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第一章

野営

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 その後も転移での移動を続けて、沙奈が立ち寄ってみようと言い出したのが先ほどいた村だった。途中、他にも幾つかの町や集落はあったはずだが、乃愛は目を回していてきちんと周囲の状況を把握できていなかった。

 ただ、最初の転移時、森の上空から眺めた光景は目に焼きついている。
 遠目だが、王都の様子が一望できた。山岳を背景にして城を起点に街と農園が放射状に広がっており、周囲は防壁で何重にも張り巡らされていた。
 構造的に城塞都市とでもいうのか、節々に垣間見える堅牢さは、そう易々と制圧できるとは思えないほどの規模感であった。
 また、区画整理された街並みや建物の統一感から、常なら景観が素晴らしいものだろうことも伺えた。都市の大部分が破壊されていなければ。

 城は半壊していて、町の建物のほとんどは骨組みが剥き出しか瓦礫の山となっており、所々で燻った煙が立ち上っていた。一時は辺り一面火の海だったのかもしれない。教科書にある写真で見た空襲跡のような凄惨さであった。

 その合間を縫うように人影もぽつぽつと見えたが、兵士と思われる武装した輩が統制された動きで駆けて行ったり、焚き火を囲んで屯しているような者たちだった。都市を落としたのであれば、それらは魔族だったのだろう。一見では、民間人や異なる格好の兵士などは生死含めて確認できなかった。

「…」

 痛ましい光景まで思い返してしまった乃愛は、眉根に皺が寄って難しい顔つきのまま俯いた。

「これ、入れてもいい?…どうかした?」

 気付くといつの間にか沙奈が隣に立っていた。枝や枯れ葉を両手いっぱいに持って石組みかまどの前でしゃがみ込み、手が止まってぼうっとしていた乃愛の顔を覗いて心配そうに見つめている。

「あ…うん、ごめん。ちょっと疲れちゃったのかも」

 乃愛は慌てて顔を取り繕ってかまどの前から退いた。

「…そう。色々あったし今日は早めに休もうね」

 沙奈は小枝と枯れ葉をセットすると、魔法で小指ほどの小さな火を出して着火した。火の回りが安定した頃合いで薪も継ぎ足していく。

 追及されずほっと小さく息を吐いた乃愛は、それを横目に〈収納〉で野営用のグッズを取り出していった。
 物資は別行動ペア用に分けてもらっていた。

 まずはキャンプ用の魔道具だ。


┏[アイテム鑑定]━━━━━━

【Relic】キャンプキューブ
◆––––––––––––––––––––––––
 野営用の魔道具
 野営に必要な機能や物が出現する
 面の模様を組み替えて使用する

 ※最大同時出現数: 20
 ※防水、防汚、劣化防止

 状態: 良好
 価値: ★★★★☆
 相場: 25,000,000z

┗━━━━━━━━━━━

 こういった汎用性の高い必需品系は同じものが複数個あって助かった。

 小高が検証してある程度の模様—魔法陣—は把握済みだ。
 両手鍋や薬缶、ティーポット、レードルなどの調理器具、簡易チェアにローテーブル、テント、寝袋を次々と出していく。
 食器は騎士たちに譲ってもらった木製品があるのでそれを使う。

 魔法で水球を出し、鍋と薬缶に少量入れて中を軽く濯いだあと、適量の水で満たして火にかけた。
 テーブルにまな板を置き、ナイフで黒パンの塊を数枚スライスしておく。次に干し肉の塊をざっくり切り取り、それを短冊状にカットしていく。この謎肉は食感や味から考えて豚肉だと思うようにしている。

 水の沸騰具合を気にしていると、鍋の側に温度が表示された。じわじわと数値が上がっていくので現在の温度を示しているのだろう。無意識で〈鑑定〉が発動したところを見るに、“彼”—加護の雷神—が出してくれたのかもしれない。細やかなサポートに少し苦笑しながらも感謝の念は送った。

 百度に達したのをみて、ポットに薬缶のお湯を少量注いで容器を温めておく。その間、鍋に調味料—ブイヨンっぽい粉末—を少々、刻んだ干し肉と乾燥野菜を入れて一煮立ちさせる。ハーブ粉末で味を調えれば野菜スープの完成だ。ちなみにこの野菜の正体も謎のままだ。色とりどりの野菜が一口サイズに刻まれて袋に詰め込まれていたもので、食べた感じでは緑黄色野菜系ではないかと思われる。

 鍋と薬缶は火から外して、ポットのお湯を捨てたあとはスプーン二杯分の茶葉を入れて新たなお湯を注ぐ。ポットは火の近くに置き、蓋をして三分ほど蒸らす。タイマーは目の端に表示された。これも〈鑑定〉に含まれるのだろうか。不思議に思いつつも有り難く利用しているが。

 テーブルの上を片付けて、食器を並べていく。籠にスライスして少し炙ったパンを入れて、皿にスープを装った。茶殻を漉しながらコップに紅茶を注ぐ。

「サナちゃ—」

 黙々と作業を終えたところで沙奈を呼ぼうと振り返ると、すぐ後ろにいてこちらを興味深そうに覗き込んでいた。口元が緩んでいる。

「食事の準備ありがとう。なんだか手慣れているね?」

 すぐ側にいたことに気づかず吃驚して数瞬硬直した乃愛だったが、気恥ずかしくなって振り返った顔を戻した。

「ここ数日ずっと手伝っていたから…いつもと代わり映えしないけど、あの、どうぞ」

 椅子を引いて着席を促しつつ、乃愛もそそくさと向かいの椅子に座った。沙奈は機嫌良さそうに微笑みながら座って、手を合わせた。

『いただきます』

 スープを口につける。相変わらずの謎肉と謎野菜だが、歯応えと旨味があって至って普通の野菜スープだ。

「うーん、いつもより美味しい気がする」

 沙奈がパクパクと食欲旺盛に平らげていくのを見て、乃愛は目を丸くした。

「そう…かな。お腹空いてた?」
「空いてたのかな?ノアが料理上手だからかも」

 料理というほどのものではないから気を遣ってくれているのだろう。久しぶりに外で食事をしていることもあって、気分が少し上向きになっているのかもしれない。

 日が傾いてまもなく沈みそうだ。
 少し目線を上げるとテントが目に入って、中はぼんやり明かりがついていた。沙奈は寝床を整えてくれていたようだ。

 食事を済ませてテーブル類を片付けると、かまどの石組みを崩して焚き火仕様にした。日が沈むとすぐに肌寒くなってきたため、フード付きレザーマントを羽織って焚き火を囲む。
 このマントは宝物庫にあったもので、地味な見た目とは裏腹にとても肌触りが良くて高機能だ。革生地なのに軽くて、防寒、防雨、防塵、防刃性能まで付いていた。さすが宝物として置かれていただけのことはある代物だ。

 淹れ直した紅茶が入ったコップを両手で包むように持って焚き火の炎の揺らぎを見つめていると、段々と眠気が襲ってうとうとし始めてきた。
 見張りはどうしようかと思ってふと顔を上げると、沙奈と目が合った。

「先に寝んでても良いよ?」
「えっと…でも…今日はサナちゃんの方が疲れているよね…」

 何故かすごく気が緩んできて疲れが出てしまったが、ほとんど何もしていない乃愛が眠そうにしているわけにはいかない。昨日から探索に続いて魔族との交渉のための諸々の準備やここまでの移動とほぼ休み無く動いているので、沙奈の方が疲弊しているはずだった。

「まだ目も冴えてるし気にしないで。あのテント、結界機能もあるから見張りはいらない気もするけど、外ではまだ初日だし、今日は様子見で起きておくよ」
「でも…」
「火の前で寝落ちするかもって思うと心配で逆に眠れないから、ね」

 確かに一人でこのまま居座っていると寝落ちしないとは言い切れない。紅茶は効き目がないようなので、覚醒作用のある魔法はないかと一瞬頭を過ったが、そこはかとなく危険な臭いがしたためそれ以上の思考は止めた。今回は無意識に発動することもなく内心ほっとする。

「わかった…ごめんね。明日は頑張るから」
「何も無さそうなら私も早めに寝むようにするから大丈夫だよ」
「…うん、そうして。周辺に私の結界も張ってるから」
「なら安心だね。おやすみ」

 沙奈はニコッと笑って乃愛を見送る。

「おやすみなさい…」

 先ほどから次から次へと襲ってくる猛烈な睡魔に勝てず、乃愛はぼうっとする頭のままテントに入って寝袋に包まれると、すぐに意識を手放した。


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