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第15話 りんたろーの気持ち

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 りんたろーと真理は、とりあえずマホガニーのファンクラブに入った。そして、作戦として稚拙ではあるが、直接勇者の目に触れる可能性は低くないだろうということで、セシルの事を書いたファンレターをたくさん出した。しかし、こういうのって本人がちゃんと読んでくれるのだろうか。
 また期限の問題もあり悠長にファンレターの返事を待っている訳にもいかず、コンサート等にもセシルを連れて行き、チャンスがあれば直接合わせられないかとも考えた。
 しかし……年内のコンサートチケットがまったく取れない。すべて完売しているのだ。カス姉がすごい人気だといっていたのもうなずける。
 このバンド、昨年五月位に突然何の前触れもなく現れ、あっという間にヒットチャートを席巻したらしい。時期的には、勇者があっちの世界から戻ってきた時期と齟齬はない。
 
 りんたろーは、アニメ・ゲーム・コミックや特撮なら得意分野なのだが、ビジュアル系バンドは正直守備範囲外であり、真理もあまり詳しくはなかったのだが、彼女の友人にそっち系に詳しい人がいて聞いてみたところによると、本当にデビュー前、アマチュアとして、ネットとか路上とかで活動していた痕跡もないらしい。
 ファンの間では、それがむしろカリスマ性の証のように言われている様で……。
 勇者さん、なんか魔法でも使ったのかな? とりんたろーは思う。

 昨今、ライブのチケットを個人的に譲ってもらう事も難しくなった。仮にそれを譲り受けても、チケットを購入した本人以外は使用出来ない事が多い。そうなると、もう出待ち位しか、一瞬でも会えるチャンスはないのではないか。有名バンドの出待ちなど、めちゃくちゃハードル高そうなのだが、姫様の悲痛な顔を見てしまうとそうも言ってはいられない。りんたろーは覚悟を決めて、真理と情報交換しつつチャンスを探した。

 そして、九月のお彼岸連休の時、長野市のM―Waveでマホガニーのライブ公演があると知り、そこに狙いを絞って、姫様を伴って出待ち勝負をかける事にした。
 都会より地方都市の方が、多少はやりやすい様な気もしたのだが……。

 いやいや、来てみると予想以上に警備が厳しい。建物周辺に何もなくて、むしろ出入りのコースが限定されるためか、そこを集中的に警備会社の人達が巡回している。
 同じ様な事を考えているファンも少なからずいるようなのだが、皆、遠巻きにしか会場を見ることが出来なかった。

「やはり、近づくのは難しいのでしょうか?」
 セシルが心配そうにりんたろーに話かける。
「そうですね、明日もあるので、今日はよく状況を観察しましょう。なにか突破口が見つかれば……それに、入待ち・出待ちで二回チャンスがありますしね」
 セシルは、目立たないように、時期的にはちょっと早いが大き目のコートを羽織っていて、その下は一目みてすぐ姫様とわかる恰好になっている。
 勇者が近づいた際、すぐ目に付くよう、そのコートを脱ぐ手はずだ。

 今回は、予算の関係もあって、りんたろーとセシルだけが長野に来ており、二人だけで二泊出来るという……りんたろーにとって、天国なのか地獄なのかよく分からない状況ではある。
 最近、姫様、都会になじんだというか……どんどん可愛くなってくよなー。でも仮に出待ち作戦がうまくいったら、姫様は勇者さんとくっついちゃうんだよな……。

 やがて、ファンクラブサイトのフォーラムに上がっていた、メンバーの入り予想時刻が近づき……あっ、来た! あのバンに違いない。しかし、警備員に阻まれ、道路脇から眺めるだけで、相手の顔がわかるところまでは近づけなかった。

 これじゃ、ぜんぜんだめだ……。
 
 それから、コンサートが終わって出待ちの時間になるのは、十時間くらい後だ。
 とりあえず、長野市内までセシルと戻り、せっかくなので善光寺を観光して蕎麦を食べたりしながら時間をつぶし、夕方になって長野駅前の宿にチェックインした。
 もちろん、姫様とは別室だ。

 せっかく姫様との善光寺デートだったのに、今日はなんだか心が晴れない。やはり姫様が勇者さんのものというのが、りんたろーの心に魚の骨のように引っかかっているのだ。
 善光寺のお戒壇巡りの際、真っ暗闇の中、姫様と固く握った自分の掌が、ものすごく汗ばんでいたのだけが印象に残っていた。

 セシルと時間を合わせて集合し、夕食をとってから、再度コンサート会場に向かう。
 今度は、昼間と立ち位置を替えてみた。車が来るであろう方向に、会場から少し離れたところで待機することにした。ここなら警備員もまばらだ。

 M―Waveからは、大音響が聞こえている。まだコンサートの真っ最中なのだろう。
 二人並んで、道端にぼーっと立っていたら、セシルが話掛けてきた。
「あの……昼間の、真っ暗なところ……とてもドキドキしました!」
「ああ、お戒壇巡りですね? でも、姫様もちゃんと途中の錠前触れてましたよね」
「ええ、ですが私。真っ暗なの結構苦手で……りんたろーさんがしっかり手を握って下さっていたので、すごく心強かったです。それで、今もこうして暗闇の中、一緒に待って下さっていて……本当に感謝しかありません」
 なんだか、姫様にそう言われれば言われるほど切なくなる気がして、りんたろーはあまりしゃべらなかったが、そのうち、姫様がりんたろーに言った。
「なんかすっかり暗くなっちゃいましたね……あの、また手をつないでもいいですか?」
 OKはしたものの、りんたろーは思わず泣きそうになったのをこらえた。

 やがて大音響も聞こえなくなり、大量の人々が会場から出てきた。コンサートは終わったのだろう。まあ、バンドのメンバーはすぐには出てこないだろうが……。
 夜も更けて、ちょっと風が強くなってきたせいか、体感温度がかなり下がったようだった。姫様は大きなコートを羽織っているので大丈夫そうだが、自分は結構寒い……そう思って、その場でゆっくり足踏みを始めたら、姫様が気づいた様で、羽織っているコートの前を開けて、りんたろーに抱き着く様にしてコートで体を覆ってくれた。

 うわっ! 姫様……近い……。
「こうしていれば……私も暖かいです!」姫は無邪気にほほ笑むが、これ、端からみたら、恋人同士が抱擁しているようにしか見えないよなーと、りんたろーは思った。
 しばらくすると、周りに人が増えてきたような気がする。多分コンサートが終わって出待ちするファンがこのあたりまで流れてきたのだろう。

 そう思っていたら、歓声が聞こえた。
「きゃー! あれじゃない? ほらーあっちー」
 近くにいた人たちがその声のする方に駆けていく。
「姫様! 来たようです。急ぎましょう!」りんたろーはそう言って、姫のコートをはぎ取り、その場において、姫の手を握って走り出した。
 道の向こう側から、ライトを灯けたバンが、ゆっくりと進んで来る。

「姫様、とにかく、車から見える位置に!」
 セシルが車の方へ駆け寄り、両手を大きく振りながらアピールする。

「勇者様―! 勇者ノボル様―! 私です! セシルですー!」
 うわ、あんなに近づいて、轢かれなきゃいいけど…‥。
 りんたろーがそう思った瞬間、セシルが、歩道側に突き飛ばされてしまった。

「姫様!」りんたろーがセシルに駆け寄る脇を、バンがゆっくり通り過ぎていった。
「姫様! 大丈夫ですか?」
「ええ、りんたろーさん。大丈夫です。側にいた人とぶつかっちゃったみたいで……」
「いやー、車道側でなくてよかったけど……突き飛ばされたんですかね?」
「さあ……皆さん興奮されていたので、悪気はないと思いますが……」
「それで、勇者さんは判りましたか?」
「うーん。どうでしょう? こちらから、車の中は見えませんでしたし……」

 とりあえず、姫様の腕を引いて起こすが、せっかくの衣装がドロドロだ……。
 最初にいた場所でコートも回収したが、これも誰かに踏まれたようで、泥だらけになっていた。仕方ないので今日のところは宿に帰りましょうと、バス停に向かったが……えっ? もうバスないの? えー、まだ十時台でしょ! コンサートが終わった直後ならまだあったようなのだが……田舎だとこんなものなのか……。
 タクシーでも拾おうかとも思ったが、貨物用トラック以外本当に車も通らない。

 やれやれ、今日はさんざんだな……りんたろーは、そう思いながら、とりあえず長野駅の方に向かって、セシルの手を引きながら歩きだした。
 セシルも、すっかり黙ってしまっている。

「姫様。明日もありますし、気を落とさないで下さい。
 多分、今日よりうまくいきますよ!」
 その言葉、りんたろーは、自分に向かって言っているんだよなとも感じていた。
 
 ホテルに着いたとき、すでに日付が変わっていた。りんたろーは、すぐに姫様の衣装とコートをホテルのコインランドリーにぶち込んでから、部屋に入った。
 途中のコンビニで買ったおにぎりを食べながら、明日の対策を考える。
 ファンクラブのフォーラムなどは、今日のコンサートの話題で盛り上がっていたが、明日の出入りに関する情報もないか、丁寧に確認していた。
 すると部屋のチャイムが鳴った。ん? 姫様、何かあったかな?

 戸をあけると果たしてセシルが廊下に立っていた。
 もうシャワーも浴びたのかバスローブ姿だったので、急いで部屋に招き入れた。
「りんたろーさん。まだ調べものでしたの?」
「ああ、明日はもうちょっとうまくやれないかと思ってですね……。
 でも姫様。ここまで歩いて疲れたでしょうし、今日はゆっくり休んで下さい。
 朝、僕が起こしに行きますから……」

「あの……それで、りんたろーさん。すいません。今日ここで寝てはだめでしょうか?」
「はいっ? ここって……ここ僕の部屋ですけど……」
「はい……それは判っているんですけど。私、ブレたんいなくて一人で寝たことなくって……なんか、寂しくて、怖くて……」
 りんたろーは、自分の血相がみるみる変わっていくのがわかった。

「何言ってんですか! いい加減にして下さい! まったく、僕がどんな気持ちで姫様に付き従っているのか、まったくわかってないくせに! いっしょの部屋で寝るなんて……ダメに決まってるじゃないか! そんなに僕に襲ってほしいの?」
「えっ? えっ? りんたろーさん……私、何かお気に障る様な事を?」
「もういいから! さっさと部屋に帰って一人で寝て下さい!」
 そういいながら、りんたろーは、セシルを部屋の外に追い出してしまった。

 ちょっとたって落ち着いてきたら、りんたろーは、あんな形で怒鳴り散らすとは、恥ずかしいし、姫様にも申し訳なかったかなーと、自分のしたことをものすごく後悔した。
 でも、もう後の祭り。仕方ないさ。姫様は所詮、勇者さんのものになっちゃうんだし、僕は事務的に今回のミッションをこなせばいいだけだ……。

 そう考え直して、りんたろーは、明日……いや今日のコンサートの出待ち対策を練り直すのだった。
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