60 / 122
18章 穴を埋めてくれるもの
第2話 寂しさの理由
しおりを挟む
数日後、青木さんは前よりはしっかりとした佇まいで現れた。また出入り口に近い空いている席に掛ける。
佳鳴がおしぼりを渡すと手を拭いて「ふぅ」と心地よさげな息を吐く。
「ここってさ、ご飯も優しくて美味しいけど、雰囲気も凄く良いね」
「そう?」
「うん。前に来た時、扇木さんは私の相手をしてくれてたけど、弟さんが他のお客さんと話とかしてたでしょう。和やかで良い雰囲気だなぁって」
「お客さま同士お話しされたりとかもあるしね。カウンタだけだからかな、自然とそういう感じになったかな。お喋り好きなお客さまがいろいろと話し掛けてくださったの。でも弟も私もそれが嬉しかったんだよねぇ。本当にお客さまあっての煮物屋さんだよ」
「お客さんの質が良いんだね。私も客商売だからお客さんを比べたりしちゃいけないって分かってるけど、やっぱり困った人もいるから」
「ここにもたまに来られるよ。でもそういうお客さまは不思議と常連さんにはならないなぁ」
「扇木さんと弟さんの人柄もあるんだよ、きっと」
「だったら嬉しいな。あ、ご注文どうする?」
「今日もおかずとお味噌汁と、烏龍茶でお願い」
「分かった。ちょっと待ってね」
佳鳴はまず烏龍茶の準備をする。氷を7割ほど詰めたタンブラーに冷蔵庫から出した烏龍茶を注ぐ。烏龍茶は一般ブランドのペットボトルを仕入れている。
「はい、烏龍茶お待たせ」
「ありがとう」
烏龍茶を受け取った青木さんは、ほんの少しを口に含んだ。続けて佳鳴は千隼と並んで料理を整えて行く。
今日のメインは鶏団子とかぼちゃの煮物である。鶏団子は焼き付けて香ばしくしてから、丁寧に面取りしたかぼちゃとことことと煮込んでいる。彩りはいんげんを使った。
小鉢ひとつ目はじゃこと小松菜のナムルだ。じゃことさっと茹でた小松菜をごま油などで作った調味液と白すりごまで合わせた。
もうひとつはきゃべつと玉ねぎの酢の物だ。太めの千切りにしたきゃべつはさっと茹でて水分をしっかりと切り、薄切りにして塩揉みし、洗って水分を絞った玉ねぎと合わせて調味液で和えた。
お味噌汁はお揚げとえのき。吸い口に青ねぎの小口切りである。
「はい、お料理お待たせ」
「ありがとう。今日も美味しそう」
嬉しそうに微笑んだ青木さんは「いただきます」と手を合わせ、また烏龍茶を傾けてから箸を取る。まずは味噌汁をすすった。
「はぁ~、今日も良いお味だ~。あれからね、教えてもらった簡単お味噌汁毎日飲む様にしてるの。液体味噌使ったら本当に簡単なのね」
「手軽に飲めて良いでしょ」
「うん。インスタントと作り方変わらないのに作ってる気がするのよね、なぜか。それから身体の調子も少し良い気がして。お味噌汁効果ある?」
「あると思うよ。お味噌はビタミンとかもたっぷりだから疲労回復とかお肌にも良いしね。アンチエイジングにも良いよ。大豆イソフラボンは女性ホルモンに良いから気持ちも落ち着くと思うし」
「あ、だからお味噌汁飲んだらほっとするのかな」
「そうだね。具は何にしてる? わかめ?」
「うん。乾燥わかめ。お鍋使わずに作るってなるとそれぐらいしか思い付かなくて」
「だったらカルシウムも取れるし、海藻は塩分も巧く処理してくれるから、お味噌汁の具には良いんだよ。他にもフリーズドライのお野菜もスーパーにあると思うから、好みなの合わせてみたら良いかもね。乾物とかの棚にあると思うよ」
「そうなのね。今度見に行ってみる。お味噌汁があるだけでこんなに潤うと言うか、気持ちが楽になるなんて思わなかった。うちの実家あまりお味噌汁が出る家じゃ無かったから習慣が無かったの」
「青木さんって今ひとり暮らしだよね?」
「うん。夜の仕事になってからね。あの……」
青木さんは言いづらそうに口をもごもごさせる。
「もしかしたら噂とかで聞いてるかも知れないけど」
青木さんは自嘲する様に口元をかすかに歪めた。
「私馬鹿でね、うっかりホストクラブにはまっちゃって」
それは確かに人伝いで聞いていたことだ。佳鳴にとって青木さんは特に親しい友人では無かったし、特に思うところがあったわけでは無いが。
「その支払いのために、お昼の仕事を辞めて夜のクラブで働く様になったの。ホストクラブ通いを止めれば良いんだけど、私って男無しでいられない人間みたいでね」
青木さんは言って苦笑する。
「数ヶ月彼氏がいなくて寂しくて、適当に夜の街うろうろしてたの。バーだったらバーテンダーと話ができたりするでしょ。他のお客さんとも話ができたりね。それはそれで満足だったんだけど」
青木さんは「ふぅ」と息を吐く。
「ホストクラブのね、新規料金を見てふらっと入っちゃったの。ほら、あれってかなり安く設定されてるのよ。90分千円で、延長とか指名とか無かったらそれだけなの。でもそうも行かないのがホストの技なのよねぇ」
そう言って自分自身に呆れた様に「はは」と笑う。
「最初は料金内の焼酎を飲むわけ。でも酔ってくると気も大きくなって来ちゃって、新規はシャンパン半額だって言われてつい入れちゃったのよ。1番安くても1万円もするのにね。その頃には延長料金も発生してるしで。その日はちやほやされてお酒も飲んでて気持ち良かったんだけど、次の日凄っごく後悔したの。もう絶対に行かない、今回は新規料金だったからこれだけで済んだんだって。でも日が経つにつれてね、また行きたくて仕方が無くなって来るの。だって男がもてはやしてくれるんだよ。もう私なんて良いカモだよ。そしたらもう泥沼。さすがにシャンパンなんてそうそう入れられないけど、それでもお昼の仕事だと料金払えなくなっちゃって、夜の仕事に移ったの。その時に両親にも怒られて怒られて、夜の仕事をするなら、クラブ通いを止めないなら出てけって言われちゃった。本当に情けない」
青木さんは眉根を下げて苦笑する。
「そんな生活してるからろくな彼氏もできないし、もう悪循環。夜の仕事もホストの料金払うためだけにやってる様なものだから身も入らなくて、だからご指名が入るわけも無いし。ヘルプで席に付いてテーブルの売り上げ上げるためにがんがん飲んでね。もう毎日ウコンドリンクとお友だち。それでも宿酔いだよ。でもホストクラブ通いを止められないの」
青木さんはしょんぼりとうなだれてしまった。
「それって、彼氏さんができたら解決することなのかな」
佳鳴の疑問に青木さんは「どうだろう」と目を伏せる。
「正直ね、さすがにこんな生活に嫌気がさしてるの。彼氏ができるできないはもう問題じゃなくなってる感じがして。ホストクラブに通うのももう惰性みたいになっちゃって。最初は楽しかったし気持ち良かったけど、慣れてきちゃうし、欲なんて大きくなっちゃうものだもの。私がいつも指名してるホストが彼氏になってくれるわけでも無し、それを望んだらもう取り返しのつかないことになりそうな気がするし。袋小路ってこういうのを言うのかな。1番はクラブ通いを止めることなんだろうけど、抜けるのも難しい。お金でホストに構ってもらって、どうにか自分を保ってるって感じがする。扇木さんは彼氏はいるの?」
「今はいないなぁ」
「扇木さんはそれで平気って言うか大丈夫なの? 寂しいとか思わないの?」
「思わないんだよねぇ。今はこのお店もあるしねぇ」
「羨ましいな。私にもそういうのがあったらちょっとは違ったのかな。もっとちゃんとしたいな。そう思ってるんだけどね……」
青木さんはそう言うと辛そうに目を閉じた。佳鳴はなんと言ったら良いのか判らず目を伏せる。だが。
「青木さん、ちょっと待っててくれる?」
佳鳴はその場を離れると千隼を呼ぶ。お客さまに聞こえない様に耳打ちすると、千隼は「良いよ」と短く言って頷いた。佳鳴は青木さんのところに戻ると。
「ねぇ青木さん、いつでも良いんだけど、お仕事が休みの日にでも、ここに入ってみない?」
佳鳴が笑顔で言うと、青木さんは「え?」と目を丸くした。
佳鳴がおしぼりを渡すと手を拭いて「ふぅ」と心地よさげな息を吐く。
「ここってさ、ご飯も優しくて美味しいけど、雰囲気も凄く良いね」
「そう?」
「うん。前に来た時、扇木さんは私の相手をしてくれてたけど、弟さんが他のお客さんと話とかしてたでしょう。和やかで良い雰囲気だなぁって」
「お客さま同士お話しされたりとかもあるしね。カウンタだけだからかな、自然とそういう感じになったかな。お喋り好きなお客さまがいろいろと話し掛けてくださったの。でも弟も私もそれが嬉しかったんだよねぇ。本当にお客さまあっての煮物屋さんだよ」
「お客さんの質が良いんだね。私も客商売だからお客さんを比べたりしちゃいけないって分かってるけど、やっぱり困った人もいるから」
「ここにもたまに来られるよ。でもそういうお客さまは不思議と常連さんにはならないなぁ」
「扇木さんと弟さんの人柄もあるんだよ、きっと」
「だったら嬉しいな。あ、ご注文どうする?」
「今日もおかずとお味噌汁と、烏龍茶でお願い」
「分かった。ちょっと待ってね」
佳鳴はまず烏龍茶の準備をする。氷を7割ほど詰めたタンブラーに冷蔵庫から出した烏龍茶を注ぐ。烏龍茶は一般ブランドのペットボトルを仕入れている。
「はい、烏龍茶お待たせ」
「ありがとう」
烏龍茶を受け取った青木さんは、ほんの少しを口に含んだ。続けて佳鳴は千隼と並んで料理を整えて行く。
今日のメインは鶏団子とかぼちゃの煮物である。鶏団子は焼き付けて香ばしくしてから、丁寧に面取りしたかぼちゃとことことと煮込んでいる。彩りはいんげんを使った。
小鉢ひとつ目はじゃこと小松菜のナムルだ。じゃことさっと茹でた小松菜をごま油などで作った調味液と白すりごまで合わせた。
もうひとつはきゃべつと玉ねぎの酢の物だ。太めの千切りにしたきゃべつはさっと茹でて水分をしっかりと切り、薄切りにして塩揉みし、洗って水分を絞った玉ねぎと合わせて調味液で和えた。
お味噌汁はお揚げとえのき。吸い口に青ねぎの小口切りである。
「はい、お料理お待たせ」
「ありがとう。今日も美味しそう」
嬉しそうに微笑んだ青木さんは「いただきます」と手を合わせ、また烏龍茶を傾けてから箸を取る。まずは味噌汁をすすった。
「はぁ~、今日も良いお味だ~。あれからね、教えてもらった簡単お味噌汁毎日飲む様にしてるの。液体味噌使ったら本当に簡単なのね」
「手軽に飲めて良いでしょ」
「うん。インスタントと作り方変わらないのに作ってる気がするのよね、なぜか。それから身体の調子も少し良い気がして。お味噌汁効果ある?」
「あると思うよ。お味噌はビタミンとかもたっぷりだから疲労回復とかお肌にも良いしね。アンチエイジングにも良いよ。大豆イソフラボンは女性ホルモンに良いから気持ちも落ち着くと思うし」
「あ、だからお味噌汁飲んだらほっとするのかな」
「そうだね。具は何にしてる? わかめ?」
「うん。乾燥わかめ。お鍋使わずに作るってなるとそれぐらいしか思い付かなくて」
「だったらカルシウムも取れるし、海藻は塩分も巧く処理してくれるから、お味噌汁の具には良いんだよ。他にもフリーズドライのお野菜もスーパーにあると思うから、好みなの合わせてみたら良いかもね。乾物とかの棚にあると思うよ」
「そうなのね。今度見に行ってみる。お味噌汁があるだけでこんなに潤うと言うか、気持ちが楽になるなんて思わなかった。うちの実家あまりお味噌汁が出る家じゃ無かったから習慣が無かったの」
「青木さんって今ひとり暮らしだよね?」
「うん。夜の仕事になってからね。あの……」
青木さんは言いづらそうに口をもごもごさせる。
「もしかしたら噂とかで聞いてるかも知れないけど」
青木さんは自嘲する様に口元をかすかに歪めた。
「私馬鹿でね、うっかりホストクラブにはまっちゃって」
それは確かに人伝いで聞いていたことだ。佳鳴にとって青木さんは特に親しい友人では無かったし、特に思うところがあったわけでは無いが。
「その支払いのために、お昼の仕事を辞めて夜のクラブで働く様になったの。ホストクラブ通いを止めれば良いんだけど、私って男無しでいられない人間みたいでね」
青木さんは言って苦笑する。
「数ヶ月彼氏がいなくて寂しくて、適当に夜の街うろうろしてたの。バーだったらバーテンダーと話ができたりするでしょ。他のお客さんとも話ができたりね。それはそれで満足だったんだけど」
青木さんは「ふぅ」と息を吐く。
「ホストクラブのね、新規料金を見てふらっと入っちゃったの。ほら、あれってかなり安く設定されてるのよ。90分千円で、延長とか指名とか無かったらそれだけなの。でもそうも行かないのがホストの技なのよねぇ」
そう言って自分自身に呆れた様に「はは」と笑う。
「最初は料金内の焼酎を飲むわけ。でも酔ってくると気も大きくなって来ちゃって、新規はシャンパン半額だって言われてつい入れちゃったのよ。1番安くても1万円もするのにね。その頃には延長料金も発生してるしで。その日はちやほやされてお酒も飲んでて気持ち良かったんだけど、次の日凄っごく後悔したの。もう絶対に行かない、今回は新規料金だったからこれだけで済んだんだって。でも日が経つにつれてね、また行きたくて仕方が無くなって来るの。だって男がもてはやしてくれるんだよ。もう私なんて良いカモだよ。そしたらもう泥沼。さすがにシャンパンなんてそうそう入れられないけど、それでもお昼の仕事だと料金払えなくなっちゃって、夜の仕事に移ったの。その時に両親にも怒られて怒られて、夜の仕事をするなら、クラブ通いを止めないなら出てけって言われちゃった。本当に情けない」
青木さんは眉根を下げて苦笑する。
「そんな生活してるからろくな彼氏もできないし、もう悪循環。夜の仕事もホストの料金払うためだけにやってる様なものだから身も入らなくて、だからご指名が入るわけも無いし。ヘルプで席に付いてテーブルの売り上げ上げるためにがんがん飲んでね。もう毎日ウコンドリンクとお友だち。それでも宿酔いだよ。でもホストクラブ通いを止められないの」
青木さんはしょんぼりとうなだれてしまった。
「それって、彼氏さんができたら解決することなのかな」
佳鳴の疑問に青木さんは「どうだろう」と目を伏せる。
「正直ね、さすがにこんな生活に嫌気がさしてるの。彼氏ができるできないはもう問題じゃなくなってる感じがして。ホストクラブに通うのももう惰性みたいになっちゃって。最初は楽しかったし気持ち良かったけど、慣れてきちゃうし、欲なんて大きくなっちゃうものだもの。私がいつも指名してるホストが彼氏になってくれるわけでも無し、それを望んだらもう取り返しのつかないことになりそうな気がするし。袋小路ってこういうのを言うのかな。1番はクラブ通いを止めることなんだろうけど、抜けるのも難しい。お金でホストに構ってもらって、どうにか自分を保ってるって感じがする。扇木さんは彼氏はいるの?」
「今はいないなぁ」
「扇木さんはそれで平気って言うか大丈夫なの? 寂しいとか思わないの?」
「思わないんだよねぇ。今はこのお店もあるしねぇ」
「羨ましいな。私にもそういうのがあったらちょっとは違ったのかな。もっとちゃんとしたいな。そう思ってるんだけどね……」
青木さんはそう言うと辛そうに目を閉じた。佳鳴はなんと言ったら良いのか判らず目を伏せる。だが。
「青木さん、ちょっと待っててくれる?」
佳鳴はその場を離れると千隼を呼ぶ。お客さまに聞こえない様に耳打ちすると、千隼は「良いよ」と短く言って頷いた。佳鳴は青木さんのところに戻ると。
「ねぇ青木さん、いつでも良いんだけど、お仕事が休みの日にでも、ここに入ってみない?」
佳鳴が笑顔で言うと、青木さんは「え?」と目を丸くした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
336
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる