忠犬ハジッコ

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第十七話 澄子の元へ

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「……いってててて……あれ、ここは?」
 ハジッコ達が夜桜の幽世に突入してからしばらくして、虎之助が目を覚ました。
 周りを見ると、希来里が倒れていて、その脇に、ぼーっと光っているものが落ちている。虎之助はあわてて希来里をするが何も反応がない……というか、呼吸も止まってないか!? 慌ててスマホを見るが圏外だ。それに……
「そうだ! 澄子は? ビスマルクは? くそ、一体何が……いや、あわてるな! よく考えろ。思い出せ。何があった?」
 最初は頭がぼーっとして思考がまとまらなかったが、だんだん記憶が戻って来た。
「そうだ! 夜桜!! スミは希来里が夜桜にあやつられていたって……」
 そして倒れた希来里の脇にある箱の中でぼーっと光っている手鏡が目に入った。

「これは……手鏡? 夜桜は付喪神つくもがみだって事だとすると……こいつが夜桜なのか?」
 そう言いながら、虎之助は箱に手を伸ばすが、一瞬思いとどまった。
「いや、迂闊うかつに触らないほうがいいかな。だが、もし希来里が魂をこいつに吸われちまったんだとすると……壊しちまったほうがいいのかな」
 そして、やはりとりあえず手に取ってみようと、手鏡を箱から出した瞬間。

 虎之助のまわりの空間そのものがぐにゃりと曲がり、そのまま大きなうずをなしてまわりを巻き込みながら、虎之助も希来里の肉体も、そして手鏡を封印ふういんしていた箱さえも……まとめて手鏡の中に吸い込まれてしまい、暗い山中に手鏡だけがポツンと残された。

 ◇◇◇

「きゃっ!?」突然、まつりが頓狂とんきょうな声をあげた。
 豊川も憮然ぶぜんとした顔をしている。
「封印。破られましたね……それに結界も。一体何が?」
「何がじゃないわよ。誰かが無作法に封印解いたから、私の結界まで巻き込まれて、異常に空間がねじ曲がったわ! 希来里は魂抜けちゃってたし、こりゃ多分……虎の仕業しわざよね? ああ、あいつの手足しばっとくんだった!」
「それはそうと、大丈夫なのですか? 我々はちゃんと目的を達して脱出できるのでしょうか? それにまた手鏡に逃げられたら……」
「うーん。今の所は何とも言えないわね。ともかくここまで来たら目標達成が最優先よ。どのみち何が起きるかは出たとこ勝負だったし」
「そうですね。ですがカキツバタさんには、念話で報告しておきましょう」

 ◇◇◇

「やれやれ……今度は一体何が……」
 虎之助はいきなり空中に身体ごと投げ出されそのまま数m落下したが、下が斜面だったため、背中を強く打ったものの、大したケガはしなかった。あたりを見渡すとうっそうとしげる森林で、まだ鳩耳はとみみ山のどこかなのかとも思えるが、夜とも昼ともつかず薄明るい感じで、結構遠くまで見渡せる。
 見ると、あの手鏡が入っていた箱が落ちていた。ああ、あれも飛ばされてきたのか……ということは、希来里もどこかにいるのか? そう思った虎之助はあわててあたりを探す。

 そして……いた! 希来里だ。あわてて駆け寄ると、あれ? こいつちゃんと息してるじゃないか!? 飛ばされたショックで正気が戻ったのか?

「希来里! おい、しっかりしろ。大丈夫か」
 虎之助は希来里に声をかけながら、体を揺すり、ほほをぺちぺちとたたいたりした。

「ん? ああ、虎先輩……息が出来ないです。是非人工呼吸を!」
 そう言いながら希来里が虎之助の顔に、自分のくちびるを近づけてきたので、虎之助はそれをいなした。
「ああ、そんだけ余裕があれば大丈夫だな」
「あー。先輩、相変わらず連れない……と言うか私、なんでこんな所に!?」
「それは俺も聞きたい。箱ん中の手鏡を持った瞬間、天地がひっくり返ってここに来たんだ」
「あ、いえ。それはどうもご苦労さん……じゃなくて、私は幽世の本殿で夜桜と会っていたんですよ! それがいきなり、どうしてこんなところに……」
「幽世? 本殿? なあ希来里。ここはいったいどこなんだよ?」
「どこって。この感じは多分まだ幽世ですよね? なのになぜ私は……あー、そっか! 虎先輩。私の身体といっしょにこっちに入ってきましたね!?」
「いや、何がなんだか……」そう言いながら虎之助は、今までの経緯を希来里に話した。

「やっぱりそうか。私、夜桜に魂抜かれて操られていたんですね。それで魂はこの幽世に置かれていたのに、虎先輩が何かやらかして私の肉体をこっちに持ち込んじゃったから、魂が肉体に吸い寄せられちゃったと言うところでしょうか」
「やらかしてって……もうすっかり理解が追い付かん。それでどうするんだよ?」
 
 動揺どうようする虎之助を無視して、希来里はしばし考えにふけっていたが、やがて手をパンとたたいて言った。
「ハジ……いやスミちゃんがどこかにいるはずです。ここは合流するのが最善手さいぜんしゅ。とにかく遊郭ゆうかくに戻らないと。ああ、先輩。その箱、多分重要アイテムなんで絶対なくさないで下さいね」
「遊郭って? どこにそんなものがあるんだよ」
「どっちにあるか私にもわかりません! でも探し出さないと、このまま二人で永遠にここで暮らす事に……ああ、それはそれでいいかも!」
「馬鹿言ってんな! とにかく高台に登ってさがすぞ!」

 そうして虎之助と希来里は、斜面を上の方へと昇り始めた。

 ◇◇◇

「ばあちゃん。こっち」ビスマルクに先導されて、ハジッコとブチャ先生の姿のカキツバタが建物のつじを曲がった時、目の前に数人の遊女ゆうじょの魂が立っていた。

「あの、すいません。私は、この身体の少女の魂を探しています。どこかに心あたりはありませんか?」ハジッコがそう問いかけるが、遊女達は何も答えない。そして行く手をさえぎる様に前に立ちはだかった。

 ウウウウッ! ビスマルクが威嚇いかくする。
 すると遊女の魂の一人が口を開いた。
「お前は外のもんだろう? ここはあたいらの天国だ。勝手にかき回さないでくれ」
「べ、別に、あなた方にご迷惑をおかけするつもりでは……いや、そうですね。豊川刑事は、あなた達を解放する為にここに来たのですから。でもそれはご迷惑ではないと思います」
「迷惑なんだよ! ここにいれば、ずっと生涯で一番美しい時の姿のまま永遠に暮らす事が出来る。それなのにまた無理やり輪廻りんねに戻って、何で人生やり直さなけりゃならないんだい!」

「それは……」言葉にまるハジッコにカキツバタが言う。
「お気になさらんでよろしい。まあ考え方や価値観は人それぞれなんやけど、それでも生命である以上、み外してはならないものがあるでありんす。ここで永遠に時が止まっている人生なぞ、どんなに容姿が美しくても、わちきには耐えられんでありんす。人と関わり、人を好きになり、時に人に失望し、喧嘩けんかしたりして許し許されながら死ぬまで生きていくから、人生は楽しいんだと思いますえ」
 そのカキツバタの言葉に、ハジッコにってかかった遊女の魂も苦虫にがむしをつぶした様な顔をしていたが、その遊女にハジッコが懇願こんがんする。

「お願いです。この子の魂がどこにいるのか教えて下さい。私はこの身体を返さなくてはならないのです!」
「身体を返すって……」困惑する遊女の魂にカキツバタが語り掛けた。
「このハジッコさんは、ご主人様の魂を取り戻したら、ご自身の魂は消滅してしまうんでありんすよ。そう……世のことわりを越えてしまった為、輪廻の輪にも戻れないんでありんす」
「…………」
 遊女の魂はしばらく沈黙していたが、やがてある建物の方角を指示した。
「あの塔の上だと思うよ」

「あ。ありがとう!」そう言ってハジッコ達はその場を後にした。

 その姿を遠目に見ながら遊女の魂がつぶやく。
「自分が消滅しても助けたい人がいる……か。あたいにもそんな人がいたのなら……」



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