102 / 122
季節の幕間8 御霊は迎えないけども
ランタンは作らないけども
しおりを挟む
今日のメインは、豚肉と白菜のくたくた煮だ。椎茸と人参も入れ、小松菜を添えて彩りも良く。
旬を迎えた嵩がたっぷりの白菜は、くたくたに煮込むとずっと容量を減らす。そのぶんたっぷりと食べていただける。
水気はあまり加えず、白菜から出る水分で煮込むのだ。なのでお出汁は濃いめに取っている。
そこにお酒とお砂糖、お醤油で味付けをする。もうすっかりくったりとした白菜の中に、椎茸と半月切りにした人参を入れる。
豚肉は日本酒を揉み込み、しっかりと炒めてから加える。そうするとあくが出にくくなるし、香ばしさも生み出される。
柔らかく仕上がった豚肉から出る旨味がお野菜をまとい、一体となって口の中に広がるのだ。
小鉢のひとつは蕪の塩昆布和え。半月切りにして塩揉みし、洗って水分を絞った蕪を塩昆布で和える。風味づけにごま油も加える。盛り付けてから白いりごまをぱらりと振り掛けて。
蕪には綺麗な葉っぱも付いているので、塩茹でして一緒に和えた。
火を通すととろとろになる蕪は、生で食べるとしゃくしゃくだ。甘みもしっかりとある。そこに塩昆布が程よい味付けになる。ごま油もふわりと香り、白ごまの香ばしい甘味も加わる。
小鉢のもうひとつはかぼちゃとクリームチーズのサラダ。クリームチーズにヨーグルトとマヨネーズを加えて滑らかに伸ばし、味付けは少量のお塩とお砂糖、粒黒こしょうをぴりりと効かせる。そこに角切りにして蒸し、粗熱を取ったかぼちゃを混ぜ込む。
かぼちゃの甘さに和え衣の柔らかな酸味が合わさり、しつこそうに見えてさっぱりといただけるのだ。
そして今日は食後のお楽しみもご用意した。
そんな一揃えを目にした門又さん(2章など)は「あ」と口角を上げた。
「今日はハロウィンなのよね」
「はい。ですのでほんの少しだけ特別メニューです」
「うんうん。かぼちゃと蕪、良いわよねぇ」
その通り、今日は10月末日、ハロゥインだ。なので煮物屋さんではかぼちゃと蕪のお料理を仕立てたのだ。
ハロウィンの起源は古代ケルトである。古代ケルトではこの夜に秋が終わって冬が始まり、死者の霊が家族を訪ねてくると信じられていた。日本で言うお盆の様なものだろう。
ジャック・オ・ランタンは今やかぼちゃで作るが、アメリカ大陸が発見されるまでは蕪で作られていたそうだ。そういう理由で、煮物屋さんでは蕪とかぼちゃ両方をお献立に取り込む。
日本でのハロウィンはと言うと、本来のハロウィンから濃く継承されているのは仮装だろう。
その仮装も、古代ケルトでは霊と一緒に出てくる、害のある精霊や魔女避けだった。
本来通りお菓子を用意して、訪ねて来る子どもにあげるというイベントを催すこともあるだろうが、幽霊云々はまるっきり取り入れられていなかった。
日本にはお盆があるのだから、当然と言えばそうなのだろうが。
とりあえず日本のハロウィンはおいしいとこ取りな訳だ。だが佳鳴も千隼もそれで良いと思っている。人々が楽しめる、幸せになるきっかけがあるのは良いことだ。だから煮物屋さんでも特別メニューを仕立てるのだ。
開店早々に来店された門又さんは、お気に入りの麦焼酎の水割りで唇を湿らすと、「いただきます」と手を合わせ、まずは蕪をすくった。
口に含みじっくりと味わう。そしてほっこりと口元を綻ばせた。
「塩昆布だから浅漬けっぽいんだけど、ごまとごま油の風味が良いわねぇ。良い仕事してる」
続けて口に運んだのはかぼちゃのサラダ。角切りかぼちゃにたっぷりのクリームチーズをまとわせて。
