51 / 63
第51話 突撃
しおりを挟む
ダウンタウンの部屋で気が付いた時、俺は手足を縛られていた。
どうやら俺が気が付いたとたん、話も聞かずに飛び出すのを阻止するため、クローデルさんが指示した様だ。
「ダーリン、ごめんなさい。
こうでもしないとあなた、王城に特攻しちゃうでしょ……
あかりさんとかりんの事は、今全力で調べているから、正直……邪魔しないで!」
家の中は沈痛な面持ちで満たされていた。
灯はもちろん、エルルゥもメロンも……
置いてきてしまったものが大きすぎて、嗚咽を上げるばかりで声にもならない。
プルーンは気を紛らわすかのように、台所でソードの手入れをしていた。
「どっちみち、次王城に入るときは力攻めになるわ。あかりママとかりんの様子が分かったらいつでも殴り込めるようにしておかなきゃ……」
姫様のところへは、クローデルさんが密かに早馬を飛ばしてくれたようで、また近いうちに何か指示があるかもしれない。だが、そんなの待っていられるか!
もう、ゲートなどどうでもよい。二人が無事で帰って来さえすればもういいじゃないか!
そうは言っても、あの状況で人間が守備隊につかまって、無事でいられる可能性は高くはないという気持ちもあり、俺は発狂寸前ではあったが、とにかく様子がわかるまではと、懸命に自我を保っているよう努力した。
そして一週間位して、クローデルさんが王城内の情報を持ってきてくれた。
「生きているわ! あの二人、生きているわよ!」
その言葉を聞いた俺は、今までお祈りした一生分以上、神に感謝した。
皆も同様のようで、抱き合って喜んでいる。
「……でもね……ちょっと悪いニュースもあるのよ。どうやらあかりさんは、新王の後宮に囲われて、夜な夜な新王の夜伽をさせられているらしいの……」
「なんですって! なんでまた、あんな人間のおばさんを!
いや、ごめん……失言。あかりママはすごく魅力的な人だし……」
プルーンが自分で自分をフォローする。
「そうだな……アロン王子はてっきりシスコンのロリコンだとばかり思っていたのだが……」
俺はそう言いながら灯の顔をみたが、灯は複雑な顔をしていた。
性的虐待なんて事は思い出したくもなかっただろうに。
新王に凌辱されているのは不本意ではあるが、もう生きてさえいてくれれば何も言うまい。そう心に決めた俺はクローデルさんに問うた。
「それで、これからどうしますか? 王城に殴り込むなら俺も戦います!」
「焦らないでダーリン。あかりさんには申し訳ないけど、気に入られて囲われているのなら、直ぐに命の危険はないでしょう。もう私たちだけで王城に侵入するのは無理です。多分、姫様とライスハイン卿の軍が王城に攻め込むタイミングのギリギリ直前に一発勝負をかける事になるかと思うわ。それで、申し訳ないけどゲートの事は一旦あきらめて頂戴。あかりさんとかりんちゃんの救出が最優先よ!」
「仕方ないですね……もちろん俺はそれでいいです」
そう言う俺に、灯とエルルゥも同意してくれた。
「それでは、私はもう王城に行かなくていいかね」
システンメドルがよそよそしく言った。
「あら、それはダメよ。まあ戦闘の役には立たないでしょうから、ここで待機はしてもらうけど……あきらめるって言っても、姫様が勝利されたあとにゲートが残ってるかもしれないし、またゲートの研究を再開するかもしれない。その時はあなたにも働いてもらわないと……逃がさないわよ!」クローデルさんが強く言った。
そうだな。今回がダメでも、帰還の希望が全く無くなった訳ではないんだ。
姫様が王様になれば、システンメドルの研究を再開させてくれるかも知れない。
とにかく、星さんと花梨を無事に救い出さないと……。
クローデルさんがこれから姫様と連絡を密にして突入作戦を立案すると言ってくれたので、それに任せる事とし、俺はようやく拘束を解いてもらった。
◇◇◇
ほどなく姫様から連絡が来た。
どうやらXデーを二週間早めるらしい。
ということは、イルマンからこちらへ向け進軍が始まっているという事だろう。
だが農繁期に王都周辺を行軍するのは農家に迷惑がかかるんじゃ……そう思っていたらクローデルさんが解説してくれた。
「姫様は、新しい形の戦争をやろうとされているわ。
行軍で被害の出る農家には、減税と保障をあわせて個別に理解を求めて回っていて、それがほぼまとまったのよ。
これでアスナバルが後からのこのこ出てきても絶対に間に合わないわよ!
それで、いまから一週間後、王城の包囲陣形が完成するわ。そうなれば王城内の守備兵も城壁内外の守備に駆り出されるでしょ。そこで私たちは王城に殴り込みをかけます! もう、姫様の遣わされた助っ人たちも密かに城下に入っているそうよ」
くそ、アスカ姫は何もかもお見通しなのか?
こりゃもう、姫というより軍師だよな。
三日後、俺とプルーンは、クローデルさんの指示で、ユーレール商会が管理している倉庫の一つに向かった。今回突入組の助っ人がここに集まる手はずになっているのだ。
そこで俺は、シャーリンさんに会った。
ははっ、あの無敵のシャーリンさんだぞ!
「ゆうた。元気だったか。いよいよ本当にお前の役に立てそうだ。
つがい殿も花梨も、絶対私が助けてやる。大船に乗ったつもりで任せろ!」
「あらー、シャーリンちゃん。今度は私にもおいしいところ残しておいてよね!」
えっ? ビヨンド様? なんで貴族の奥方様が突入組に?
「ふふ、不思議そうな顔ね、ゆうたさん。いえ、王城にかちこみかけられるなんて、長いエルフ人生でも一回あるかどうかじゃない?
もう冒険者の血が騒いじゃって騒いじゃって……」
「何を言われる奥方様。前回もおいしいところは奥方様が持っていってしまわれたではないですか!」そう言いながらシャーリンさんもうれしそうだ。
プルーンもここで懐かしい人達にあった。
「あの…‥クルスさん?」プルーンが恐る恐る話かける。
「そうですわよ! プルーンさん。あなたのご活躍は遠い空の下で聞いておりました。私も姫様の影武者ではるか遠くまでいって今日まで雌伏していたのです。
今回、当時の姫様付の近衛で、参加出来るものは皆、姫様に呼ばれてここにおりますわ!」
ああ、なんと言う事だろう。本当に俺は、いや俺達は幸せものだ。まあ姫様の命令という事はあるにせよ、俺達のために危険を顧みず、いっしょに王城に突撃してくれると言う仲間がこんなにいるのだ。
そして数日後、姫様とライスハイン卿の軍を主力とした地方領主連合軍が王都を取り囲み、それに合わせるかのように王都の各門も閉じられ、王都軍は王城からその守備に分散していった。
もちろん最初から籠城の構えだ。アスナバル公爵の軍が到着するまで持ちこたえれば王都軍にも勝ち目はあるだろう。だが、アスナバル卿の軍が出発したという情報は今のところない。
「それでは皆様。参りますわよ!」
クローデルさんを総司令官に、王城突入組が進撃を開始した。
◇◇◇
「おーい将軍。いまさら何をあわてている? アスカの軍が王都を囲むのは予定のうちなんだろ? それが予定より二週間早まった位で何を慌てふためいているのだ」
新王が半分からかうようにナスキンポス将軍に話かける。
「新王様。もっと危機感を持って下さいませ。籠城戦が早まったという事はそれだけ食料の備蓄が余計にいるという事です。アスナバル公爵がこちらに到着される予定も早めていただかないと……」
「なるほどな。でも奴をせっついても本当に来るのか?
まあ、せいぜい皆で食料の節約を徹底するんだな」
(くそ、お前など、人間のメスの乳だけ飲んでろ!)
将軍は、のどまで出かかった言葉を心にしまった。
あの日以来、新王は毎日のように星の所に通い、母乳を吸うのが日課になっていた。そもそもアスカ姫を正妻にするまではと、他に囲っている側室もいなかったため実際のところ後宮には星しかいない。しかし、性交などはまったく求めず、ただひたすら子供のようにおっぱいに吸い付いている。
そして日に日に、性格も子供のように穏やかになってきているように感じられる。
(王様、おかあさんの愛情が足りない人だったのかしら……)
星もそう考えていたが、怖いので聞けないでいた。
星に寄りかかりながら、新王が言った。
「あかり。いよいよアスカの軍が王都を包囲したようだ」
「それでは、王様も撃って出られるのですか?」
「いや、世は何もせん。というか王都軍も籠城で敵の攻撃を耐えながらアスナバルの軍をただ三か月くらい待つだけだ。ずっと退屈なままだ……。
だが、世はちょっと期待しているんだ。もし世が、お前のつがいのゆうたなら、この機に乗じて王城に殴り込みをかけるかなって。
周辺の守備に回してしまって、王城内の警備はいまだかつてないくらい手薄だしな」
「それじゃ、王様。もしかして、わざとゆうくんを待っておられるのですか?
でしたらお願いです。私はこのまま王様のもので構いません。
ゆうくんや灯は見逃して下さい!」
「だめだ。世はゆうたと直接話をしなければならないのだ……」
そう言って新王は、星の乳首にむしゃぶりついて母乳を吸いだし、やがて疲れたのか眠ってしまった。
「……ははうえ……」
寝言だろうか。星は、新王がそう言いながら少し泣いていたのに気が付いた。
◇◇◇
俺と、クローデルさんが指揮する突入組は夜半、王城の正門前に集合した。
「でも、これ、ぶち破れるんですか?」俺の質問にクローデルさんが答えた。
「あらダーリン。そんな必要なくてよ」クローデルさんがそう言って城門を指さすと、なんと城門が開きだし、そしてそこには小柄な老人のエルフが立っていた。
「クローデル・ライスハイン嬢。お待ちしておりました」
「ワックベイガー議長。ありがとう。長い事世話をかけましたね。この国はもうすぐ生まれ変わりますよ……それでは、傭兵隊突入! 一階から順に守備の王都軍をせん滅しなさい。近衛隊は私とプルーンに続け! 一気に後宮に駆け上がる!」
シャーリンさんとビヨンド様が先陣を切り、王城内の守備兵に切りかかっていき、守備兵がまるで稲でも刈るかのように倒れていく。やはり、あの二人は敵に回したくないな。
傭兵隊が中央階段まで斬り進んだのを確認し、クローデルさんと近衛隊が一気に駆け上がった。俺もそれについていく。
先頭で、クローデルさんとプルーンが、向かってくる敵を無造作に斬り払っていくのが見える。ああ、もう俺ではプルーンにはかなわないな……バルアもプルーンと一緒に戦ってくれている様に見えた。
今回の俺達の狙いはあくまでも星さんと花梨の奪還だ。
なので本丸を避け、迂回して後宮に向かう。
さすがに本丸を落とすのは、この戦力では無理だろう。
だが、下の守備兵が片付いたら、傭兵隊はそのまま王城を出て、王都の門を守備する一隊を後ろから攻撃する事になっている。
そうなれば、籠城なんて悠長な事は言っていられない。
そこから姫の軍が王都に突入してくるはずだ。
結局、王城への一番槍は俺達であり、まったく、姫様の策略にまんまと乗せられているようにも思うが、こんな乗せられ方なら大歓迎だ。
やがて近衛隊は後宮の裏口に到着したが、そこで近衛隊の足が止まった。
残存の兵力はほとんど本丸に詰めている様で、ここの守りはせん滅したのだが、後宮の門が開かないのだ。
「だめね。これオリハルコンの錠前とドアよね。
なんでこんなところ厳重に守ってるのかしら?」
クローデルさんの言葉に、クルスさんが返した。
「そりゃ、女性は大事にしないと……」
近衛のみんなが爆笑した。
そしてプルーンが俺を呼んだ。
「ゆうた。あれはだめかな?」
「あれ? ああそうか!」
俺は背負っていたバッグからグレゴリーナイフを取り出した。
ファンタジー世界が誇るオリハルコンと現代科学の粋のセラミック合金。
どっちが強いのか!
俺は思い切りナイフで錠前に切りつけた。
パキンと音がして、結果は現代科学の圧勝だった。
グレゴリーさん。また助けられたよ。
「よし行くわよ!」クローデルさんと近衛部隊は後宮に突入した。
どうやら俺が気が付いたとたん、話も聞かずに飛び出すのを阻止するため、クローデルさんが指示した様だ。
「ダーリン、ごめんなさい。
こうでもしないとあなた、王城に特攻しちゃうでしょ……
あかりさんとかりんの事は、今全力で調べているから、正直……邪魔しないで!」
家の中は沈痛な面持ちで満たされていた。
灯はもちろん、エルルゥもメロンも……
置いてきてしまったものが大きすぎて、嗚咽を上げるばかりで声にもならない。
プルーンは気を紛らわすかのように、台所でソードの手入れをしていた。
「どっちみち、次王城に入るときは力攻めになるわ。あかりママとかりんの様子が分かったらいつでも殴り込めるようにしておかなきゃ……」
姫様のところへは、クローデルさんが密かに早馬を飛ばしてくれたようで、また近いうちに何か指示があるかもしれない。だが、そんなの待っていられるか!
もう、ゲートなどどうでもよい。二人が無事で帰って来さえすればもういいじゃないか!
そうは言っても、あの状況で人間が守備隊につかまって、無事でいられる可能性は高くはないという気持ちもあり、俺は発狂寸前ではあったが、とにかく様子がわかるまではと、懸命に自我を保っているよう努力した。
そして一週間位して、クローデルさんが王城内の情報を持ってきてくれた。
「生きているわ! あの二人、生きているわよ!」
その言葉を聞いた俺は、今までお祈りした一生分以上、神に感謝した。
皆も同様のようで、抱き合って喜んでいる。
「……でもね……ちょっと悪いニュースもあるのよ。どうやらあかりさんは、新王の後宮に囲われて、夜な夜な新王の夜伽をさせられているらしいの……」
「なんですって! なんでまた、あんな人間のおばさんを!
いや、ごめん……失言。あかりママはすごく魅力的な人だし……」
プルーンが自分で自分をフォローする。
「そうだな……アロン王子はてっきりシスコンのロリコンだとばかり思っていたのだが……」
俺はそう言いながら灯の顔をみたが、灯は複雑な顔をしていた。
性的虐待なんて事は思い出したくもなかっただろうに。
新王に凌辱されているのは不本意ではあるが、もう生きてさえいてくれれば何も言うまい。そう心に決めた俺はクローデルさんに問うた。
「それで、これからどうしますか? 王城に殴り込むなら俺も戦います!」
「焦らないでダーリン。あかりさんには申し訳ないけど、気に入られて囲われているのなら、直ぐに命の危険はないでしょう。もう私たちだけで王城に侵入するのは無理です。多分、姫様とライスハイン卿の軍が王城に攻め込むタイミングのギリギリ直前に一発勝負をかける事になるかと思うわ。それで、申し訳ないけどゲートの事は一旦あきらめて頂戴。あかりさんとかりんちゃんの救出が最優先よ!」
「仕方ないですね……もちろん俺はそれでいいです」
そう言う俺に、灯とエルルゥも同意してくれた。
「それでは、私はもう王城に行かなくていいかね」
システンメドルがよそよそしく言った。
「あら、それはダメよ。まあ戦闘の役には立たないでしょうから、ここで待機はしてもらうけど……あきらめるって言っても、姫様が勝利されたあとにゲートが残ってるかもしれないし、またゲートの研究を再開するかもしれない。その時はあなたにも働いてもらわないと……逃がさないわよ!」クローデルさんが強く言った。
そうだな。今回がダメでも、帰還の希望が全く無くなった訳ではないんだ。
姫様が王様になれば、システンメドルの研究を再開させてくれるかも知れない。
とにかく、星さんと花梨を無事に救い出さないと……。
クローデルさんがこれから姫様と連絡を密にして突入作戦を立案すると言ってくれたので、それに任せる事とし、俺はようやく拘束を解いてもらった。
◇◇◇
ほどなく姫様から連絡が来た。
どうやらXデーを二週間早めるらしい。
ということは、イルマンからこちらへ向け進軍が始まっているという事だろう。
だが農繁期に王都周辺を行軍するのは農家に迷惑がかかるんじゃ……そう思っていたらクローデルさんが解説してくれた。
「姫様は、新しい形の戦争をやろうとされているわ。
行軍で被害の出る農家には、減税と保障をあわせて個別に理解を求めて回っていて、それがほぼまとまったのよ。
これでアスナバルが後からのこのこ出てきても絶対に間に合わないわよ!
それで、いまから一週間後、王城の包囲陣形が完成するわ。そうなれば王城内の守備兵も城壁内外の守備に駆り出されるでしょ。そこで私たちは王城に殴り込みをかけます! もう、姫様の遣わされた助っ人たちも密かに城下に入っているそうよ」
くそ、アスカ姫は何もかもお見通しなのか?
こりゃもう、姫というより軍師だよな。
三日後、俺とプルーンは、クローデルさんの指示で、ユーレール商会が管理している倉庫の一つに向かった。今回突入組の助っ人がここに集まる手はずになっているのだ。
そこで俺は、シャーリンさんに会った。
ははっ、あの無敵のシャーリンさんだぞ!
「ゆうた。元気だったか。いよいよ本当にお前の役に立てそうだ。
つがい殿も花梨も、絶対私が助けてやる。大船に乗ったつもりで任せろ!」
「あらー、シャーリンちゃん。今度は私にもおいしいところ残しておいてよね!」
えっ? ビヨンド様? なんで貴族の奥方様が突入組に?
「ふふ、不思議そうな顔ね、ゆうたさん。いえ、王城にかちこみかけられるなんて、長いエルフ人生でも一回あるかどうかじゃない?
もう冒険者の血が騒いじゃって騒いじゃって……」
「何を言われる奥方様。前回もおいしいところは奥方様が持っていってしまわれたではないですか!」そう言いながらシャーリンさんもうれしそうだ。
プルーンもここで懐かしい人達にあった。
「あの…‥クルスさん?」プルーンが恐る恐る話かける。
「そうですわよ! プルーンさん。あなたのご活躍は遠い空の下で聞いておりました。私も姫様の影武者ではるか遠くまでいって今日まで雌伏していたのです。
今回、当時の姫様付の近衛で、参加出来るものは皆、姫様に呼ばれてここにおりますわ!」
ああ、なんと言う事だろう。本当に俺は、いや俺達は幸せものだ。まあ姫様の命令という事はあるにせよ、俺達のために危険を顧みず、いっしょに王城に突撃してくれると言う仲間がこんなにいるのだ。
そして数日後、姫様とライスハイン卿の軍を主力とした地方領主連合軍が王都を取り囲み、それに合わせるかのように王都の各門も閉じられ、王都軍は王城からその守備に分散していった。
もちろん最初から籠城の構えだ。アスナバル公爵の軍が到着するまで持ちこたえれば王都軍にも勝ち目はあるだろう。だが、アスナバル卿の軍が出発したという情報は今のところない。
「それでは皆様。参りますわよ!」
クローデルさんを総司令官に、王城突入組が進撃を開始した。
◇◇◇
「おーい将軍。いまさら何をあわてている? アスカの軍が王都を囲むのは予定のうちなんだろ? それが予定より二週間早まった位で何を慌てふためいているのだ」
新王が半分からかうようにナスキンポス将軍に話かける。
「新王様。もっと危機感を持って下さいませ。籠城戦が早まったという事はそれだけ食料の備蓄が余計にいるという事です。アスナバル公爵がこちらに到着される予定も早めていただかないと……」
「なるほどな。でも奴をせっついても本当に来るのか?
まあ、せいぜい皆で食料の節約を徹底するんだな」
(くそ、お前など、人間のメスの乳だけ飲んでろ!)
将軍は、のどまで出かかった言葉を心にしまった。
あの日以来、新王は毎日のように星の所に通い、母乳を吸うのが日課になっていた。そもそもアスカ姫を正妻にするまではと、他に囲っている側室もいなかったため実際のところ後宮には星しかいない。しかし、性交などはまったく求めず、ただひたすら子供のようにおっぱいに吸い付いている。
そして日に日に、性格も子供のように穏やかになってきているように感じられる。
(王様、おかあさんの愛情が足りない人だったのかしら……)
星もそう考えていたが、怖いので聞けないでいた。
星に寄りかかりながら、新王が言った。
「あかり。いよいよアスカの軍が王都を包囲したようだ」
「それでは、王様も撃って出られるのですか?」
「いや、世は何もせん。というか王都軍も籠城で敵の攻撃を耐えながらアスナバルの軍をただ三か月くらい待つだけだ。ずっと退屈なままだ……。
だが、世はちょっと期待しているんだ。もし世が、お前のつがいのゆうたなら、この機に乗じて王城に殴り込みをかけるかなって。
周辺の守備に回してしまって、王城内の警備はいまだかつてないくらい手薄だしな」
「それじゃ、王様。もしかして、わざとゆうくんを待っておられるのですか?
でしたらお願いです。私はこのまま王様のもので構いません。
ゆうくんや灯は見逃して下さい!」
「だめだ。世はゆうたと直接話をしなければならないのだ……」
そう言って新王は、星の乳首にむしゃぶりついて母乳を吸いだし、やがて疲れたのか眠ってしまった。
「……ははうえ……」
寝言だろうか。星は、新王がそう言いながら少し泣いていたのに気が付いた。
◇◇◇
俺と、クローデルさんが指揮する突入組は夜半、王城の正門前に集合した。
「でも、これ、ぶち破れるんですか?」俺の質問にクローデルさんが答えた。
「あらダーリン。そんな必要なくてよ」クローデルさんがそう言って城門を指さすと、なんと城門が開きだし、そしてそこには小柄な老人のエルフが立っていた。
「クローデル・ライスハイン嬢。お待ちしておりました」
「ワックベイガー議長。ありがとう。長い事世話をかけましたね。この国はもうすぐ生まれ変わりますよ……それでは、傭兵隊突入! 一階から順に守備の王都軍をせん滅しなさい。近衛隊は私とプルーンに続け! 一気に後宮に駆け上がる!」
シャーリンさんとビヨンド様が先陣を切り、王城内の守備兵に切りかかっていき、守備兵がまるで稲でも刈るかのように倒れていく。やはり、あの二人は敵に回したくないな。
傭兵隊が中央階段まで斬り進んだのを確認し、クローデルさんと近衛隊が一気に駆け上がった。俺もそれについていく。
先頭で、クローデルさんとプルーンが、向かってくる敵を無造作に斬り払っていくのが見える。ああ、もう俺ではプルーンにはかなわないな……バルアもプルーンと一緒に戦ってくれている様に見えた。
今回の俺達の狙いはあくまでも星さんと花梨の奪還だ。
なので本丸を避け、迂回して後宮に向かう。
さすがに本丸を落とすのは、この戦力では無理だろう。
だが、下の守備兵が片付いたら、傭兵隊はそのまま王城を出て、王都の門を守備する一隊を後ろから攻撃する事になっている。
そうなれば、籠城なんて悠長な事は言っていられない。
そこから姫の軍が王都に突入してくるはずだ。
結局、王城への一番槍は俺達であり、まったく、姫様の策略にまんまと乗せられているようにも思うが、こんな乗せられ方なら大歓迎だ。
やがて近衛隊は後宮の裏口に到着したが、そこで近衛隊の足が止まった。
残存の兵力はほとんど本丸に詰めている様で、ここの守りはせん滅したのだが、後宮の門が開かないのだ。
「だめね。これオリハルコンの錠前とドアよね。
なんでこんなところ厳重に守ってるのかしら?」
クローデルさんの言葉に、クルスさんが返した。
「そりゃ、女性は大事にしないと……」
近衛のみんなが爆笑した。
そしてプルーンが俺を呼んだ。
「ゆうた。あれはだめかな?」
「あれ? ああそうか!」
俺は背負っていたバッグからグレゴリーナイフを取り出した。
ファンタジー世界が誇るオリハルコンと現代科学の粋のセラミック合金。
どっちが強いのか!
俺は思い切りナイフで錠前に切りつけた。
パキンと音がして、結果は現代科学の圧勝だった。
グレゴリーさん。また助けられたよ。
「よし行くわよ!」クローデルさんと近衛部隊は後宮に突入した。
17
お気に入りに追加
449
あなたにおすすめの小説
母娘丼W
Zu-Y
恋愛
外資系木工メーカー、ドライアド・ジャパンに新入社員として入社した新卒の俺、ジョージは、入居した社宅の両隣に挨拶に行き、運命的な出会いを果たす。
左隣りには、金髪碧眼のジェニファーさんとアリスちゃん母娘、右隣には銀髪紅眼のニコルさんとプリシラちゃん母娘が住んでいた。
社宅ではぼさぼさ頭にすっぴんのスウェット姿で、休日は寝だめの日と豪語する残念ママのジェニファーさんとニコルさんは、会社ではスタイリッシュにびしっと決めてきびきび仕事をこなす会社の二枚看板エースだったのだ。
残業続きのママを支える健気で素直な天使のアリスちゃんとプリシラちゃんとの、ほのぼのとした交流から始まって、両母娘との親密度は鰻登りにどんどんと増して行く。
休日は残念ママ、平日は会社の二枚看板エースのジェニファーさんとニコルさんを秘かに狙いつつも、しっかり者の娘たちアリスちゃんとプリシラちゃんに懐かれ、慕われて、ついにはフィアンセ認定されてしまう。こんな楽しく充実した日々を過していた。
しかし子供はあっという間に育つもの。ママたちを狙っていたはずなのに、JS、JC、JKと、日々成長しながら、急激に子供から女性へと変貌して行く天使たちにも、いつしか心は奪われていた。
両母娘といい関係を築いていた日常を乱す奴らも現れる。
大学卒業直前に、俺よりハイスペックな男を見付けたと言って、あっさりと俺を振って去って行った元カノや、ママたちとの復縁を狙っている天使たちの父親が、ウザ絡みをして来て、日々の平穏な生活をかき乱す始末。
ママたちのどちらかを口説き落とすのか?天使たちのどちらかとくっつくのか?まさか、まさかの元カノと元サヤ…いやいや、それだけは絶対にないな。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる