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第20話 勇者の本音

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 そして大晦日の午後十一時過ぎ、三人は原宿駅を降り立った。すでに周りは、明治神宮に初詣に向かう人であふれていた。

「どうする? まだ約束の時間まで二時間以上あるけど」カスミが問う。
「これなら、神宮に初詣してからでもいいかもね。約束の場所は、新宿の南口側だから、
歩いてもそんなにかからないよ……にしても、これ。ライブハウスか何かかな? 特に大晦日でライブやるとかは、ファンサイトにも書いてなかったけど……」
「まあ、行ってみればわかるでしょ」一人で来いと言われているが、真理もカスミも
近くまでいっしょに行ってくれる予定だ。

 そのまま、神宮の参拝者の列に並び、やがて年が明けた。参拝の列が前進しだす。

 人に揉まれながら、ゆっくり全身するが、しばらくして……あれ? カス姉は?
「どうしよ。りんたろーさん。カスミ様、はぐれちゃったみたい!」真理も慌てているが、周りを探そうにも身動きが取れず、人の流れに身を任せるしかない。
「仕方ないよ、真理ちゃん。勇者との約束の場所はカス姉もわかっているし、最悪、そこで落ち合えるでしょ……真理ちゃんも、はぐれないでね」そう言いながら、りんたろーが真理の手を握った。

「ひゃ!」真理はびっくりしたが、まあ、これ以上離ればなれにならないようにとの配慮だろう。ドキドキしながら、人混みの中を、りんたろーにくっついてゆっくり進んだ。

 プールの様な賽銭箱になんとかお賽銭を投げ入れて、人混みから解放された時、午前一時を過ぎていた。りんたろーと真理は、手をつないだまま、新宿に向かって山手線の脇を歩いている。
 深夜で人通りもまばらであり、りんたろーは心配して手を握ってくれているのだろう。
 さっき真理は、神様に「りんたろーさんと親しくなれますように」とお願いした。
 それが、もうかなってしまっているみたいで、これならもっと欲張ってもよかったかなと、ちょっと後悔していた。

「ここだよね……」
 午前二時ちょっと前、りんたろーと真理は、新宿三丁目にほど近い路地裏の、カサンドラというお店の前に来た。ドアには準備中の看板がかかっている。
 カスミの姿は見当たらないなと思ったら、RINEが入っていた。
「えー! カス姉、間違って恵比寿の方に歩いて行っちゃったみたい……仕方ないから先に帰るってさ」

 はは、りんたろーさんと二人っきりになっちゃったぞ。私のお願い……神様、まだまだ頑張ってくれてるんだ……と真理は思わずにはいられなかった。

「でも、ここ。なんか雰囲気よくないよね……ヤンキーみたいのもうろついてるし……。
 一人でって言われたけど、真理ちゃん一人には出来ないや。怒られてもいいから、二人で入ろう」そう言って、りんたろーは、真理を伴って店に入った。

 中は普通の喫茶店風だったが、準備中とあったせいか誰もいない。
 いや……奥のシートに一人……ああ、勇者ノボルに間違いない。

「なんだ、お前。一人でって言ったのに……女連れとはいい度胸だな」
「すいません。外で待ってもらおうと思ってたんですが、このあたり、なんか治安が悪そうで……だめでしょうか?」
「ふっ。いきなり姫様連れてきてたら叩き出したけど……まあいいや。あんたも、前橋にいたよな?」
「はい。私は、浜松真理と言います。
 あっちの世界から来た姫様の追手と組んでいる人間です」
「えっ? 真理ちゃん? 突然、それ勇者さんに言う?」りんたろーが動揺する。
「多分、勇者さんにブラフは通用しなさそうなんで、こちらの手の内先に見せたほうがいいですよね?」
「ははは、お嬢さんのほうがよっぽど肝が据わってやがる。なるほど、了解だ……。
 それで……お前達は、どうしたいんだ?」

「率直に言います。姫様に直接会って、貴方の気持ちをはっきり伝えて下さい!」
 りんたろーが勇者ノボルに告げた。
「先日のノボルさんの様子だと、もう姫様に未練はないのでしょう? 
 それをはっきり伝えて、きっぱり振ってあげて下さい。姫様もそれを望んでいます」

「……ふー。前橋で、あきらめて帰ってくれた方がよかったんだがな……また会えってか……なー、真理ちゃん。あんたのところに追手来てるんだろ? そいつらにさっさと姫様連れてってもらえないかな?」
「いえ……追手の方達もいい人で、今少し、姫様の御心が定まるまで待ってくれるようでして……」
「ちっ、使えねえ追手だな……そう……お前、りんたろーだっけ。おまえ、姫様が好きなんだろ? そうでなければ、あんなに身体張らないよな? 俺の事は気にしなくていいから、お前が姫様貰ってくれ! ヤッちゃっていいから」
「なっ! ふざけてるんですか! 仮にも勇者様なんでしょ? あんな女の子一人くらい、ちゃんとお断りすればいいんじゃないですか!」
 憤るりんたろーを制して真理が言った。

「あの、勇者様。どうして、姫様と直接お会いになりたがらないのですか? 前橋では、
あんなにはっきり拒絶されたのに……もしかして……まだ、姫様への思いが残ってる?」

「!」勇者が言葉に詰まった。
「えっ? 真理ちゃん。何言ってんの?」
「りんたろーさんは、黙ってて! あの……もしかして、二人きりで会ったら思いが再燃しちゃうとか……そういうのを恐れているのですか?」

「…………やれやれ。やっぱ女の子は鋭いな。だから小僧一人で来いって言ったんだ。
 チェリーボーイ一人位なら簡単に煙に巻けると思ったんだが…………。
 そうさ! その通りさ。俺はまだ、彼女を慕っている。
 二人っきりで会ったら最後、押し倒さない自信がない。だから……会いたくないんだ」

「そんな……それって両想いですよね! なんで……」
「だから、りんたろーさんは黙ってて! 勇者さん……怖いんですか?」
 真理が真剣な眼差しで勇者を見つめる。
「ああ、そうだよ。俺は、彼女と人生を共にするのが怖いんだ。
 勇者なのに……なさけないよな」
「怖いって……? あんなに可愛くて優しい姫様じゃないですか。いったい……」

「りんたろー。人生を共にするってのは、今だけじゃないんだよ。そりゃセシルは可愛いさ。一緒に居たいし、キスもしたい。セックスもしたい……でもな、五十年後に、あいつは今のまま、ほとんど何も変わらないんだ。こっちはもうヨボヨボのシワシワ。下手すりゃ墓の下ってな。そんなんで、本当にあいつを幸せに出来るのか? 寂しい想いをさせるだけじゃないのか? 少なくとも俺には今、あいつを生涯幸せにする自信がない。そうならば、あいつの恋心がどこかの中坊みたいに、恋に恋しているような今の状況なら……あいつは、自分の世界で、ちゃんとしたエルフと結ばれた方が幸せなんじゃないか?」

「……」りんたろーも真理も何も言い返せない。言い返すほどの人生経験も蘊蓄うんちくもない。

「そんでな。勇者の魔王討伐の報酬ってなんだか知ってるか? 
 夢を一つ叶えてくれるんだよ。こう、魔力を封印した宝玉があってな……まあ、それはどうでもいいか。それで、俺は、メジャーなミュージシャンになりたいと願った。そして今こうなってる。
 群馬の山奥出身だった俺は、メジャーなミュージシャンになりたくて、親に無理言って東京の三流大学に通いながら、どこにでもある学生バンドやってたんだ。
 そしてあの日。メッセでコンサートがあって、俺、バイトで機材運びやってる途中で召喚されちゃって……で、まあ、あっちでいろいろあって、こっち帰って来てからメジャーデビュー出来たんだが……姫様に付き合ったら、それも手放さなくちゃならん。
……まあ、これは姫様にもらった様なものでもあるんで、返せって言われたら、そりゃ仕方ないけどな」
 そこまでしゃべってから、勇者ノボルは、水割りを飲みながら、だんまりになった。

「それでも……」りんたろーが口を開いた。
「それでも、今の話は、勇者さんが直接姫様にしたほうがいいと思います! 
 彼女は馬鹿ではありません。
 多分、今の勇者さんの気持ちを理解してくれるはずです!」
「……そうかもな。だがさっきも言ったろ。会ったら最後、押し倒さない自信が無いって……それで振っちゃうんだから……そうだな。俺に押し倒されて、ヤラれちゃった後で、振られてもいいって言うんなら、会わない事もないか……ははは、馬鹿らしい」

「馬鹿らしいかどうかはわかりませんよ。今のお話を、僕は姫様に伝えます。
 それで、姫様がそれでもいいと言うなら、二人で会ってくれますか?」
「おいおい。お前正気か?」
「そうよ、りんたろーさん。それはいくら何でも姫様が可哀そう……」
「ううん、真理ちゃん。僕には、姫様が、そんな体の関係云々よりも、勇者さんと会話して筋を通す事を望んでいるようにも思えるんだ。だから、話してみる。
 まあ、嫌だっていったらそれで終わりなんで、素直にマホミンさんと帰って貰おうよ。
 でも……もしそれでも会いたいと言ったら、会っていただけますよね。勇者さん!」
「……ああ。それは……約束する。男に二言はない」

 カサンドラを出たときは、すでに午前三時を回っていたが、さすがにもう始発を待たないと家には帰れない。あと二時間ない位なので、新宿駅近くの公園のベンチに、りんたろーと真理は腰かけた。

「りんたろーさん……姫様、あれで勇者と会うっていうかしら?」
「うーん。何とも言えないけど……でも、何て言おう。犯されちゃうけど振られちゃいますって……さすがにまずい気がしてきた」
「ふふ、りんたろーさんって、ああいう場面で、変に度胸がいいですよね。あんなに自信たっぷりに言われたら、勇者でもビビっちゃいますよ。でも……私はそんなあなたが好きですよ!」
「えっ? 真理ちゃん……」
「……ごめん。りんたろーさん。今、神様が応援してくれてたような気がしてて……。
 いやいや、言い訳じゃないし……カスミ様いがいないところで、抜け駆けみたいで何なんですが……あ、あの寿旅館の時は、何も覚悟ないまま、マサハルさんに言われてあんな事しましたけど……今ははっきり言えます。私、あなたの事が好きです。
 なんかさっきの勇者とのやり取り見てたら……やっぱり自分の気持ちをはっきり伝える事って重要かなーって……」
「……真理ちゃん、有難う。すごくうれしいです……でも、何か……ごめん」
「あー、いいの、いいの。わかってたから。りんたろーさん、姫様のこと気になってるし、カスミ様もりんたろーさんが大好きだし……」
「えっ? カス姉も?」
「……あー、やっぱり気づいてないんだ……。カスミ様も、一人の男性として、あなたの事が好きなんだよ。気づいていないの多分あなただけ……」
「そ、そうなんだ……あまりに身近すぎて、考えた事もなかったけど……」
「そういうところが、りんたろーさんらしいな……でもまあ、始発までまだちょっとあるし、結構冷え込んできたし……今しばらくは、私があなたを独占してていいかな?」
 そういいながら、真理は思い切り、りんたろーの腕にしがみついてきた。
「はは、あったかいや」

 しばらくすると、東の空が白んできて、やがて初日の出が見られた。
 女の子と腕組ながら見る初日の出って、なんかいいなと、りんたろーは思った。
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