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第18話 クリスマス

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 カレンダーは十一月になり、朝方冷え込んでくることが増えてきた。最近、りんたろーは、頻繁に真理と待ち合わせして、情交……じゃない、情報交換をしているようで、カスミはちょっと気が気ではない。姫様に関しても、あんなやり方でりんたろーとの間に溝が出来る様にしちゃったような気がしていて、結構気に病んではいるのだが、いまさらどうにも出来ない。
 私は、りんたろーを自分のものにしたいのかな……多分そうなんだけど、腹を括れないあたりが自分なのだと思って、ちょっと悲しくなる。

「ねえ、カスミ。あなた、今年こそ、クリスマス彼氏作るの?」
 大学の友人達は、いつも気安くそんな話をしてくる。
「んー。あたしは冬コミに向けてそのころ忙しいしな。やっぱシングルイブかな……」
「何言ってんの。あんたがコスプレしているとき、いっつもそばにいる弟君……彼、すっごく可愛いじゃん! もう食べちゃったの?」
「食べっ? 何言ってんのよ! そんな関係じゃないんだって」
「ふーん。そうなんだ……じゃ、私が食べてもいい?」
「なっ、何言ってんのよ! りんたろーは私のもんだかんね!」
「ふっ。ほんとに素直じゃないんだから……夏コミの時見た限りでは、あの子も、あなたにまんざらではないと思うわよ。思い切って誘ってみたら?」
「えっ、ああ。そう……なのかしら」
 カスミは歯切れの悪い返答をしたが、後で思い直した。
(確かに、このままだと、りんたろーは真理ちゃんとくっついちゃうかも……。
 せめてクリスマスくらいは先に予約しておこうかな)

 数日して、夜にりんたろーと真理が、カスミの家にやってきた。勇者直談判作戦に何か進展があったのだろうか。

 真理がセシルやブレタムと話をしていて、りんたろーがリビングで暇そうにしていたので、カスミは話掛けてみる。

「あのさ、りんたろー。来月のクリスマスなんだけどさー」
「ん? ああ、カス姉も知ってたの? クリスマスの件」
 りんたろーが意外そうに言った。
「えっ? 何の話?」
「何ってなんだよ。勇者の新曲サイン会の話だよ! 十二月二十五日に前橋市のレコードショップで、マホガニーのセシルさんが単独で新曲CDのサイン付き即売会やるんだって……知ってたんじゃないの?」
「あ、ああ……その件、その件」
 ああ、またごまかしちゃった。カスミは本当に自分が情けなく感じられた。
 それにしても、配信全盛のこの時代に、レコード店でサイン会ですって? なんでまたそんなことを……しかもよりによってクリスマスの日とは。
「あっ、カス姉も不思議に思ったんでしょ! なんで今時分にレコード店でサイン会とか……ファンクラブのサイトには、前橋が勇者さんの故郷で、昔から馴染みのレコード店さんらしくて、その関係みたいと書いてあったよ」
 りんたろーの説明で納得したカスミのところに真理が近寄ってきて話かける。

「それでカスミ様。このサイン会、午前と午後の二回あるんですけど、私達みんなで行って、勇者を取り囲みませんか? 多少騒ぎになるかも知れませんが、姫様が勇者と言葉を交わす時間くらいは作れると思うんですよ」
「いやー、僕。もうグーパンチは遠慮したいんだけど……」リンタローが愚痴る。
 長野の時は、右目の周りのアザが消えるまで一週間以上かかった。

「でも、年内のチャンスとなると、それしかないかもね。それで、それって全くフリーに行ける訳じゃないわよね?」カスミの質問に真理が答えた。
「さすがカスミ様。わかってらっしゃる。参加はファンクラブサイトでの事前抽選です。ですので、またカスミ様の御力をお借りしたいんですが……」
「なるほど。私の友人やフォロワーに抽選の参加要請をするのね。このサイン会なら、多分入場時の本人確認とかないんでしょ?」
「その通りです。すいませんが宜しくお願い致します……それでカスミ様。前の日の二十四日なんですが、みんなで前橋に前泊してクリスマス会やりませんか?」
「おー、真理ちゃん。それナイスアイディア!」りんたろーと二人きりではなくなったが、それでもみんなでパーティ―が出来るのであれば、それもいいかもしれない。
 カスミはそう考えて、真理の作戦に全面的に協力する事にした。