「あ~美味しい。こくもあって、かぼちゃの甘いのが引き立ってる。これクリームチーズだけじゃ無いわよね?」
「はい。ヨーグルトを使ってます。こくは多分マヨネーズでしょうか」
「なるほどね。マヨネーズってそう思うと結構万能よね。こくもだけど、卵に入れるとふわふわになったりするんでしょ?」
「もちろんそのままお野菜に付けても美味しいですしね。この煮物屋さんでも助けてもらってます」
「あはは。ポテサラには欠かせないしね。さてと」
麦焼酎の水割りで口直しをして、メインの煮物だ。柔らかくなった白菜はお箸で挟むと、それに合わせてくったりと折れ曲がる。門又さんはそれを豚肉と一緒に口に運んだ。
「んん~、とろっとろの白菜美味しいわぁ。豚肉も柔らかいし。白菜も甘くなって来たわよね。もう冬なのねぇ」
イメージではあるが、10月までは秋、11月からは冬。それは共通認識なのかも知れない。古代ケルトのハロウィンを思うと正しい様な気もする。
「だいぶん寒くなってきましたしね。風邪などお召しにならない様にしてくださいね」
「本当にね。特に今年は急に寒くなっちゃったし」
門又さんはしみじみと言って、空調の効いている店内で大げさに肩を竦ませた。
「こんばんは!」
その時、元気に現れたのは山形さん(9章)だった。
山形さんは自分の宝石好きを門又さんに好意的に思われて以来、ほんのりと懸想していて、昨年のクリスマスにはディナーにまでお誘いしたと言うのに、その思いは露ほども伝わっていない。
それは門又さんの鈍感さと、結婚などにも縁が無いと思い込んでいる故だろうと佳鳴は思っている。
それは良く門又さんとご一緒される榊さんも同意見で、ふたりして「どうしたものかしらねぇ~」なんてお話をしたこともあった。
その榊さんはまだお見えでは無い。以前来られた時にはハロウィンの特別メニューを楽しみにされていて、必ず来るとおっしゃっていたのだが。
「あれ、榊さんはまだなんですか?」
そんなことを言いながら、山形さんは自然に門又さんのお隣に。千隼からおしぼりを受け取って、カルピスサワーをご注文された。
「そうなの。まぁまだ開店してから間も無いしね。特に時間を決めてた訳じゃ無いから」
「そうですね」
そう言いつつ、山形さんの口角がふにゃりと上がった。門又さんとふたりになれて、内心嬉しいのだろう。もしかしたら榊さんもそれを狙っているのかも知れない。
山形さんのカルピスサワーをご用意し、お料理を整える。それを見て山形さんは「わぁ」と歓声を上げる。
「蕪とかぼちゃ、良いですねぇ。見るとハロウィンだなぁって思います。ハロウィンって仮装パーティしてお菓子をもらうんですよね?」
「そんなおもしろイベントじゃ無いって」
山形さんの単純な疑問に門又さんは「ぷっ」と吹き出して苦笑する。
「と言っても私もそう詳しくは無いけどね。確か日本のお盆みたいなものだったかな」
「そうですね。起源は古代ケルトのその様な催しです。仮装は悪霊などを避けるためのものですよ」
佳鳴が言うと山形さんは「そうなんですか~」と目を丸くする。
「でも日本は仮装パーティで良いんじゃ無い? 繁華街では今日も仮装した人が練り歩いてるわよ、きっと」
門又さんは山形さんの様子がおかしかったのか、「くっくっくっ」と笑いながらそんなことを言った。
「そうですよね。その方が楽しそうです」
山形さんは嬉しそうににこにこと笑顔を浮かべる。
それから門又さんと山形さんは和やかに会話を始める。佳鳴と千隼は特に口を挟むこともせず、おふたりを見守った。
