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後日談:エルルゥのツェルラント通信
第3話 横須賀の事
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世の中の夏休みが終わったころ、グレゴリーさんの軍票とナイフの扱いについて、雄太のお父さんから相談を受けた。
「大使館や軍の基地に届ける事は問題なく出来そうなんだけど、そうすると必ず出所を聞かれると思うんだ。そうなると、ヘタに嘘も付けないし……もう灯ちゃんがこっちに帰って来て半年になるし……そろそろ何とかしたいんだが、どうにもね」
灯も、確かにそうだと思う。へたに出所を探られるのはまずい。
「それじゃ、例えばだけど……紙袋に宜しくお願いしますって書いて、基地とかの玄関先に置いてきちゃうのはどうかしら」雄太のお母さんが言う。
「うーん。それしかないかも……でも、ヘタに置きっぱで発見されなかったり、変な人に持っていかれちゃっても困るし、何も知らなそうな兵隊さんに無理やり押し付けてくるとかはどう?」灯が言う。
「うん。それがいいかもな。でもこのあたりに米陸軍なんてあったかな」
おじさんが頭をひねると、おばさんが言った。
「別にアメリカ軍ならどこでもいいんじゃないの?」
「それもそうか。それなら横須賀はどうだ。周りに海軍の家族の人とかもたくさん住んでいて、差しさわりの無い人を選べそうだが……」
「横須賀……いいわよねー。海軍カレーとか軍の放出品ショップとか…‥」
おばさん。別に観光で行くわけではないのよ……灯はそう思ったが、口には出さなかった。
「よこすかって何?」エルルゥが灯に尋ねる。
「海のそばの町でね。自衛隊とかアメリカ軍の軍艦がたくさんあるの。
それでアメリカの人もたくさん住んでいて、あっちの人の古着屋さんとかもあるらしいよ。私も行った事ないけど……海軍カレーが有名なの」
「カレー……嫌い……」エルルゥが顔をしかめた。
獣人たちの味付けは全般的に、こちらに比べて結構薄味で、スパイスなども全く使わない。こっちに来て初めてカレーライスをエルルゥに食べさせた時、口が痛いと泣きだして、その後、二度と食べようとしてくれなかった。
でも私は海軍カレー食べたいな。
「おじさん。それじゃ、私が横須賀行ってくるよ。雄太に頼まれたの私だし」
「ああ、それは助かるが大丈夫かい。無理はするなよ」
おじさんもちょっと心配そうだ。
「灯が行くなら私も行くー!」エルルゥが両手を挙げた。
「ダメよ、あんたは。目立ち過ぎちゃう」
「えー。いきたい、いきたい、いきたい、行きたーい! 海見たーい!
プルーンは海見た事あるのに、私は無いのよー」エルルゥが駄々をこねる。
「はは、灯ちゃん。目立たぬように気を付ければ大丈夫じゃないかい。
こんなに行きたがっているし……二人ならいろいろカバーできるさ」
「もう、おじさんはエルルゥに甘いんだから……。
まあ、仕方ない。それじゃ、エルルゥ連れて行ってきますね」
その後、おじさんと簡単な作戦会議をして、翌日、灯とエルルゥは、品川からKQ線で横須賀に向かった。
作戦では、ここのどぶ板通りという海軍の人達が良く来る飲み屋街みたいなところで、親切そうな酔っ払いの兵隊さんを探して、宜しくお願いしますと書いた、グレゴリーさんの軍票とナイフを中に入れた紙袋を押し付け、速やかに離脱するのだ。
親切そうな酔っ払いの兵隊って、そんなのわかるのかしら……まあ、当たって砕けろだ。あっちで山賊やってた事に比べれば……灯はそう腹を決めた。
まだ酔っ払いが沸いて来るには時間がある。灯はエルルゥを連れ、横須賀市内を観光し、軍放出品や古着などを扱うお店を見てまわった。
そして夜の八時くらいになったので、灯とエルルゥは、どぶ板通りに足を踏み入れた。名前は仰々しいが、観光地としても綺麗に整備されていて女子供が夜に通っても全く安全だ。
確かに、見るからに海軍の兵隊さんだと思われる、ごっつい人達があちこちの店先で、ジョッキ片手に歓談している。
さて親切そうな酔っ払いの兵隊さんは……。
あたりを見渡し、灯は良さそうな人たちを見つけた。
皆三十代前後だろうか、落ち着いた感じの兵隊さんが三人。顔を真っ赤にしながら楽しそうに歓談している。しかも、店外にあるテーブルにいるため、道路から直接声をかけられる。
灯は意を決してその三人に近づき、その中の一人に紙袋をいきなり手渡した。
「これ、よろしくお願いします!」
そう言って、すぐに走ってその場を離脱し、エルルゥも後を追って走ってきた。
突然紙袋を渡された三人は、何が起こったか分からず、キョトンとしている。
「なんだなんだ、ジム。愛の告白か?」
「いや、あんな子知らんぞ……でも可愛い子だったよな。
まあ、どこかで会っているのかも知れん。俺も隅に置けんな!」
そんな会話をしながら、ジムと呼ばれた兵隊が紙袋を開けた。
「えっ?」
中を見た三人は、その場でフリーズした。
灯とエルルゥはそのまま横須賀中央駅までダッシュし、KQ線に飛び乗った。
(大丈夫。あの感じならこっちの顔もまともに見られなかったはず。作戦成功!)
エルルゥもまだ肩で息をしているが、楽しかったとはしゃいでいる。
(雄太。これで一つ宿題片付けたよ)
灯は肩の荷が一つ降りたような気がして、危うく寝過ごして、品川駅を通り過ぎるところであった。
「大使館や軍の基地に届ける事は問題なく出来そうなんだけど、そうすると必ず出所を聞かれると思うんだ。そうなると、ヘタに嘘も付けないし……もう灯ちゃんがこっちに帰って来て半年になるし……そろそろ何とかしたいんだが、どうにもね」
灯も、確かにそうだと思う。へたに出所を探られるのはまずい。
「それじゃ、例えばだけど……紙袋に宜しくお願いしますって書いて、基地とかの玄関先に置いてきちゃうのはどうかしら」雄太のお母さんが言う。
「うーん。それしかないかも……でも、ヘタに置きっぱで発見されなかったり、変な人に持っていかれちゃっても困るし、何も知らなそうな兵隊さんに無理やり押し付けてくるとかはどう?」灯が言う。
「うん。それがいいかもな。でもこのあたりに米陸軍なんてあったかな」
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「それもそうか。それなら横須賀はどうだ。周りに海軍の家族の人とかもたくさん住んでいて、差しさわりの無い人を選べそうだが……」
「横須賀……いいわよねー。海軍カレーとか軍の放出品ショップとか…‥」
おばさん。別に観光で行くわけではないのよ……灯はそう思ったが、口には出さなかった。
「よこすかって何?」エルルゥが灯に尋ねる。
「海のそばの町でね。自衛隊とかアメリカ軍の軍艦がたくさんあるの。
それでアメリカの人もたくさん住んでいて、あっちの人の古着屋さんとかもあるらしいよ。私も行った事ないけど……海軍カレーが有名なの」
「カレー……嫌い……」エルルゥが顔をしかめた。
獣人たちの味付けは全般的に、こちらに比べて結構薄味で、スパイスなども全く使わない。こっちに来て初めてカレーライスをエルルゥに食べさせた時、口が痛いと泣きだして、その後、二度と食べようとしてくれなかった。
でも私は海軍カレー食べたいな。
「おじさん。それじゃ、私が横須賀行ってくるよ。雄太に頼まれたの私だし」
「ああ、それは助かるが大丈夫かい。無理はするなよ」
おじさんもちょっと心配そうだ。
「灯が行くなら私も行くー!」エルルゥが両手を挙げた。
「ダメよ、あんたは。目立ち過ぎちゃう」
「えー。いきたい、いきたい、いきたい、行きたーい! 海見たーい!
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「もう、おじさんはエルルゥに甘いんだから……。
まあ、仕方ない。それじゃ、エルルゥ連れて行ってきますね」
その後、おじさんと簡単な作戦会議をして、翌日、灯とエルルゥは、品川からKQ線で横須賀に向かった。
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親切そうな酔っ払いの兵隊って、そんなのわかるのかしら……まあ、当たって砕けろだ。あっちで山賊やってた事に比べれば……灯はそう腹を決めた。
まだ酔っ払いが沸いて来るには時間がある。灯はエルルゥを連れ、横須賀市内を観光し、軍放出品や古着などを扱うお店を見てまわった。
そして夜の八時くらいになったので、灯とエルルゥは、どぶ板通りに足を踏み入れた。名前は仰々しいが、観光地としても綺麗に整備されていて女子供が夜に通っても全く安全だ。
確かに、見るからに海軍の兵隊さんだと思われる、ごっつい人達があちこちの店先で、ジョッキ片手に歓談している。
さて親切そうな酔っ払いの兵隊さんは……。
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「これ、よろしくお願いします!」
そう言って、すぐに走ってその場を離脱し、エルルゥも後を追って走ってきた。
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「いや、あんな子知らんぞ……でも可愛い子だったよな。
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「えっ?」
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