忠犬ハジッコ

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第十四話 仕組まれた遭難

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 鳩耳はとみみ山はそれほど標高の高い山ではないが、ゆっくり歩いていた事もあり、ハジッコ達が山頂に着いたときは、すでにお昼を過ぎていた。
「思ったより時間かかっちゃったな。人も多いし、早めに下山しような」
 そう言う虎之助に希来里が詰め寄る。
「それもそうですが、せっかくここまで来たんですから少しはゆっくり休憩しましょうよ! お弁当持って来てますから!!」
 
 そしてちょっと開けた所にレジャーシートを敷いてお昼休憩を取った。
「ねえ、虎先輩。あそこ展望台か何かですかね? 人集まってますけど」
 希来里が言うので虎之助もそちらをながめる。
「そうみたいだな。行って見ようか?」

「ああ、虎兄。あそこだと道細くてビスマルク連れていけないから、私、ここで荷物番してますね」ハジッコがそう言ったので、希来里がここぞとばかりに虎之助をまくしたて、二人で展望台に上って行った。
 上に着いた希来里がこちらに向かって手を振っているが……ああ! 危ない!! 希来里さんが手すりから身を乗り出し過ぎて落ちそうに!! ……ああ、虎兄が抱きかかえた……もう気を付けないと……。
(ああ! しまった。私は二人の仲が進展すると困るのでした!!)
 希来里が無事でほっとしてから、ハジッコはそんな事を考えていた。

 そしてハジッコからは見えなかったのだが、手すりから落ちそうになったところを虎之助に抱きかかえられた希来里は、一瞬の隙をついて虎之助のくちびるにキスをした。
「あっ! こら、希来里、お前!!」虎之助はあわてて澄子の方を見るが、どうやら気づかれていない様だ。
「へへーん。この間、足りなかった分。確かに頂戴ちょうだいしました!」
 そう言われては虎之助もすぐに言い返せず、複雑な表情のまま、澄子の所へ戻った。

「お帰り。景色どうでした?」
「うん。かなり遠くまでよく見えたよ」希来里が答えた。
「でも、希来里さん。落ちそうになってましたよね?」
「はは。ちょっと前の人が邪魔じゃまだったもんで……」
 そこでハジッコは、虎之助の顔が赤くなっている事に気が付いた。
「あれ、虎之助さ……虎兄。なんか顔赤いよ?」
「あれっ!? そう? いや、別に何もやましい事は……」
「えっ、何かあったんですか? と言うより、この前みたいに熱出てませんか?」
 そう言いながら、ハジッコが虎之助の額に手をやった。
「やっぱり、なんか熱いです! 無理はいけません。早く帰りましょう」

 ハジッコにそう言われ、虎之助も仕方なく下山の準備を進めた。そして、ケーブルカーでりようとしたのだが、下山渋滞が始まっていて待ち時間一時間以上とある。この山のケーブルカーは犬もOKなのだが……。

「あちゃー。どうしよう。虎先輩、待てますか? 歩いて降りた方が早いかもですが……」希来里が問う。
「そうだな。歩く位なら問題ないと思うぞ。このまま来た道を歩いて下山しよう」虎之助がそう言うので、一行はそのまま上って来た登山道を引き返し始めた。
 しかし、歩いて行くうちに、虎之助の具合がどんどん悪くなっている様に思える。

「どうしましょう。どこかに救助を依頼しましょうか?」ハジッコがそう言うが、そんなに大袈裟おおげさにしなくていいと虎之助が言う。
「それじゃ先輩。下りの勾配こうばいはちょっときつめですが、早く下山げざん出来るルートがあります。そちらで駐車場に向かいますか? 車の運転なら私も出来ますよ」希来里がそう言うので、そのルートで急ぎ降りようという事になった。

「虎之助さ……虎兄。大丈夫ですか? なんかフラフラしてますけど……」
 ハジッコがビスマルクの引き綱を手にしており、希来里が虎之助に寄り添うように歩いていた。希来里の勧めた道は、かなりの上級者コースの様で、道も狭く勾配も急であり、ほとんど人も通りかからない。
 確かに、降りる時間は早いのだが、虎之助はつらそうだ。

「あの……少し、休憩しませんか? 虎兄。辛そうです」
「そうだね……それじゃ、虎先輩。あそこのさくの所に腰かけて少し休みましょう。スミちゃん。水筒に水入ってたら、コップにんでくれる?」
「はい。頂上で汲んできましたのでまだあります」
 ハジッコがそういいながら水の入ったカップを希来里に渡し、希来里が柵に腰かけている虎之助に渡そうとした時、突然希来里が足をすべらせた。

「えっ!?」ハジッコが驚いて声をあげるが、希来里が虎之助の身体にドンっとぶつかったかと思うと、二人とも柵から下の斜面に転がり落ちていってしまった。

「虎之助さん! 希来里さん!!」ハジッコはあわてて下を見るが、すでに陽も暮れかかっており、森林の下はよく見えない。

 ああ、どうしよう……誰か助けを呼ばなくちゃ……しかし、当たりを見渡しても誰も通りかからない。ハジッコがどうしていいか分からずおろおろしていると、突然ビスマルクが「バウッ!!」っと吠えたかと思うと、そのまま斜面をけ下りて行ってしまった。
「ああ、だめよビス君!!」
 
 一人取り残されたハジッコの緊張が極限に達する。
 どうしよう。下で二人が大けがしてたりしたら……それに何かを感じてビス君降りていっちゃったんだろうし……ええい。迷っていても仕方ない! ビス君が降りられたんなら! そして、ハジッコも恐々こわごわ斜面を下りて行った。

 ◇◇◇

 斜面をかなり下りたが、あたりは大分暗くなり、樹木がうっそうと茂っており視界も効かない。こんな時、犬の嗅覚きゅうかくが使えればとは思ったが、こればかりは仕方ない。
 なかば手探りで虎之助たちを探していたら、離れた所で犬が吠えているのが聞こえた。

「ビス君!?」
 ハジッコはその声のする方に慌てて駆け寄る。木々の小枝が顔に当たるがそんなもの気にしている場合じゃない。
 そして虎之助が倒れており、その側にビスマルクが寄り添っているのを発見した。

「虎之助さん!!」ハジッコは虎之助の様子を伺うが、どうやら意識がもうろうとしている様だ。熱でうなされているのか、どこかケガでもして苦しんでいるのか……どうしようか迷っていてふと気が付いた。
「そうだ! 希来里さんは?」当たりを見渡しても人の気配はなかった。
「……希来里さんもどこかでケガしたりしていたら……ねえ、ビス君。希来里さんどこにいるか判からない?」
 しかし、ビスマルクも判らないという風に「きゅーん」と鼻を鳴らした。

「ああ、どうしよう……スマホは……あーん、圏外けんがいだわ」
 このまま夜になってしまったら大変だ。ハジッコはとにかく誰か人を呼ばなくてはと思い「誰かいませんかー」と大声を出してみるが、それに気づいてくれる人は現れない。
「せめて虎之助さんがもう少し元気だったら……」そう言いながらハジッコがポロポロ涙を流した。
 すると、突然ビスマルクが警戒体勢を取り「ウウウウッ」っとうなり出した
「ビス君、どうしたの?」

 ハジッコがそう言った時、チーンとおりんの様な音が当たりに響き、気温がぐっと下がった様な気がした。
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