榊さんが来られたのは、それから約30分が経ったころ。
「ちょっと遅くなっちゃった~。こんばんは~」
そんなせりふとともに榊さんがドアを開けた。佳鳴と千隼は「いらっしゃいませ」とお出迎えする。
榊さんは山形さんと門又さんを挟む席に掛け、そっと佳鳴と千隼に目配せする。佳鳴は小さく頷き、千隼は細かく首を振る。それでふたりの意図は伝わった様で、榊さんは「うんうん」と言う様に首を縦に振った。
門又さんと山形さんは良い雰囲気ですけども、進展はこれっぽっちもありません。
とは言え、山形さんは今すぐどうこうしたい訳では無さそうだ。門又さんの鈍感さを見て、長期戦の構え。
榊さんはもちろん佳鳴も千隼も余計なことはせず、見守るのが一番である。
榊さんにご注文のハイボールとお料理をお出しし、時間は穏やかに過ぎて行った。
そして揃って食後のお楽しみ。熱燗用のお猪口に作ったかぼちゃプリンだ。
今回はゼラチンで固めるタイプ。甘さはメイプルシロップで、香ばしくも優しく付けた。
かぼちゃを裏ごししてあるので、滑らかでふわりとしたかぼちゃプリンだ。トッピングはシンプルにかぼちゃの種のローストを乗せた。
「これも毎年のお楽しみよね。量もちょうど良いわ」
「そうよねぇ~。お腹いっぱいの時に普通のひとり分って結構多かったりするしねぇ~」
「僕は平気ですよ」
「そりゃあ男の子はね、それぐらい食べちゃうだろうけど。私たちにはこれぐらいで充分」
「そうそう~。こうして食でハロウィンを楽しむの良いわよねぇ~。家でかぼちゃ調理するのって地味に面倒だし、スーパーでお惣菜で買ってもせいぜい煮物とかだもんねぇ~。煮物も美味しいけど、せっかくだったら洒落たもの食べたいもんねぇ~」
「そうよね。ここって普段は和のものが多いのに、イベントの時にはお洒落なもの出してくれるのが憎いわ~。クリームチーズとのサラダ美味しかった。もちろん蕪も煮物もね」
「ありがとうございます」
佳鳴はにっこりと微笑む。ここまでお褒めいただけて嬉しく無いわけが無い。料理人冥利に尽きるというものだろう。
「でもこうしたイベントの時には、私たちもメニュー考えるの楽しいんですよ。さ、かぼちゃのプリン、温くならないうちに召し上がってください」
「あ、そうね」
門又さんたちはお猪口を持ち上げ、添えた小さなスプーンを持つ。
前までは使い捨てのプラスチックの小さなスプーンを使っていたが、昨今はサステナブルとやらでコンビニのレジ袋まで有料になってしまった。
なのでステンレスの小さなスプーンを買い込んだのだ。
「あ、つるんとしてて美味しい。甘さが優しいのがさすが。ちょっと香ばしい様な、なんだろうこれ」
門又さんが小首を傾げる。
「そうよねぇ~。知ってる味なはずなんだけど~」
榊さんも軽く眉を寄せる。佳鳴はくすりと笑って勿体ぶらずに種明かしをした。
「甘味をメイプルシロップで付けてるんですよ」
すると門又さんたちは揃って「あー!」と目を丸くして声を上げる。
「そっかそっか、メイプルシロップだ。なるほどね~」
「かぼちゃとも合うものねぇ~」
「美味しいです。こんなかぼちゃプリンもあるんですね」
小さなお猪口の中身はあっという間に空になる。門又さんたちは満足そうに頷き合った。
「今年も良いハロウィンになったわ」
「本当ねぇ~」
「はい。美味しかったです」
また来年も再来年も、こうしてお客さまに喜んでいただけるお料理と、癒していただける空間を提供できたらなと、佳鳴はしみじみ思う。
そして今日の様なイベントでは、少しでも愉快な気分を楽しんでいただけたらと思う。
