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6章 じゃがいもとマヨネーズの後押し
第2話 久しぶりのあの人は
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営業が始まって数時間、お陰さまで料理は完売となった。まだ店内ではお客さまがくつろいているが、千隼はお品書きを回収し、営業中と書かれたプレートを支度中にするために表に出る。
プレートを返し、ドアからお品書きのホワイトボードを外した時、駅の方からふらふらと歩いて来る人影があった。
その気配に千隼がそちらを見ると、それは春日さんだった。
「春日さん。こんばんは、お久し振りですね」
千隼が明るくそう声を掛けると、春日さんは力の無い笑みを浮かべる。
「ああ、ハヤさん。こんばんは。本当にすっかりとご無沙汰しちゃって」
千隼の前で春日さんの足が止まる。店内から漏れ出て来る光を頼りにあらためて春日さんを見ると、その頬はすっかりと痩けてしまっていて、色艶も良く無く、かなり疲れが現れていた。
春日さんはもともとふっくらとされていた方だったので、その変貌に千隼は驚きを隠せない。
「どうされたんですか、春日さん。かなりお疲れみたいですけど」
「ええまぁ、ここしばらくかなりの激務でね」
春日さんは言って苦笑する。
「いろいろあって勤務形態が変わってしまって、毎日帰宅は日をまたいでしまうんだ。今日はこれでも少し早いぐらいでね。食欲もすっかり落ちてしまって、ろくな食事も出来ていなくて。でも帰って来る時にはもう煮物屋さんは閉まっているから」
春日さんはうなだれてしまう。
「ああ、またここのポテトサラダが食べたいなぁ」
そう言って春日さんははぁと溜め息を吐いた。
「あ、あの、春日さん、少し、少しだけ待っていてもらえますか?」
「うん?」
千隼は言い置くと、ホワイトボードを手に慌てて店内に戻る。厨房に入って隅にボードを放り投げる様に置くと、冷蔵庫から小鉢の料理を入れたタッパを出し、その中身を詰められるだけ、小鉢用の持ち帰り用使い捨て容器に詰める。
途中で佳鳴が首を傾げて「どうしたの?」と声を掛けて来るが、応える時間が惜しい。千隼は「あとで」と言いおき、容器を取っ手付きのナイロン袋に入れて、飛び出す様に外に出た。
春日さんは表で静かに待っていてくれた。千隼は用意したそれを両手で持って、春日さんに差し出した。
「これ、良ければお持ちください。今日の小鉢はシンプルなものですがポテトサラダだったんです」
仕込みの時、佳鳴がマッシャーで潰していたじゃがいもだ。今回は塩もみきゅうりとハムだけのシンプルなものだったが、味付けは佳鳴が丁寧にほどこしたいつものものだ。
煮物は品切れていたが、小鉢はいつも少し多めに作るのだ。閉店後に余った分は、千隼たちの夜食になる。
春日さんはナイロン袋に入れられた容器を見て、「わぁ……」と顔を輝かせた。
「良いのかい?」
「はい、もちろん。お代も結構ですよ。陣中見舞いだと思っていただけたら。本当にお疲れの様ですから」
千隼が言うと、春日さんは「いやいや」と首を振る。
「ちゃんとし払わせて欲しいな。お願いするよ」
そう言われ、しかし千隼は「いえ、こちらが押し付けたんですから」と返すが、春日さんは首を縦に振ってはくれなかった。
「解りました。では……」
と、千隼は小鉢分に相当する金額を挙げた。それを小銭でちょうどで受け取り、ポテトサラダを春日さんに渡す。
「本当にありがとう。嬉しいよ。落ち着いたらまた寄らせてもらうね」
春日さんは先ほどとは打って変わって嬉しそうな笑顔で言い、今度はしっかりとした足取りで帰って行った。
店に入り厨房に戻ると、不思議そうな顔で千隼を見る佳鳴に「悪い」と短く詫びる。
「表で春日さんに会ったんだよ」
「あら、お久し振りだね。お元気にされてた?」
「いや、それが仕事で激務が続いてるらしくて、帰って来る時間にはこの店も閉まってるってさ。だからせめてポテトサラダ食べて欲しいって思って」
「あらぁ、そうなんだ」
佳鳴は言うと、かすかに顔をしかめる。
「え、春日さんが来られなくなって、もう2ヶ月ぐらいにはなるよね。その間、ずっと帰りがその時間だったってこと? お休みはちゃんと取れてるのかな」
「そんな話はしてなかったけど、平日そんだけ働いてたら、休めたらもう家から出たく無いだろ。睡眠不足だろうし。びっくりしたぜ、すっかりとやつれちゃってさ」
「そうなの? それは心配だね……」
佳鳴の眉がまた歪んでしまう。
「じゃあご飯もまともに食べれて無いってこと? なんでそんなことになっちゃったんだろ」
「そこまでは判らないけど、落ち着いたらまた来てくれるってさ」
「じゃあその時を待つしか無いんだね。何か差し入れとかしたくなっちゃうけど……逆にお気を遣わせちゃうだろうしね」
「多分な。ポテトサラダもお代支払われたし」
「あんた、押し付けたのにお金いただいたの?」
佳鳴がやや呆れた様に目を見開くと、千隼は少し焦って「いやいや」と手を振る。
「俺はもちろんいらないって言ったぜ。けど払わせてくれって。そこで押し付けちまうと、春日さん気を遣うだろうから、小鉢分もらった」
そう言って開いた千隼の掌には、数枚の硬貨が乗せられていた。
「まぁ、確かに春日さんはそう言う方だよねぇ……」
佳鳴は納得した様に、小さく息を吐いた。
久しぶりにお会い出来た春日さん。様変わりしてしまった春日さんに、千隼は大いに驚いたのだ。最近煮物屋さんに来られなくなった原因に合点はいったが、それが原因でああなってしまうとは。
今日春日さんがいつもより少し早く帰れたこと、そしてその日の小鉢がポテトサラダだったのは、そういう縁だったのだろう。
食べて、少しでも元気になってくれたら良いのだが。
プレートを返し、ドアからお品書きのホワイトボードを外した時、駅の方からふらふらと歩いて来る人影があった。
その気配に千隼がそちらを見ると、それは春日さんだった。
「春日さん。こんばんは、お久し振りですね」
千隼が明るくそう声を掛けると、春日さんは力の無い笑みを浮かべる。
「ああ、ハヤさん。こんばんは。本当にすっかりとご無沙汰しちゃって」
千隼の前で春日さんの足が止まる。店内から漏れ出て来る光を頼りにあらためて春日さんを見ると、その頬はすっかりと痩けてしまっていて、色艶も良く無く、かなり疲れが現れていた。
春日さんはもともとふっくらとされていた方だったので、その変貌に千隼は驚きを隠せない。
「どうされたんですか、春日さん。かなりお疲れみたいですけど」
「ええまぁ、ここしばらくかなりの激務でね」
春日さんは言って苦笑する。
「いろいろあって勤務形態が変わってしまって、毎日帰宅は日をまたいでしまうんだ。今日はこれでも少し早いぐらいでね。食欲もすっかり落ちてしまって、ろくな食事も出来ていなくて。でも帰って来る時にはもう煮物屋さんは閉まっているから」
春日さんはうなだれてしまう。
「ああ、またここのポテトサラダが食べたいなぁ」
そう言って春日さんははぁと溜め息を吐いた。
「あ、あの、春日さん、少し、少しだけ待っていてもらえますか?」
「うん?」
千隼は言い置くと、ホワイトボードを手に慌てて店内に戻る。厨房に入って隅にボードを放り投げる様に置くと、冷蔵庫から小鉢の料理を入れたタッパを出し、その中身を詰められるだけ、小鉢用の持ち帰り用使い捨て容器に詰める。
途中で佳鳴が首を傾げて「どうしたの?」と声を掛けて来るが、応える時間が惜しい。千隼は「あとで」と言いおき、容器を取っ手付きのナイロン袋に入れて、飛び出す様に外に出た。
春日さんは表で静かに待っていてくれた。千隼は用意したそれを両手で持って、春日さんに差し出した。
「これ、良ければお持ちください。今日の小鉢はシンプルなものですがポテトサラダだったんです」
仕込みの時、佳鳴がマッシャーで潰していたじゃがいもだ。今回は塩もみきゅうりとハムだけのシンプルなものだったが、味付けは佳鳴が丁寧にほどこしたいつものものだ。
煮物は品切れていたが、小鉢はいつも少し多めに作るのだ。閉店後に余った分は、千隼たちの夜食になる。
春日さんはナイロン袋に入れられた容器を見て、「わぁ……」と顔を輝かせた。
「良いのかい?」
「はい、もちろん。お代も結構ですよ。陣中見舞いだと思っていただけたら。本当にお疲れの様ですから」
千隼が言うと、春日さんは「いやいや」と首を振る。
「ちゃんとし払わせて欲しいな。お願いするよ」
そう言われ、しかし千隼は「いえ、こちらが押し付けたんですから」と返すが、春日さんは首を縦に振ってはくれなかった。
「解りました。では……」
と、千隼は小鉢分に相当する金額を挙げた。それを小銭でちょうどで受け取り、ポテトサラダを春日さんに渡す。
「本当にありがとう。嬉しいよ。落ち着いたらまた寄らせてもらうね」
春日さんは先ほどとは打って変わって嬉しそうな笑顔で言い、今度はしっかりとした足取りで帰って行った。
店に入り厨房に戻ると、不思議そうな顔で千隼を見る佳鳴に「悪い」と短く詫びる。
「表で春日さんに会ったんだよ」
「あら、お久し振りだね。お元気にされてた?」
「いや、それが仕事で激務が続いてるらしくて、帰って来る時間にはこの店も閉まってるってさ。だからせめてポテトサラダ食べて欲しいって思って」
「あらぁ、そうなんだ」
佳鳴は言うと、かすかに顔をしかめる。
「え、春日さんが来られなくなって、もう2ヶ月ぐらいにはなるよね。その間、ずっと帰りがその時間だったってこと? お休みはちゃんと取れてるのかな」
「そんな話はしてなかったけど、平日そんだけ働いてたら、休めたらもう家から出たく無いだろ。睡眠不足だろうし。びっくりしたぜ、すっかりとやつれちゃってさ」
「そうなの? それは心配だね……」
佳鳴の眉がまた歪んでしまう。
「じゃあご飯もまともに食べれて無いってこと? なんでそんなことになっちゃったんだろ」
「そこまでは判らないけど、落ち着いたらまた来てくれるってさ」
「じゃあその時を待つしか無いんだね。何か差し入れとかしたくなっちゃうけど……逆にお気を遣わせちゃうだろうしね」
「多分な。ポテトサラダもお代支払われたし」
「あんた、押し付けたのにお金いただいたの?」
佳鳴がやや呆れた様に目を見開くと、千隼は少し焦って「いやいや」と手を振る。
「俺はもちろんいらないって言ったぜ。けど払わせてくれって。そこで押し付けちまうと、春日さん気を遣うだろうから、小鉢分もらった」
そう言って開いた千隼の掌には、数枚の硬貨が乗せられていた。
「まぁ、確かに春日さんはそう言う方だよねぇ……」
佳鳴は納得した様に、小さく息を吐いた。
久しぶりにお会い出来た春日さん。様変わりしてしまった春日さんに、千隼は大いに驚いたのだ。最近煮物屋さんに来られなくなった原因に合点はいったが、それが原因でああなってしまうとは。
今日春日さんがいつもより少し早く帰れたこと、そしてその日の小鉢がポテトサラダだったのは、そういう縁だったのだろう。
食べて、少しでも元気になってくれたら良いのだが。
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