忠犬ハジッコ

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第十六話 知られた正体

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「ああ…………」
  自分の正体がハジッコである事を虎之助に知られてしまったショックで、ハジッコは立っている事が出来ず、その場にしゃがみこんでしまった。
  そんなハジッコをあわれむかの様に夜桜が話掛けた。
「なんだ……そんなに澄子に成りすまして、この男とげたかったのか? まあ、残念だがここまでだ。それでは、これでもう邪魔じゃまもはいらんし、お前の容姿と魂をいただくとしよう」

  夜桜は再び手鏡を取り出し、座り込んでしまっているハジッコにゆっくり近づく。

(ああ……これでもう、スミちゃんの魂はこの身体には戻れない……
 ならばせめて魂は……あの魂の顔だけでも元の可愛いスミちゃんに戻るなら…………スミちゃん。ごめんなさい!)

 暗闇の中、夜桜も半ば手探りでハジッコに近づき、その頭に手が触れた。
「ふっ、ここにいたか。それではツラを出せ!!」
 そう言いながら夜桜が手鏡をハジッコの顔にかざした瞬間、突然、パーンという音と共に、ものすごい光があたりを包み、夜桜もハジッコも何も見えなくなった。

「なんだこれは!? ややっ! しまった!!」
 夜桜が何か叫んでいるが、ハジッコには何も見えない。
 やがてだんだんと光が落ち着いて来て、眼もれてきた様なので、ゆっくりあたりを見渡すと……ああ、まつりちゃん! 豊川刑事!! 
 ……って、それに……ブチャ先生!?
 まつりの手にはブチャ先生がしっかり抱きかかえられていた。

「いやー、間一髪かんいっぱつだったんじゃない? ハジッコ。まだ魂抜けてないわよね?」
「えっ? あ、はい……でも、まつりちゃん。よくここが……」
「あー。夜桜は人目につかない様に山ん中に誘い込んだつもりだったんでしょうけど……ここのお山の天狗様てんぐさまは私の知り合いでね。怪しい奴が山に来てるって、昼すぎに連絡くれたのよ。それであわてて丹波篠山たんばささやまから……」
「ああ、そんな事が……でも夜桜はどうなったのですか? それになんでブチャ先生……じゃないカキツバタさんまで、どうしてここに?」
「あー、慌てないで。ちゃんと説明するから」
 まつりがそう言いハジッコが顔をあげると、目の前に希来里と虎之助とビスマルクが気を失って倒れていた。そして豊川刑事の手には何やら箱の様なものがあり、その中身がわずかに光を発している。

「夜桜の手鏡はこの箱に封印ふういんしました。ほら、この真ん中でうっすら光ってるやつ」
 ああ。箱の中で光っているのは夜桜が持っていた手鏡だとハジッコは気が付いた。

 豊川が続ける。
「もともとこの手鏡は、私がいた稲荷神社の祭具さいぐだったんです。それが付喪神つくもがみ化したのに私が気づかず夜桜に仲間として取り込まれてしまい、その責めを負う形で、私が宇迦うか様から命ぜられ夜桜を追っていたのです。そしてこの箱は、元々こいつが収まっていたもので、宇迦様に霊力を込めていただいておりますから、もうこいつはここから自力では出られませんよ」

「それでは……これから皆さんで幽世かくりょへ行かれるのですね?」
「そうよ。だからあんたも心の準備をなさい。そう思って、お姉ちゃんも、あの理恵っての家からこっそり拉致らちってきたのよ!」
「ああ、そうなんですね……でも、まつりちゃん……私はもう……私がハジッコだと虎之助さんに知られてしまいました。これではこの身体をスミちゃんに返す事が出来ないのです!」ハジッコがそう言うと、カキツバタが声をかけた。

