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その20:不老不死は命懸け(前編)

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「どうして……こうなった………」

 僕の目の前に、この国を治めるエルフの国王様のお母上。皇太后様がいらっしゃる。そしてこの方、年齢は二千歳を超えているというお話で、どんなおばあちゃんかと思っていたら、ムチムチ、ピチピチの三十代熟女といっても誰も疑わないであろう美魔女様だ。そんな高貴なお方が、あろうことか下半身すっぽんぽんでソファーに腰かけ、僕に向けて大きく股を広げられている。

「さあお兄さん。遠慮せずともよい。わらわもぬしの心意気に感じいるものがあった。万が一の時は主はお陀仏だぶつなのだから、今生こんじょうの良き思い出としてわらわをめる事を許す!」
 そう言いながら、お抱えの薬師が調合したクリーム状のものを股間に塗り始めた。

「さあ。はよせい。主の舌でこの薬を舐めとり、見事、本懐を遂げてみせよ!」
 いや、本懐って……バター犬じゃあるまいし。僕は別にそんなつもりじゃ……ただ、ヨリにこれをやらせる訳にはいかなかっただけで……って、ヨリ。何、ガン見してるの?
 サラドラ先生も一言も発せず、固唾かたずを飲んで成り行きを見守っている。

「さあさあ。S級冒険者の心意気を示して見せよ!!」そう大声を出す皇太后様に近寄った僕は、その前にひざまずき、ゆっくりと顔を近づけた。
 
 ◇◇◇

 紆余曲折うよきょくせつの末、人魚の有精卵を手に入れた僕らだったが、今後、マイメルルさんやセーレンさん達が穏やかに暮らせる様、今回の事は外では話さない様にしようと皆で決めた。王妃様もこの海岸一帯を自然公園に指定して、探索や開発を極力させない様にしていくと言ってくれた。
 そして僕らの手元には、不老不死の薬と言われる人魚の有精卵が残った。それを持ち帰ってサラドラ先生が調べたところ、受精はしても人魚や人間としての発生過程を経る事はなさそうだとの事で、とりあえず我が子を薬剤にする罪悪感はなくなった。

「どうやら、とんでもなく細胞活性を高める物質に変化している様だな。もっと研究してみたいところだが、今の科学ではよく分からん点も多い。ヘタに潰すより高値で売った方がよいかも知れんな」サラドラ先生がそう言った。
「ですが先生。例の猛毒の件が解決していませんよね。不死になるために命を懸けるとか……それでお金を出してくれる人がいるでしょうか? 」
「そうだな。それにこれをどこで手に入れたかも問題になるだろう。今回の話が公になれば、あの人魚達に迷惑がかかりかねんしな。やはりこれは闇に葬るべきだろうな」
「あーあ。結局宝の持ち腐れかあ。でも、お兄ちゃんの痴態も見られたしまあいいか」ヨリがそんな事を言って笑い、卵はそのままサラドラ先生の手元で超冷凍保存する事になった。

 だが……しばらくしたある日、立派な執事風のエルフ男性がギルドに僕達兄妹を尋ねて来た。なんでも内密の依頼があるとの事で、宿の個室に場所を移して話を聞いた。

「えっ!? 人魚の有精卵を譲ってくれ? あの……一体何のお話で?」僕はしらばっくれたが、相手はなんらかの確信を得ている様で、自身たっぷりに語り出した。
「細かい詮索はお互いに無しという事でよろしいではないですか。私共は卵がほしい。そしてあなた方は十中八九それをお持ちだ。つまりは……普通の商談ですよ!」
 その言葉にヨリが答えた。
「ふーん。商談ねー。商談というより闇取引ってところかしら。まったくどこからそんな話を聞き込んだのかは知らないけど……でも、仮に私達がそれを持っていたとしても、普通の人だとその猛毒に耐えられず、不死になる前に死んじゃうって聞いたけど、どうするの?」
「実は、それについてもアテがあるのです。もちろん、今詳しくは申せませんが」

「なるほどねー。それで、幾ら出せるの?」
「十億ポン」
「十億っ!? スライム討伐一匹五百ポンよ! スライム二百万匹……」
 さすがのヨリもちょっと目が泳いでいる。
「そして、さらにあなた方に良いお話がございます。その猛毒対策のアイテムを入手するクエストを、よろしければあなた方ご兄妹に依頼いたしたく存じます。そしてその報酬が五億ポンです」

「ち、ち、ちょっと待ってよ。そんな高額クエスト、どんだけリスキーなのよ! それに本当にそんな大金だせるの? 詐欺とかカタリじゃないわよね!?」
「それはもう……ご信用いただくしかないのですが、契約前にお話出来るのはここまでです」
「くっ! どうするお兄ちゃん?」
「どうするって……僕らだけじゃ決められないというか。あの、この件は、ほかのパーティーメンバーと相談してもいいですか?」
「それは構いませんが、当方としてはこの依頼が表沙汰になる事を好みません。まあ、広く世間に知れ渡る事さえなければ、お仲間にご相談されたり助力を戴いてもよろしいかと」

 そして二日後。それとなくみんなの意見を聞いた僕とヨリはその執事風の人と同じ場所で面会した。
「ほう。それでは、私の申し出を受けても良いが、もう少し詳細を聞かないと返事が出来ないと……困りましたな。あまり当方の事情を先にお伝えして後から手を引かれてしまったら、私は口封じをせねばなりません」執事風の人がちょっと凄みながらそう言った。

「あの……せめて素性だけでもお明かしいただけませんか? 反社会的勢力の方とかだと、あとあと私達のキャリアにも傷がつきかねませんので……」ヨリが小声でそう伝えた。
「ああ、そうですね。それは心配ご無用です。ここだけの話。今回のオファー元は皇太后様です」
「皇太后様? すっごく偉い人なのは何となく分かりますが、僕ら転移者なものであまりこちらの世界の事情には詳しくなくて。すいません……」
「ああ承知しております。皇太后様は現国王の母君に当たられ、エルフでございますが、御年二千歳を越えられておられます。そして残り少ない寿命をはかなんで不老不死を希求されていらっしゃるのです。そして先日、お抱えの占い師が最近人魚の卵を手に入れた冒険者がいると告げたところ、是非にも手にいれよと……ああ、この事はくれぐれもご内密に」
「ご心配なく。クライアントの秘密は守ります。ですが、そんなおばあちゃんが不老不死とか……どんだけ強欲なのかしら」
「ヨリ! 失礼だぞ!」

「まあまあお兄さん。王宮内にも妹さんの様に言う者が少なくないのですが、如何せん皇太后様は今だに絶大な権力をお持ちです。長いものには巻かれろではないですが、ここでこの依頼をお引き受けいただければ、あなた方も王室御用達ごようたしのS級冒険者として箔がつく事間違いございません!」
「そっかー。そりゃいいかも。それに王室がスポンサーなら支払も問題ないだろうし……お兄ちゃん。やってみようよ!」
「お前がいいなら……」
「それじゃその依頼、私達S級冒険者姉妹が承ります!! それで、その猛毒対策のアイテムって何を調達すればいいのでしょうか?」

「お引き受けいただき有難うございます。これで私も皇太后様に顔向けが出来ます。私は侍従長のラスライスと申します。それで猛毒対策なのですが、北の霊山にあるキノコの一種を採取してきていただきたいのです。それをお抱えの薬師が煎じて毒消しを調合する手はずになっています」
「あらー、調達だけ? 魔獣を倒して肝をとってこいとかじゃないんだ」
「はい……多分、入手だけならあなた達にとっては造作もない事かと……それで……」ラスライス侍従長がなんか言いづらそうにしている。
「あの……その毒消しの人体実験もお願いしたいのです!!」
「はい!? あの、それって……毒消し飲んでから人魚の卵も食べてみるって事でしょうか?」僕は思いついた事をそのまま口にした。
「はい……そうなります……」

「いやいやいや。ちょっと待って下さいよ。そしたら、毒消しが万一失敗したらアウトでしょ?」
「ですが、成功すればその方も不老不死です!」
「いや別に、僕らは不老不死には……どなたか他に希望者を募るとか、死刑囚の人にやってもらうとか。何か手があるんじゃないですか?」
「いえ。この件を知る者は一人でも少ない方がよいというのが皇太后様のお考えです。ましてや死刑囚などを使って、そのものが不老不死になったら死刑が出来ません! ですので、猛毒対策アイテムの入手クエストは、毒見込みで五億ポンとさせていただきました。」なるほどー。そう言う裏があったのか……

「それで、その毒消しの成功確率はいかほどのものでしょうか?」ヨリが尋ねる。
「薬師がいうには半々とか……」
「あちゃー。確率五十%……こりゃだめだよヨリ」僕はもうすっかり逃げ腰だ。
「……半々か。お兄ちゃん。この毒見、私がやるよ!」
「いや、ヨリ。お前、不老不死はいらないって……」
「そうだけど、十五億だよ!? 冒険者なら命張ってもいいかなって思うよ。よし! そうと決まったらサラドラ先生にも相談して、極力事前に打てる手は打たないとね」
「ヨリぃ……」

 ⇒後編へGo!
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