだ」

「……それで……その勇者は捕まったんですか?」
「いや。馬鹿エルフ達が血眼になって探しているようだけど……一緒に逃げてる側付きが結構腕利きらしくて……それで、西の森に入り込んだから、なかなか捕まらないかもね」

「教えて下さい! その勇者は何という名前でしたか?」
「あー。ヤミー……そう勇者ヤミーだ。
 でも側付きはミドリとか言ってたっけ……」
「有難う御座いました……それでは、これで失礼させていただきます……」

 ◇◇◇

 魔王にいつか食べられるかも知れない運命は、頭の中では分かっていた。
 でも……なんでそれが今なの?
 勇者ヤミー……。
 そいつさえ逃げなければ、私はもっとお姉ちゃんに甘えられたのに……。

 スズランも突然自由の身になったものの、何をしていいかも分からない。
 でも、確実な事が一つ。

 勇者ヤミー。絶対、許さない。
 
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