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3章 嘘から出たまこと

第2話 その原因とは

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 翌日、佳鳴かなる千隼ちはやが公設市場で仕入れを終え、煮物屋さんに戻って来たのが15時少し前。15時をほんの少し過ぎたころ、店のドアが開かれた。

「店長、ハヤさんこんにちは。今日は本当によろしくね」

 仲間なかまさんだ。少し照れ臭そうに中に入って来た。

「こちらこそよろしくお願いします」

「お願いしますね。エプロンは持って来てもらえましたか?」

 千隼の問いに、仲間さんは「うん!」と元気に応え、手にしていたナイロンの袋からがさごそとスモーキーピンクの大振りな花柄のエプロンを取り出し、ばさっと広げた。

「持ってなかったから、さっき駅前で買って来た」

「えっ、わざわざ。それは申し訳無いことをしました」

 千隼が焦って言うと、仲間さんが「いやいや」と笑って首を振る。

「考えてみたら、普段から料理をする人間の家にエプロンが無いのがおかしいんだよね。今はエプロンしない人も多いみたいだけど、ほら、エプロン姿って言うのも、彼氏への良いアピールポイントになるかな、なんて思って」

 仲間さんはそう言って「へへ」と笑い、エプロンを着ける。仲間さんは目鼻立ちがはっきりしたお顔立ちの女性なので、その華やかなエプロンがとても良く似合った。

「じゃあ始めましょうか。野菜など切っていただくのは大丈夫ですか?」

「もちろん。そこは即戦力になれると思う」

「では、僕が作る煮物を手伝っていただきますね。横で姉が小鉢と汁物を作るので、それもご覧いただけるかなと思います」

「うん。楽しみ」

 千隼は買い出ししてきたばかりの食材を台に出して行く。

「まずはかぶの下ごしらえです。僕が洗うので、切って行ってください。葉も使うので、落としたらとりあえずこのバットに入れておいてください」

「オッケー。かぶにくきは残す?」

「いえ、完全に落としちゃってください。もし砂が残っちゃったら駄目なので。で、かぶは皮をいたら縦に4等分にしてください」

「かぶって、皮は厚めに剥くんだよね?」

「はい。薄く剥くと繊維が残って舌触りが悪くなってしまうので。繊維を落とす様に剥いてください」

「分かった」

 千隼がかぶを洗い、まな板に上げて行く。それを仲間さんが下ごしらえして行った。見るとなかなかの手際の良さである。

「仲間さん、すごいですね」

「ふふん。味付けは微妙でも、切ったり剥いたりは人並みに出来るからね~」

 そう得意げに言い、手を動かして行く。洗い終わった千隼も下ごしらえに加わった。

 次は落としておいたかぶの葉だ。残った身を落として、根元に残っている砂をしっかりと洗い落としたらざくざくと切っておく。

 次は人参である。へたを落としてピーラーで皮を剥いて乱切りに。

 椎茸は小振りなものなので、石づきを落とすだけである。

 お揚げは湯を沸かした鍋にさっと入れて、余分な油を抜いておく。

「さ、ここから調理です」

 土鍋を出してかぶ、人参を入れて出汁を張り、火に掛ける。ふつふつと沸いて来たらお揚げを加え、再び沸いて来たら椎茸を入れ、落としぶたをする。そのままくつくつと煮込んで行く。

