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第24話 帰国準備

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 姫様達の帰国が、一月十五日に決まった。
 マサハルさんの、寿旅館の業務引継ぎがどうしてもそこまでかかってしまうらしく、まあ、今回の姫の帰国は、彼らの手柄にしてあげないとという事でもある。

 結局、あの夜、りんたろーもセシルも帰ってこなかった。
 二人はちゃんと男女としてやるべき事をやったようだ。
 そして、なぜかマホミンさんはあちらに帰らず、マホガニーのバンドのアシスタントとして採用されたらしい。どこで勇者に気に入られたんだろう。

 カスミは、あの日、りんたろーを送り出した事を後悔していないと言えばウソになるが……まあ正直、今の方が気が楽だ。
 その話を真理にしたら、思い切り慰めてくれた。
 りんたろーは童貞ではなくなったが、別に、姫様が帰ったあと、普通にお付きあいが出来るだろう。

 明日から学校の新学期が始まるという冬休み最後の日。
 みんなで稲毛浅間神社にやってきた。
 りんたろーとセシルは、年明けすでに一度来ていたが、マサハルは今年最初で最後の初詣という事で、珍しくいっしょに参加している。
 もう三が日ほどの人出はなく、結構ゆっくりお参り出来た。

 境内の茶店で休憩しながら、みんなで雑談をしていた。

「ねえ、りんたろーさん。私、お土産これにするんですよ」
 そう言いながらマサハルさんが、肩に掛けていたバックの中身を見せてくれた。

 ? なんだこれ……一円玉? ああー、そうか。
「知ってます? 一円玉って原価三円くらいするんですって。
 ですからアルミの仕入れとしては、一円玉が一番リーズナブルなんです。
 そんでもってこれ、向こうじゃ数千倍の価値になるんですよ!」
「あー、知ってます。姫様のお土産もアルミでしたし……。
 でも、通貨の国外持ち出しは違法ですよ」
「まー、そう固い事言いなさんな。異世界は外国ではないでしょ?」
「はは……」
「それで、マホミンさんがいっしょに帰らなくていいの?」真理が尋ねる。
「うーん。まあ、大丈夫でしょ。
 姫様さえ連れて帰れれば……ご褒美も私が独占できますし……」
「あちゃー」みんなが呆れた。

 ◇◇◇

《どかーーーーん!》

皆でそんなたわいもない話をしていたら、突然、外で爆発音がして建物が大きく揺れた。
「なになになに! ガス爆発?」カスミが飛び上がる。

「皆動かないで……私が様子を見てきます」
 ブレタムがそう言って、店の外に出て行った。
 外がかなり騒がしいが、その後爆発や揺れもなかったため、だんだん落ち着いてきている様にも思える。ブレタムも戻ってこないし、みんなで様子を見に行く事にした。

 本殿前まで来て、みんなは眼を疑った。
 何あれ?
 空に大きな円形の文様が浮かび、蛍光色に輝いている。
「あー。あれは……魔法陣ですね」セシルがそう言った。

 ブレタムが戻ってきた。
「ああ、姫様。よかった。呼びに行こうかと……あれは、魔法陣ですよね。私では手に負えなくて……いったい何が?」
「うーん。何でしょうか。
 ただ、発動が不完全で、まだ効力を発揮していないような……」
 セシルとブレタムは呑気に構えているが、周りが騒ぎ出している。
「あの、姫様。ここはなんとか収めないと……騒動になっちゃいますよ」
「あー、りんたろーさん……そうですね。仕方ない。緊急処置です!」

 そういいながら、セシルが直立して瞑想をはじめ、やがて詠唱を始めた。
「何々、姫様の魔法?」カスミと真理が興味深々に聞いてくる。
「多分そう。ここなら地脈がなんたらで、魔法が使えるんだよ」

「神と精霊の御名において命ずる。 
 アシスト!」
 セシルの掛け声と同時に、空の魔法陣が輝きを増したかと思ったら、次の瞬間、いきなりパンっとはじけた。

「きゃー!」周りから悲鳴が上がる。
「まずいよ姫様!」と言いながらりんたろーは、魔法陣から人が落ちてくるのを見た。
「えっ?」
 りんたろーの横にいたブレタムが横っ飛びになり、その人が地面に落ちる前にキャッチした。
「ええっ?」驚くりんたろー達を尻目に、ブレタムが叫ぶ。
「みんな! 逃げるぞ!」そう言って、落ちてきた人を抱えながらブレタムが走り去っていく。セシルがそれに続いたので、カスミ、真理、マサハルもそこから逃げ始めた。

 逃げ遅れたりんたろーに、周囲の眼が集まる。
「あ……あのー……新幕高校奇術研究会です! ちょっとマジックが失敗しちゃって……お騒がせしてすいませんでしたー!」

……なんだよ。高校生のいたずらかよ……正月だからまあいいけど……いい加減にしろよな……そんなことを言いながら、人々は散っていった。

 はてさて、みんなどこまで逃げたんだろ……そう思いながら神社の周囲を探していたら……いた! あそこの児童公園に集まってる。

 魔法陣から落ちてきた人が、ベンチに座っているけど、意識がないのか?
「あの姫様。この人、お知り合いですか?」
 セシルに替わってブレタムが答えた。
「知ってるも何も……ミルダだよ。ほら、姫が帰らないと死刑になるかもって……」
「えー? ということは、脱獄でもして来たんでしょうかね?」
「わからん。マナ切れみたいなので、出来るだけマナの濃い場所にいるのがいいんだが」
「でも、ブレたん。回復に時間はかかるかもだけど、おうちに連れて行った方が良くない? この辺で変に暴れられても困るし……」
 セシルの言葉に従い、カスミとブレタムがタクシーでミルダを自宅まで運び、他の者は
電車で帰宅した。マサハルさんも状況を把握したかったようだが、仕事があるとのことで
小岩に戻った。

 ◇◇◇

 ミルダが意識を取り戻したのは、夕方過ぎだった。
 だが、まだぼーっとしているようで、要領を得ない。
 セシルが水分を取る様勧め、ミルダはゆっくりとお湯を口に含んだ。

「あ……。姫様……。姫様ですよね? ……私いったい……」
「ミルダ。まだ、休んでていいわ。それにしても、トランスポートゲートなんて……。
 マナの薄いこっち側に張れる訳ないじゃないの。マナが全然足りなくて、亜空間に引っかかってたわよ。幸い私が近くにいたから、アシスト出来たけど……そうじゃなきゃ、あなた、今頃、亜空間で迷子よ」
「あー。申し訳ありません。出来るだけマナの濃い座標を探して、結んだつもりだったんですが……」
「だから、もういいから。もう少し休んで。お話はそれからでいいわ」
 そう言われて安心したのか、ミルダはゆっくり眼を閉じ、やがて眠ったようだった。

「大丈夫?」カスミが心配そうに声をかける。
「朝まで休めば、多分問題ないです。それにしてもどこからあんな魔力を……」
「それって、あの魔法陣の事?」りんたろーが尋ねる。
「そうです。あれは本来、私の世界の中で使用するもので、他の異世界をつなぐものではありません。どれだけの魔法力が必要なのか計算出来ないと危ないのです。
 それに、この世界に来るとなると、それこそ魔王並みの魔力でもないと……」
「ふーん」

 夜十時を過ぎ、りんたろーが自宅に戻ろうとした時、いきなりミルダが起き上がった。
「あーーーーー。姫様! 一大事。一大事なんですーーーーーー」
 ミルダの大声に、カスミやセシル達もそばに来た。
「落ち着きなさい、ミルダ。どうやら意識がはっきり戻ったようね。
 順を追ってゆっくり話して!」セシルにそう言われ、ミルダが叫んだ。

「魔王が……魔王が復活しちゃったんです!」

「えっ? それって、勇者ノボルに倒された……?」
「同じ奴かは判りませんが……こんなの異例中の異例で。普通何十年かは復活しないはずなんですけど……それで、急遽勇者を召喚しようとしたんですが、前回、勇者ノボルを呼んでからのインターバルが短すぎて、召喚魔導士達がマナを貯め切ってなくて……。
 召喚儀式がすぐに出来ないんですぅ……」
「なんと……それで、君が勇者ノボルをトランスポートゲートで呼びに来たという事か。しかし君は未承認術式を使って姫様と私をこちらに送った罪で、投獄されていたんではないのか?」とブレタムが問う。
「最初はそうだったんですが……まあ、こういう緊急事態には使えるんじゃないかって、特例措置が出て……数か月前から研究室に戻って、引き続きあの術式の改良研究をしてました!」

「それじゃ、姫様が帰らなければ死刑というのは?」
「なんですか、それ?」
「よかった……やはり、死刑は兄様のブラフだったようようですね。それで、これからどうするのですか? 勇者ノボルをどうやってあちらに連れて行くの?」
「あー、別にノボル様でなくても、資格があれば誰でもいいんです。
 それで、私の改良術式で、数人まとめてあっちに移動できます」
 そう言いながらミルダは、懐から三十センチくらいの大きなクロスを取り出した。

「すでに帰還座標と、必要なマナはこいつの中に入ってます。あれから大分改良したんですよー。こっちに来るためには、姫様達が使った術式か、トランスポートゲートしかないんですが、こっちに来ちゃえば、あっちに帰るのはこれで十分!」
「なるほど……でも、あのトランスポートゲート、よく生成できましたね。あんな魔力どこから……」
「あー、あの術式も改良しました。私だと危ういですが、姫様なら楽々生成できますよ。
 なので、この新術式と合わせると、あっちとこっちで、何度でも行き来可能です!」
「ああ、ミルダ……あなたって人は……」

「あのー。お取込み中すいません。一体何がどうなってるの?」
 りんたろーがセシルに聞いた。
 ああ、あちらの言葉でしゃべっていて、りんたろーさん達には、何が起きているのか全く伝わっていなかったわね。
 セシルが、りんたろーとカスミにミルダの話を伝えた。

「……勇者ノボル……すぐに連絡取ったほうがいいですか?」
 りんたろーの言葉をセシルが通訳してミルダに伝えた。
「えっと……あー! 別にノボルでなくても……適任者がすぐそこに!」

 小型のタブレットのような機械の画面を見ながら、ミルダとセシルが話をしている。

「あの……りんたろーさん。誠に申し上げにくいんですけど……。
 あなたの勇者適性値が、勇者ノボルの時より高いんですって。
 勇者として、私といっしょに来ていただく訳には参りませんか?」

「えええええっーーーーーーーー!?」
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