(とりあえず、幽世にいって、スミちゃんの魂と会ってみなんしょ。もしかしたら大丈夫かもしれません)
「……そうでしょうか?」
(はい。虎之助さんが夜桜に操られた状態であったなら、夜桜さえやっつければ、あとに記憶も残りませんから……それにけてみませんか?)
「そうですね……でも、このからだを返せなければスミちゃんの魂は……」
 不安で仕方がないハジッコをまつりがはげます。
「ほらほら。案ずるより産むがやすしっていうでしょ? 可能性にかけて前進するわよ! でも十分注意してね。私も大分法力ほうりきを強化出来たんだけど、決戦はあいつの腹の中よ。くれぐれも油断しないでね!」

「あの……虎之助さん達は?」
「このまま寝かせておいて大丈夫よ。これ夜桜の結界だけど、まだ使える様に私の支配下に置いたから!」
 そう言いながらまつりは、前回同様何かの詠唱えいしょうをして幽世への道を開いた。するとその時、突然ハジッコの脇をすり抜け、いつの間にか目を覚ましていたビスマルクがそこに飛び込んだ。

「ああ、ビス君!」慌てるハジッコをなだめる様に豊川が言った。
「ハジッコさん。この際、味方は一匹でも多い方がいいですよ」
 そう言われたハジッコは、カキツバタの言う可能性に賭けようと意を決して、幽世に足を踏み入れた。

 ◇◇◇

 幽世かくりょは相変わらず薄暗く、夜なのか昼なのかもよく分からない。
 すでにハジッコ達の幽世への侵入は夜桜の知るところに違いないのだ。いつ何が起こるのか……そんな中を一行いっこう慎重しんちょうに進んでいく。

 そして前回同様、遊郭ゆうかくの様な街並みが現れ、その木戸口きどぐちに一行は到着した。

「どうやら、すぐに我々をはじき出すだけの霊力は無い様ですね。前回の時からまだ回復しきってなかったのでしょう。私達がいない間にとあせったんでしょうね」
 豊川刑事がそうつぶやいた。

「油断しちゃだめよ。今回は決着をつける為に来たんだから。
 だからまず、この幽世内のどこかにいると思われる夜桜の本体を探さなくっちゃ」
 そう言うまつりにハジッコが話かける。
「あの、まつりちゃん。私は、スミちゃんとブチャ先生を探していいでしょうか?」
「でもバラバラで行動するのは……」しぶるまつりにカキツバタが言った。
「二手に分かれるでありんす。わちきは、ハジッコさんとこのビス君? といっしょにスミちゃんとブチャ先生を探します。何かあれば念話を飛ばしますので……」
「そうね。時間も限られるし、私達が先に夜桜やっつけちゃってスミちゃんや不細工猫の魂まで輪廻りんねに帰っちゃったらハジッコも困るわよね。いいわ二手に別れましょう。でもくれぐれも慎重にね」
 カキツバタとまつりは、この幽世内ならテレパシーの様に意思疎通いしそつうができるのだそうだ。まつりが言うには二人のきずなの賜物たまものとの事だった。

「それじゃ、ばあちゃん。僕が先頭に立ちます!」
 いきなりビスマルクがしゃべったので、ハジッコは腰を抜かしそうになった。
「えっ、ちょっとビス君。あなたしゃべれるの?」
 驚くハジッコにカキツバタが説明した。
「別に、ここでは不思議でもなんでもないでありんす。ここは幽世でありんすよ」
「……はあ。そういうものなのですか。ですが、会話が出来るのはうれしいです。
 それじゃビス君。スミちゃんのにおいは追える?」
「はは、ばあちゃん。さすがにそれは……あなたの身体の匂いが強すぎます」
「ああ……そっか」
「ですが、気配けはいは何となく感じます。犬の第六感ってやつですね。案内しますのでついてきて下さい」
 そうしてハジッコはカキツバタとともに、ビスマルクに先導されて遊郭の建屋たてやの裏の方へ回って行った。

「豊川。それじゃ私達も行くわよ。一番怪しそうなのは、街の中心にある大きな館かしらね」
「それでは、慎重にそこから探りに参りましょうか」
 
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