「かぶって実は火通りが早いんだよね?」

「そうなんです。根菜なんですけど、大根とかじゃがいもなんかと違って、早いんですよね。それに形も崩れやすいので、あまり触らずに手早く煮て行くんですね」

「なんか意外だよね~。あ、私無駄に知識だけはあるんだよね~」

 そうして5分も煮たら、落としぶたを上げて味付けである。まずは甘み。砂糖、そして日本酒。

 千隼が軽量スプーンで砂糖を、軽量カップで酒を計ると。

「えっ?」

 仲間さんが驚いた様な声を上げた。

「え?」

 千隼も驚いて顔を上げる。

「え、調味料計ってるの?」

「はい、計りますよ。お客さまには安定した味をご提供したいので」

「そうなの?」

「そうですよ。あ、仲間さんもしかして」

 これはもしや。

「調味料とか計らず、目分量で入れていましたか?」

「うん。だって母もそうしてたし。料理本見たら分量書いてあるから、そんな感じにはなる様に入れてるけど」

「仲間さん」

 千隼はぐっと唇を引き結ぶ。仲間さんはその様子にただならぬものを感じたか、緊張を帯びた表情になった。

「それです」

「それ、とは」

「微妙な味付けになってしまう、そう仰っていた原因です」

「そうなの!?」

「そうです」

 声を上げる仲間さんに、千隼は力強く頷いた。

「えええ? じゃあなんで母の料理は目分量なのに美味しかったの?」

「それは長年の経験です。お母さまも、お料理を始められたころにはきちんと計っておられたと思いますよ。そうしていると、大さじ1はこれぐらいだとか、おおよその量が把握はあく出来る様になって来ます。そうしたら目分量で作れる様になるんです。ほとんどの方はそうです。いきなり目分量で作る方は少ないと思います。僕も今でこそお店意外では目分量で作りますが、料理し始めは全部計ってました」

「そうなんだ、そうなんだぁ……そんな初歩的なことだったんだぁ……」

 仲間さんは力が抜けた様に、台に両手を付いてうな垂れた。

「ああ~……でも原因が解ったから、私でも美味しいご飯作れるかな」

「はい。大丈夫です。今作っている煮物と、姉が作っている小鉢のレシピをお渡ししますから、お家で調味料の分量を計って作ってみてください。軽量スプーンとカップはお持ちですか?」

「ううん、持って無い」

「ではぜひ買ってください。100均でもありますから。今は便利なものも出ているんですよ。1カップと大さじ1が両方計れるものとか。ご自分で使いやすそうなものを見てみてください。粉を計るのはスプーン状のが良いかも知れないですね。ご一緒にキッチンタイマーも揃えられたら良いと思いますよ。これも100均にありますから」

「じゃあこれ終わったらさっそく行ってみる。そっかぁ、それで解決できるんなら助かるよ。実はさ、彼氏の妹さんと3人で食べたって話、昨日したと思うんだけど」

「はい」

「もうすぐお母さまの誕生日なんだって。で、妹さんがお母さまに料理を作ってサプライズしたいんだってさ。彼氏が妹さんに「俺の彼女料理巧いぜ」って言っちゃって、じゃあ教えて欲しいって話になっちゃってさ。妹さんも美味しい美味しいって嬉しそうに食べて、これならお母さんも喜んでくれるねなんて言われちゃ、実は私味付け微妙なんて言えなくて。嘘吐いたことを知られるもの嫌だったけど、妹さんが本当に嬉しそうだったから」

 仲間さんが苦笑しながら言うと、小鉢を作っていた佳鳴が「ふふ」と笑みをこぼす。

「良いじゃ無いですか。一緒に計量しながらお作りになられたら良いですよ。実際計量することは大事なんですから。まだ実は私もそんな慣れて無いんだーなんて言いながら作ったら良いんですよ。きっと楽しいと思いますよ」

 すると仲間さんは、安心した様に表情を綻ばせた。

「そうかな」

「はい」

 千隼も笑って言うと、仲間さんは「そうかぁ~」と嬉しそうに笑みを浮かべた。



 作り終えると、仲間さんは「家に帰ってさっそく作ってみたいから!」と、「これお礼!」と駅前の評判の和菓子屋のせんべい詰め合わせを置いて、レシピとエプロンをバッグに大事にしまって、飛び出す様に帰って言った。

 講習代の様なものも支払うと言われたのだが、むしろこちらは下ごしらえを手伝ってもらったこともあるし、そもそも最初から受け取る気は無い。佳鳴が言うと仲間さんは空気を読んですぐに引き下がってくれた。

 仲間さんを見送って、佳鳴と千隼は夕飯だ。今日のメインはかぶとお揚げの煮物、小鉢はピーマンのじゃこ炒めと、豚しゃぶとアスパラガスのサラダである。

「仲間さん、巧く行くと良いなぁ。うん、かぶがほっくほくで美味しい」

「そうだな。お、豚しゃぶ旨い。ヨーグルトソースが合うな。しかし姉ちゃん、またレシピ教えちゃってさぁ」

「出し惜しみする様なものじゃ無いでしょ?」

「確かにそうだけどさぁ。ま、仲間さん喜んでくれたしな」

「うん。それが1番だよ」

 ふたりはただ、こうなったら成功を祈るのみである。
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