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第2話 姫の初恋

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 あれは、勇者ノボル様がこちらに召喚されてから、一年くらいたった時でしたか。
 私が王宮中庭で花壇を手入れしていた時のことです。

「あれ、ブレたん。これ……」
「ああ、小鳥の雛ですね。多分、木の上の巣から落ちてしまったのでしょう。巣が判かれば私が戻しましょう」そう言いながら、ブレタムが木の上をキョロキョロ眺めた。
「でも、ケガしてるみたいですよ。治療してあげないと……」
 そう言いながら、私がその小鳥に手を伸ばした時、後ろから大きな声がしたの。

「触っちゃダメだ!」
 後ろを見ると、そこに勇者様が立っていました。

「あなたは……ですが、この子、ケガをしています。治療してあげないと……」
「人の匂いが付くと、親鳥が近寄らなくなる! 自然の営みに介入してはダメだ!」
 勇者様が声を荒げた。

「あなた、偉そうに……私を誰だと……」
「知ってる、姫様だろ。セシル姫。でもなあ姫様。これは姫だからとか関係ない。生き物にはそいつなりのことわりがあるんだ。そいつは、俺の世界でいうところの雀みたいなやつだと思う。となると、絶対に人にはなつかないんで親元に返すしかないんだが、人が触ると親はその子の面倒を見なくなるんだよ。だから、さ・わ・る・な!」

「では、このまま親が来るまで放っておけと! あなた、勇者様でしょ。こんなか弱きものの命を黙殺するのですか!」

「……ったく。
 勇者でも救えん命は救えんさ。巣から落ちちまった時点で、こいつの命運は尽きちまったんだ。でもまあ……そこまで言うんなら、姫さんなりに思う通りにやってみるんだな。すまねえな、横から口挟んで……」 
 そう言いながら、勇者様はその場を立ち去りました。

 私とブレタムはお互いの顔を見ながら、はあっとため息をついた。
「どうしよう。ブレたん。」
「あの勇者様は、あのように冷酷な面もあると聞き及んでおります。あまり気になさらず、姫のお考え通りにされてはいかがですか? 巣は……ほら、あそこに見えますよ」
「そうよね。わかった。それじゃ……一応、触らないほうがよいのは本当っぽいし……。ヒールして、魔法力で持ち上げて…………よし、巣に返した!」

 しばらくしたら、親鳥が帰ってきた。これで一安心かなと思った、次の瞬間。
 巣からさっきの雛がポーンと蹴り出され、真下にポトリと落ちた。
 今度は完全に絶命しているようだった。
「な、なんで親が……」私は泣きながら、ブレタムと雛鳥のお墓を作った。

 それから一年位後。
 勇者様と討伐軍が、魔王の支配地域内に攻略拠点の砦を完成させたと報告があり、お父様と私が、兵の労いを兼ねて前線視察に行ったの。そしてそこで、勇者様と会食する機会があり、雛鳥の事を話しました。

「あのまま、私が放っておけば、あの子は助かったのでしょうか?」
「んー……気にすんな。あの手の奴は、成長の遅い奴を親が間引きしたりもするんだ。
 だから、あいつは最初から親に突き落とされていたのかも知れん」
「そんな……間引きだなんて……あの子も生きたかったでしょうに……」
「はは。生き物の生存戦略なんて大概残酷なもんだ。にしたって、姫さんみたいなエルフからしたら、鳥の一生なんて雛で終わろうが天寿をまっとうしようが、瞬き以下の時間だろうが? そんなのまで気にしてたら身が持たないぜ。
 なにせここにいる連中全員、明日には死んじまうかもしれないしな!」

「もう、からかわないで下さい! あなたは勇者様のくせに、本当に命を軽いもののようにお話しされますよね!」
「確かになー。でも、俺らが『命を大事に』ってかましてたら、この戦は負け確定だ。
 だから勇者は己が命を軽んじるくらいが丁度いい! はははははっ」
「そんな刹那的な生き方をされて……だから、あちこちで女性と関係してトラブルを起こされているのですかね?」
「いやー、深窓の御令嬢かと思ったら、結構下世話な話題もお好きなようで……そうですね。確かに明日は知れぬ我が身。今宵だけは素敵な女性と一緒に居たいと思うのはだめですかね? 例えば姫様とか……」
「!」私は全身が真っ赤になったのが分かりました。

「はは、冗談ですよ。いくら俺でも姫様に手は出しません。そんなロリ趣味ないんで……いや失礼。そうは言っても姫様は、俺より百歳以上歳上でしたね。ははっ……まあその、ちょっと酒も入ったんで言わせてもらいますけど、その、さっきの生存戦略ってやつ? 
 エルフさんは人間より長生きなのに、あんまりご苦労なさらず、『魔王出た。ほいきた人間召喚』とかで済ませてますけど……俺に言わせりゃ、エルフさん、人間よりはるかに長生きなんだから、もっと人間並みに研究・努力すれば、自分たちで魔王倒せるんじゃないのかなって……。
 明日死ぬかもしれん所に、ワケもわからず突然呼ばれる者の身にもなってほしいや」

 それから勇者様は他の方に呼ばれて、私から離れて行きました。

 私は、勇者様がそんなことを考えているなんてこと自体、全く想像出来ませんでした。
 勇者様からしたら、自分の命を軽んじているのはエルフってこと? でも、確かにその通りかもしれない……その思いは私の中で日に日に大きくなって参りました。

 そしていよいよ魔王城に乗り込む最後の作戦の前に、王城にご挨拶に見えられた際、その夜の晩餐会は、私と勇者様との三度目の、そして最後の出会いでした。
 私が、宴会場のバルコニーに出ると、そこには勇者様が一人で立っておられました。

「あら、おめずらしいですね。女性も連れずお一人ですか?」
「おいおい姫さん。いつ俺が、女性と連れ立っている姿をお見せしましたっけ? 
 まっ、今日はなんだかそんな気分ではないんですよ。一人でゆっくりしたいというか」

「何か悩み事でも?」
「まあ……山ほど。討伐軍も大分精鋭が減っちゃってるし、魔王の本当の力がどのくらいのモノなのかも把握しきれていないし……これで突っ込んでいって、大丈夫かなってね」

「怖いですか?」
「ああ、そりゃもちろん。ですが姫様、ご安心下さい。まあ、仮に俺がやられても、また次の勇者がちゃんと召喚されるでしょうから……」
「……また、ご自身の命をそんな使い捨てのように……それで勇者様。私もあなたの先日のお言葉が胸に刺さっているようで……」
「ん? なんか言いましたっけ。
 酔って口説いていたならすいません。先に謝っておきます」

「違います! エルフが人間の勇者を使い捨てにしているって話です! 
 私も、確かにそれは良くないと……」
「えー、そんな大それた事は、お話した記憶がないんですが……」
「今もおっしゃっていたでしょう! 自分の替わりがすぐ来るとか……。
 もっと自分を大事になさって下さい!」
「あー、ははっ、ありがとうございます、姫様。俺なんかの心配して下さって……なんかうれしいですね……姫様、今宵は私と共に過ごしませんか?」

「な、何を破廉恥な事を……ですが、もし勇者様が無事にお帰りになったら、私は父上に進言して、人間の力を借りずともエルフが魔王に対抗できないかの研究を始めるつもりです。その時は、是非勇者様のお力を貸してほしいのです。人間と退魔の剣の関係性などは、あなたの協力がないと調べられないかとも思いますし……。
 そ、それで、もし、私自身をご所望でしたら、魔王討伐の報償として、御父上に申し出て下さい! わ、私はそれで……構いません!」

「……ふっ、ははははははっ。姫様、あなた本当におもしろい方だ。ただの小娘だと思って内心バカにしていた事を深くお詫び申し上げます。
 確かにそれが成就すれば、俺みたいに苦しむ人間がいなくなる……本当にすばらしい。
 それに、姫様……あなた自身も素晴らしい女性だ。
 約束します。必ず魔王討伐の報償としてあなた自身を望むことを、勇者の誇りにかけて……」

 そして二人は、人目をはばかりながら、そっと口づけを交わしたのです。



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