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CHAPTER8 突然の訃報
➁
しおりを挟む「どうして、由麻ちゃんが……」
僕は自室のベッドで頭を抱えていた。
三日前、テレビ電話であんなに元気な姿を見せてくれた由麻ちゃんがもうこの世にいないなんて、嘘だろ。
残酷な知らせをもたらしたのは、父親である藤也さんが人形劇部の部員宛てに一斉送信されたメッセージだった。
『由麻が心臓発作で永眠。急で申し訳ないけど、しばらく指導はできない』
明るい藤也さんからはかけ離れたシンプルな文面が、却って悲しみをかき立てる。僕は何度も何度もそれを読み返して、ようやく思い至った。
――貴島は、このことを知っていたんだ。
人の寿命が見える能力は、画面越しでも発揮される。三日前にテレビ電話をしたとき、貴島は由麻ちゃんの顔に真っ黒な雲がかかっているのを見た。だから動揺してスマホを取り落としたんだ。
由麻ちゃんがもうすぐ死ぬと分かっていたのに、貴島は何もしなかった。能力について知っている僕にも、すべてを黙っていた……。
「どうしてだよ。どうして何も言ってくれなかったんだ、貴島!」
激しい怒りが込み上げる。
貴島が事情を伝えてくれていたら、何か対策を打てたかもしれない。
僕は由麻ちゃんの死を回避したかった。まだ五歳なんだぞ。死ぬなんて早すぎるだろ。
藤也さんのことを思うと、さらに胸が痛んだ。奥さんと死別してそんなに経っていないのに、娘まで喪うなんて……。
僕は藤也さんからのメールが表示されたスマホを握り締め、しばらく唇を噛み締めていた。
そのうち、いてもたってもいられなくなった。
「もう夜なのにどこへ行くの、宏樹」と声をかけてきた母親に返事もせず、スマホだけを持って玄関から外へ飛び出す。
停めてあった自転車に跨って、がむしゃらにペダルを漕いだ。天気がよくないのか、夜空には星一つ見えない。
気が付くと、貴島が住んでいる団地まで来ていた。
そのまま家に乗り込んでやろうと思ったが、もう夜の八時過ぎだ。一緒に住んでいる祖母や亨くんに迷惑だと思い、僕は一呼吸置いてスマホを取り出す。
『今、団地の前にいる。外に出てこられるか』
メッセージアプリで簡潔な文章を送ると、二分も経たないうちに貴島がおかっぱ頭を揺らして走ってきた。
「宏樹くん……あの……」
街灯の下で自転車を停めて待っていた僕に、申し訳なさそうな、そして悲しそうな顔が向けられる。
「藤也さんがさっき一斉送信してきたメッセージ、貴島も見たよな」
「……見た」
「貴島は、由麻ちゃんが死ぬことを知ってたんだろ。三日前にテレビ電話で話したとき、雲がかかっているのを見たんだな」
「……見た」
「だったら、どうして黙ってたんだよ!」
僕は心の中に溜まっていたものを思いきり吐き出した。貴島は胸に手を当てて、その場に立ち尽くしている。
「例の雲とやらは、死の何か月も前から出るんじゃないのか? それだけ時間があったなら、由麻ちゃんを助けられたはずだ。なのに、貴島はなぜ何もしなかったんだ。これじゃ、黙って見殺しにしたのと同じだ」
「宏樹くん。前にも言ったと思うけど、小さな子供の場合は、雲の出方が不安定なの。徐々に濃くなるんじゃなくて、突然真っ黒な雲がかかることがあるんだよ。そうなると、三日くらいで死が訪れる」
僕はそこで一瞬言葉に詰まった。以前、確かにそんな話を聞いたのを思い出す。
貴島にとっても由麻ちゃんの死は突然だったということだ。
だが、それでも怒りが収まらない。立っているだけでやるせない気持ちが湧いてきて、心が爆発しそうだった。
「だけど……だけど、少なくとも、三日程度は猶予があったんだろ? 雲が見えた時点で教えてくれれば、その三日でなんとかできたかもしれない。……僕はともかく、藤也さんには由麻ちゃんの死が迫っていたことを伝えるべきだったんだ。父親なら、なんとしてでも娘を助けたいはずだろ」
たとえ三日でも、由麻ちゃんのために全力を尽くしたかった。貴島が黙っていたことで、そのチャンスさえ奪われたんだ。
悔しさで拳を握り締めていると、僕の目の前で溜息が漏れた。
「これも話してあるはずだけど……真っ黒な雲が見えた場合は、どうやっても死を回避することができないの。その状態で、藤也さんになんて伝えるの。『あなたの娘さんは三日くらいで必ず死にます』って、宏樹くんなら言える?」
「それは……」
僕はゴクリと息を呑んだ。
成す術がないことを知りながら寿命が尽きるのを知らせるのは、とても残酷なことかもしれない。
命の期限を告げるだけ――それではまるで、ただの死神だ。
「由麻ちゃんの顔に真っ黒な雲がかかってるのを見たとき、せめて宏樹くんには知らせようと思ったよ。でも、やめたの。だって、伝えても運命は変えられないから……。由麻ちゃんが死ぬって知ったら、宏樹くんは悲しい気持ちを抱えて過ごすことになる。藤也さんだって取り乱すよ。お父さんなんだもの。だからわたしは、黙ってたの」
途中から、貴島の言葉が僕の上を素通りした。由麻ちゃんの笑顔と、藤也さんの親バカぶりが、浮かんでは消えていく。
父と子が触れ合っているのを見ていると、気持ちが和んだ。あの幸せな時間は、もう二度と戻ってこない。
なのに、貴島は淡々と話している。まるで他人事みたいな顔をして……。
苛立ちが募り、僕はとうとう足をダンッと踏み鳴らした。
「いくら理屈を並べ立てても、貴島が黙っていたことは許せない。こうなることが分かっていたなら……由麻ちゃんが亡くなることを知っていたなら、事前に言っておいてほしかった。そうすれば、心の準備をする時間が取れたんだ!」
「心の準備……そうだよね、ごめん」
「謝って済む問題かよ。そもそも、聞きもしないのに寿命が見える能力を明かして、僕を巻き込んだのは貴島だろ。なら、重要なことは話してくれよ」
「……ごめん」
抑揚のない『ごめん』が、僕の怒りを募らせる。もう一度足を踏み鳴らそうとしたが、もはやそんな気力は残っていなかった。
「――悪いが、僕はもう貴島のことを信用できない。一緒にいたくない」
自分の口から零れたのは、驚くほど低い声だった。
貴島はハッと身体をこわばらせる。
「一緒にいたくないって……そんな! 人形劇はどうするの? それに沙世子のことだって、二人で助けないと……」
苛立ちが、そこでピークに達した。
「そんなことは分かってる!」
半ば怒鳴るように言うと、貴島の肩がビクッと震えた。自分の声がもたらした残響を聞きながら、僕はさらに言葉をぶつける。
「沙世子は絶対に死なせない! でも、僕一人でなんとかする。貴島とは金輪際関わりたくないんだ」
「なんとかするって、どうやって……?」
「どうだっていいだろ。とにかく、貴島の力だけは借りない。――話は以上だ。帰る」
「あ、宏樹くん、待って!」
貴島の悲痛な声が耳に届く。僕はそれを無視して自転車に跨り、全力でペダルを漕ぎ始めた。
前が霞んで見えたとき、ようやく自分が泣いていることに気が付いた。
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