 ◇◇◇

 十二月に入って、ファンサイトでサイン会の抽選が行われ、りんたろー達は、十時開始の午前の部の入場チケット四枚を手にいれた。そしてりんたろーにカスミ、セシル、ブレタムに真理の計五名が前橋に向かう事となった。マサハルとマホミンは、クリスマスはかき入れ時なので寿旅館を離れられない。
 
 二十四日は早めに家を出て、経費節減する必要もあり、快速で前橋まで向かった。
 夕方に到着した宿は、前橋の市街からはちょっと離れていたが、クリスマスイブにちゃんと部屋を確保出来ただけでも、真理に感謝しなければなるまい。

 カスミは真理と同室、セシルとブレタムが同室で、それぞれツインだが、りんたろーは一人でダブルの部屋だ。これって、夜這いかけたら……カスミはちょっと想像してしまったが、同室の真理が声をかけてきた。

「あの、カスミ様。私、今回策を弄した事、先に謝っておきます……」
「何の事? あなたは手配も含めてよくやってくれたわよ」
「いえ、あの、私……本当はりんたろーさんを、イブに誘おうと思ったんですけど、勇気がなくて……それに誘っても断られそうで……それでサイン会にかこつけて、みんなでのパーティーとか……カスミ様まで巻き込んでしまって、本当にすいません」
「あー、私は別に迷惑じゃないから……って、もしかして、りんたろーの部屋がダブルなのって、わざと?」
「いえ、違います! それは全くの偶然です……でも、夜中に彼の部屋に遊びにいくのは有りですかね?」
「ダメダメダメ! ダメに決まってるでしょ、高校生! まだ早すぎます!」
「そうですか……りんたろーさんは、やっぱりカスミ様専用なのですよね……でしたら、私は部屋でおとなしくしていますので、カスミ様が夜這いをかけてきて下さい……」

 あれ? この子、私とりんたろーの関係をそう見てたの? そう思ったら、カスミは何か憑き物がストンと落ちたような気がして、ちょっと肩が軽くなった。

「ふっ、ははははははははっ。 
 まったく、りんたろー……知らぬは当人ばかりなりってか」
「あの、カスミ様。そんなに笑わないで下さい。そりゃ、あなたからしたら私の思いなんで児戯にも等しいでしょうけど……」
「ううん、ごめんね真理ちゃん。違うの……私もさ、あなたにりんたろー取られちゃうんじゃないかって、ずっと心配してたの。だから、なんかおかしくって」
「あっ、そうなの……ですか……」
 二人はお互いの顔を見つめ合い、そして大きな声で笑いあった。

 ◇◇◇

「まあ、当の本人がどう思ってるのか、皆目わからないけど……。
 多分、まだ姫様に未練あるんじゃないかなーとは思うのよ」
「あっ、私もそれは感じてます。でも、あの長野の後、距離出来ましたよね!」
「やっぱ、よく見てるわね真理ちゃん。
 あれは……私がちょっと意地悪して釘さしちゃったんだよね……」
「そうなんですか……でも、どうなんでしょ。これで明日、姫様と勇者様の仲違いが決定したら、りんたろーさんと姫様、くっついちゃったりして……」
「どうなのかなー。エルフと人間じゃ寿命からして全然違うし、よほどの覚悟がないと、
とは思うんだけど…‥」

「それじゃ、カスミ様。今夜二人でりんたろーさんに夜這いかけましょうよ? 
 もう、私達無しでは生きられないーみたいにするんです!」
「おー、それいいかもね。でも、幾らダブルベッドでも、三人で寝られる?」
「あ、でも……それって3P?」真理は自分で言って、真っ赤になってしまった。
「ぷっ、何それ? 自分で言っておいて照れるな……」
 そう言いながらまた、二人は大笑いし、真理が予め予約してあった宿近くのレストランに向かった。

 もちろん、パーティは和やかな雰囲気で行われ、その夜、りんたろーの部屋を誰かが訪れる事もなく……彼は大きなベッドの上で大の字で眠ったのだった。
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