忠犬ハジッコ

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第十話 希来里(きらり)

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「なるほどな。この人がこないだの事件担当した刑事さんか。それで希来里が眠りこけてる時に様子見にいらっしゃったら、たまたまこの前の暴漢と鉢合わせしたと。それでこの子は?」
「あー、私はまつりといって、その猫ちゃんとお友達になったんで遊びに来てました」
「ああ、そうなの虎兄。今日ブチャと公園で仲良くなってね……」
「にゃーん」とブチャ先生が鳴いた。

「ふー。それにしてもが電気真っ暗でびっくりしたぜ。ビスマルクはえっぱなしだったし」
「あー、それもごめん。私がけつまずいて、たまたま電気消えちゃってたんだよ」

「あー。それじゃ、パトカー来たみたいですんで、こいつ連行していきますね」
 そう言って豊川刑事が立ち上がり、拘束した夜桜を引っ立てていった。
 その豊川に、まつりが小声で何か話しかけている。
「気を付けなさい。手鏡は行方不明よ。まあ、その女から何かわかればいいんだけどね」

「それじゃ、私も帰りますね」まつりがそう言って立ち上がったので、ハジッコはあわてて引き留める。

(ちょっとちょっとまつりさん。私には何がどうなったのか……帰る前にちゃんと説明して下さい!)
(ああ。でも虎之助や希来里の前ではまずいわ。また明日にしましょう。
 とりあえず当面の危険はないと思うから、その猫ちゃんをよろしく!)

 小声でそんな会話をしていたら虎之助がまつりに声をかけた。
「お嬢ちゃん。もう夜も遅いし送って行こうか?」
「いえ、私すぐ近所ですから」
「そっか。それじゃ、希来里。お前送って行こうか? って、なんだよ。まだ寝ぼけているのか?」
「……んー? あー。虎先輩……今日、虎先輩んちに泊まっていいですか?」
「……だめだ! 駅まで送ってく!」

 そして居間には、ハジッコとブチャ先生だけが残った。

「ああスミちゃん。もう少しだったのに……それにしてもあの姿は……もしかして、私が手鏡割っちゃったから? 夜桜もなんかそんな事言ってた様な……」そう言ってハジッコはポロポロと泣き出した。

 すると、ブチャ先生がそばに寄って来てしゃべった。
「そんなに悲しそうな顔をしなしゃんせ。大丈夫よ。あの二人なら、必ず何とかしてくれるでありんす」
「えっ!? ブチャ先生。そのしゃべり方って……」

「あー、すまんでありんす。わちきはそのブチャ先生ではありんせん。カキツバタと申します。まつりちゃんが、お姉ちゃんと呼んでくれていたもんでありんすよ」
「えーーーーー!! それじゃ、ブチャ先生は? 死んじゃったの!?」
「あー、どうでありんしょ。夜桜の腹の中で、まつりちゃんと豊川さんがあの子を連れてきた時、まだ息があったんでありんす。それをまつりちゃんが強引にぎゅにゅうーーッと……なのであちきと入れ替わりにこの猫ちゃんの魂が置いてきぼりになったと思うんでありんす」

「そんな……でも、そうか。どうせまたスミちゃんの魂も助けに行かなきゃいけないし、それまで大丈夫ですよね?」
「うーん。それは何とも……わちきでは分かりかねるでありんす。とりあえず今日の所は危機は去りました。一旦休息して、またまつりちゃん達と合流しなんしょ」

 そんな話をしていたら、お父さんとおばあちゃんが帰って来た様だ。
 ハジッコはカキツバタとの会話をやめ、仕方なく明日に備えて休む事にした。

 ◇◇◇

「おい希来里。さっきからぼーっとして本当に大丈夫か? どこか身体の具合でも悪かったんじゃないのか?」
 希来里を駅まで送る車中。あまりにハッキリしない様子の希来里を心配して、虎之助が声をかけた。
「あー、虎先輩。私、もうだめかもしれません。このまま朝までご一緒していただけませんか?」
「あー、そんだけ冗談いう気力があれば大丈夫だな」
「えー、先輩。こんな美人の後輩が好きにしていいっていってるんですよ? 男ならここは一肌脱がないと……」
「お前、本当にどうかしたのか? さんざん言っているが俺はお前にそんな気はないからな。まあ、友人としては認めているが……」
「……そっか。先輩はやっぱり、スミちゃんがいいんだ……このロリコン!」
「ばっ、馬鹿言ってんじゃねえ!!」

 駅について、虎之助の車を降りた希来里は、ふらふらしながら一人改札に向かう。
「あれ、スマホどこ入れたっけ?」改札の前でポケットを探るがICカード兼用のスマホが見当たらない。バッグを開けて中をのぞいたら……ああ、よかった。あったよ……って、あれ? こりゃなんじゃ?

 バックの中にキラリと光る物があり、希来里がそれを手に取ると、それは年期の入った小型の古臭い手鏡だった。

 ◇◇◇

 虎之助に駅まで見送ってもらった希来里は、そこからなんとか自分の下宿までたどり着いたが、まだ頭がぼーっとしていた。

 部屋の真ん中に置かれたテーブルに半分寄りかかりながら、バッグに入っていた手鏡を手にとり、希来里がぶつぶつ話し掛けている。

「それでさー。あんたが付喪神つくもがみなの?」だが、その手鏡は何も反応しない。
「そりゃそうか……これはやっぱりただの古い鏡だよね。夜桜の正体は、あの連行された女の人だし。でもあの人、五十年以上前から続いてる連続美少女変死事件の犯人にしちゃ若すぎると思うんだけど……ちょっとサイコな模倣犯ってところかな……はは。幽霊の正体みたりか。これ、証拠品とかになるのかな? だけど……今日は疲れちゃった。明日、虎先輩に相談しよ……」
 そして希来里はそのまま、床に倒れ込む様に横になり、ほどなく眠りについた。

 そしてしばらくすると、テーブルの上に置かれた手鏡がゆっくりと明滅めいめつを始め、やがてその光がどんどん大きく強くなってきた。

「んっ……なんだぁー。電気が切れかけてる?」気づいた希来里が目を開けて、鏡の方をみると、確かに鏡が光っている。そしてその光に魅入られるかの様に、おそるおそる手に取って鏡をのぞき込んだとたん、希来里の意識は消失した。
 
「うん。やはり私の見込み通り。この希来里という者はかなりの霊感体質だ。魂さえ抜いておけば、外から操るには好都合な身体だ。それにこの姿なら、あいつらも油断するに違いない。あとは、霊力が戻るまで奴らに気づかれない様に力をたくわえ、機を見て奴ら全員を始末してやる。まずはあの虎之助とかいう若者を魅了し味方につけてくれよう。そうすれば、あの犬もさぞややりづらかろう」
 自分の幽世かくりよにハジッコ達の侵入を許してしまい、排除する為に事のほか霊力を使ってしまった。あの人外共と渡り合うには、まだ力を蓄えないとならない。希来里に成りすましている事がバレない様、当面おとなしくしていようと夜桜は考えた。

 ◇◇◇

「えーっと。いったいここは……」
 砂利道の脇がほりになっていて、間隔をおいて柳の木が植えられており、夜なのに薄ぼんやりと景色が見える。希来里は、あの手鏡を覗いた瞬間。眩暈めまいがして、気が付いたらこの世界にいた。

 そして、しばらく歩いて行くと、大きな木戸があり、塀に囲まれた一角に木造の屋敷が立ち並び、格子戸に花魁おいらんと思われる女性達がはべっている。

「これは……遊郭ですか? という事は……私、やっぱり付喪神に取り込まれちゃった?」しかしこの時、希来里自身は、驚きや恐怖といった感情より好奇心の方が勝っていた。

「今の状況をスミちゃんの話と合わせると、多分ここが付喪神が奪った魂を置いておく場所よね。つまり……あちゃー。私も魂になっちゃったか。それはそうとして、まずは状況把握が第一だよね。元に戻れるかもそうだけど、こんなチャンス滅多にないだろうし、もっとこの異世界の研究しないと! ハジッコの魂もどっかにいないかな?」

 こうして、夜桜の幽世に閉じ込められた希来里の魂は、かなりワクワクしながら幽世内部の探索を始めた。



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