旬を迎えた嵩がたっぷりの白菜は、くたくたに煮込むとずっと容量を減らす。そのぶんたっぷりと食べていただける。
水気はあまり加えず、白菜から出る水分で煮込むのだ。なのでお出汁は濃いめに取っている。
そこにお酒とお砂糖、お醤油で味付けをする。もうすっかりくったりとした白菜の中に、椎茸と半月切りにした人参を入れる。
豚肉は日本酒を揉み込み、しっかりと炒めてから加える。そうするとあくが出にくくなるし、香ばしさも生み出される。
柔らかく仕上がった豚肉から出る旨味がお野菜をまとい、一体となって口の中に広がるのだ。
小鉢のひとつは蕪の塩昆布和え。半月切りにして塩揉みし、洗って水分を絞った蕪を塩昆布で和える。風味づけにごま油も加える。盛り付けてから白いりごまをぱらりと振り掛けて。
蕪には綺麗な葉っぱも付いているので、塩茹でして一緒に和えた。
火を通すととろとろになる蕪は、生で食べるとしゃくしゃくだ。甘みもしっかりとある。そこに塩昆布が程よい味付けになる。ごま油もふわりと香り、白ごまの香ばしい甘味も加わる。
小鉢のもうひとつはかぼちゃとクリームチーズのサラダ。クリームチーズにヨーグルトとマヨネーズを加えて滑らかに伸ばし、味付けは少量のお塩とお砂糖、粒黒こしょうをぴりりと効かせる。そこに角切りにして蒸し、粗熱を取ったかぼちゃを混ぜ込む。
かぼちゃの甘さに和え衣の柔らかな酸味が合わさり、しつこそうに見えてさっぱりといただけるのだ。
そして今日は食後のお楽しみもご用意した。
そんな一揃えを目にした門又さん(2章など)は「あ」と口角を上げた。
「今日はハロウィンなのよね」
「はい。ですのでほんの少しだけ特別メニューです」
「うんうん。かぼちゃと蕪、良いわよねぇ」
その通り、今日は10月末日、ハロゥインだ。なので煮物屋さんではかぼちゃと蕪のお料理を仕立てたのだ。
ハロウィンの起源は古代ケルトである。古代ケルトではこの夜に秋が終わって冬が始まり、死者の霊が家族を訪ねてくると信じられていた。日本で言うお盆の様なものだろう。
ジャック・オ・ランタンは今やかぼちゃで作るが、アメリカ大陸が発見されるまでは蕪で作られていたそうだ。そういう理由で、煮物屋さんでは蕪とかぼちゃ両方をお献立に取り込む。
日本でのハロウィンはと言うと、本来のハロウィンから濃く継承されているのは仮装だろう。
その仮装も、古代ケルトでは霊と一緒に出てくる、害のある精霊や魔女避けだった。
本来通りお菓子を用意して、訪ねて来る子どもにあげるというイベントを催すこともあるだろうが、幽霊云々はまるっきり取り入れられていなかった。
日本にはお盆があるのだから、当然と言えばそうなのだろうが。
とりあえず日本のハロウィンはおいしいとこ取りな訳だ。だが佳鳴も千隼もそれで良いと思っている。人々が楽しめる、幸せになるきっかけがあるのは良いことだ。だから煮物屋さんでも特別メニューを仕立てるのだ。
開店早々に来店された門又さんは、お気に入りの麦焼酎の水割りで唇を湿らすと、「いただきます」と手を合わせ、まずは蕪をすくった。
口に含みじっくりと味わう。そしてほっこりと口元を綻ばせた。
「塩昆布だから浅漬けっぽいんだけど、ごまとごま油の風味が良いわねぇ。良い仕事してる」
続けて口に運んだのはかぼちゃのサラダ。角切りかぼちゃにたっぷりのクリームチーズをまとわせて。
「あ~美味しい。こくもあって、かぼちゃの甘いのが引き立ってる。これクリームチーズだけじゃ無いわよね?」
「はい。ヨーグルトを使ってます。こくは多分マヨネーズでしょうか」
「なるほどね。マヨネーズってそう思うと結構万能よね。こくもだけど、卵に入れるとふわふわになったりするんでしょ?」
「もちろんそのままお野菜に付けても美味しいですしね。この煮物屋さんでも助けてもらってます」
「あはは。ポテサラには欠かせないしね。さてと」
麦焼酎の水割りで口直しをして、メインの煮物だ。柔らかくなった白菜はお箸で挟むと、それに合わせてくったりと折れ曲がる。門又さんはそれを豚肉と一緒に口に運んだ。
「んん~、とろっとろの白菜美味しいわぁ。豚肉も柔らかいし。白菜も甘くなって来たわよね。もう冬なのねぇ」
イメージではあるが、10月までは秋、11月からは冬。それは共通認識なのかも知れない。古代ケルトのハロウィンを思うと正しい様な気もする。
「だいぶん寒くなってきましたしね。風邪などお召しにならない様にしてくださいね」
「本当にね。特に今年は急に寒くなっちゃったし」
門又さんはしみじみと言って、空調の効いている店内で大げさに肩を竦ませた。
「こんばんは!」
その時、元気に現れたのは山形さん(9章)だった。
山形さんは自分の宝石好きを門又さんに好意的に思われて以来、ほんのりと懸想していて、昨年のクリスマスにはディナーにまでお誘いしたと言うのに、その思いは露ほども伝わっていない。
それは門又さんの鈍感さと、結婚などにも縁が無いと思い込んでいる故だろうと佳鳴は思っている。
それは良く門又さんとご一緒される榊さんも同意見で、ふたりして「どうしたものかしらねぇ~」なんてお話をしたこともあった。
その榊さんはまだお見えでは無い。以前来られた時にはハロウィンの特別メニューを楽しみにされていて、必ず来るとおっしゃっていたのだが。
「あれ、榊さんはまだなんですか?」
そんなことを言いながら、山形さんは自然に門又さんのお隣に。千隼からおしぼりを受け取って、カルピスサワーをご注文された。
「そうなの。まぁまだ開店してから間も無いしね。特に時間を決めてた訳じゃ無いから」
「そうですね」
そう言いつつ、山形さんの口角がふにゃりと上がった。門又さんとふたりになれて、内心嬉しいのだろう。もしかしたら榊さんもそれを狙っているのかも知れない。
山形さんのカルピスサワーをご用意し、お料理を整える。それを見て山形さんは「わぁ」と歓声を上げる。
「蕪とかぼちゃ、良いですねぇ。見るとハロウィンだなぁって思います。ハロウィンって仮装パーティしてお菓子をもらうんですよね?」
「そんなおもしろイベントじゃ無いって」
山形さんの単純な疑問に門又さんは「ぷっ」と吹き出して苦笑する。
「と言っても私もそう詳しくは無いけどね。確か日本のお盆みたいなものだったかな」
「そうですね。起源は古代ケルトのその様な催しです。仮装は悪霊などを避けるためのものですよ」
佳鳴が言うと山形さんは「そうなんですか~」と目を丸くする。
「でも日本は仮装パーティで良いんじゃ無い? 繁華街では今日も仮装した人が練り歩いてるわよ、きっと」
門又さんは山形さんの様子がおかしかったのか、「くっくっくっ」と笑いながらそんなことを言った。
「そうですよね。その方が楽しそうです」
山形さんは嬉しそうににこにこと笑顔を浮かべる。
それから門又さんと山形さんは和やかに会話を始める。佳鳴と千隼は特に口を挟むこともせず、おふたりを見守った。
榊さんが来られたのは、それから約30分が経ったころ。
「ちょっと遅くなっちゃった~。こんばんは~」
そんなせりふとともに榊さんがドアを開けた。佳鳴と千隼は「いらっしゃいませ」とお出迎えする。
榊さんは山形さんと門又さんを挟む席に掛け、そっと佳鳴と千隼に目配せする。佳鳴は小さく頷き、千隼は細かく首を振る。それでふたりの意図は伝わった様で、榊さんは「うんうん」と言う様に首を縦に振った。
門又さんと山形さんは良い雰囲気ですけども、進展はこれっぽっちもありません。
とは言え、山形さんは今すぐどうこうしたい訳では無さそうだ。門又さんの鈍感さを見て、長期戦の構え。
榊さんはもちろん佳鳴も千隼も余計なことはせず、見守るのが一番である。
榊さんにご注文のハイボールとお料理をお出しし、時間は穏やかに過ぎて行った。
そして揃って食後のお楽しみ。熱燗用のお猪口に作ったかぼちゃプリンだ。
今回はゼラチンで固めるタイプ。甘さはメイプルシロップで、香ばしくも優しく付けた。
かぼちゃを裏ごししてあるので、滑らかでふわりとしたかぼちゃプリンだ。トッピングはシンプルにかぼちゃの種のローストを乗せた。
「これも毎年のお楽しみよね。量もちょうど良いわ」
「そうよねぇ~。お腹いっぱいの時に普通のひとり分って結構多かったりするしねぇ~」
「僕は平気ですよ」
「そりゃあ男の子はね、それぐらい食べちゃうだろうけど。私たちにはこれぐらいで充分」
「そうそう~。こうして食でハロウィンを楽しむの良いわよねぇ~。家でかぼちゃ調理するのって地味に面倒だし、スーパーでお惣菜で買ってもせいぜい煮物とかだもんねぇ~。煮物も美味しいけど、せっかくだったら洒落たもの食べたいもんねぇ~」
「そうよね。ここって普段は和のものが多いのに、イベントの時にはお洒落なもの出してくれるのが憎いわ~。クリームチーズとのサラダ美味しかった。もちろん蕪も煮物もね」
「ありがとうございます」
佳鳴はにっこりと微笑む。ここまでお褒めいただけて嬉しく無いわけが無い。料理人冥利に尽きるというものだろう。
「でもこうしたイベントの時には、私たちもメニュー考えるの楽しいんですよ。さ、かぼちゃのプリン、温くならないうちに召し上がってください」
「あ、そうね」
門又さんたちはお猪口を持ち上げ、添えた小さなスプーンを持つ。
前までは使い捨てのプラスチックの小さなスプーンを使っていたが、昨今はサステナブルとやらでコンビニのレジ袋まで有料になってしまった。
なのでステンレスの小さなスプーンを買い込んだのだ。
「あ、つるんとしてて美味しい。甘さが優しいのがさすが。ちょっと香ばしい様な、なんだろうこれ」
門又さんが小首を傾げる。
「そうよねぇ~。知ってる味なはずなんだけど~」
榊さんも軽く眉を寄せる。佳鳴はくすりと笑って勿体ぶらずに種明かしをした。
「甘味をメイプルシロップで付けてるんですよ」
すると門又さんたちは揃って「あー!」と目を丸くして声を上げる。
「そっかそっか、メイプルシロップだ。なるほどね~」
「かぼちゃとも合うものねぇ~」
「美味しいです。こんなかぼちゃプリンもあるんですね」
小さなお猪口の中身はあっという間に空になる。門又さんたちは満足そうに頷き合った。
「今年も良いハロウィンになったわ」
「本当ねぇ~」
「はい。美味しかったです」
また来年も再来年も、こうしてお客さまに喜んでいただけるお料理と、癒していただける空間を提供できたらなと、佳鳴はしみじみ思う。
そして今日の様なイベントでは、少しでも愉快な気分を楽しんでいただけたらと思う。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
336
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる