忠犬ハジッコ

SoftCareer

文字の大きさ
上 下
9 / 21

第九話 幽世(かくりょ)

しおりを挟む
「ここはいったい……」
 手鏡の中に入ったハジッコはその光景に驚いた。
 砂利道じゃりみちの脇がほりになっていて、間隔をおいて柳の木が植えられている。
 夜だと思うのだが街灯はなく、それでいて月夜の様に薄ほんのりと景色が見える。
 
「気を付けなさい。ここはすでに敵の腹ん中よ。大きな声は絶対だめよ!」
 まつりが周囲を警戒しつつゆっくり進んで行くのでハジッコもその後をゆっくりついていく。豊川刑事は後ろを警戒しながら最後について来る。

「あの……お二人は一体……」ハジッコが声をかけるが、まつりに拒否された。
「身の上話は後。今は最大限警戒して! 最悪自分の身は自分で守ってね」
 そう言われ、ハジッコも最大限の警戒をする。

 しばらく行くと、大きな木の門があり、その中に木造の建物がひしめいている。
 そしてその入り口付近には、灯りがともされ、格子戸の中に着物を着た女性が並んで座っていた。こんな景色をハジッコは見た事があった。これって時代劇とかの……

「はは。まさに遊郭ゆうかくそのものですね」豊川刑事がそう言った。
 そうそう遊郭。たしか男性がお金を払って女性と遊びに来るところよね。

「入るわよ」そう言って、まつりが門をくぐって街中に入っていくが、よく見ると遊女はいるが客と思われる者が誰もいない。
「まったく悪趣味ね。こうやって自分好みの女の子をここに並べているのね」まつりがそう言った。
「それじゃ、この人達は!?」

「そうよ。夜桜が集めた美女達の魂よ」
「でも、それじゃ……助けないと……」
「今は無理。全員はね。助け出すには憑代よりしろがいるし……今日のところは、私のお姉ちゃんとあんたのスミちゃんがターゲットよ。さっさと探しなさい! ただしさっきも言ったけど大きな声を出しちゃだめよ」
 そう言われて、二人とはあまり離れない様に注意しつつ順番に格子戸こうしどの中をのぞいていく。それにしてもこの数は……いったい、何百人とらわれているのかしら。ハジッコは、数えるのも恐ろしくなったが、勇気を振り絞って澄子を探した。

 しかし、一通り見て回った様に思うが、澄子は見当たらなかった。まつりもお姉ちゃんとやらを発見出来ないでいた。

「もう、一体どこに。この中なのは間違いないと思うんだけれど……」
 まつりがじれったそうにそう言った。
「表にいないとなると、裏とか?」豊川がつぶやく。
「なんでそんなところに?」
「いや。ほら昔の遊郭でも、健康を害した人は表には出ないでしょ?」
「そうか……それじゃ急いで確認するわよ。私の法力ほうりきもそろそろ危うい」

 そして当たりを見渡すと、ああ、裏に回る小路こみちがある!
 三人で急いでそこに入り、裏に回った。

 ビンゴだ。
 大きなお寺の様な建物があって、その境内に数名いた!

「あっ! お姉ちゃん!?」まつりがそのうちの一人に駆け寄る。
 豊川刑事もあわててその後を追った。
 ハジッコがそこに一人残される形になったが、二人の後を追おうとした時、別の方向に懐かしい気配を感じた。

 あっ! スミちゃん!? いてもたってもいられなくなって、ハジッコはその気配に向かって一目散に駆け出した。
 そしてあの後ろ姿、この匂い……間違いない!!

「あっ、あっ……スミちゃーーーーん!」
 ハジッコは澄子と思われる人物に、思わず大声で呼びかけた。

「あっ、だめよ。大声出しちゃ!!」まつりが慌てるが後の祭りだった。
 ハジッコに呼ばれて、澄子と思われる女性が振り返る。

「えっ!?」
 そこにいるのは確かに澄子だ……‥だが……。
 その顔がみにくくひび割れていしまっていて、あの美少女の面影おもかげが全くない。
 眼も見えていない様だ。

「スミちゃん!?」
「えっ……あなた、もしかしてハジッコ!?」澄子が反応した。
 
 ああ! スミちゃんだ。顔はあんなになっちゃっているけど間違いない。
 この人はスミちゃんだ!

「スミちゃーん」ハジッコは思い切り駆け寄った。
 そして、澄子の肩に手が届こうかという瞬間。

 チーンとおりんの音がして、まわり全てが暗闇に包まれた。

 ◇◇◇

「ワンワンワンワンッ!」
 九重家の玄関をくぐってからも、ビスマルクは落ち着くどころかますます興奮して来ている様だ。虎之助も、ビスマルクが勝手に走りださない様に慎重にリードをコントロールする。

 そして庭に回って縁側えんがわに向かう。
「おーい、スミ。希来里まだいるかー」だが、何も返事が無い。

「なんだ留守か。不用心だな。でもまあ、いつもの事か……いや、ハジッコがいる時ならこれでもいいけど……番犬なしじゃな」などど独り言をいいながら、縁側から居間をのぞく。
 すでに陽も暮れていて、灯りがついていない居間の中の様子がよく分からないが……なんだ? 人が倒れている!?

「スミ! 希来里!」虎之助は慌てて縁側から居間に上がり、電灯を付けた。
 そして床に希来里が倒れているのが目に入った。
「希来里!!」

 さらに戸口側を見ると、誰だ? この人は……スミじゃない!?
 しかも手錠をはめられ、腰ひもで拘束されている。

「何があったんだ!!」虎之助が大声をあげたその時、居間の隅っこが輝きだしたかと思ったら、いきなりバーンと大きな音がして、まばゆいばかりの光にあたり一面が覆われた。

「痛ったたたた・・・・」
 視界を回復した虎之助が最初に見たのは、自分の足元に転がっている澄子だった。

 ええっ!? こいつどこから湧いてきた?
 そして、澄子の脇に目をやると……見知らぬ男と少女も倒れている。そしてその脇にはブチャもいた。

「おい、スミ。こりゃ一体……この人達は?」
「あれっ。虎兄!? ここは……居間? あっ! という事は……」

 ハジッコは、自分が澄子の救出に失敗した事をさとった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

知ったかぶりのヤマネコと森の落としもの

あしたてレナ
児童書・童話
ある日、森で見つけた落としもの。 動物たちはそれがだれの落としものなのか話し合います。 さまざまな意見が出ましたが、きっとそれはお星さまの落としもの。 知ったかぶりのヤマネコとこわがりのネズミ、食いしんぼうのイノシシが、困難に立ち向かいながら星の元へと落としものをとどける旅に出ます。 全9話。 ※初めての児童文学となりますゆえ、温かく見守っていただけましたら幸いです。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...